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葛藤しまして(久遠視点)

「やあああああ!」


 MAHO《魔法少女対策機構》が所有する訓練施設の中に、久遠実成《くおん みつなり》の切迫した叫びが響き渡る。

 目の前に展開された仮想敵を相手に、久遠は支給されたアーケインデバイスをがむしゃらに振るっていた。

 本来、彼の適性は後方支援であり、自ら前線に立った戦い方は想定されていない。

 だが、今の彼はまるで何かに取り付かれてでもいるかのように、身を削り、ボロボロになりながら泥臭い訓練を繰り返していた。


「く、久遠くん……! そろそろ休憩した方が……」


 その鬼気迫る久遠の様子を見かねて、桃色の髪を揺らす少女――妙覚《みょうかく》みろくが、痛々しそうな表情で声をかける。

 そして、彼女の両隣に立つ少女たち――黒髪姫カットをきっちりと切り揃えた真如  

 摩利《しんにょ まり》と、涼やかな青髪をなびかせる水天《すいてん》 葵《あおい》も、心底心配そうに深く頷いた。


「そうだぞ。ただ闇雲に無理を重ねれば良いというものではない。根を詰めすぎるのはかえって逆効果だ」

「フヒ……ワイトも、じゃなかった私もそう思います……っ」


 最後の一撃で仮想敵を破砕し、全身汗だくになりながら膝をついた久遠は、肩で息を吐きながら彼女たちを見上げた。


「分かってる……分かってるんだ、みんなの言いたいことは……」

「……天魔、とやらの件ですか」


 すでに久遠たちから合宿先での異界化と、その顛末についての報告を受けていた真如が、落ち着いた声で静かに切り出す。

 久遠は悔しそうに唇を噛み締め、小さくコクリと頷いた。


 脳裏に浮かぶのは、あのリライターの姿。

  無力な自分に向けられた「弱い」という冷ややかな言葉。そして、彼女が一方的に天魔を粉砕してみせた圧倒的な実力。


「はい。羅刹女の第一形態は、確かにみんなで協力して倒せました。だけど……第二形態は、正直僕たちだけじゃ勝てなかったと思う。それくらい、あの時あいつが纏っていたオーラは圧倒的でした……」


 あの現場にいた時は、戦場の異様な熱気にあてられ、自分たちでも勝てるんじゃないかという根拠のない自信に満ち溢れていた。

 しかし、リライターから容赦なく突きつけられた現実と、本物の強さを目の当たりにしたことで、そんな生ぬるい自信は完膚なきまでに打ち砕かれていたのだ。


「あいつは自らを《《四天魔》》と名乗っていました。……つまり、あの怪物と同じか、あるいはそれ以上に強い奴が、あと3体もいるってことです」


 それに勝てる自信があるか? と問われれば、久遠は首を横に振るしかなかった。

 リライターに、せめて一人の戦力として認めてもらえる程度には強くならなければならない――そんな焦燥感が、彼を強く追い詰めていた。


「久遠君がそこまで無理して前線で戦わなくてもいいと思いますけど……軍荼利さんや先輩の魔法少女さんたちとか、強い人はたくさんいますし……」


 寄り添うように言ったみろくの言葉に、久遠は静かに、けれど固い意志を込めて再び首を横に振った。


「確かに、強い先輩たちに任せるのが一番安全なんだと思う。……でも、なんでそう思うのか自分でもうまく説明できないんだけど……他の四天魔とも、俺が戦うことになる。そんな予感がするんだ」

「あなたは歴史上初の『男性でありながら魔法を使える存在』――その特異な資質ゆえに、何か運命的なものを感じ取っているのかもしれませんね」


 本来であれば、そんな根拠のない運命論などを端から信じない真如であったが、久遠実成という存在そのものが規格外の例外である以上、その直感を一概に否定することはできなかった。


「で、でもっ、だからって根を詰めすぎて久遠くんが倒れちゃったら意味ないと思う!」

「そうだよ、久遠君。私たちだって一緒に戦うんだから、一人で抱え込まないで! ね?」


 葵の切実な言葉に深く深く頷きながら、みろくが久遠の顔を真っ直ぐに見つめて語りかける。


「僭越ながら、私も全面的に協力しますよ。あなたの先輩として……そして、大切な仲間としてね」


 真如は少し照れくさそうに、指先で眼鏡のブリッジをクイッと押し上げながら微笑んだ。

 自分を温かく支えてくれる3人の言葉と絆に、久遠は胸を打たれ、目頭を熱くさせる。


「みんな……ありがとう。うん、僕一人じゃなく、全員で頑張ろう――!」

「力が、欲しいですか?」


 ——その時。

 温かい感動に包まれていた4人の輪に割り込むように、鈴を転がすような少女の声が響いた。


 声のした方へ一斉に視線を向けると、そこには身長140センチほどの小柄な少女が立っていた。

 足元まで滑らかに伸びた神秘的な白髪と、陶器のように透き通る真っ白な肌。彼女はどこか浮世離れした笑みを浮かべてこちらを見つめている。

 その姿を見た瞬間、久遠の脳裏に強い既視感が走った。――そして、すぐに思い出す。

 MAHOに初めて呼び出されたあの日、本部ですれ違った少女だ。名前は、たしか――。


「……たしか、沙羅《さら》ちゃん」

「あら、覚えていてくださったんですね。嬉しいです」


 久遠に名前を呼ばれ、沙羅と呼ばれた少女は可憐にクスクスと喉を鳴らした。

 しかし次の瞬間、隣にいた真如が弾かれたように青ざめ、大きな声を上げる。


「沙、沙羅様⁉ どうしてこのような場所におられるのですか⁉」


 普段は冷静沈着な真如が、眼鏡がズレ落ちるのも構わずに取り乱している。


「……沙羅、様……?」


 あまりの豹変ぶりに首をかしげる久遠。

 しかし、動揺しているのは真如だけではなかった。みろくも葵も、まるで雲上の要人と対面してしまったかのようにオロオロと慌てふためいている。


「さ、沙羅ちゃん様は……その……ええと!」

「あ、あのね久遠君、なんて説明したらいいのか……!」

「お偉いさん……なのかな……?」


 彼女たちの異常なリアクションから、久遠も「かなり凄い立場の人なんだろう」と推測はできたものの、歯切れの悪い態度にますます頭の上に疑問符を浮かべるばかりだ。


「……はぁ。いつかは説明しなければならないことです。観念してお話ししましょう」


 真如は小さくため息を吐くと、意を決したように眼鏡を掛け直して久遠を直視した。


「沙羅様は……私たちが使っているアーケインデバイスの元となったお方であり……そして、あらゆる業魔の頂点に君臨する女王『夜摩《やま》』の妹です」


 業魔の女王の身内――それは本来、MAHOのトップシークレットであり、久遠にそう簡単に開示できる情報ではない。

 しかし、当人である沙羅自らがこうして接触してきてしまった以上、隠し通すのは不可能であるという判断だった。


「え……ええええぇぇっ⁉」


 当然の反応であった。

 まさに寝耳に水の衝撃事実に、久遠は目を限界まで丸くして盛大に驚愕の声を上げた。


「ふふふ、実はそうなんです。業魔の女王であるお姉ちゃんの妹、沙羅でーす」


 対照的に、沙羅当人は人類の宿敵の妹とは思えないほどフランクな軽いノリで、両手の指で可愛らしくピースサインを作りながら改めて自己紹介してみせる。


「え、あ、いや……業魔の女王の妹さんが……どうしてMAHOに……?」

「詳しい事情は、またいつかお話ししますね。……ただ、私はお姉ちゃんを止めたいんです。彼女は今、深い絶望と憎悪に囚われてしまっている。生きていることの苦しみから人間を解き放つことこそが救済なのだと、本気で信じ込んでしまっているの」


 そこまで言うと沙羅はふっと儚げな表情を浮かべ、一息ついて言葉を続けた。


「ですが、私一人の力では、暴走するお姉ちゃんを止めることはできません。だから私はMAHOに身を寄せ、私の知識と力を提供して、お姉ちゃんに対抗するための唯一の兵器――アーケインデバイスを造り上げました」


 そして沙羅は、久遠の瞳を射抜くように真っ直ぐに見つめる。


「久遠実成さん。あなたには特別な資質があります。それは他のどの魔法少女も持ち得ない、特別な力……お姉ちゃんの歪んだ救済を止められる力です。だから――私からあなたに、特別な力を貸してあげましょう」

「力を……俺に……?」


 オウム返しに問い返す久遠に対し、沙羅は満足そうにコクリと頷いた。


「はい——名付けて『はいぱーうるとらつよつよ強化大作戦』です!」


 ドヤ顔で、にっこりと完璧な満面の笑みを浮かべながらそう宣言する沙羅であった。


 ——原作『カルマレイド』における重要人物であり、ラスボス夜摩の妹である沙羅。

 彼女は超常の知識と美貌を兼ね備えていたが……悲しいことに、ネーミングセンスだけは壊滅的に皆無であった。



【TIPS】

 アーケインデバイスの初期ネーミングは『対お姉ちゃん、ちょーすごい浄化棒』(沙羅案)

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