戦いが終わりまして
【TIPS】
よく分かる図式
厄介オタク(朝杜)→厄介オタク(主人公)→原作キャラ
「おーい、みんなー!」
リライターとしての姿を解き、いつもの学生姿の明星宵として、俺は皆の元へ白々しく駆け寄っていった。
「……明星くん」
俺の姿を視界に収めると、久遠くんは弱々しく、どこか放心したような声で返事をした。
……うーん、思った以上に打ちのめされているなぁ。
やっぱり、羅刹女との戦いで俺が見せたあの容赦のない様子が、多感な主人公たちにとってあまりにもショッキングだったらしい。
いやね、俺だって反省はしているのだ。
あんなのはさすがに教育上よろしくない。
だが、久遠くんたちに害が及ぶ可能性を考えたら、怒りで頭が真っ白になってしまっていたのだ。
もしこの後も引きずるようであれば、メンタルケアも考えなければいけないだろう。
「急に久遠くんたちが居なくなったからさ、先生たちもすごく心配してたよ」
これは決して嘘ではない。
変身を解除した後、俺は速やかに状況を把握するため集合場所へと戻っていたのだ。
羅刹女の言っていた通り、他の生徒や先生方はあの異界ダンジョンに巻き込まれていなかった。
それどころか、すぐ目と鼻の先でダンジョンが発生していたことすら誰一人として認識していなかったのだ。
本来であれば、そんなことはあり得ない。
ダンジョンというのは存在するだけで周囲の空間を歪め、濃密な瘴気を放ち続ける。
いくら羅刹女が選別して引きずり込んでいたとはいえ、周囲の魔法少女や訓練施設のセンサーが全く気づかないというのはどう考えてもおかしい。
――とはいえ、すでに原作シナリオから流れが狂い始めている以上、現在の情報だけでどれだけ考察しても答えは出ない。
とりあえず「まあそういうイレギュラーもあるか」と無理やり納得することにした。
で、集合場所で改めて話を聞いたところ、久遠くんたちの行方が分からなくなり捜索隊を出そうとしていたらしい。
本格的な大捜索が始まる前に、俺が「心当たりがあるから探してくる」と申し出て、こうやって戻ってきたわけだ。
「今までどこに居たんだい?」
我ながら白々しい大根役者ぶりだが、リライターとしての正体は秘密なので仕方がない。
「あ、えっと……実は、天――じゃなくて、業魔が現れて、その対処をしてたんだ」
「えぇっ、業魔⁉ タイヘンダ、スグニミンナニシラセナイト!」
『棒読み草』
俺の類まれなる名演技に対し、脳内のマキナが極めて辛辣なツッコミを入れてくる。
失礼な! ハリウッドも顔負けの鬼気迫る演技だろうが!
「ううん、もう大丈夫だよ――倒したから」
どこか深い含みを持たせたトーンで、久遠くんはぽつりと呟く。
その隣に立つみろくちゃんや葵ちゃんも、なんとも言えない複雑で微妙な表情を浮かべていた。
もしこれが何も知らない普通の一般人であれば、「え? 何があったの?」と首をかしげる場面だろうが、俺はすべてを見ていた当事者なので、心の中で平謝りするしかない。
その後、久遠くんから智慧先生へと『業魔遭遇と撃退』の報告がなされ、現場は一時的に騒然となった。
これまでこの訓練施設周辺が異界化した前例は一度も無かったため、当然の反応だ。
当然ながら肝試し大会は即座に中止。全員が宿舎へ戻され、厳重な外出禁止命令が下された。
生徒たちは不満そうだったが、異界の危険性を理解しているだけに渋々指示に従うこととなった。
そして、翌朝。
元々一泊二日の合宿予定だったこともあり、俺たちは早々に学園へと戻る身支度を進める。
「生徒の皆さま、昨夜は大変なお騒がせをしてしまい誠に申し訳ありませんでした。その後、専門の調査班が捜索を行いましたが、異界化の影響や残留魔力は一切残っておりませんのでご安心ください」
帰還の準備を終え、中央ホールに集まった俺たちの前で、施設の職員さんが深々と頭を下げる。
ホールを出て、学園行きの送迎バスへと向かう途中――俺はふと思い出し、先ほど謝罪をしていた職員さんに声をかけた。
「あの、すみません。朝杜さんは……大丈夫でしたか?」
昨日、一番最初にあの天魔のダンジョンに巻き込まれて大変な恐怖を味わったからな。
今朝から姿を見せないのも、精神的なショックか後遺症によるものだろうかと心配になり、尋ねてみたのだ。
「……朝杜、ですか? えっと……誰のことでしょうか?」
だが、職員さんはキョトンと首をかしげ、本気で心当たりがないという顔をした。
「え? いやいや、昨日も施設の説明とか案内をしてくれた……」
俺は昨日見た彼女の特徴を丁寧に伝える。
しかし、それでも職員さんはしきりに首をかしげるばかりだった。
「いやぁ……やはり思い当たらないですね。というか、言われてみれば昨日の施設案内や説明を担当した職員が誰だったか、思い出せないような……?」
――これは、一体どういうことだ?
「あ、わ、わかりました。お忙しいところ申し訳ありませんでした」
俺は薄気味悪い違和感を抱えたまま職員さんと別れると、バスへ歩みを進めながら脳内のマキナに語りかけた。
「……マキナ、どう思う?」
『……間違いなく記憶操作だな。ごく微かだが、魔力の残滓を感じた。それに、この魔力は……』
「どうした?」
途中で言い淀んだマキナに問いかける。
『いや――そんなはずはない。すまん、我の勘違いだろう。とにかく、施設関係者の記憶が綺麗に書き換えられていることだけは確かだ。やったのは――』
「朝杜さん……いや、朝杜と名乗っていた何者か、か」
昨日助けた段階では、怯える可憐な一般人女性にしか見えなかった。
だが、俺の魔法少女センサーにも、マキナの知覚にも一切を悟らせず、施設の案内人として紛れ込んでいた者――その正体と目的は、一体何だったのか。
俺はぬぐい切れない不気味な謎を抱えたまま、バスに乗り込み学園への帰路につくのだった。
◆
ガタゴトと揺れながら山道を走り去るバスの一団。
その光景を、はるか上空――《《空中に浮かびながら》》見下ろす一つの影があった。
肩のラインで美しく切り揃えられた髪。外側が清潔感のある白、インナーカラーが漆黒という一風変わった髪色をした女は、楽しそうに目を細めていた。
「――うん、うんうん。どんな子なのかなと思って近づいてみたけれど、想像以上に楽しい子だったな」
女――朝杜栖夜と名乗っていた存在は、ダンジョン内での出来事を思い返し、クスクスと喉を鳴らして笑う。
「まさか、羅刹女が《《あのタイミングで襲来したこと》》には少し驚かされたけれど……それもきっと、あの子が存在することによる世界線の揺らぎなんだろうね」
彼女は空中で両手を大きく広げて天を仰ぐと、歓喜に満ちた声を上げてくるくると優雅に回転してみせる。
「アッハッハ! 愉快だ! 実に愉快ねぇ! 《《私の知るシナリオからドンドン逸脱していく》》! しかも、しかもだ! あの子、正気度《SAN値》がとっくにない! 数値としては0! ただの人間にそんなことがあり得るの⁉ 普通ならあの境地に達した時点で精神が耐え切れず、人格が粉々に崩壊しているはず! ……ふふ、いや、ある意味ではとっくに壊れきっているからこそ、あんな風に平然と笑っていられるのかしら?」
女は、天魔を一方的に弄び、圧倒的な暴力で粉砕していた『リライター』の恐るべき姿を脳裏に思い浮かべ、ふと冷静さを取り戻す。
「そうだね、あらかじめ決められた筋書き通りに進む物語も美しいけれど、たまにはあぁいうイレギュラーが混ざるのも悪くないわ。私の認知さえ超えていくイレギュラーが存在するなんて、思いもしなかったけれどね」
女は細い指先で小さな円を作り……覗き込むように、片目を当てがった。
すると、その指の円の中に、バスの座席で窓の外をぼんやりと眺める一人の少年――明星宵の姿が克明に映し出される。
「はてさて、君はこれからどんな面白い演目を魅せてくれるのかしら? どうか《《外なる私》》を退屈させないでちょうだいね――宵くん」




