羅刹女と戦いまして②
「クソガキ共が……! わっちをこんな姿にさせやがってぇ……っ!」
おどろおどろしい第2形態へと変貌を遂げた羅刹女の姿に、みろくちゃんたちは息を飲み、その圧倒的な死と威圧感に気圧される。
こいつは正直、第1形態の時は大して強くない。問題はこの第2形態からが本番という点だ。
「ひ、ひいぇぇぇ……! な、なんかすごいことになってます……⁉」
「に、臭いもひどい……鼻が曲がりそう……っ」
二人の少女のあまりにも忌憚のない意見って奴に、羅刹女のた青筋がビキビキと蠢く。
「うるせぇぇぇ! わっちは臭くない! わっちは美しいんだよぉぉぉおおっ!」
激昂した羅刹女が咆哮すると、その異形となった腕から、黒い泡とともに何本もの不気味な死者の腕が生えて伸び、二人へ向かって同時に襲いかかる。
「みろく! 葵さん!」
久遠くんはすかさず手元のアーケインデバイスを操作し、二人に重ね掛けの支援魔法を付与する。
「うわわわっ⁉」
「ちいっ……! ちょこまかと素早い小娘どもだぁっ!」
バフによって急加速した二人により、間一髪で死者の手を回避されて羅刹女は苛立ち、舌打ちを響かせる。
そして、前衛を牽制しながら、ギロリと後方に控える久遠くんへ目を向けた。
「まずは……手助けをしてる後ろの小僧から潰した方が良さそうだな!」
「っ! そうはさせない!」
「邪魔だぁっ!」
こちらへ猛進しようとする羅刹女を庇おうとみろくちゃんが割り込むが、異形の剛腕から繰り出された一撃によってあっさりと弾き飛ばされてしまう。
「あぐっ⁉」
「みろく!」
「他人を心配している場合か、小僧ぉ! 死に晒せ――死離滅裂!」
周囲の空気が凍りつき、鼻を突く濃厚な死臭が爆発的に広がる。
亡者たちが地獄の底へと道連れに引きずり込もうとするかのような、黒い瘴気の渦が久遠くんに向けて一直線に放たれた。
「ひいいいっ⁉」
死の直感に包まれた朝杜さんが悲鳴を上げ、彼女を庇うように久遠くんが限界の魔力を振り絞って前に立ちはだかる。
本来であれば、今の久遠くんたちがこのレベルの天魔に挑むこと自体が時期尚早なのだ。
――が、奴にとっての致命的な計算違いは、ここに俺が居たことだ。
「――させないよ」
ようやくダメージを持ち直した俺は、立ち塞がる久遠くんたちの眼前に滑り込み、障壁を展開する。
――ドガンッ!!
空間を揺るがすほどの着弾音が響くが、漆黒の瘴気は俺の張った障壁の表面で虚しく弾け飛ぶだけだった。
「ちぃっ……‼ 小癪な真似をぉっ!」
羅刹女は忌々しそうに舌打ちし、太い腕を振り回して連続で強力な打撃を打ち付けるが、俺の障壁はヒビ一つ入らず微動だにしない。
「こ、これは……やっぱり、あの時の……っ」
目の前で光り輝く圧倒的な防御壁を見上げ、久遠くんが何かを察したように呟く。
だが、今はそんなのを気にしている場合ではない。
「君たちには苦労をかけたね。ここからは――私がやろう」
俺は口元についた鮮血を指先で拭いながら、静かにそう宣言する。
本当なら主人公である久遠くんたちの成長イベントとして任せてやりたいのは山々だ。
しかし第1形態ならいざ知らず、第2形態を相手にするには、今の彼らではあまりにも荷が重すぎる。
「そんな……っ! 俺たちも一緒に戦います!」
「――そうだね、分かりやすく言おうか。君たちは……弱い。今のレベルでは、奴にはまだ勝てないんだ」
俺はあえて冷徹に、残酷な現実を突いて突っぱねる。
主人公特有の諦めない不屈の精神は美徳だが、それも時と場合によるのだ。
「勇気と蛮勇を間違えてはいけないよ。彼我の明確な戦力差を見極めるのも、必要な資質だ」
「……っ!」
俺の言葉にぐうの音も出なくなった久遠くんは、悔しそうに強く歯を食いしばる。
うんうん、そうやって自分の現在地の弱さを自覚し、より糧にして強くなってくれればそれでいい。
現段階でここまで持ちこたえただけでも大健闘なのだから、内心では大いに褒めてやりたい。
「――みろくと葵も、下がっているといい」
「そんな……リライターさん一人じゃ危険です!」
「わ、私たちも一緒に……っ」
不安そうに食い下がる二人の少女に対し、俺は静かに首を横に振る。
「君たちも久遠くんと同じだ。おとなしく結界の中で観戦しているといい。こいつは――私一人で片付ける」
そう告げて俺が結界の外へと一歩踏み出すと、羅刹女は屈辱と激怒で顔を醜く歪めた。
「ほざくなぁぁぁっ!」
地面が激しく爆ぜ、太い骨で形成された巨大な剛腕が4本同時に突き出す。それらは四方から夾撃するように、俺を圧殺せんと一斉に襲いかかってきた。
「まったく――第2形態になっても引き出しが少ないね」
俺は溜息をつきながら、マキナで無造作に一閃する。
一瞬で放たれた三連の斬撃波が空気を切り裂き、迫り来る巨大な骨の腕を根元からあっさりと粉砕、四散させた。
「おや、どうやらカルシウムが足りていないようだね。小魚や大豆をしっかり摂るといい。――ついでにお肌の保水にも良い効果があるよ」
「~~~~っ‼ くそが! くそがくそがくそがあああああああっ!」
羅刹女が発狂したように叫ぶと、床の影が泥のように溶け落ち、そこから地獄の軍勢が湧き出し始める。
スケルトン、ゾンビ、ゴースト――思いつく限りの死者の軍勢が広間を埋め尽くしていく。
「戦いは数だぁっ! いくら貴様個人の戦闘力が高かろうと、この圧倒的物量には手も足も出まい! 貴様を殺し! はらわたを引きずり出してわっちの軍勢に加えてやるわ! そしてぇ! 貴様自身の手で、結界の中で震えてるガキ共をぐちゃぐちゃに殺させてやるよぉぉっ!」
――――あ?
瞬間、俺の中でブツリと何かが切れる音がした。
ドグォオオンッ――!!
次の瞬間、俺を取り囲んでいた数十体のアンデッドモンスターたちの上半身が、まとめて爆散して消し飛んだ。
物理攻撃が一切通らないはずのゴースト系すら、余波の魔力によって影も形もなく消滅する。
「は……?」
あまりにも異常な光景に、さしもの羅刹女も状況が理解できず信じられないという顔で固まる。
そして、そこでようやく……《《自分自身の両腕》》もすでに肩から先が消し飛んでいることに気づいたのだ。
「は……? あ、な……何が起きて……⁉」
「――君さ、今……なんて言った?」
「っ!」
俺はすでに奴の真横に立っていた。
声をかけられて初めて俺の接近に気づいた羅刹女は、顔を蒼白にして急いで距離を取ろ――うとしたが、叶わなかった。
「わ、わっちの足が……膝から下が、ない……⁉」
「君さ、私に殺させるって言ったよね? 誰を殺させるって?」
俺が静かに大剣を構え直して一歩ずつ近づくと、羅刹女は生まれて初めて本能的な『死の恐怖』に顔を歪め、ボロボロの四肢で地面を這いずりながら後退していく。
「ひ、ひい……! ち、ちが……やめ……あがぁっ!?」
俺はマキナの形状を巨大な重ハンマーへと変化させると、容赦なく奴の巨体を押し潰す。
ドスッという重苦しい音とともに肉が潰れるが、さすがに天魔だけあって高い再生能力で四肢が蠢き出す。――が、生え変わろうとした瞬間から、さらに容赦なく叩き潰す。
「馬鹿な……! 天魔であるわっちが……こんな、一方的に……! くそがぁああっ!」
半死半生の羅刹女は、口をガバッと大きく割るように開くと、至近距離から漆黒の毒霧を噴射してきた。
「はははは! もろに喰らったな! それは万物を溶かす猛毒で、どんな生物もたちどころに肉も骨も溶か……す……」
当然ながら、原作で奴の行動パターンを熟知している俺にそんなな攻撃が通るはずもない。
すでにあらかじめ展開していた結界が、毒を完璧に遮断して無力化していた。
「――じゃあ、死のうか」
「ああ……」
それはもはや、絶望なのか諦めなのか。
羅刹女の力抜けた掠れ声とともに、ただ一方的な蹂躙が始まる。
再生しても潰す。
動こうとしても潰す。
苦痛の声を上げても潰す。
――潰す。
――捩じる。
――粉砕する。
「さぁ、これで終わりだ」
「夜摩様……申し訳、ありま――」
羅刹女の遺言めいた言葉は最後まで紡がれることなく、膨大な魔力塊となったハンマーの全開打撃によって、その存在ごと完全に粉砕された。
ダンジョンボスである天魔・羅刹女が完全に滅したことで、空間を支配していた異界の理が崩壊し、淀んだ死の空気が一気に霧散していく。
一時はどうなることかと思ったが、俺の力で対処できる範囲で本当に良かった。
胸の中で燃え上がっていた憤怒の炎も、奴を完膚なきまでに叩きのめしたことで心地よく晴れ渡っている。
例えるなら、新しいパンツをはいた正月元旦の朝のような、実に爽やかで澄み切った最高の気分だ。
「あぁ、君たち――無事だったかい?」
戦いが終わったので、俺は結界の中にいる久遠くんたちの方へと朗らかに振り返る。
……が、なぜか彼らは、まるでこの世の終わりの化け物でも見るかのような顔でガタガタと怯えていた。
「う、うん……大丈夫だ……助けてくれて、ありがとう……」
引きつった表情ながらも、しっかりと感謝の言葉を述べてくれる主人公の久遠くん。
……うーん、まあ、今の戦闘は我ながら少々やりすぎだったかもしれない。
『……さすがの我もドン引きなんだが?』
あ、やっぱりマキナもそう思う?
羅刹女があまりにも俺の地雷を踏み抜くものだから、ついつい正気を失って過剰防衛してしまった。
なんというか、謎のミステリアス美少女としてはいささか品性に欠ける振る舞いだったと反省せざるを得ない。
「ふむ、失礼……どうやら君たちには、少々刺激が強すぎる見世物になってしまったようだね。エンターテイナーとして深く反省しよう」
俺は場を取り繕うように、大剣を消し去りながら優雅に一礼してみせる。
これで恐怖心が完全に拭えるとは思わないが、まあパフォーマンスとしての一理はあるだろう。
正直、もうミステリアス美少女としてはダメそうな気がするが……何とかなるでしょ!
俺はミステリアス美少女、誰が何と言おうとミステリアス美少女なのである。
え? ここからでもミステリアス美少女を保てる保険が⁉
『あるわけないだろ。というか、なんでそんなにミステリアス美少女に拘るんだよ』
いや、なんとなく演じてるうちにミステリアス美少女ムーブが楽しくなっちゃって……。
「それでは、私はこれで失礼させてもらうよ。――君たちがより強く、正しく成長してくれることを切に願っている」
「あ、ま……待ってくれ……っ!」
俺がそのまま風のように立ち去ろうとすると、背後で久遠くんが何かを問いかけようとしていたが、俺はあえて振り返らずにミステリアスな余韻だけを残してその場を後にするのだった。




