天魔ダンジョン②
久遠くんたちと無事に合流を果たした俺たちは、そのままダンジョンの奥へと進んでいく。
本当なら攻略の手順も敵の処理もすべて彼らにお任せで高みの見物を決め込みたかったのだが、いかんせん今回のダンジョン発生は完全なイレギュラー事態だ。
仕掛けられた謎解きやギミックに関しては、俺が先頭に立って解除させてもらうことにする。
……くっ! 本当なら、ダンジョンのギミックに悪戦苦闘する久遠くんたちの姿を後方で見守りたかったのに!
勝手に原作シナリオを書き換えた不届き者がいるなら、俺が絶対に許さねぇ!(ブーメラン)
「っ! みんな、前方に敵影だ!」
俺が心の中で怒りの炎を燃やしていると、暗闇の奥から這い出てきた業魔の群れに気づいた久遠くんが警戒の声を上げた。
「すぐに支援魔法をかけるよ!」
彼はそう叫ぶと、《《俺たち》》に向かって支援魔法を放つ。
そう! 『俺たち』に、である!
うぐおおおおっ……⁉
あの久遠くんから直接与えられる温かく包み込むような支援魔法の波――その全身を駆け巡る至高の多幸感と脳を直接灼かれるような刺激は、まさに筆舌に尽くしがたい!
リライターに変身しているおかげで、何とか致命傷で踏みとどまれているレベルだ。
「ぐっ……ふぅ……っ」
「り、リライターさんっ!?」
敵群が瞬く間に霧散し、戦闘が終了した瞬間。
あまりの尊さと多幸感の過剰摂取に耐えかねて俺が思わずガクリと膝をつくと、みろくちゃんが悲鳴のような声を上げて心配そうに駆け寄ってきた。
「あの、大丈夫ですか⁉ 今の戦闘でどこかお怪我でも……⁉」
あぁ、みろくちゃん……。さっきは作戦会議で俺のことを「一番関わっちゃダメな不審者」扱いしていたというのに、それでもこうして真っ先に本気で心配してくれるなんて、本当にいい子だ……。
流石は本作のメインヒロイン。君にも文句なしで7億点をあげちゃうぞ。
「いや……心配いらないよ。これは……まあ、昔からの持病のようなものでね。気にしなくていい」
俺は口元を拭い、ニッと強がりな笑みを浮かべて立ち上がる。
まさか「久遠くんの支援魔法の刺激が強すぎて脳が焼かれました」なんて口が滑っても言えるはずがない。
そんなことを言ったら真面目な彼のことだ、余計に気に病ませてしまう。
だからここは持病という体で押し通すのが正解なのだ。
まあ、オタクとしての業という意味では、ある意味で不治の病みたいなものだしな。
「それなら良いんですけど……でも無理はしないでくださいね! 私たちがちゃんとリライターさんを守りますから! ――その、私たちはまだ新人なので、あまり頼りにならないかもですけど……」
胸を張って頼もしく宣言したかと思えば、すぐに思い直したように申し訳なさそうにボソボソと語尾を小さくするみろくちゃん。
うんうん、本当に良い子だねぇ。飴ちゃんあげようか? お小遣いもあげちゃおうか?
「いや、大いに期待しているよ。ほら、頑張ったご褒美に飴をあげよう。レモン味だ」
「あ、いいんですか⁉ わぁ、ありがとうございます……っ!」
『いや素直に受け取るんかい』
警戒心ゼロであっさりと手のひらの飴玉を受け取るみろくちゃんを見て、脳内のマキナが間髪入れずにツッコミを放ってくる。
これでいいんだよマキナ。みろくちゃんはこの純朴で素直なところこそが最大の美点なのだから。
メインヒロインぞ?
「んむ……おいひいれす〜……っ」
ほら見ろ! 口いっぱいに飴ちゃんを頬張って、幸せそうに頬を緩めているあの天使のような姿を!
可愛いやろがい!
俺が熱弁を振るうと、マキナは『はいはい、わかったわかった』と心底めんどくさそうにあしらってきた。
まったく、いつまでも経っても人間の心の機微というものを理解できない奴め。
「フヒヒ……あの人、案外いい人……なのかな……」
「だから言ったろ? リライターは信用できるって。……まあ、言動はちょっと不審だけどさ」
俺とみろくちゃんの微笑ましいやり取りを遠巻きに眺めながら、久遠くんと葵ちゃんがそんなコソコソ話を交わしている。
ふむ、特に狙っていたわけではないが、どうやら好感度アップに成功しているらしい。
第三勢力のミステリアス美少女がふと見せる優しさ――それはまるで、不良生徒が雨の中で捨て猫を拾うがごとき絶大なギャップ萌え効果を生み出しているというわけだ。
『……ちょっと何言ってるか分からないです』
なんで分かんないんだよ。 分かれよ。 ギャップ萌えだろうが。
――閑話休題。
俺は脳を灼き焦がされながらも、久遠くんたちと共に着実にダンジョン攻略を進めていく。
道中に立ち塞がる業魔たちは、流石に序盤のボスダンジョンだけあって雑魚にしては手強かったが、俺の知識とサポートもあって一行は危なげなく突破していった。
そして、やはり道中には巻き込まれた一般の生徒や要救助者の姿はどこにも存在しなかった。
当初は「魔法少女として覚醒した、あるいは適性の高い者だけが選別して引きずり込まれたのか」とも推測したが、そうなると一般人である朝杜さんが巻き込まれている理由の説明がつかない。
そんな明確な答えの出ない疑問を抱えたまま、俺たちはついにダンジョンの最深部――ボスが待ち受ける大広間へと到達した。
広い空間の中央、そこに一人の女性が佇んでいた。
白と鮮烈な朱の豪奢な着物に身を包んだ、白い肌の女性。
通った鼻筋、見惚れるような美しい顔立ち、そして切れ長な目元には鮮やかな紅が引かれている。
ともすれば雪女と形容しても何ら違和感がないほど、浮世離れした透き通るような美貌の持ち主だ。
だが――彼女が人間でもないことを証明する決定的な部位が、その頭部に存在していた。
額の左右から伸びる二本の禍々しい漆黒の角。それが、彼女が鬼の系譜であることを雄弁に物語っている。
そして何より目を見張るべきは、なんと驚異の3メートルを優に超えるその圧巻の巨躯。
彼女こそが、この土のダンジョンを支配するボス――四天魔の一角『羅刹女』。
デカ女好きのファンには堪らない造形のキャラクターである。
ちなみに俺もタッパとケツのデカい女性が大好きです(性癖の開示)。
「な、なにアレ……人間……?」
「普通の業魔とは……雰囲気がまるで違う……っ」
圧倒的な威圧感を放つ彼女の姿を見上げ、久遠くんたちは硬直した面持ちで息をのむ。
そうか、彼らにとってはこれが人生で初めて目にする天魔なのか。
それ以前の天魔を知るのは俺と軍荼利の姉さんくらいのものだ。
しかもあの時に現れたプロトタイプと違い、目の前の羅刹女はより完成された人型に近い。
そして、ひそひそとした囁き声が届いたのか、あるいは俺たちの放つ気配を察知したのか。
ゆっくりと閉じられていた長いくっきりとした睫毛が上がり、琥珀色の瞳が俺たちを射抜いた。
「おや……ようやくおいでになりましたかえ? 待ちくたびれたでありんす」
彼女は、まるで透き通った鈴を転がすような美声で、艶やかな廓言葉を紡ぐ。
羅刹女のキャラクターデザインのモチーフは鬼の花魁。
とは言ってもあくまで概念的なモチーフに過ぎず、公式設定でも彼女の喋り方は《《なんちゃって廓言葉》》と解説されており、なんとなくの雰囲気でそれっぽく語尾を繕っているだけだ。
「き、君が……このダンジョンを生み出したボスの業魔なのか……!」
呑まれそうなほどの存在感に気圧されながらも、久遠くんが一歩前へ踏み出して毅然と問い詰める。
その問いかけに対し、羅刹女はぴくりと優美な眉を動かした。
「業魔……? ふふっ、ふふふふふ。あのような知性の欠けた雑魚どもと同列に扱われては、少々心外でおざりんす。わっちは羅刹女……《《四天魔》》が一人、土の羅刹女でありんすよ」
羅刹女はパシッと鮮やかな扇子を広げると、胸元で優雅に煽ぎながらそう自己紹介をした。
「て、天魔……⁉」
「業魔の上位種……と言えばお分かりになりんすか? 高等な知性を有し、繰り出す能力も桁違い。人間ごときが束になって挑んだところで、到底叶う相手ではないということでありんす」
普通の業魔を遥かに凌駕する存在。その事実に、久遠くんたち三人はゴクリと息をのんだ。
無理もない。いきなり敵組織の幹部級が目の前に現れたのだから、魔法少女歴の長い葵ちゃんはともかく、新人二人にとっては最大の脅威だろう。
だが、襲撃の時期こそ大きく前倒しになってしまっているものの、彼女が『作中で最初に戦う天魔』であるという点は原作通りだ。
つまるところ彼女は、いわゆる『四天王の中でも最弱』枠なのである。
「知性を解するなら教えろ……! なぜ君たちは人間を襲うんだ! それに、なぜこんな場所に急に現れた? 他の生徒たちはどこへやったんだ⁉」
「ふふふ、なかなか威勢の良い、質問の多い童でありんすな。ええ良いでしょう、教えて差し上げんす。我らの目的は……《《救済》》。罪深き業に塗れた人間の魂を浄化し、苦しみから救って差し上げるのが、我が女王様の尊き悲願でおざりんす」
そう――それこそが全業魔の頂点に君臨する女王、本作のラスボスの真の目的なのだ。
彼女はこの世に渦巻く罪や業、憎悪の連鎖に心を痛め、深く絶望した。
そして絶大な力に目覚めた彼女が導き出した答えこそが、「この力を以て世界中の生命を等しく無へ還し、救済する」という歪んだ救世主思想だったのだ。
彼女は本気で世界を救えると信じて疑っておらず、その信念のもとに業魔を地上へ放ち続けているのである。
「この地に姿を現したのも、女王様からの直接の命でありんす。『この場所に禍々しい《罪》の匂いが漂っている故、その罪を祓え』とな。罪とは我ら天魔にとっても不吉な天敵。故に今回は余計な人間どもは除外し、濃厚な《《罪の匂い》》を放つ者だけをこの空間へ引きずり込んだのでありんすよ」
なるほど……他の一般生徒たちが誰一人として巻き込まれていなかった理由はそこにあったのか。
そして彼女の言う『罪』とは――間違いなく俺のこと、というより妄念具であるマキナのことだろう。
なにせ本人(人?)が「自分は七つの大罪の概念から生み出された存在だ」と語っていたくらいだからな。
久遠くんたちが巻き込まれたのは、日常的に俺との交流があったことで『罪の匂い』が伝染していたからだと考えれば辻褄が合う。
……となると、朝杜さんが巻き込まれた理由は一体何なんだろうか?
「罪……ハッ! ま、まさか……昨日の深夜、誘惑に負けてニンニク マシマシ アブラ カラメのラーメンを完食してしまった罪……っ⁉」
と、背後で朝杜さんが至極真面目かつ悲壮感の漂う表情でブツブツと呟いていた。
……朝杜さん、意外と健啖家なんですね。
――と、そんな呑気な考察を巡らせていたところで、俺はふと衝撃的な事実に思い至った。
……あれ? あいつ、さっき『罪の匂いを感知したから現れた』って言わなかったか?
俺の存在が原因で、本来なら起こるはずのなかった天魔の早期襲撃イベントが発生した。
つまり、なんだ。
こういうことか?
《《原作のシナリオを破壊していた元凶は、他ならぬ俺自身だった》》?
「ゲボァッ!!!」
「「「リ、リライターさん!!??!?」」」
あまりの絶望と自己嫌悪の衝撃に、突如として口から鮮血を吐き散らした俺を見て、久遠くんたちはこの世の終わりのような叫び声をあげるのだった。
誰か頼むから俺を殺してくれ。




