天魔ダンジョン①
――天魔。
業魔の上位種であり、人間と同等以上の知性と明確な意志を有する高位の存在。
基本的に人型をベースとしており、その戦闘能力は物語における幹部(中ボス)クラスだけあって、雑魚の業魔とは文字通り桁違いの強さを誇る。
さらに、天魔が生み出すダンジョンも、そこらの業魔が作る2〜3階層の単純な構造ではない。
複雑なギミックや罠がこれでもかと張り巡らされた、広大なダンジョンと化すのだ。
ゲーム内における通常のダンジョンが長くて30分程度でサクッと攻略できるのに対し、天魔ダンジョンは初見プレイなら平気で2〜3時間は足止めされると言えば、その面倒くささがよく分かるだろう。
そして――今回のボスである天魔『羅刹女』は、四大属性の中でも土属性を司る。
土属性……と謳ってはいるものの、なぜか彼女の使う権能はアンデッドや死者を自在に操るネクロマンシーだ。
そのためダンジョン内部もゾンビやスケルトンといったアンデッド系が勢揃いしており、視界を奪う死臭の靄や突然壁から手が生えてくるようなジャンプスケアが嫌らしく散りばめられている。
ホラー耐性の低いプレイヤーにとっては、プレイするのが少しキツいトラウマダンジョンとしても有名だった。
初っ端からこんなダンジョンを用意する開発陣は人の心がないんか?
何を隠そう、実は俺自身もホラー映画やホラーゲームの類は大の苦手だったりする。
え? さっきまでノリノリで女子生徒たちを脅かして楽しんでいただろ、だって?
違うんだよ。自分が他人の意図でビクビク脅かされるのは嫌いだけど、自分が安全な立場から人を驚かせるのは楽しいんだよ(クズ)。
――とまぁ、冗談はさて置いて。
「……おかしいな」
ダンジョン内に仕掛けられたギミック自体は原作ゲームの記憶と何一つ変わらないようで、朝杜さんを庇いながらでも難なく解除して進めているのだが――拭いきれない強い違和感が胸を突き、俺はぼそりと独り言を漏らした。
「え……何がですか?」
俺の呟きを拾い上げ、不安そうに首をかしげる朝杜さん。
「……人間が、一人も居ないんだよ」
「……え? それって……誰も被害に遭っていないということなら、良い事なのでは……?」
俺の意図が即座には汲み取れなかったのか、ますます不思議そうに眉をひそめる朝杜さん。
確かに、巻き込まれた犠牲者や生存者が居ないに越したことはない。それ自体は間違いなく喜ばしい事態だ。
喜ばしいことなのだが――《《だからこそ、異常なのだ》》。
「現在、この山中では国立魔導育成学園の生徒たちが合宿を行っており、ちょうどこの時間帯は肝試しイベントの真っ最中だった。となれば、本来ならこのルート上には大勢の生徒たちがいたはずなのだが……《《誰一人として巻き込まれていない》》」
俺が論理立てて説明すると、朝杜さんもようやく事の異様さに気づいたのか、「あっ……」と小さく息を飲んだ。
「普通なら、あり得ない事態なんだよ」
異界化やダンジョン化が発生した際、その領域に存在する人間は無条件で空間の歪みに呑み込まれる。
業魔や天魔がダンジョンを構築する際、「この人間は巻き込むけれど、あの人間は除外する」なんて器用な選別を行った例など、俺の知る限り一度だって聞いたことがない。
ならば、なぜ俺と朝杜さんだけがここに存在しているのか?
もし仮に、天魔の側で巻き込む対象を意図的に制限・選別できるのだとしたら――俺がこの領域に囚われていること自体に、何らかの明確な意図が存在することになる。
つまり――俺は、《《ここに誘い込まれた》》というわけだ。
(……マキナ、他のディザイアや異質な気配は感じるか?)
『……無い、とは思うが……』
さっき「センサーがポンコツ」と煽られたのが相当響いているのか、どこか自信なさげで歯切れの悪い返答をするマキナ。
なんとも頼りない相棒だが、今はひとまず信じるとしよう。
魔法少女の気配ならともかく、同じディザイアの気配を察知する感度は俺自身には備わっていないのだから。
相手が変身前の状態なら尚更だ。向こうが変身してくれていれば、俺のオタク特有の第六感で探り当てることもできるのだが。
「む……?」
と、そんな考察を巡らせていたその瞬間――俺の魔法少女アンテナがビンビンと強烈な反応を示した。
『バカな……、ディザイアの反応は無かったはず……っ』
――いや、違う。この気配は!
「えっ……リライター⁉」
ガサガサッと生い茂る草木を掻き分けて飛び出してきた少女は――みろくちゃんだった。
そう、俺が察知したのは彼女たちの接近だったのだ。
彼女のすぐ後ろには、武器を構えた久遠くんと葵ちゃんの姿もあった。
「フヒッ……か、彼女が噂のリライター……。違法少女だけど……黒を基調としたゴシック調衣装のセンス、実に……実に素晴らしい……」
三叉矛を胸元で抱きしめながら、葵ちゃんは俺の全身をジロジロと視線で舐め回し、そんなマニアックな感嘆を漏らしていた。
流石は同志、よく分かっているじゃないか。
「リライター……! まさか、この異界化は君の仕業なのか……⁉ 他の生徒たちはどこへ行ったんだ⁉」
「さてね。私には何のことかさっぱり分からないよ」
肩をすくめて答えるが、これは正真正銘の素直な本音だ。本当に何が何だかサッパリ分からないのだから仕方がない。
原作より遥かに早い天魔の急襲、そして本来なら巻き込まれるはずの生徒たちが影も形もない謎の状況……。
調べてみましたが分かりませんでした! いかがでしたか?。
『検索結果の上位に出てくる中身スカスカのクソ検証サイトみたいな思考はやめろ』
お前、いつの間にネットサーフィン知識を蓄えてるんだよ。
「……っ。答えろ、お前は俺たちの……人類の敵なのか?」
久遠くんは鋭い疑惑の眼光をこちらへ向けながら、強く問い詰めてくる。
そしてその最中も、彼は自然な動作でみろくちゃんと葵ちゃんを背後に庇うようなベストポジションへ素早く移動していた。
問い詰められながらも仲間を真っ先に守るその立ち振る舞い、実に主人公ポイントが高い。
興奮してきちゃうじゃないか♠
「前にも言ったはずだよ……私は君の味方だ。君はこれから、幾重もの数奇な運命に巻き込まれ、絶望を打ち破り……最高のハッピーエンドへと到達する。私はね、その輝かしい軌跡を特等席で見届けたいだけなのさ」
生で体験できるカルマレイドのメインストーリー。その圧倒的な尊さを前に、俺は胸の奥から湧き上がる熱い感情を抑えきれなくなっていく。
「君が……いや、君たちなら絶対にやり遂げられると信じている……っ! 絶望を乗り越えた先に、希望が待っているのだから! さあ、私に最高の希望を見せてくれ――……っと、失礼。少々熱が入って語りすぎたね」
ついオタク特有の早口&熱狂的なポエムをぶちまけてしまい、ハッと我に返った俺は「コホン」と気取った咳払いで誤魔化してみせる。
「……ちょっと作戦タイムです!」
「認める」
苦悩する久遠くんを見かねて、みろくちゃんが慌てて手を挙げて提案してきたので、優雅な仕草で許可を出してあげる。
三人は身を寄せ合い、何やらコソコソと小声で緊急会議を始めた。
「久遠くん! あの人、やっぱりちょっと……いや、かなりヤバい人かもです……っ! 前に助けてもらった時は良い人かなって思いましたけど、あれは一番関わっちゃダメなタイプの人です……!」
ご当人たちはナイショ話のつもりなのだろうが、生憎と俺の耳は対象が魔法少女であればどんな些細な囁き声であっても一字一句逃さず拾い上げてしまうのだ。
『キモ』
シンプルな暴言はやめてくれマキナ、普通に精神的ダメージがデカいから。
「わ、私もみろくちゃんに同意します……。ふひ……《《自分が悪だと気づいていない最もドス黒い悪》》の目をしています……っ」
ククク……ひどい言われようだな。
これでも純粋な推し活の応援心を素直に語っただけだというのに。
さて、ヒロイン二人から散々な評価を下されたが、久遠くんのリアクションは如何に?
「……それでも、俺は彼女を信じたい」
「えっ……?」
「確かに言動は怪しくて理解不能なところばかりかもしれない。だけど……あの言葉の中に、嘘や悪意はないと思うんだ」
「演技で騙そうとしてる可能性は……?」
「仮にそうだとしても、だよ。もし騙されたなら、それは俺の人を見る目が甘かったってだけの話だ。俺は……俺たちを助けてくれたリライターの言葉を信じたい」
――はい、リライターポイント7億点獲得です。
なんなんだ君は主人公か? 主人公だったわ。
ゲームの画面越しでもTHE・王道主人公として魅力的だったが、生でこの光のメンタルを浴びせられると脳が焼かれてしまう。
こんな素晴らしい少年に闇落ちバッドエンドルートなんて分岐を用意していた原作制作陣、絶対に許せねぇよ……っ!
俺が心の中でゲーム開発陣へ恨みの念を送っていると、作戦会議を終えた久遠くんたちがこちらへと向き直った。
「方針は決まったかい?」
「……あぁ。もし良ければ、ここを攻略して元の世界へ戻るために……力を貸してほしい」
力強くまっすぐな眼差しで、彼はそう共闘を持ちかけてきたのだった。
「――ふむ、もちろん構わないよ。君たちの力となれるなら喜んで」
俺は表向きはミステリアスな協賛者としてクールに快諾してみせ――
脳内では「うっひょおおおおお! 推したちと一緒にダンジョン攻略パーティ結成だあああああ!」と狂喜乱舞の舞を踊り狂うのだった。




