訓練をしまして
「グモオオオオオッ!」
「てやああああっ!」
巨大な牛獣人型の業魔が、空気を切り裂いて振り下ろす大斧。
その直撃を間一髪で紙一重にかいくぐり、みろくちゃんが閃光のような踏み込みで踏み込み、相手の胴体へ一閃を叩き込む。
「ひょええええええっ!」
みろくちゃんの強烈な一撃によって大きく体勢を崩した巨躯の隙を逃さず、葵ちゃんがなんとも腰の引けた、気の抜けた叫び声を上げながら疾走。
三叉矛の鋭い穂先で業魔を深く貫いた。
に穿たれた業魔は苦悶の断末魔を上げ、そのまま重い音を立てて倒れ伏すと、粒子となって空間へ溶けるように消滅していった。
うわぁ……生で見ると迫力が段違いだ……!
現在、久遠くんたちは併設された広大な室内訓練施設で、実体化された仮想業魔を相手に実践的な戦闘訓練を行っていた。
そして俺はといえば、施設二階の吹き抜けになっている見学用キャットウォークから、その激闘の模様を高みの見物と決め込んでいたのだった。
「せっかくの合宿だから」という施設側の粋な計らいにより、一般生徒にもサプライズで見学許可が下りたのだ。
希望者は自由に見学して良いとのことだったので、俺は二つ返事で即断即決させてもらったというわけだ。
いやー、それにしても……原作では画面上のデフォルメされた可愛いSDキャラクターで表現されていた戦闘シーンだが、こうしてリアルなスケール感で繰り広げられると流石に圧巻の迫力がある。
俺の他にもチラホラと見学希望の生徒たちが集まっており、凄まじい魔法の輝きや熱気に感心したような声を漏らしていた。
まあ……集まっている生徒の何割かは純粋な興味からではなく、「見学していれば午前中の座学勉強を免除・回避できるから」という不純な動機で来ているだけなのだろうけれど。
「……すごい迫力だねぇ」
眼前で繰り広げられるバトルに見入っていると、すぐ横からどこか間延びしたマイペースな声がかけられた。
振り返れば、そこにはダボダボのネイビーのパーカーをだらしなく羽織った少女が立っていた。
肩の上で無造作に跳ねたアッシュグレーのショートヘア。その隙間から覗く、相変わらず眠たげでやる気のないジト目が印象的な俺の幼馴染――無界リアが、フリフリと脱力感満載で手を振っていた。
「リアも見学に来たんだ。こういう汗くさいの、てっきり興味ないのかと思ってたよ」
「まあ、せっかくの機会だしねぇ。たまにはこういうのを見るのも悪くないかなって。それに、ここで見学してたら午後の授業まで楽できるしぃ」
悪びれもせず言い放つ彼女の物言いに、俺は思わず苦笑いを浮かべる。
どこまでも面倒くさがりで省エネ主義なのは、昔から変わらないな。
「……久遠、だっけ? あの子、結構動けてるよねぇ。男の子なのに、すごいなぁ」
手すりのフェンスにぐでっと体重を預けるように寄りかかりながら、下で奮闘する久遠くんを見つめるリア。
彼女の視線を追って久遠くんの方へ目をやると、彼は今まさに別の仮想業魔と対峙している最中だった。
支給されたアーケインデバイスを構え、カートリッジにセットされたインスタント魔法の数々を的確なタイミングで起爆。
間合いを巧みにコントロールしながら、着実に相手へダメージを重ねていた。
「もっと強くなりたいって、部屋でも真剣に話してたからね。元々は普通の一般人生徒だったのに、短期間でここまで食らいついていくんだから本当に頭が下がるよ」
俺なんか、マキナに頼らなきゃロクに戦うことすらできないからな。
自分の足で立って泥臭く努力する主人公の姿には、尊敬の念しか湧いてこない。
「ふーん……宵は、彼にずいぶんと期待してるんだねぇ」
「そりゃあね。初の男性の魔法使いなんだから、ファンとしても同じ男子としても期待しない方が無理ってものさ」
本当は「だって彼こそが、この世界の運命を背負う『カルマレイド』の主人公だからね!」と叫びたいところだが、そんなことを言えるはずもないので、当たり障りのない解答を返しておく。
俺の答えを聞いたリアは、「そっかぁ」とだけ呟き、それ以上は追求してこなかった。
――と、そこで俺はあることにふと気がついた。
「そういえばさ、リア。前に学校へ持きてたあの道化師の人形はどうしたんだ? 今日は持きてないみたいだけど」
授業中にも持ってくるほどのお気に入りだったはずの人形の姿がどこにも見当たらない。
「ああ、あれねぇ……。いやぁ、うっかり家に忘れてきちゃってねぇ。失敗したよぉ」
「タハハ」と恥ずかしそうに間の抜けた笑い声を上げながら、リアはポリポリと頭を掻く。
まぁ、そういうこともあるか。
実を言えば俺も今日出かける直前まで、マキナの存在を完全に素で忘れていて、頭の中で直接怒鳴られて思い出したのは秘密だ。
『まったく! この我という絶対的な存在を置き去りにしようとは不届き千万! 二度と忘れるでないぞ、この愚か者めがっ!』
その時の失態を思い出したのか、頭の中でマキナがプンスコと怒りの念波を飛ばしてくる。
どうやら、沈黙の抗議は無事に終了したらしい。
俺は心の中で「ごめんごめん、もう絶対忘れないから」とひたすら謝罪を送りつつ、その後もリアと適当なたわいもない雑談を交わしながら、訓練の様子を見学し続けたのだった。
◆
そして、待ちに待った昼休み。
久遠くんたちのハードな戦闘訓練もひと段落し、合宿全体の昼食タイムとなった。
昼食の献立は、まさに合宿の王道であり醍醐味――全員で協力して作る『野外カレー』だ。
こういう集団合宿での食事って、どうしてどこもかしこもカレー一択なんだろうね?
まあ、俺はカレーが好きだからいいんだけどさ。
リアは自分の所属するクラスの準備があるということで「じゃあねぇ」と手を振って去っていき、俺は一人で久遠くんたち元へと向かった。
「訓練お疲れ様。上から見学させてもらってたけど、すごくカッコよかったよ」
いつまでも推しの前で固まったり気絶したりしていてはストーリーのテンポも悪くなるし、同じクラスの友人として自然に接するためにも、こうして積極的に話しかける練習を重ねているのだ。
そもそも、理由もなく距離を置き続けている方が不自然だし、適度な交流は今後の観戦・サポート活動のためにも不可欠だろう。
「うわぁ、見られてたんだ……恥ずかしいなぁ。俺の立ち回り、ボロボロだったでしょ?」
「そんなことないよ。ちゃんと状況判断できてたし、足もしっかり動いてたと思う」
「そうですよ久遠君! 私達みたいに専門の訓練を受けてきたわけじゃないのに、あんなに動けるなんて凄すぎます!」
「フヒ……うん、同志の言う通り……久遠殿はすごい」
恐縮しまくる久遠くんに対し、俺とみろくちゃん、そして葵の三人で口々に彼の頑張りを絶賛する。
すると、当の久遠くんは耳まで真っ赤にして顔を伏せてしまった。
「ち、ちょっとみんな、そんなに寄ってたかって持ち上げないでよ……!」
純朴すぎる彼のリアクションがあまりにも微笑ましく、俺たちはさらに調子に乗ってはやし立て、彼を散々照れさせるのだった。
ちなみに昼食のカレー作りは、特に何のトラブルもなく平和極まりなく進行した。
料理の隠し味として強力粉と薄力粉を間違えて鍋が粘土化することもなく、アニメやラノベでよくある超絶料理音痴のヒロインが劇物紫カレーを錬成してしまうような惨事も起きなかった。
普通に美味いカレーをみんなで平らげ、実に平和で平和なランチタイムとなった。
そして、午後の時間帯。
流石に午後までフリーで見学させてもらえるほどの甘い環境ではなく、俺たち一般生徒も大人しく指定の教室へ集められて普通に座学勉強に励むこととなった。
とはいえ、ガチガチの進学校というわけでもないため雰囲気は終始和やかで、レクリエーション要素を含んだグループワーク形式の授業だったこともあり、退屈を感じることもなかった。
今までクラスメイトと深く交流する機会があまり無かった俺にとっては、これはこれで非常に新鮮で楽しい時間だったと言える。
――そして、待ちに待った《《夜》》がやってきた!
学校行事、それも山奥の合宿所の夜と言えば……そう、言わずと知れた超定番イベント『肝試し』である!
MAHOの観測班によれば周囲に異界化の兆候はなく、過去にもこの合宿所付近で業魔が発生した記録は一切存在しないため、完全な安全が確保された上でのレクリエーションだ。
決められた暗い森のルートを巡るペアと、それを仕掛けで脅かすお化け役に分かれて実施されるとのこと。
お化け役はもちろん俺が行く。
なぜかって?
決まっているだろう、物陰に潜んで久遠くんとヒロインたちの甘酸っぱいイチャコラや尊いキャーキャーイベントを最前線の特等席で鑑賞したいからである!
ふへへへ……やぁってやるぜぇ! 徹底的に怖がらせて、神シチュエーションを演出してやるけぇのぉ……!
「マキナ、お前にも演出の協力をしてもらうからな」
『ククク……人間の恐怖と驚愕の感情は我の好物……任せるがよい、最高の演出を見せてやろうぞ……』
脳内から返ってきたのは、何とも恐ろしくも頼もしすぎる相棒の力強い言葉だった。
俺とマキナの作戦が、今まさに幕を開けようとしていた――。




