合宿にやってきまして
久遠くんやみろくちゃんととりとめのない雑談を交わしながらバスは揺られ、何事もなく目的地へと到着した。
人里離れた深緑の森の中に、突如としてあらわれる三階建ての建物。
その横には、体育館を巨大化させたような室内訓練施設と思われる建造物が併設されていた。
智慧先生の「着いたぞー、降りろー」という気怠げな呼びかけに促されてバスを降りると、すでにエントランス前で一人の女性職員が出迎えてくれていた。
肩のラインで美しく切りそろえられた髪は、外側が清潔感のある白、インナーカラーが漆黒という一風変わった髪色をしている。
パリッとした仕立ての良いスーツを身に纏い、知的な丸眼鏡の奥から柔らかな視線を投げかけてくる。
「ようこそ、魔法少女訓練施設へ。私は案内役を務めさせていただきます、朝杜 栖夜と申します。滞在中、お困りのことがあればいつでもお気軽にご用命くださいね」
朝杜と名乗る女性は、完璧なマナーと親しみやすい微笑みをたたえてお辞儀をする。
原作ゲーム『カルマレイド』のメインストーリーには登場しなかった人物だが、まあここは現実の世界なのだから、こうした専門施設の案内スタッフに固有の名前やビジュアルがあっても何ら不思議はない。
「当施設は、激化する業魔の脅威に対抗すべく、MAHOの全面的な技術協力のもと建設されました。魔法少女を目指す候補生の方々はもちろん、現役の魔法少女の皆様にも十二分にご満足いただけるよう、最新鋭の訓練設備を完備しております。また、一般生徒の皆様につきましても、万が一の際の自衛用トレーニング施設やリフレッシュ設備を解放しておりますので、遠慮なくご活用ください」
透き通るような声で、施設設立の経緯や設備概要を淀みなく説明していく朝杜さん。
続いて、施設内の禁止事項や緊急時の避難動線など、施設利用上のオリエンテーションが淡々と進行していく。
うわぁ……生で聞くとマジで合宿に来たんだなって感じがする……!
画面越しではダイジェストやテキスト一行でスキップされがちなこうした《《合宿の導入部分》》を肌で体感できている事実に、俺は密かに胸を熱くしていた。
ゲームではわざわざ描写する必要のない細かな生活空間や手続きが、現実としてそこに存在している。
このリアリティを噛み締められるだけでも、この世界に転生した甲斐があったというものだ。
「――私からの説明は以上となります。男子寮は右館、女子寮は左館となりますので、それぞれご移動をお願いいたします」
「各自部屋に荷物を置いたらしっかり休憩をとれよ。10時に中央ホールへ再集合だ。その後の全体スケジュールを伝えるからな」
朝杜さんと智慧先生の指示を受け、生徒たちはざわざわと長旅の疲れを滲ませながら移動を開始する。
俺も渡された部屋割り表に目を落とすと――。
「あ、明星くん! 俺たち同じ部屋だね」
不意に横から声をかけられ、振り返れば久遠くんが嬉しそうに微笑んでいた。
そう、まさかの久遠くんと同室という奇跡的な部屋割りだったのだ!
ここまで都合がいいと、何か天の意思(あるいは作意)すら感じてしまうが、あり得ない話ではないので何とも言い難い。
というわけで、俺たちは指定された二階の部屋へと向かった。
部屋はゆったりとした二名一室仕様。清潔感のある綺麗なフローリングの上に、清潔なシーツが敷かれたシングルベッドが二台。学習用のデスクがふたつ並び、壁際には小さめの液晶テレビまで完備されている。
ベランダに出てみれば、どこまでも広がる深緑の樹海が一望でき、ちょっとしたリゾートホテルにでも来たかのような錯覚を覚えるクオリティだ。
「結構広くて綺麗な部屋だね」
旅行カバンを置き、珍しそうに部屋の中を見渡す久遠くん。俺も頷いて同意する。
ゲームの2D背景では奥行きまで把握しきれなかったが、実際に足を踏み入れるとかなり快適な空間だ。
学生向けの合宿施設としては破格の手厚さと言っていいだろう。
「この後は中央ホール集合だけど……久遠くんはやっぱり魔法少女向けの特別訓練コースに参加する感じ? ほら、MAHOに所属してるわけだし」
久遠くんは現在、MAHO所属の正規戦闘員として登録されている。
であれば、スケジュール的にはみろくちゃんたちと同じ『魔法少女・戦闘員専従訓練プログラム』に入るのが自然な流れだ。
実際、原作『カルマレイド』でも、この合宿期間中にみろくちゃんともう一人の仲間と共に特訓するイベントが存在した。
あの訓練イベントはミニゲーム形式になっていて、育成結果によって仲間のステータス上昇値や好感度の上がり幅が変わるのだ。
最高評価の『Sランク』を叩き出すために、乱数を調整しながら何度もロードを繰り返したプレイヤーは少なくない。
かくいう俺も最高値を出すために何度も繰り返した。
「あれ? 俺がMAHOに所属してるって言ったっけ……?」
……ぬおっ⁉ しまった、やらかした!
確かに久遠くん自身、MAHO所属であることを極秘にしているわけではないが、かと言って学校で積極的に吹聴してまわるタイプでもない。
ましてや、彼は実戦に参加し始めてまだ日が浅いルーキーだ。
業界関係者や現場の魔法少女以外には、まだ彼の存在や役割は認知されていないはずだった。
推しと同室になれた喜びに浮かれすぎて、完全に素で口滑らせてしまった!
「あ、いや! ほら、俺って筋金入りの魔法少女ファンだからさ! 休日はよく現場の観戦に行くんだけど、その伝手で噂を耳にしてね!」
冷や汗をダラダラと流しながら、必死にオタクのネットワークを盾にして言い訳を突貫工事する。
俺の勢いに押された久遠くんは、「あはは、なるほどね」と素直に納得してくれた。
ふいー……危ねえ危ねえ、心臓が止まるかと思ったぜ。
推しを前にするとどうしても緩みまくりになるな、俺としたことがうっかりが過ぎる。
『ふん、いつもうっかり口を滑らせている自覚はないのか? お前の粗忽さは今に始まったことではないだろうに』
黙らっしゃい!
まったく、マキナの奴は隙さえあれば俺に突っかかってくるな。
気を取り直して、俺は久遠くんに問いかけた。
「で、実際どうなの? やっぱり訓練コースの方にエントリーする感じ?」
「――うん。一応、特訓コースの方で希望を出しておいたよ。俺としても……もっと強く、頼られるようにならないといけない理由があるからね」
言葉の途中で、ぎゅっと自分の右拳を握りしめる久遠くん。
その真剣な瞳の奥には、きっと先日のダンジョンで起きた危機や、自分の無力さに対する悔しさが宿っているのだろう。
はー……どこまでも向上心を忘れない、これぞ主人公の鑑!
尊さで心が洗われるわ……ぐへへ。
もし万が一、一般コースに行こうとしていたら影から誘導しようかと画策していたが、その心配は全く無用だったようだ。
そんな雑談を交わしているうちに集合時間が近づいてきたため、俺たちは身支度を整えて中央ホールへと向かうことにした。
「あ、久遠君! 明星君!」
廊下を進み、男子寮と女子寮の通路が交差する合流地点に差し掛かったところで、元気な声と共にみろくちゃんと鉢合わせた。
そして、みろくちゃんのすぐ隣には――クールそうな雰囲気を纏う、涼やかな青髪の少女が佇んでいた。
俺たちの姿を認めると、彼女はどこかぎこちなくぺこりと頭を下げる。
彼女こそが、久遠パーティにおける3人目の仲間――水天 葵ちゃんだ。
属性は『水』。使用するアーケインデバイスは、三叉矛。
「す、水天葵です……。よ、よろしくお願いします……フヒッ」
顔をわずかに引きつらせ、ぎこちなさすぎる薄笑いを浮かべながら自己紹介をしてくれる葵。
……そう、この水天葵という少女、一見するとクールでミステリアスな美少女に見えるため、先輩魔法少女である真如摩利さんと「クール枠が被っているのでは?」と初見のプレイヤーに誤解されがちなのだが、その内面は完全なる別物である。
彼女の本性は――生粋にして重度の陰キャオタクなのだ。
しかも重度の魔法少女マニアであり、一度スイッチが入って好きなジャンルを語り出せば、途端に超早口のオタクと化す――つまるところ、俺と同類であった。
原作でも久遠くんに対して最初から友好的で、「お、男でありながら魔法少女……⁉ これぞ物語の王道、激アツ展開ですなウヒョー!」と、一人でテンションを爆上げさせていた実績がある。
しかし、いざ自身に色恋沙汰の雰囲気が漂い始めると途端に挙動不審になって逃げ腰になるため、ヒロイン攻略難易度としては地味に難関だったりする。
そんなステレオタイプな陰キャ属性が刺さるプレイヤーからは絶大な支持を集めていた彼女だが、人気の理由は性格だけではない。
何より彼女は、その華奢な体躯からは想像もつかないほど《《胸部装甲》》が圧倒的にぶ厚いのだ。
具体的な描写を口にするのは無粋というものだが、まあアルファベットの8番目の文字とだけ表現しておこう。
ちなみに、俺個人としても大変好ましい造形であるとお伝えしておきたい。
『……チッ! 男というのはどいつもこいつも、乳だの何だのと下らん! ……実にくだらんなぁ‼』
突如として、俺の脳内でマキナが盛大にイラつきを爆発させてきた。
おや……? 珍しくマキナが露骨に荒れているぞ……?
あ、ふーん(察し)。
どんまいマキナ、気に病むなよ。俺はペタッとしたスレンダーな造形も大好物だからな☆
『ふぁ○く!!!』
フォローのつもりで念を返した瞬間、とてもコンプライアンス的に表へは出せないような極悪な暴言が脳内に響き渡った。
その後、マキナはスンと静まり返り、完全に心を閉ざしてうんともすんとも言わなくなってしまった。
どうやら盛大に拗ねさせてしまったらしい。
「俺は明星 宵っていいます。よろしくね。……ちなみにだけど、俺も《《魔法少女のことが大好き》》なんだ」
俺が隣に歩み寄り、ボソッと囁いたその瞬間。
「――ッ!」
葵ちゃんの瞳に、まるで暗闇の中で獲物を見つけた猛禽類か、あるいは砂漠でオアシスを発見した旅人のようなギラついた光が宿った。
言葉交わさずとも通じ合うソウルメイトを見つけた確信。
俺たちは互いにじっと見つめ合った後、ガシッと力強い握手を交わした。
そう、深淵を覗くオタク同士は、互いに引かれ合う運命なのだ。
「今度、古今東西の魔法少女について……夜を徹してじっくり語り合おうか」
「もちろんです……! ぜひに、同士よ……!!」
メインストーリーの根幹には干渉しない範囲で、同好の士としてオタク談義に花を咲かせるくらいなら何の問題もないはずだ。
というか純粋に俺がこの世界で生のオタク談義をしたい。
……しかし、この時の俺は完全に失念していたのだった。
魔法少女オタクの同志に巡り会えた喜びに目が眩み、彼女自身が『カルマレイド』に登場するヒロインであり、俺にとっての《《推しの一人》》であるという事実を。
のちに二人きりでオタク談義を開催した際、推しの尊すぎる至近距離によって俺の脳みそが容易くショートする未来があることを。
そして、《《さっきの発言》》に対する腹いせとして、マキナがこの致命的な危険性についてあえてだんまりを決め込んでいたということを――。




