学園と言えば合宿
ダンジョンが消え、久遠くんたちが去っていくのを見送った後、隠れていた俺たちは変身を解いて姿を現す。
「……ふはぁ〜! くそ焦ったぁ!」
無事に終わったことに安堵し、俺は肺の空気を大きく吐き出していく。
まさか、業魔があのタイミングで久遠くんを狙うとは完全に予想外だった。
……ゲームでの久遠くんは戦闘自体には参加せず、魔法少女へバフをかける役だったため《《HP》》が存在しなかったのだ。
つまりシステム上は無敵であり、敵の攻撃対象にすらならなかった。
ここは現実だと理解していたつもりだったが、それでも心のどこかでゲームの知識に引きずられていたのかもしれない。
普通に考えれば、後方にいる支援役の久遠くんを狙うのは当然の戦術だ。
彼への攻撃を防ぐため咄嗟に防壁を張って守ったが、彼自身も反撃を行っていたことで事なきを得た。
あの時、攻撃魔法を使えないはずの久遠くんが魔法を使っていて驚いたが、そういえばゲームでもカートリッジに魔法を込めて誰でも使えるようにする『インスタント魔法』の技術がMAHOにあったなと思い出す。
とりあえず彼に自己防衛の手段があると分かったのは僥倖だが、今回の件を踏まえると、久遠くんにはもっと強くなってもらう必要があるかもしれない。
「焦ったぁ……じゃないわよ! アタシの方が焦ったわよ、途中で何度も奇声なんか出して! アタシが何回ツッコんだと思ってるの!」
俺が今回の反省点や今後の方針について熟考していると、ピコピコハンマー化したグランを握りしめたさっちゃんがプンスコと怒りを露わにする。
「いやぁ、その節はご迷惑を……」
俺は、何度もグランで叩かれた後頭部をさする。
たんこぶがすごく痛い。
俺も自重しようとは思っていたのだが、目の前で繰り広げられる度重なる原作シーンに興奮が抑えきれなかったのだ。
認めたくないものだな、オタクゆえの過ちというものを。
「はぁ……変だ変だとは思ってたけど、予想以上ね……なんでこんな奴のこと……」
と、さっちゃんは何やらぶつぶつと小声で呟き始める。
「さっちゃん?」
「え? あ、な、何でもないわよ!」
自分の世界に入り込んでいたさっちゃんに話しかければ、彼女はハッとした表情で思考の沼から抜け出し、顔を真っ赤にしながら謎の弁解をした。
「そう? それならいいけど……。それで、実際に見てどうだった?」
「うーん、何とも言えないかなぁ……。あ、でも、咄嗟の動きは悪くなかったんじゃないの」
ふふーん、そうだろそうだろ。
久遠くんは経験こそまだ浅いが、咄嗟の判断力やセンス自体は決して悪くないのだ。
「なんであんたが自慢げなのよ」
鼻を高くして胸を張る俺に対し、呆れた視線を向けてくるさっちゃん。
「で、これからどうするの?」
「どうするも何も、今日と同じだよ。今後も彼の動向は見守る必要があるんだ」
「それは――さっき言ってた運命がどうたらってやつ?」
彼女の問いかけに俺は深く頷く。
久遠くんがどう決断し、どう成長していくのかを見守るのは俺の使命だ。
そして場合によっては、彼が死なないように鍛え上げていく必要もある。
「どうしてそんなことをするの?」
「彼のファンだからさ。まぁ、彼だけじゃなくて魔法少女全員のファンでもあるんだけどね」
俺の言葉に、さっちゃんはひとまず納得したようだった。
その後、俺たちはその場で解散となった。
◆
それから1か月後。
さっちゃんの起こした大規模異界化の件だが、最初はMAHO側も警戒を強めていたものの、それ以降に音沙汰がないため次第に元の平穏な空気に戻りつつあった。
油断しすぎかとも思わなくもないが、そもそも業魔が現れるようになって数十年。
異界化やダンジョン化に国民自体が慣れきっており、死者さえ出なければ「また地震かぁ、結構揺れたなぁ」くらいの感覚なのだ。
慣れというのは本当に恐ろしい。
また、国法や民法の尽力により、魔法少女の黎明期を除いて一般人の死者が出ていないというのも大きく影響している。
まぁ、何が言いたいかというと――。
「それじゃ、学習合宿に向かうぞ。バスに乗れー」
綺麗な黒髪を後ろでポニーテールにまとめた女性……智慧先生が、気怠そうに指示を出す。
そう、カルマレイドでも屈指の人気を誇る合宿イベントがついに始まるのである!
始まるのである!
あの事件がきっかけで自粛モードに入るかと思ったが、無事に開催されるのだ!
ふうううううう!
『テンション高すぎて鬱陶しいなぁ……』
俺が脳内ではっちゃけていると、マキナが引き気味の声で話しかけてくる。
テンション上がらないでいられるか!
カルマレイドの最初のイベントなのだ。これで浮かれるなという方が無理な話である。
学習合宿――一般的に言う林間合宿のようなもので、普段とは違う環境で勉強に励み、夜はみんなでバーベキューを楽しむというワクワク要素満載のイベントだ。
また、魔法少女たちとの絆を深める重要なイベントでもあるため、ファンとしては一瞬たりとも見逃せない。
現在、久遠くんのパーティメンバーは妙覚みろく、真如 摩利に加え、もう1人存在する。
摩利は学年が違うためこのイベントには不参加だが、もう1人は同学年のため参加するのだ。
彼女との専用交流イベントもあるので、今から楽しみで仕方がない。
そんな胸の高鳴りを秘めながらバスに乗り込む。
座席は特に指定されていないため、俺は適当に窓側の席へ腰を下ろした。
移動のしやすさを考えれば通路側の方が良いのだろうが、俺は外の景色を眺めるのが好きなのだ。
それに、ゲームの画面越しでは見ることができなかった生の景色だからこそ、余計に目に焼き付けておきたい。
ちなみに今回向かう目的地は、元魔法少女が管理する山奥の訓練施設である。
つまり、魔法少女たちのための特訓カリキュラムであるのだ。
俺は魔法少女ではないので残念ながら参加権はないが、機会があれば見学くらいはさせてもらいたいものである。
「隣、いいかな?」
この先の展開について思いを馳せていると、唐突に上から声をかけられた。
視線を向けると、なんとそこには久遠くんが立っていた。
「にょおん⁉」
「うわっ、びっくりしたっ。ご、ごめんね急に声かけて。ダメだったかな?」
「だ、ダメじゃないよ! どうぞどうぞ、何のお構いもしませんで……」
バクバクと暴れ狂う心臓を何とか鎮めながら、俺は即座に快諾する。
「あはは、面白いね明星くんは。君の家じゃないんだから」
俺の言葉を冗談だと思ったのか、久遠くんはクスクスとおかしそうに笑いながら通路側の席に腰を下ろした。
なんでみろくちゃんの隣じゃなくて俺の隣なんだ? と不思議に思って周囲を見渡すと、通路を挟んだ反対側にみろくちゃんが座っており、その隣には別の女子生徒が座っていた。
なるほど、男子と女子で自然と席が分かれたわけか。
……まぁ、よく考えたらそれが普通である。
それを考慮しても、なぜ俺の隣なのかは依然として謎だが。
「――君とは前からちゃんと話したいと思ってたんだ。……なんか、避けられてる感じがしてたから」
「あぶぶ、いや、それは……あのぅ……へへ……」
推しの放つ光が眩しすぎて近寄れませんでした、なんて真実を言えるはずもなく、ヘラヘラと笑って誤魔化すだけの変質者がここに誕生する。
まことにごめんなさい。
「もしかして俺……何か嫌われるようなことしちゃったかな? そういえば、初めて会った時も気絶させてしまったし」
いや、あれは突然の推しの登場に脳の処理能力が追いつかなかっただけなのだ。
正直、今だっていつショートしてもおかしくない。
この世界に転生して長いのだからいい加減慣れろという話なのだが、そう簡単に割り切れるものではないのである。
「俺の名前も最初から知ってたし、俺が覚えてないだけで昔……何か失礼なことしちゃったのかなって」
「い、いや! 嫌いだなんて滅相もない! むしろ好き……って言うとあああ誤解させちゃうか! 名前を知ってたのは偶然で、その、あの……!」
俺が「好き」という単語を口走った瞬間、なぜか通路挟んで隣の席からみろくちゃんがクワッと目を見開いて猛禽類のような鋭い瞳でこちらを凝視してきたが、今の俺にそんなことを気にしている余裕はない。
「あぁ、ごめん。責めるつもりじゃなかったんだ」
俺の慌てようを見て、久遠くんはパタパタと手を振ってフォローを入れる。
「ただ、本当に君と仲良くしたいだけなんだ。せっかく同じクラスになれたんだし……ね?」
久遠くんはそう言って、後光が差すような菩薩の笑みを浮かべた。
見なよ、これが俺の久遠を。
これが主人公だぜ。
『もはや、お前のは宗教染みてて恐怖すら覚えるな』
脳内で呆れ返るマキナを力づくで黙らせ、俺はコクコクと何度も頷く。
「えっと、それじゃあ……よろしくお願いします……?」
「うん、よろしくね!」
「あ、私も仲良くしたいです! 仲良くしましょう明星君!」
俺と久遠くんがやり取りをしていると、「はいはい!」と元気よくみろくちゃんが身を乗り出して割り込んできた。
君たちの幸せは、俺が絶対に守ってみせるからな。
俺は心の中で静かに誓いを立てながら、尊さのあまり天に召されるのだった。




