初めてのダンジョン攻略(久遠視点)
「なるほど、確かに支援能力は高いようですね」
MAHOの先輩魔法少女――真如 摩利さんが業魔を倒した後、自身の体を確認しながら呟く。
「いつもよりも体の動きが違いました。相手は下級の業魔とはいえ、確かに戦場に出るだけの事はあるようですね」
彼女は男である俺が魔法少女――少女? になるのが納得いかないようで、初対面から突っかかってきていたけれど、どうやら完全に頭が固い人ってわけではなさそうだ。
「そうです! 実成君はすごいんですから! MAHOの訓練だってしっかりこなしてますし!」
ロングソードを片手に携えた桃色の髪の少女……みろくが、鼻息を荒くしてそう力説する。
「それは魔法少女であれば当然の義務です。私たちは命を懸けている。少しでも人々を助けるために、やるべきことなのです」
しかし、真如さんは冷たい瞳でジロリとこちらを見ながら一蹴する。
そんな彼女に対し、みろくは不満そうに頬を膨らませていた。
……まるでハムスターみたいな姿に、思わず小さく笑ってしまう。
「あ、実成君! 何笑ってるの!」
「はは、ごめんごめん。でも、俺のために怒ってくれてありがとうね」
俺がそう言うと、みろくは「もう!」と小さく怒ってみせる。
「ですが、あなたの能力に実用性があるのも確か。不承不承ながら、今はひとまず認めることにしましょう」
俺とみろくのやり取りを見ていた真如さんが、ふっと息を吐いて言った。
「ただし、今後も己の身は己で守ってくださいね。業魔と戦っている時は、あなたに構っている余裕はありませんので」
「――はい! いつか、真如さんに認めてもらえるように頑張ります」
俺は拳を握り、決意表明をする。
俺がなぜこの力を使えるのかは分からない。
だけど、魔法少女を助けるためにこの力を出し惜しみするつもりはない。
幼い頃に助けてもらった恩を、今度は俺が魔法少女達に返すんだ。
「ハーン!」
「チョット、オバカ!」
「ん? 今なんか言った?」
俺たちが話していると、突然遠くから奇声のような音と、何かを殴りつけるような不穏な打撃音が聞こえた気がした。
「んーん、何も聞こえなかったよ?」
首を傾げるみろく。
「おそらく、どこかで業魔が鳴いているのでしょう。気にせず進みますよ」
真如さんはそう言うと、槍を構え直して先に進み始める。
「あ、待ってくださいっ」
「置いていかないでぇ!」
俺とみろくは、どんどん先へ進んでしまう真如さんを慌てて追いかける。
道中、俺たちはこのダンジョンに捕らわれた人を救助しながら進んでいった。
本当は助けた時点ですぐ引き返せばいいのだが、時間をかけると新たな犠牲者が出たり、ダンジョン自体が拡大してしまう恐れがある。
さっさと最奥にいるボスを撃破するのが最善策なのだ。
だからこそ、助けた一般人を保護して守るのが主に俺の役目となる。
俺は前線に出ないが、一応の戦闘訓練は受けているし、攻撃用のアーケインデバイスも支給されている。
とはいえ、みろくや真如さんのように自力で強力な攻撃魔法が使えるわけではない。
あらかじめカートリッジにセットされた魔法を使って戦う形だ。
原理はよく分からないが、弾数制限と引き換えに誰でも魔法を行使できるらしい。一般人や民間企業の魔法少女には普及していない、MAHOオリジナルの最新技術だ。
威力も本職の魔法少女には遠く及ばないため、あくまで自衛や緊急用の護身武器である。
そのまま危なげなくダンジョンを突き進み、ついに俺たちは最奥へとたどり着いた。
「なるほど、動物型ですか」
そこにいたのは、見上げるほど巨大な山猫の業魔。全身の毛を逆立て、獰猛に威嚇している。
普通の猫サイズなら可愛らしく見えるのだろうが、この巨躯となると圧迫感が凄い。
「久遠さん、あなたは救助者と共に下がっていてください」
「はい、気を付けてください!」
俺は指示通りに距離を取ると、すぐさま二人へ支援魔法を詠唱する。
効果は身体能力の向上、および魔法威力の増幅。
本来は後方から戦況を俯瞰し、指揮官として指示を出すのが役割とされているのだが……残念ながら俺にはまだそこまでの実戦経験がない。今はまだ、こうしてバフに徹するのが精一杯だ。
「妙覚さんは右から。私は左から行きます」
「分かりました!」
支援魔法を受けた二人が素早く二手に分かれ、左右から山猫型の業魔へと肉薄する。
「フシャアアアアア!」
「なっ……速い!?」
だが、業魔はその巨体に反して恐ろしい速度を見せた。一瞬で視界から姿を消すと、みろくの背後へと回り込む。
「みろく、後ろだ!」
「やあああああ!」
俺の声に即座に反応したみろくは、愛用の剣型アーケインデバイス――当来導刃に光を纏わせ、振り向きざまに一閃する。
みろくの属性は『光』。
魔法少女の魔法と業魔には相性があり、例えば雷魔法は水の業魔に強いといった法則がある。
しかし、みろくが扱う光魔法は《《すべての業魔に対して有利》》。
それゆえに彼女は新人でありながら、MAHOの期待の星として注目を集めているのだ。
不意打ちにも動じることなく即座に対処するあたり、彼女のセンスは本物だった。
「ギニャアア⁉」
奇襲を防がれた業魔は跳びのいて間合いを取ると、鋭い前脚を振り抜く。
放たれた風の刃が地面を切り裂き、激しい音を立てってみろくたちへと迫っていった。
「させません!」
真如さんが鋭く叫び、華麗に槍を旋回させて風の刃の軌道を逸らす。
弾かれた風の刃が背後の岩壁に深く突き刺さり、土煙が舞い上がった。
正面突破は不向きと悟ったのか、業魔の濁った瞳がチラリとこちらへ向けられた。
……! まずい、ターゲットを俺に変えた⁉
俺はすぐさま支給されたアーケインデバイスを構える。
「ニャニャニャニャアアアア!」
狂ったような咆哮とともに放たれたのは、風の刃による無差別の乱撃。
凄まじい密度の斬撃が、容赦なく俺と救助者へ押し寄せてくる。
「実成君!」
「久遠さん! くっ、間に合え!」
二人ともこちらへ全速力で駆け直してくるが、到達前に着弾するだろう。
――逃げられない。俺がやるしかない!
俺は背後の救助者を庇うように前に立ち、アーケインデバイスの狙いを定めた。
深く息を吐き出し、起動ワードを叫ぶ。
「爆ぜろ!」
あらかじめセットされていた爆破魔法が起動する。
――キィン!
「――え?」
魔法が炸裂する一瞬手前。
押し寄せていた無数の風の刃が、まるで不可視の硬質な壁に弾かれたかのように、不自然に軌道を外した。
直後、俺の爆発魔法が着弾し、不完全に逸れた風の刃をすべて相殺、打ち砕いく。
俺が無事だと確認するやいなや、真如さんが踵を返し地を蹴って最前線へ躍り出る。
「久遠さん、見事な判断です! あとは私達に任せなさい!」
彼女の構える槍型アーケインデバイス――ハナ=ク槍の穂先が、バチバチと紫色の雷撃を帯び始める。
俺の支援魔法による身体能力向上と威力増幅。
その力を完璧に制御しきった彼女の踏み込みは、体制を崩した業魔の反応速度を遥かに凌駕していた。
「穿て――千槍万雷!」
裂帛の気合とともに解き放たれた刺突が、山猫の巨体を容赦なく穿ち抜く。
「ギャオオオオオン⁉」
激痛に顔を歪め、業魔が大きく態勢を崩して悲鳴を上げた。
「みろく、今だ!」
俺はその決定的な隙を見逃さず、すぐさま指示を飛ばす。
「はいっ!」
俺の呼びかけに即座に応じたみろくの当来導刃が、眩いばかりの光を放ち始める。
あらゆる業魔を滅ぼす光の属性。俺のバフによってさらに限界突破したその輝きが、暗がりを真昼のように照らし出した。
「これで……おしまいですっ!」
みろくが踏み込み、光の軌跡を描きながら業魔の懐へ飛び込む。
巨腕を振り下ろそうとする山猫の迎撃を軽やかなステップで掻いくぐり、渾身の一撃を振り抜いた。
「破邪顕正ッ!」
眩い光の断空が、山猫の巨体を十文字に切り裂く。
「ギ、ニャアアアアア……ッ!」
傷口から浄化の光が溢れ出し、業魔の肉体が崩壊していく。
断末魔とともに、巨体は光の粒子となって雲散霧消した。
ダンジョンボスが倒されたことで異界が霧散し、空間が音を立てて崩れ始める。
景色がぐにゃりと歪み、あっという間に見慣れた現実の街並みへと戻っていった。
「ふぅ……。なんとか倒せましたね」
みろくが剣の光を収め、ほっと胸を撫で下ろしながら額の汗を拭う。
「ええ、お見事です。それと……久遠さん」
真如さんが槍を収め、真摯な視線を俺に向けてくる。
「はい」
「私たちの対応が遅れ、危険に晒してしまい申し訳ありませんでした」
そう言って、真如さんは深々と頭を下げた。
「先程は厳しい言葉をかけましたが、前言を撤回します。あなたの力は、確かに私たち魔法少女にとって不可欠で有益なものです。咄嗟の状況下で見せた判断力も素晴らしい。これから、よろしくお願いしますね」
「真如さん……。ありがとうございます! これからも全力で皆さんをサポートします!」
俺が力強く頷くと、みろくが自分のことのようにパァッと表情を輝かせた。
「ほらー! だから言ったじゃないですか、実成君はすごいんですって!」
「はいはい、分かりましたから。はしゃぎすぎですよ、妙覚さん」
呆れ顔で息を吐く真如さんだったが、その瞳と声色には最初に見せた冷たさはもうなかった。
(だけど……さっきのは一体何だったんだろう……)
俺が爆破魔法を発動させる直前――確実に《《何か》》が風の刃を弾き返していた。
一瞬の出来事だったが、あれは決して気のせいではない。確かな違和感が胸に残る。
考えても今の俺には答えを出せそうにない。
今はただ、無事にダンジョンをクリアできたことを喜ぶとしよう。




