主人公を眺めまして
――大規模異界化事件からしばらく経った日。
久遠くんたちはダンジョン化した異界の攻略にやってきていた。
何度か業魔との戦闘を重ねて経験を積んだことで、ステップアップできると判断されたためだ。
今回のダンジョンは迷宮型。
MAHOの観測班によれば全3階層で、要救助者は1名であるらしかった。
攻略陣形は後方支援に久遠くん。前線を妙覚みろくと、もう1人……。
「ふん……っ。あなたが男性でありながら魔法を使えるという方ですね。支援強化の魔法が得意とのことですが、足は引っ張らないでくださいね」
長い黒髪の前髪を切りそろえた、姫カットヘアの17歳くらいの少女がそう言い放つ。
切れ長の瞳で冷たい雰囲気を纏い、手には槍型のアーケインデバイス……ハナ=ク槍を携えていた。
槍の名前は一見ふざけているようだが、元ネタはお釈迦様の命日に行われる涅槃会などで、無病息災を祈って配られる黒砂糖をまぶしたあられの京銘菓——『花供曽』という、ちゃんと存在する仏教ワードである。
ちなみに、軍荼利姉さんの錫杖は『気炎万杖』。
妙覚みろくは弥勒菩薩の別名である当来導師のもじりである当来導刃という剣である。
そして、彼女の名前は真如 摩利。融通の利かない性格で規則絶対守るウーマンだ。
例外を嫌うため、男である久遠くんを認めていない。
とはいえMAHOからの命令は絶対なので、渋々同行している形になる。
そして彼女は、後に久遠くんのパーティ入りする《《チョロイン》》であった。
――そう、カルマレイドではパーティ加入=攻略対象の図式が成り立つのだ。
しかもヒロインとしての攻略難度は《《最も低い》》。
元々男とは距離を取りがちで異性への耐性がないため、誰にでも分け隔てなく接する久遠くんの人となりに触れることで、グイングインと好感度を上げていくのだ。
第一印象でツンケンしていた女の子が主人公にデレデレになる……すごくいいと思います。
「凄くいいと思う!」
「うわっ、びっくりした! 急に大きい声を出さないでよ!」
目の前に繰り広げられる原作シーンに思わず感情が高ぶり声が漏れてしまうと、隣にいたさっちゃん(プロタゴニストの姿)が、小声で怒鳴るという器用な芸当を披露してくれた。
そう、現在俺たちは久遠くんたちから離れたところで、彼らを観察していたのである。
何故かって? 原作シーンを見逃すわけにはいかないからだよ。
大規模異界化などのイレギュラーがあったので原作通りに進むか不安ではあったが、どうやら多少の寄り道はしつつも本筋自体は変わらないようで何よりだった。
ちなみに俺もリライターの姿だ。
素の状態で近づくのは危険だしね。姉さんとも危険なことはしないって約束したから、ちゃんと安全策を取っているよ(欺瞞)。
「で、結局これは何なのよ」
「何って……彼らの観察だが?」
俺の行動方針を理解してもらうため、ちょうどいいのでさっちゃんも呼んだのだ。
「え、あ、そ、そうなの? なんだ……大事な話があるから来てほしいって言うから、てっきり……」
と、さっちゃんは顔を赤らめながら俯き、ボソボソと呟き始める。
いや、嘘は言ってないぞ。
主人公の原作シーンを眺めるというのは一大事だからな。
仲間であるさっちゃんにも、ぜひ知ってほしかったのだ。
『お前はきっといつか刺されるな』
『ケケケ、マスターも苦労すんなぁ』
何やらディザイア共が俺を見て呆れたような雰囲気を醸し出している。
解せぬ。
「そ、それで! あいつらが何なの?」
誤魔化すように少し声を張り上げるさっちゃん。
「話に聞いたことないかな? あそこにいる彼……久遠 実成くんが、例の男性でありながら魔法を使える存在だ」
MAHOは極力彼の情報が広まらないよう配慮してはいるが、それでも人の口に戸は立てられない。
活動する以上は知名度も上がっていく。
MAHOも広報に消極的なだけで特に規制はしていないので、まあ想定の範囲内だろう。
「……あぁ、あの子が。そういえば聞いたことあるかも。あれ? でも……リライターだって男じゃない」
まあ、それはそうなんだが、俺の場合は少し違う。
「私は、体を少女に造り替えているからね。男としては使えないままだよ。純粋に男のままで使えるのは彼だけだ」
少女になるとどうして使えるのかは謎だが、考えても埒が明かないのでそういうもんだから仕方ないと割り切っている。
そして、男で使えるという独自性、唯一の存在は彼だけでいい。
俺がそれを奪うわけにはいかないのだ。
俺の説明に納得したのかしていないのか、「ふーん」と曖昧な返事をするさっちゃん。
「見たところパッとしないけど、リライターのあんたが監視するほどなの? そりゃ、男で魔法を使えるのはすごいと思うけど」
……まあ、何も知らないとそんな感想を抱くのも仕方ないだろう。
かなり特殊ではあるが、魔法が当たり前の世界で支援特化というのは地味な立ち位置でもあるのだから。
「――ああ、彼はすごいよ。いずれ世界を救うんだ。いや、《《救ってもらわないと困る》》。彼はそう運命づけられているのだから」
仲間と苦楽を共にし、青春を送り、激闘を繰り広げ、ハッピーエンドを迎える。
それこそが俺の望む展開。
バッドエンドには絶対にさせない。認めない。
それが、たとえ妄念具の黒幕だろうと、だ。
「リ、リライター?」
思考が深く沈み始めたころ、さっちゃんの声を聞いて意識が浮上する。
危ない危ない、ちょっと入り込み過ぎていた。
さっちゃんのおかげで助かったよ。
「ごめん、大丈夫だ。ありがとうね」
俺は素直にお礼を言うと、彼女の頭をなでる。
普段の俺ならばそんなキザなことはできないのだが、今の俺はリライター。
こんなこともできちゃうのだ。
「な、仲間だもん。気にしないで」
嫌がるかとも思ったが、意外にもさっちゃんは俺を受け入れ、おとなしく撫でられていた。
◆
【滅城 サリエの独白】
頭に乗せられた手のひらは、思ったよりも温かかった。
……柄にもなく、胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚がする。
(なんなのよ、あいつ……本当に意味が分からないわ)
アタシは、内心で吐き捨てるように呟いた。
自分の人生は、最初から惨めでくだらないものだった。
アタシの周りは敵だらけだった。
誰にも迷惑をかけていないのに、みんながアタシを馬鹿にする。
クラスメイトも、先生も……パパとママでさえ。
世界はいつだって自分に冷たくて、理不尽で、吐き気がするほど不平等だった。
だからグランギニョル――グランと出会い、その手を取ったのだ。
世界を破滅させるため。自分を虐げてきた全てを、この手でぐちゃぐちゃに破壊してやるために。
——元々は、そこまで強烈な破壊願望を持っていたわけじゃないはずだった。
だけどグランを手にしてからは、抑えきれない破壊衝動が膨れ上がり、気づけばあんな大規模な異界化事件なんてものを引き起こしていた。
本当に、あそこまでやるつもりはなかったのだ。
自分自身でも止められない狂気。
このまま理性を呑み込まれて破滅してしまうという恐怖。
——それを、あの男はぶち壊した。
『愛してるからさ……』
(……バカじゃないの⁉)
思い出しても顔から火が出そうになる。
初対面で、しかも元は敵だった自分に対して、本気で「愛している」「推していきたい」なんて言いのけた変態。
男のくせに少女の姿に変身し、好きなものを前にすると早口になって、何のために戦っているのかもよく分からない奇人。
……だけど。
『俺たちは今日から仲間だ。お前が困っていれば俺が助ける。だから、いつでも連絡してこい』
暗闇の中で狂いそうになっていた自分に、最初に《《人間》》として手を差し伸べてくれたのは、他でもないあの男——明星宵だった。
彼の手は凄まじく強引で、理解不能で、けれど……世界中のどんな魔法よりも温かかったのだ。
(《《友達からで》》なんて……アタシ、なんであんな恥ずかしいこと言っちゃったのかしら)
チラリと隣を見る。
相変わらず目の前の久遠なんたらとかいう男を見て「凄くいい……」と怪しい笑みを浮かべているリライター。
呆れるし、相変わらず何を考えているのか分からない。
けれど、彼が見つめる『ハッピーエンド』というやつがどんなものなのか、少しだけ興味が湧いてしまった。
(……まあ、付き合ってあげないこともないわ。あんたが何を企んでいても、ね)
アタシを救ってしまったんだから、最後まで責任取りなさいよね。リライター。
頭に乗せられた大きな手を払いのけることもせず、アタシは小さく息を吐きながら、素直にその温もりを受け入れていた。




