事後処理をしまして
主演を撃破し、軍荼利姉さんの元へと戻る途中。俺は突如として猛烈な眩暈に襲われ、地面に膝をついた。
「ガハッ……」
『おい、宵っ。どうした⁉』
吐血する俺の姿を目にし、脳内でマキナが珍しく狼狽した声を上げる。
「くそ、やっぱりさっきの戦いでのダメージが残っていたか……」
『まさか、あの女の攻撃を喰らっていたのか。……回復してやりたいが、生憎と我は治療の術を持ち合わせておらん』
オロオロと取り乱すマキナ。
普段は毒ばかり吐いているこいつにも、他人を本気で心配する心があったらしい。
「いや、物理的な攻撃はほとんど回避した。これは――《《魔法少女と戦った》》ことによる精神的ショックだ」
『……ハァ?』
口元の血を拭いながら答えると、マキナから「何を言っているんだこいつは」という冷ややかな言葉が突き刺さる。
軍荼利姉さんや街の人々を守るため、心を鬼にして戦ったのは事実だ。
しかし、愛でるべき対象である魔法少女に攻撃を加えるという行為は、俺の魂と矜持が激しく拒絶していたらしい。
必死に耐えていたものの、限界を迎えて体に拒絶反応が出てしまったのだ。
『……はぁ。本気で心配して損をしたぞ。貴様、ふざけるのもいい加減にしろよ』
事情を説明すると、マキナは心底呆れ返った声を出した。心なしか口調も荒くなっている。
「ふざけてなんかいないぞ。お前には理解できないかもしれないが、魔法少女に危害を加えるということは、俺自身の精神を直接削っているのと同義なんだ」
たとえ敵対関係になろうとも、魔法少女とは無条件で尊び愛でるべき存在なのだから。
『貴様……そんな情けない調子で、またあの女や他の妄念具の契約者が挑んできたらどうするつもりだ。その度に自爆していては身が持たんぞ』
「お前にとっては、俺の体が弱って乗っ取りやすくなるから好都合なんじゃないのか?」
普段から俺の肉体を狙っているとは思えない心配ぶりに、思わず揶揄うような言葉が漏れる。
『……っ。うるさい、戯けが。お前など他の妹どもにボコボコにされてしまえっ。バーカバーカ』
照れ隠しなのか本気なのか分からない悪態をつくマキナ。
だが、冗談抜きでこれは重大な死活問題だ。
今後ディザイアの所有者たちと戦う際は、自分へのメンタルダメージという致命的なデバフも考慮しなければならない。……思った以上に過酷な戦いになりそうだ。
「少年っ!」
俺がそんな思考に沈んでいると、聞き馴染んだ凛とした声が響いた。
変身を解除した軍荼利姉さんが、慌てた様子でこちらへ駆け寄ってくる。
「大丈夫か⁉ 血だらけではないか!」
「俺は大丈夫です。それより……軍荼利さんは無事でしたか?」
俺の問いかけに、姉さんは一瞬驚いたように目を見開き、それから深く溜め息を吐いた。
「私の方は問題ない。あの後、すぐに泥型の業魔を叩き潰し、周囲の救助にあたっていた。君の姿が見えないので心配していたのだが……一体誰にやられたのだ?」
「え、あ、ええと……あの泥の業魔が膨らんだ時に遠くへ吹き飛ばされてしまって。他の業魔に襲われそうになったところを、リライターと名乗る魔法少女に助けられたんです」
嘘をつくのは忍びないが、当たり障りのない設定を突貫ででっち上げる。
ついでにリライターの好感度もちゃっかり稼いでおく。
第三者からの証言で評価が上がるというのは、物語の定番だからな。
まあ、本人なんですけど。
「その時に怪我を?」
「いえ、これは持病のようなもので……見た目が派手なだけで大したことはありません」
名を魔法少女に攻撃すると自傷ダメージを受ける病と言います。
『阿呆な病気すぎる』
うるさい、本人にとっては至極深刻なのだ。
「よく分からないが……大きな怪我はないのだな?」
「はい、そこは大丈夫です」
俺が頷くと、姉さんは安堵したように息を吐いた。
「とはいえ、吐血しているのは事実だ。無理をせず病院に行きなさい。私はこれから事後処理に向かわねばならん。これほど大規模な異界化は前代未聞だ、徹底的な調査が必要になる」
姉さんはそう言うと、俺の手を両手でギュッと握りしめてきた。
(ウエッハァ!?)
脳内で奇声が上がる。
「とにかく、君が無事でよかった。……リライターについてはMAHOも常に情報を集めている。落ち着いた頃に君へ事情聴取が入ると思うが、その時は協力をお願いしたい」
「あ、は、はい。分かりました」
バクバクと狂ったように打つ心臓を必死に抑えながら、何とか返事を絞り出す。
推しとの距離が近すぎて、いつキャパオーバーで爆発してもおかしくない。
連絡先が記された紙を渡された後、姉さんは颯爽と立ち去っていった。
「……推しの連絡先を手に入れてしまった」
何これ夢? お茶会デートだけでなく連絡先交換まで達成してしまうとは、どういう状況なのだろう。
嬉しい反面、壁になって遠くから傍観していたいオタク心としては、非常に複雑な心境であった。
◆
その後、中心街での大規模異界化事件はニュースで大々的に報じられた。
怪我人こそ出たものの幸いにも死者はゼロ。
しかし前代未聞の規模であったため、MAHOによる調査が行われることとなった。
また、今後の異界化予報エリアへの立ち入り制限も強化されるらしい。
不便ではあるが、今回の惨事を考えれば当然の措置だろう。
ちなみに原作『カルマレイド』において、これほどの大規模異界化が発生するのは、終盤で女王が本格侵攻を始めてからの話だ。
つまり今回の一件は完全にイレギュラー。
その原因はディザイアの所有者――プロタゴニストである。
彼女が特別なのか、他の契約者たちも同様の破壊を望んでいるのかは分からないが、シナリオを壊す存在である以上、俺が対処しなければならないだろう。
――とりあえず、魔法少女を相手にしてもメンタルを削られないように精神を鍛えなければな。
俺はそう密かに誓うのだった。
◆
数日後。
リライターに関するMAHOからの事情聴取には、差し障りのない事実だけを伝え、リライターの評判が上がるよう言葉を選んでおいた。
聴取を担当したMAHOの職員たちは何故か苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、きっと彼女は悪い奴ではないと伝わったはずだ。
そんなことを考えながら登校していた時のこと。
原作から完全に脱線してしまった今後の展開について思案しながら角を曲がると、ドスンと誰かにぶつかってしまった。
「あいったぁ⁉ ちょっと、どこ見て歩いてんのよ!」
「あ、ごめん」
最近よく人とぶつかるな、とうすらぼんやり思いながら謝罪する。
目の前では、身長140センチほどの少女がプンスカと怒っていた。
赤髪をツインテールにまとめ、黒のゴシックロリータ服を纏った少女。
極め付けは右目の黒い眼帯で、全身から凄まじい中二病オーラを放っている。
服装も雰囲気も以前とは全く異なるが、この姿は――。
「プロタゴニストじゃないか」
『愚妹じゃないか』
俺とマキナの声が完璧に重なった。
少女は俺の言葉にギクッと体を強張らせると、慌てて腕を組み、ムンッと表情を引き締めて――。
「だだだ誰のことかしら。ぷ、ぷろたごにすと? グランギニョル? なんのことかさっぱりだわ⁉」
目がクロールをする勢いで泳ぎまくり、完璧な棒読みで否定するのだった。
――――なんてこったい。




