本丸に向かいまして
「ひゃああああっ」
「はっ」
本体がいると思われる方向へ向かう途中、泥型業魔に襲われていた少女を目にした俺は、瞬時に距離を詰めて業魔を一刀両断する。
「大丈夫かい?」
「はい、ありがと……あ、お姉さま!」
礼を言おうと顔を上げた少女は、俺の姿を見るなり満面の笑みを浮かべた。
……ああ、この間ダンジョンで助けた子か。
私服姿だったから一瞬気づかなかった。
「君は確か……」
「井土です。井土 百合って言います、お姉さま!」
黒髪ロングの姫カットが印象的な少女――百合は、鼻息を荒くしながらぐいぐいと距離を詰めてくる。
「前もそう呼んでいたけれど、どうしてお姉さまと……?」
「敬愛の証ですっ」
食い気味に返される答え。
なるほど、気持ちは分からなくもない。
俺も軍荼利姉さんのことを「姉さん」と呼んでいるしな。この子とは良いオタク友達になれそうだ。
「……君は、魔法少女が好きかい?」
「はい、大好きです‼」
うむうむ、素晴らしい。やはり俺と同類の匂いを感じる。
脳内でマキナが『一度耳鼻科に行くことを勧めるぞ』と毒を吐いているが無視だ。
「ふふ、君とは良いお茶が飲めそうだ。もっと語り合いたいところだけれど……それはまたの機会にしよう」
今は一刻も早く元凶を倒さなければならない。
だが、一般人の彼女をここに放置するわけにもいかず思案していると――そこへ青い衣装を纏った魔法少女が駆け込んできた。
今回の異界化予報を受けて巡回していた現地スタッフだろう。
「あぁ、そこの魔法少女君。この子の保護を頼むよ」
「へぁ?」
20代前半ほどに見える青い衣装の魔法少女は、不意に声をかけられて素で間抜けな声を上げた。
「私はこれから本体を叩きに向かう。君は巻き込まれた人々の避難誘導と保護を頼むよ。それじゃあね」
何か言い掛けた彼女に百合を押し付けるように預け、俺は一気に跳躍してその場を離脱する。
道中、襲われている人々を救出しつつ、中心部へと急速に接近していく。
「それにしても、思った以上に侵食規模が大きいな……」
目標はマキナだと聞いていたが、それにしては被害の範囲が広すぎる。
『宵、あそこだ。あの場所から妹の不快な気配を感じる』
マキナが示す先には、一際高くそびえ立つ高層ビルがあった。
確かに、その屋上付近から強い魔法少女の波動を感じる。
速度を上げて屋上へと降り立つと、そこにはカフェで見かけた泥型業魔を巨大化させたような異形と、赤髪の魔法少女が佇んでいた。
彼女の手には、その華奢な体には似合わない、身の丈ほどもある武骨なハンマーが握られている。
「……来たわね」
赤髪ボブカットの少女が、ギラついた視線でこちらを射抜く。
「今回の惨劇は君の仕業かい? まったく、私のシナリオにない暴走をやられると困るんだがね」
俺の原作知識にないイレギュラーを起こすのは本当にやめてほしいものである。
『いつからデータ重視の参謀キャラになったんだお前は』
最初からそのつもりだったんだが?
まあ、ディザイアが介入してきた時点で俺の原作知識なんてほとんど役に立たなくなっているんですけどねガハハ。
「ふん、そんなことアタシの知ったことじゃないわ。アタシはこの腐った世界を残酷に、血と惨劇で塗りつぶしたいだけ。アタシは主演。よろしくね、改訂者」
苛烈な殺意と怒気を撒き散らしながら、プロタゴニストと名乗る少女がハンマーを構える。
「……目的は私、いや――私の所持するディザイアじゃないのかい?」
「それはアタシの目的じゃないわ。このグランギニョルの望みよ。アタシは自分の目的のついでに、こいつに協力してあげているだけ」
『ヒャッハー! くそ姉貴ぃ! ここで会ったが百年目だなぁ。ぶち潰してやるから覚悟しやがれぇっ』
突如、グランギニョルと呼ばれたハンマーから下品で物騒な罵声が響き渡る。
思った以上にヒャッハー系の口の悪さだった。
『ふん、相変わらず低俗な。我が妹ながら吐き気がするぞ』
俺の手の中で、マキナが心底から蔑むように言い放つ。
『それで? その隣にある醜悪なゴミ屑は何だ?』
「ふふ、可愛いでしょ? 業魔にアタシの魔力を混ぜてあげたら進化したのよ。能力は増殖。分身を各地に撒き散らして異界を広げるの。そして異界が広がるほど――アタシの力も跳ね上がるのよ!」
解説の途中で、プロタゴニストは前振りに一切のない動作でハンマーを振り下ろしてきた。
「おいおい、解説の途中で不意打ちをしてはいけないと教わらなかったかい?」
「教わってないわよ!」
なら仕方ないね!
俺が素早く後方へ立ち回ると、直前までいた床にハンマーが激突した。
轟音とともに屋上のコンクリートが大きく陥没し、凄まじい破壊力を物語る。まともに直撃すれば一溜まりもない。
「避けるんじゃないわよ!」
「無茶を言わないでくれ」
苛立ちを露わにしたプロタゴニストが、再び超重量のハンマーを振り回して肉迫してくる。
単調な大振りだと踏んで見切ろうとした瞬間――。
「ブースト!」
「っ」
ハンマーの背面に設置された噴射口から爆炎が吹き荒れ、攻撃の速度と軌道が跳ね上がった。
咄嗟にマキナの剣の腹で受け止めたものの、殺しきれなかった勢いによって後方へ激しく吹き飛ばされる。
『おいおい、姉さんよぉ! 新しい宿主は随分と骨のない雑魚じゃねぇかっ』
防戦一方になった俺を見て、グランギニョルが嘲笑を響かせる。
『は? 弱くなどないのだが? 最強なのだが? 本気を出せば一瞬で終わるのだが?』
『なら出してみろよぉ! 出せるものならなぁ‼』
本当に仲が悪いらしく、事あるごとに煽り合うディザイアども。
『おい、いつまで妹の好き勝手にさせている。さっさとケリをつけろ』
マキナは苛立たしげに督促してくるが、残念ながらそう簡単にはいかない。
「どうやらリライターは、アタシとの圧倒的な実力差を理解したみたいね。まさかここまで手応えがないなんて、がっかりだわ」
加速度的に増していく連撃を、俺は紙一重で回避し、防ぎ続ける。
『宵……じゃないリライター。何を躊躇している! お前の力はこんなものではないだろう!』
叫ぶマキナ。
だが、本気を出せるわけがないだろう。
相手は――《《魔法少女》》なんだから。
『お、前……っ。こんな土壇場で何を言っているんだ! 馬鹿か!』
俺の思考を読み取ったマキナが絶句する。
だが俺には、魔法少女を傷つけることなんてできないのだ。
「あははは、雑魚ね。このままアンタを殺して、街の奴らも、他の魔法少女も全員惨殺してあげるわ」
歓喜に歪むプロタゴニストの言葉に、ハッと正気に戻る。
そうだ、俺がここで倒れれば、他の魔法少女たちに危害が及ぶ。今もあの場所で軍荼利姉さんが命がけで戦っているのだ。
「――すまないマキナ、覚悟を決めたよ」
できれば戦いたくはなかった。
だが――推したちの平和を守るためなら、やるしかない。
俺は大剣を握り直し、鋭い眼差しでプロタゴニストを捉える。
急変したこちらの気配に、彼女は一瞬気圧されたように眉をひそめた。
「な、何よ急に……アンタが弱っちいのはもう分かってるのよ」
「マキナ――変形」
命令に応じ、内部の歯車が高速回転を始める。漆黒の大剣が瞬く間に姿を変え、巨大な弓へと変化を遂げた。
「はっ、何? 接近戦で勝てないから遠距離に逃げるつもり? そんな小手先でアタシに勝てるわけないでしょうが」
ハンマーを構え直し、突進してくるプロタゴニスト。
俺は弓を引き絞り、膨大な魔力を一本の光矢として生成する。
「シッ」
放たれた矢はプロタゴニストに向かって一直線に飛ぶ――が、大ハンマーの面によって易々と弾き飛ばされた。
「だから、無駄だって言ってるでしょうっ」
一発。弾かれる。
二発。弾かれる。
三発――四発。
五発、六発、七発。
「え、ちょっと……っ」
矢を弾き続けていたプロタゴニストの顔から、余裕が消え去る。
矢が止まらない。
溢れ出る規格外の魔力を無制限に注ぎ込み、ひたすらに押し切るような面攻撃の掃射。
「何……何なのこの魔力量。頭おかしいんじゃないの⁉」
『おい、馬鹿姉! 何なんだそいつはぁ!』
驚愕する2人に対し、マキナは嘲笑うように鼻を鳴らした。
『こいつは最初からおかしいのだよ。私すら畏怖を覚えるほどに……魔法少女のためならば、どこまでも狂える男だ』
マキナが何か失礼なことを言っている気がするが、俺は手を止めず矢の雨を降らせ続ける。
「君の書いた脚本は駄作だ。この私が《《改訂》》してあげよう」
「ふざけるな! アタシの脚本は駄作なんかじゃないっ。取り消せよ、今の言葉ぁ!」
『乗るなプロタゴニスト!』
グランギニョルが彼女を制止するがもう遅い。
「いいや――酷い駄作さ。星堕としの矢雨」
極限まで魔力を引き上げ、上空に向けて放たれた巨大な光矢。
それは天頂で無数の光弾へと分裂し、流星群となってプロタゴニストの頭上へ降り注いだ。
「あ、ぐああああっ」
密度と威力を増した光の雨を防ぎきれず、叫び声を上げて崩れ落ちるプロタゴニスト。
その隙を見逃さず、俺は背後に控えていた大型の泥型業魔へ向けて、最大出力の矢を射ち抜く。
直撃を受けた業魔は激しく身悶えし、不快な断末魔とともに蒸発するように消滅した。
「あぁ……アタシの業魔が……」
全身傷だらけになりながら、プロタゴニストは呆然と業魔の消失現場を見つめている。
「さあ、これで終わりだよ」
『妹を渡せば見逃してやろう』
敵対したとはいえ相手も魔法少女だ。できればこれ以上は危害を加えたくはない。
「認めない……認めないわよ! アタシは負けてない……絶対に負けてないんだからっ」
歯を食いしばった彼女は、渾身の力で足元の床へハンマーを叩きつけた。
魔力を帯びた猛烈な土煙が視界を遮り、煙が晴れた時には既に彼女の姿は消えていた。
『逃げたか』
「まあ、異界化の元凶は絶ったのだから良しとしようか」
核となっていた業魔が消滅したことで、空間を覆っていた異界化が急速に解除されていく。
初めて接触したディザイアの魔法少女。
今後も彼女たちと交戦することになるのなら、たとえ相手が魔法少女であっても退けるという覚悟を持たなければならないと、俺は密かに胸に刻むのだった。
「さて、軍荼利姉さんのところへ戻ろうか」




