ダンジョンに挑みまして
――業魔について話をしよう。
業魔とは、この世界における『カルマレイド』のラスボスが生み出すモンスターである。
人の負の感情を糧に生まれ、地上に現れれば周囲を一般人の立ち入れない異界へと変えてしまう。
異界の中に囚われた普通の人間は、頭痛や吐き気に襲われ、やがて死に至る。
主である業魔を倒せば元の世界へ戻る……というのが、この世界の基本ルールだ。
だが、強力な業魔と人間の感情が共鳴すると、異界はさらに歪んで深層化し、ダンジョンとなる。
無数の雑魚が湧き、最奥にはボスが君臨する攻略型ダンジョン。
ゲームでは主にここがレベリングの舞台となり、ローグライク要素を兼ねたランダムな構造でプレイヤーを楽しませてくれた。
ちなみに、これが天魔クラスの仕業となると話は別だ。
天魔が引き起こす大型ダンジョンは、放置すれば現実に溢れ出して災害を起こすため、攻略期限が設定される。
期日までに最奥のボスを倒してクリアできなければゲームオーバー。特定の日付まで時間が巻き戻されるという仕様である。
「というわけでやってきました、初ダンジョン」
俺の通う学校でも戦闘訓練はあるが、あくまで自衛の比重が大きい。
やはり実戦を鍛えるには実戦しかないのだ。
べ、別にこの前の訓練で幼馴染に負けて悔しかったわけじゃないんだからね!
『よほど悔しかったのだな』
だまらっしゃい。
脳内でツッコミを入れてくるマキナを黙らせる。
気を取り直して目の前のダンジョンだが……特に何の奇もてらっていない普通のダンジョンだ。
なんと、マキナにはこれから発生しそうなダンジョンの気配がわかるらしく、今回は発生前から出待ちをしていたのである。
国家機関であるMAHOも、民間企業もまだ把握していないはずなので、甘寧……もとい完全一番乗りだ。
「マキナ、中の中に取り残された人間は何人?」
『囚われておるのは三人。男が一人、女が二人だな。年齢は不明だ』
ふむ、カルマレイドの一般的なダンジョンといった感じだ。
ダンジョンには毎回ランダムな人数の要救助者がおり、助けた人数に応じてMAHOから支払われる報酬が変わる。
まぁ、俺はMAHOにも企業にも所属していない違法少女なので、報酬なんて出ないし、ただの自己満足でしかないのだが。
「それじゃ、さっさと助けに行きますかね」
俺はマキナを解放し、リライターへと変身する。
カチ、カチと重厚な歯車の駆動音が鳴り響き、俺の体はあっという間に魔法少女へと書き換えられていく。
「……なぁ、マキナ。変身するたびに思うんだけど、これ絶対、精神汚染されてるよな?」
リライターに変身するたび、思考が劇的に高揚し、謎の万能感に包まれる。
業魔や天魔相手でも物怖じしなくなるのはありがたいが、それにしてもテンションが上がり過ぎだ。
これがちょっと怖くて、実は軍荼利姉さんを助けた時と、久遠くん達を助けた時の二回しか変身してないんだよね……。
『精神……汚染……? 知らない子ですね』
「おい……おい!」
あきらかな嘘をつくマキナを問い詰めようとするが、奴はだんまりを決め込んでくる。
俺としてもできれば変身はしたくないが、そうすると久遠くんたちを特等席で見れなくなってしまうし、軍荼利姉さんを助けたことによる原作改変の責任も取れなくなってしまう。
マキナが何を企んでいるかはわからないが、俺の身一つで済むのなら受け入れるべきかもしれない。
「まぁいい……今は不問にしてやる。だが、久遠くん達に不利益が被るような真似をしたらマジでへし折るからな」
『――肝に銘じておこう』
いまいち信用ならない返答ではあるが、今は信じるしかない。
俺は意を決して、ダンジョンへと足を踏み入れた。
◆
今回のダンジョンは屋外型……森林ダンジョンであった。
ダンジョンにはいくつか種類があり、屋内、迷路、屋外と様々。さらに屋外でも、今回の森林や海などバリエーションに富んでいる。
そして、出てくる業魔はその環境に合わせた姿かたちの物が現れるのだが……。
「ぐああああ、きもいぃぃぃ!」
森林ということで、虫型の業魔がまぁ多い多い。
クワガタやカブトムシならまだいけるが、人間大のムカデ、ミミズ、蚊などがワラワラと襲い掛かってきて、さっきから鳥肌が止まらない。
実戦で鍛えるという建前は吹き飛び、ひたすらに大剣を振り回して追い払うばかりだ。
「ぜぇぜぇ……周りに誰も居なくてよかった……ミステリアス魔法少女☆リライターのイメージが崩れるところだったぜぇ……」
『ミステリアス? 誰が?』
俺がだよ。ミステリアスやろがい。
敵か味方かわからないミステリアス美少女、最高やろがい!
――――やろがい!
『分かった、分かったからそんな怒るでないわ。まったく、貴様の地雷はどこに埋まってるか分からんな』
俺の抗議に、マキナはげんなりしたように言う。
まったく、こいつは人間の罪から作られたくせに、ロマンを分かっていない。
いつか、しっかり教育した方がいいかもしれない。
「ひいいいっ、助けてぇっ!」
俺が今後のマキナ調教計画を練っていると、遠くから悲鳴が聞こえてきた。
聞こえてきたのは男性の声ですか? 女性の声ですか?
などとアホなことを考えていると、サラリーマン風の中年男性が汗だくになりながらこちらに向かって走ってくる。
その後ろからは、ひときわ巨大なムカデの業魔がギチギチと鳴きながら迫ってきていた。
「……っ!」
その姿を見てゾワリと背筋に冷たい汗が流れるが、すぐに気を取り直して大剣を構え、走り出す。
「マキナ、派手にかますぞ」
『オーキードーキー』
俺の命令にマキナが応えると、刀身の歯車が激しく回転し出し、漆黒の炎をまといだす。
すれ違いざまに大剣を振るい、ムカデ業魔を一刀両断する。
斬られた業魔は、まるで長い時間をかけて風化したようにサラサラと砂になって消え去った。
「え、あ……? た、助かったのか……?」
突然の状況を飲み込めないようで、男性は地面にへたり込んだまま戸惑っていた。
俺はすぐにリライターとしての自分に意識を切り替えると、不敵に笑う。
「やぁ、飛び入り参加のゲストくん。怪我はないかね?」
「え、あ、ああ……。君は……?」
「私はリライター。君たちの言葉で言えば……魔法少女さ」
ここで俺はあえて、イリーガルだとは名乗らない。
イリーガルは違法だ。それが活躍して噂が広まってしまえば、「MAHOは取り締まらないで何をやっているんだ」と推したちの負担になってしまうかもしれない。
助けられた人たちも、相手が魔法少女の方が安心するだろうしな。
「魔法……少女……。あ、いや、助かったよ。ありがとう」
サラリーマン風の男性は立ち上がると、深く礼を言う。
「なに、礼には及ばないよ。これが私の役割だからね。さて……君には申し訳ないが、しばらく同行してもらうよ。なにせ、このダンジョンにはあと二人、要救助者が居るからね」
ゲームでは、助けたNPCは勝手に「やったぜ」と外に消えていくのだが、現実ではそうもいかない。
ゲーム的便利さはリアルには持ち込まれないのだ。
そもそも、助けた瞬間に自力で帰れるなら最初から帰っとけと何度ツッコんだことか。
「え、で、でも……」
「安心したまえ。君の事は、この私が守るから」
俺は彼の手を取ると、安心させるように、にっこりと微笑む。
「――なら、私も手伝うとしよう」
と、そこへ、思いもよらない凛とした声が響いた。
茂みを掻き分けて姿を現したのは、真っ赤な髪をポニーテールにし、錫杖型のアーケインデバイスを携えた魔法少女。
かつて俺が助けた魔法少女……軍荼利 焔華がそこに立っていた。
ぴょおおおおおおっ⁉




