MAHOに招集されまして(久遠視点)
「久遠……実成くんだね」
超常脅威対策機構──通称MAHOに連れてこられた俺は、白髪交じりの髪をオールバックにした目の前の男性に尋ねられ、コクリと素直に頷く。
同じクラスの妙覚が業魔と戦闘中、やられそうになったのを見て思わず前に出てしまった結果、どういうわけか女性しか使えないはずの魔法が使えてしまったのだ。
さすがにこれは事情聴取が必要だと、妙覚にMAHOへ連れてこられたのである。
「私は八正道 解脱。このMAHO日本支部の支部長をさせてもらっている」
「……名前は知ってます。MAHOの立役者の1人だと。教科書にも載っているような方とお会いできるなんて光栄です」
八正道 解脱。男でありながら戦闘能力は魔法少女にも引けを取らないと言われているが、真相は定かではない。
しかし、現在の魔法少女に関する規則、業魔に襲われた際の補填制度など、様々なルールを作り上げ、MAHOの立場を確固たるものにしたのは間違いない。
そんなすごい人が目の前にいるなんて信じられず、先ほどから心臓が早鐘のように打ちまくり、喉もカラカラだった。
「そう緊張しなくていい。私は今や前線を退いた老兵だ。日々やってくる書類に判を押しているだけのおっさんさ」
緊張する俺に対し、八正道さんはにこやかに笑いながらそう話す。
「最近は老眼もきつくなってきたのか、文字を見るのが辛くてねぇ」
「支部長、そんなことよりも彼の状況を早く」
なおも話し続ける八正道さんにしびれを切らしたのか、隣にいた白衣の女性が興奮した面持ちで割って入る。
寝不足なのか目の下のクマがひどく、肌も青白い不健康そうな女性だ。
「性急に事を進めすぎるのもどうかと思うがね……。まぁいい。では、進めたまえ松戸くん」
松戸と呼ばれた女性は八正道さんから許可を得ると、水を得た魚のようにキラキラとした表情を浮かべる。
その表情があまりにも狂気染みていて少し怖い。
「松戸 才媛だ。主に業魔に対抗するための魔法少女の装備の研究、開発を行っている。さっそくだが、改めて《《君が魔法を使った》》時のことを教えてくれるかな?」
ぬっと距離を詰められながら言われ、俺はドキドキしながらもその時のことを説明する。
妙覚が業魔と戦っていたこと、ピンチになったので思わず飛び出してしまったこと。
そして……彼女らの能力を強化する魔法が急に使えたこと。
俺が魔法を使ったあと、明らかに妙覚の動きが違ったので強化の魔法で合っているとは思うんだけど……あんまり自信はない。あの時はとにかく必死だったから。
「ふむ、やはり何度聞いても信じがたいな。男で……しかもアーケインデバイスを通さずにそれだけの魔法を使うだなんて」
アーケインデバイス。それは魔法少女たちが使う専用の装備だ。
これがなくても魔法自体は使えるらしいが、指向性を持たず魔力が分散しやすいため、実際よりも効果が薄くなりやすいらしい。
そこへアーケインデバイスという魔力に指向性を持たせ増幅させる装備を使い、望み通りの結果を出すのだそうだ。
「私の知る限り、男性が魔法を使えたという前例はない。彼だけが特別なのか、それとも何かに共鳴したのか……」
「あ、あの……俺、解剖とかされるんですか?」
いかにもマッドサイエンティストといった風貌の松戸さんがブツブツと独り言を呟き出すのを見て、怖くなった俺は思わず尋ねてしまう。
「解剖? ひゃっはっは! そんな非人道的な行為は時代遅れだよ! ただまぁ、血液の採取などはさせてもらうがね」
なんとも邪悪な笑い声を上げながら松戸さんはそう答える。
「安心しなさい。松戸はこんな言動だが、非人道的なことは決してしないよ。もちろん、私も決してそんな行為は断じて許さないさ」
力強く答える八正道さんの言葉に、俺は内心でほっと胸を撫でおろす。
こういう時、フィクションであれば珍しい存在ということで色々と怪しい実験をされるのがセオリーなので、安心した。
「そういうことであれば分かりました。協力させていただきます」
「うむうむ! 結果次第では戦力増強もありえるからな。大いに期待しているよ!」
俺の言葉を聞いて、松戸さんは満足げに頷く。
と、そこで俺はふと疑問に思ったことを尋ねる。
「そうだ。俺は……この後、どうなるんですか? その、検査とかの後です」
この世界では、魔法が使える人物は基本的に魔法少女となる。
戦いを好まない人物は魔法少女になるのを断ることもできるが、その際は私的な魔法の行使は禁止され、破れば重い罰則が待っている。
「君には現在、2つの道がある」
八正道さんはそう言って指を2本立てる。
「まず、1つ目。すべてを忘れて一般人として過ごす道。MAHOとしては少しでも戦力が欲しいが、個人の意思を尊重する。ただし、その際は一切魔法を使うことは禁止だがね」
まぁ、ここは予想通りだ。
「2つ目。MAHOに所属し──オフィシャルの魔法少女、いや魔法少年かな? になること。前例はないが、魔法が使えることは確認済みなので、訓練を経たのち、様々な魔法少女と共に現場に行き、サポートをしてもらうことになるだろう」
「民法……じゃなかった、民間はどうなんですか?」
俺がそう尋ねると、八正道さんは首を横に振る。
「残念ながら民間は無しだ。君の境遇はあまりにも特殊すぎる。MAHO以外に所属させるべきではないという意見もあるからね」
まぁ、それはそうか。
うぬぼれるわけではないけれど、国からの保護がなければどうなるか分かったものではない。
「もちろん、一般人として生活する際も、我々は君の情報はどこにも漏らさないと誓おう」
その言葉を聞いて、俺は今後について考える。
これからどうするべきか、俺はどうしたいのかを。
ふと、俺がまだ小さかった頃のことを思い出す。
突然業魔が現れ、親とはぐれてしまった時のことを。
怖くて泣きじゃくっていた俺を、魔法少女が優しく抱きしめ、安心させてくれたことを。
あの時の魔法少女の姿はもう思い出せないけれど、それでもすごく安心したのを覚えている。
今度は、俺がみんなを安心させる番なのかもしれない。
直接戦闘向きの力ではないかもしれないけれど、この力はきっと魔法少女たちの役に立つはずだ。
「──分かりました。どこまで役に立つか分かりませんが、協力……させてください」
「おおっ、助かるよキミぃ!」
松戸さんが満面の笑みを浮かべると、俺の両手をつかんでブンブンと激しく振り回す。
「私としても助かるよ。詳細は後日伝えるから……今日はもう帰って大丈夫だ」
「ぬう、こちらとしてはすぐにでも検査をしたいところだが……仕方あるまい」
八正道さんの言葉に、松戸さんは不服そうではあったが、そっと手を離す。
「いいかい、必ず私に検査させてくれよ? 絶対だぞ!」
「は、はい」
ぐいぐいと迫ってくる松戸さんに「やっぱりこの人マッドサイエンティストなのでは……?」と一抹の不安がよぎるが、八正道さんの言葉を信じることにする。
その後、一言二言話して俺は解放され、その場を後にすることになった。
「あ、そういえば……あの場にいた……えーと改訂者っていうイリーガルの女の子、あの子は何者なんですか?」
帰り際に不意に思い出し、振り返りながら尋ねる。
「──彼女の事は、我々もまだ分かっていない、というのが正直なところだ。今まで現れたのは今回の事を含めて2回。そのどちらも魔法少女のピンチに現れたことを考えると敵ではない、とは思うんだけどね」
「私としては、彼女もじっくりたっぷり検査したいんだけどねぇ」
どうやらMAHOでも彼女のことは把握できていないらしい。
リライター……妙覚は警戒していたけれど、俺には悪い子とは思えなかった。
それに、どこかで会った気もする。
まぁ、あくまで気がするだけなので、勘違いかもしれないけれど。
「分かりました、ありがとうございます。では、これで失礼します」
俺はそう言って頭を下げると、改めてその場を後にした。
◆
普段は入ることがないMAHO日本支部の中を物珍しそうに見ながら進んでいると、曲がり角で一人の少女とぶつかりそうになる。
「わ、ごめんなさい」
少女はびっくりした表情を浮かべながら謝ってくる。
身長は140センチほど。足まで伸びる長い白髪に、透き通るような真っ白い肌。
まるで人形のように綺麗な子だった。
「いや、こっちこそごめん。MAHOの中が珍しくてよそ見しちゃってたんだ」
こちらも謝ると、少女はふわりと笑う。
「なるほど、そうだったんですね。確かに、一般人にとっては珍しいですよね。私は沙羅と言います。あなたは?」
「俺は久遠。久遠 実成って言うんだ。多分、ここで一緒に働くことになると思う」
俺がそう名乗ると、沙羅と名乗った少女は少し驚いた表情をするが、すぐに笑みを浮かべる。
「そう、久遠……。これからよろしくね」
「うん、よろしく」
そう言って、俺は沙羅と握手を交わすのだった。




