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おっとり令嬢の社交掃除 〜姉御肌の親友と、学院の悪意を上品に片づけます〜  作者: 平八
第一章 席札の嘘と、淀んだお茶会

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第12話 格式という名の古いカーテン

学院長補佐ミレーヌ・アーヴィングの執務室に、もう一度、関係者が集められた。


ただし、今日の机の上に並んでいる紙は、昨日とは少し違う。


ベルモンド商会の茶葉箱に関する記録ではない。


焦げた紙片でも、封蝋の加熱痕でも、倉庫の入退室記録でもない。


今日は、最初の一枚に戻る日だった。


歓迎茶会の席札。


マリア・エルシェンの席を三度動かした、あの小さな紙片。


たった一枚の席札から、謝罪文、礼法委員、購買倉庫、商会への圧力まで広がった。


けれど、始まりはここだ。


一人の平民特待生を、正しい席から遠ざけたこと。


その一点から逃げてはならない。


クラリス・ベルモンドは、机の横に立ち、静かに息を整えた。


隣にはリディア・フォルクレア。


その少し後ろには、ヴィオラ・ランスフォード。


そして、向かい側にはマリア・エルシェンが座っていた。


マリアは膝の上に、ベルモンド家の実務用紙で作られた謝罪文の写しを置いている。


高級紙ではない。


美しい飾りもない。


だが、それは彼女の席を守る紙だった。


ヴィオラは、少し俯いている。


けれど、以前のように誰かの言葉の中で息を止めてはいなかった。


自分がしたことを認めた者の顔をしている。


そして、部屋の奥。


イザベラ・グランヴィルが、背筋を伸ばして座っていた。


美しい金髪。


よく整えられた制服。


上級生らしい姿勢。


一見すると、完璧な令嬢だった。


けれど、指先は膝の上で固く絡まっている。


その横には、ロザリンド・ハートレイ。


白い手袋をはめ、静かに立っている。


今日の彼女は、口数が少ない。


前回の確認で、彼女は「調査する側」から「確認される側」へ移された。


それでも、その微笑みは崩れていない。


ただし、以前より少しだけ冷たい。


ミレーヌ学院長補佐は、机の上の書類を一枚取った。


「本日は、歓迎茶会における席札移動と、その後の謝罪文処理について、学院としての確認と判断を行います」


声は淡々としていた。


怒りはない。


慰めもない。


ただ、記録する者の声だった。


「まず、ヴィオラ・ランスフォードさん」


「はい」


ヴィオラが肩を震わせながら返事をする。


「あなたは、歓迎茶会において、マリア・エルシェンさんの席札移動に関与したことを認めていますね」


「はい」


「イザベラ・グランヴィルさんからの指示があったと証言していますね」


「……はい」


イザベラの指が、ぴくりと動いた。


ミレーヌは表情を変えずに続ける。


「また、当初提出予定だった謝罪文は、あなた一人に責任を集中させ、イザベラ・グランヴィルさんを含む上級生の責任を否定する内容でした」


ヴィオラの顔が青ざめる。


「はい」


「その文面は、学院として採用しません」


部屋の空気が、ほんの少し動いた。


ヴィオラが顔を上げる。


マリアが、写しを抱える手に力を入れた。


クラリスは、静かに目を伏せる。


まず一つ。


首輪は、正式に外れた。


ミレーヌは次に、ベルモンド家の実務用紙を手に取った。


「代わりに、ヴィオラ・ランスフォードさん本人の確認を得た新しい謝罪文を、事実確認用の基礎文書として採用します」


ヴィオラの唇が震えた。


「……ありがとうございます」


「礼を言う相手は私ではありません」


ミレーヌは淡々と返した。


「あなたが今後すべきことは、謝罪文を採用されたことに安堵することではなく、そこに書かれた内容から逃げないことです」


「はい」


ヴィオラは深く頷いた。


ミレーヌはマリアを見る。


「マリア・エルシェンさん」


「はい」


「あなたは、この謝罪を今ここで受け取る必要はありません」


「はい」


「今後も、受け取るかどうかはあなたの意思に委ねられます。面会、返答、写しの保管。いずれについても、学院はあなたの意思確認を行います」


マリアの瞳が揺れた。


けれど、俯かなかった。


「ありがとうございます」


それは小さな声だった。


しかし、以前のように怯えた声ではなかった。


リディアが、ほんの少しだけ微笑む。


クラリスもそれを見た。


席が、また少し戻った。


ミレーヌは次に、イザベラへ視線を向けた。


「イザベラ・グランヴィルさん」


「……はい」


「あなたは、歓迎茶会において、マリア・エルシェンさんの席札移動をヴィオラ・ランスフォードさんに指示しましたか」


イザベラは、すぐには答えなかった。


その沈黙は、ロザリンドの沈黙とは違う。


計算ではない。


プライドが、答えを拒んでいる沈黙だった。


「……私は」


イザベラは、ようやく口を開いた。


「学院の格式を守ろうとしただけですわ」


来た。


クラリスは、扇を閉じた。


ミレーヌは表情を変えない。


「質問に答えなさい」


「平民特待生が、上級生の茶会で作法を誤れば、学院全体の品位に関わります。ですから、少しだけ席順を……」


「席札を動かしたのですね」


イザベラは唇を噛んだ。


「……ええ。ですが、それは悪意ではありませんわ。学院の格式を守るための配慮です」


その言葉に、マリアの肩がわずかに震えた。


ヴィオラは目を伏せる。


クラリスは、イザベラを見た。


悪意ではない。


格式を守るため。


配慮。


その言葉で、どれだけの小さな悪意が隠されてきたのだろう。


イザベラは勢いを得たように続ける。


「そもそも、平民特待生が貴族の茶会に出る以上、一定の緊張があるのは当然です。私は、学院の伝統を守る立場として――」


そこで、イザベラの声に熱が混じった。


論理ではない。


矜持でもない。


もっと醜く、もっと剥き出しのものだった。


「だいたい、あのような身分も知れぬ小娘と同じ空気を吸わされること自体、学院の格式に関わりますわ!」


部屋の空気が止まった。


マリアの顔から、血の気が引く。


ヴィオラが、息を呑む。


クラリスの指が、扇の柄に強くかかった。


ロザリンドの微笑みが、ほんのわずかに薄くなる。


言ってしまった。


イザベラは、自分の中に溜まっていた埃を、言葉として部屋に撒き散らした。


「……埃っぽいですわね」


リディアが、ぽつりと言った。


部屋の視線が彼女へ向く。


リディアは、困ったように首を傾げていた。


「格式は、大切なものだと思いますわ」


イザベラの目が、わずかに鋭くなる。


「そうでしょう? フォルクレア様なら分かってくださるはずですわ。古い家に生まれた者として、学院の格式がどれほど――」


「でも」


リディアは、穏やかに続けた。


「手入れをせずに掛けっぱなしにした古いカーテンは、どれほど高価でも埃を溜めますでしょう?」


イザベラの声が止まった。


クラリスは、心の中で目を閉じた。


出た。


リディアの、本人に悪意のない刃。


「古い、カーテン?」


イザベラの声が震える。


リディアは、真面目に頷いた。


「はい。格式は、きっと本来は綺麗な布なのだと思います。陽射しを和らげたり、部屋を美しく見せたり、外からの埃を防いだり」


そこで、リディアは少しだけ悲しそうにした。


「でも、ずっと洗わずにいますと、布そのものが埃を抱えてしまいます」


部屋の空気が静かになる。


ミレーヌのペン先が止まった。


ロザリンドの微笑みが、わずかに薄くなる。


イザベラは、顔を赤くしていた。


屈辱。


怒り。


理解できないものをぶつけられた時の混乱。


そのすべてが、頬に浮いている。


リディアは、最後の一言を落とした。


「今のイザベラ様のおっしゃる格式は、少しだけ、洗っていない古いカーテンの匂いがしますわ」


沈黙。


壁の時計だけが、こつ、こつ、と時を刻む。


マリアは目を見開いていた。


ヴィオラは、思わず口元を押さえている。


クラリスは、扇で顔を隠した。


笑ったわけではない。


ただ、イザベラの矜持が、今この瞬間、「高貴な格式」から「手入れ不足の古い布」へ定義し直されたのを見た。


それは処罰よりも残酷だった。


イザベラは椅子を鳴らして立ち上がる。


「な……なんて無礼な!」


「座りなさい」


ミレーヌの声が落ちた。


荒くはない。


だが、動きを止める声だった。


イザベラは、震えながら椅子へ戻る。


「学院長補佐、私は侮辱されていますわ!」


「あなたは今、席札を動かした理由を問われています」


ミレーヌは、淡々と言った。


「侮辱の確認は後です」


クラリスは、少しだけミレーヌを見た。


この人は、本当に容赦がない。


順番を決して動かさない。


ミレーヌは書類へ視線を落とす。


「イザベラ・グランヴィルさん。あなたは、学院の格式を守るためと称し、マリア・エルシェンさんの席札を意図的に移動させました」


「私は、ただ」


「格式を守ることと、席札を動かすことは別です」


その一言は、短かった。


だが、イザベラの言い訳を真っ二つに切った。


「さらに、ヴィオラ・ランスフォードさんを通じて行為を実行させたことで、責任の所在を曖昧にしました」


「違います、私はそんなつもりでは」


「その後、旧謝罪文において、あなたには一切の責任がないとする内容が作成されました」


イザベラはロザリンドを見た。


一瞬。


ほんの一瞬だけ。


ロザリンドは微笑んだままだった。


しかし、その微笑みは助け舟ではなかった。


イザベラは、そこで初めて気づいた顔をした。


自分もまた、どこかで切られうる側なのだと。


ミレーヌは続ける。


「本件について、学院は以下の判断を行います」


部屋の空気が張り詰める。


「第一に、イザベラ・グランヴィルさん。あなたには、歓迎茶会における席札移動の主導について、正式な反省文の提出を命じます」


イザベラの顔が歪む。


「反省文……?」


「内容は、学院長補佐室で確認します」


ミレーヌは淡々と言った。


「そのうえで、マリア・エルシェンさんが『これなら受け取ってもよい』と判断するまで、必要に応じて書き直していただきます」


イザベラの顔が、はっきりと変わった。


屈辱。


信じられないという怒り。


そして、自分が見下していた相手に、受け取るかどうかを決められるという現実への拒絶。


「マリア様が……私の反省文を?」


「あなたが動かしたのは、マリア・エルシェンさんの席です」


ミレーヌは言った。


「ならば、その席へ戻すための文面を受け取るかどうかを判断するのも、彼女です」


マリアは、膝の上の写しを強く握った。


けれど、逃げなかった。


「もちろん、学院長補佐室も内容を確認します。マリアさんに判断の責任を押しつけるものではありません」


ミレーヌは、そこで一度だけマリアへ視線を向けた。


「あなたは、受け取りたくなければ受け取らなくてよい。書き直しを求めてもよい。何も答えないこともできます」


マリアは、小さく頷いた。


「……はい」


その声は震えていた。


けれど、そこには確かに席があった。


イザベラは唇を噛んだ。


言い返そうとして、言葉が出ない。


ミレーヌはさらに続ける。


「反省文について、礼法委員、上級生、派閥関係者による添削は認めません」


クラリスは、内心で頷いた。


また首輪にされないための処置だ。


「第二に、今後一か月、学院主催および上級生主導の新入生向け茶会において、あなたの主催・補佐参加を停止します」


「そんな!」


イザベラが声を上げる。


「それでは、私は」


「新入生を指導する立場には置けません」


ミレーヌは言い切った。


「第三に、マリア・エルシェンさんへの接触は、学院長補佐室を通した必要連絡を除き、当面禁止します」


イザベラの顔が赤くなる。


「私は、謝罪を」


「謝罪を望むかどうかは、マリア・エルシェンさんが決めます」


「ですが!」


「席を動かした側が、謝罪の席まで動かしてはいけません」


その言葉に、リディアが小さく頷いた。


クラリスは、ミレーヌを見た。


今の言い方は、少しリディアに影響されている気がした。


本人は絶対に認めないだろうが。


ミレーヌは次に、ロザリンドを見る。


「ロザリンド・ハートレイさん」


「はい」


「礼法委員による謝罪文作成手続きについては、当面見直します。特に、被害を受けた学生の意思確認、写しの保管、関係者による添削の制限。この三点を明文化します」


ロザリンドは静かに礼をした。


「承知いたしました」


声は美しい。


ただし、温度は低い。


「また、今回の件に関して、あなたは文面作成および関係者指導から外れます」


「承知しております」


「購買倉庫の件については別途確認を続けます」


「はい」


ロザリンドの白い手袋が、わずかに重なった。


悔しさは見せない。


動揺も見せない。


だが、彼女の周囲の空気だけが、少し冷えていた。


最後に、ミレーヌはクラリスへ視線を向ける。


「ベルモンドさん」


「はい」


「ベルモンド商会への納入保留については、現時点で一時解除します」


クラリスは深く息を吸った。


「ありがとうございます」


「礼は不要です」


ミレーヌは冷静だった。


「現品に改ざんの疑いがあり、納入元のみを責める根拠がなくなったためです。正式な結論は、倉庫管理記録と紙問屋への照会結果を待ちます」


「承知しました」


「あなたの提出した覚書についても、後日確認します。虚偽があれば、先に述べた通り、学院との取引停止を含めて扱います」


「はい」


クラリスは迷わず頷いた。


それでいい。


信用を賭けたのだから、確認されるのは当然だ。


ミレーヌは全員を見渡した。


「以上です。本件はこれで終わりではありません。ですが、歓迎茶会の席札移動については、学院としての第一次判断をここに記録します」


ペン先が紙に触れる。


さらさらと、音がする。


処分は、怒鳴り声ではなく、インクの音で下された。


イザベラは椅子に座ったまま、唇を噛んでいた。


かつて彼女が守ろうとした格式は、今、学院の記録によって別の名前を与えられた。


席札移動。


責任逃れ。


不適切な指導。


そして、反省文。


マリアは、膝の上の写しを見つめていた。


ヴィオラは静かに息を吐いた。


リディアは、窓の方を見ている。


そこには古いカーテンがかかっていた。


手入れはされている。


埃は少ない。


やわらかな光が、布を通って部屋に落ちていた。


「リディア」


クラリスが小声で呼ぶ。


「はい」


「何を見ているの?」


「カーテンです」


「でしょうね」


「こちらのカーテンは、ちゃんと洗われていそうですわ」


クラリスは、少しだけ笑った。


「それはよかったわ」


面談が終わり、部屋を出る時。


イザベラは一度だけ、マリアを見た。


その目には、怒りと屈辱があった。


だが、以前のように見下すだけの余裕はなかった。


マリアもまた、イザベラを見返した。


ほんの短い時間。


それから、静かに視線を外す。


逃げたのではない。


自分の席から、必要以上に相手を見続けないことを選んだだけだった。


ヴィオラが、その様子を見て、小さく呟いた。


「……マリア様」


マリアは、少しだけ振り向いた。


ヴィオラは言葉に迷った。


謝罪を繰り返すことは、また圧力になる。


許しを求めることも、まだ早い。


だから、彼女は深く頭を下げるだけにした。


マリアは、すぐには何も言わなかった。


けれど、立ち去る直前、小さく言った。


「写しは、持っています」


それだけだった。


ヴィオラの目が、少し潤む。


「はい」


謝罪は、まだ受け取られていない。


けれど、捨てられてもいない。


その紙は、まだマリアの手元にある。


それだけで、今日のヴィオラは少しだけ息ができた。


廊下に出る直前。


ロザリンドが、クラリスの横を通り過ぎた。


「ベルモンド様」


その声は、クラリスにだけ届くほど小さかった。


クラリスは振り向かない。


ロザリンドもまた、こちらを見ていない。


ただ、白い手袋の指先だけが、ほんの少し動いた。


「布を洗えば、水は汚れますのよ」


クラリスの足が、一瞬だけ止まる。


ロザリンドは、微笑んだまま続けた。


「お掃除とは、思ったより手を汚すものですわ」


それだけ言うと、ロザリンドは何事もなかったように歩き出した。


白い手袋。


まっすぐな背筋。


乱れのない足取り。


敗北した者の歩き方ではない。


次の布を選んでいる者の歩き方だった。


クラリスは、しばらくその背を見ていた。


「クラリスさん?」


リディアが不思議そうに見上げる。


「何でもないわ」


クラリスは扇を開いた。


「少し、水が濁っただけ」


「まあ」


リディアは瞬きをする。


「では、替えのお水が必要ですわね」


「……そうね」


廊下に出ると、クラリスは息を吐いた。


「ひとまず、席札事件の表側は片づいたわね」


「表側、ですか?」


リディアが首を傾げる。


「ええ。裏側はまだ少し湿っている」


「では、乾かさないといけませんわね」


「そうね」


クラリスは前を見る。


ロザリンドは少し先を歩いている。


白い手袋。


まっすぐな背筋。


完璧な足取り。


けれど、今日の彼女は一度も振り返らなかった。


イザベラは、その後ろを少し遅れて歩いている。


以前なら、ロザリンドの横に並んだだろう。


だが、今は違う。


半歩。


たった半歩。


けれど社交の場において、その半歩は大きい。


クラリスはそれを見逃さなかった。


「クラリスさん」


「何?」


「古いカーテンは、洗えばまた使えますか?」


クラリスは少し考えた。


「布によるわ」


「破れていたら?」


「繕うか、替えるかね」


「では、イザベラ様の格式は?」


クラリスは、リディアを見た。


リディアは本気で聞いている。


悪意はない。


だから怖い。


「……まずは埃を払うところからでしょうね」


リディアは納得したように頷いた。


「では、まだ捨てないのですね」


「学院長補佐は、そう判断したみたい」


「そうですか」


リディアは少し安心したようだった。


人を壊したいわけではない。


ただ、汚れを見つける。


汚れたものを、そのまま美しいと言われるのが苦手なだけ。


クラリスは、その横顔を見ながら思った。


この子の掃除は、優しいのか、残酷なのか。


まだ分からない。


ただ一つ分かるのは。


その掃除はもう、学院中に知られ始めているということだった。


廊下の先で、下級生たちがこちらを見ていた。


ひそひそ声。


遠慮がちな視線。


恐れ。


期待。


そして、誰かが小さく呟く。


「お掃除組……」


クラリスの足が止まった。


リディアが振り向く。


「今、何か聞こえましたわ」


「聞こえていないことにしなさい」


「でも」


「聞こえていないことにしなさい」


クラリスは強めに言った。


リディアは、不思議そうに首を傾げた。


下級生たちは慌てて散っていく。


だが、その言葉はもう廊下に残っていた。


お掃除組。


クラリスが最も避けたかった名前。


けれど、助けを求める者たちには、すでにそれが灯りになり始めている。


「……面倒なことになるわ」


クラリスは小さく呟いた。


リディアは、少しだけ嬉しそうに言った。


「でも、廊下は少し明るくなりましたわね」


クラリスは、何も言えなかった。


第一の席札は、元の場所へ戻り始めた。


だが、その代わりに。


別の名前が、学院の廊下に置かれてしまった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第12話は、席札事件そのものの第一次処理回でした。


ヴィオラの旧謝罪文は不採用となり、新しい謝罪文が事実確認用の基礎文書として採用されました。

マリアは、謝罪を今すぐ受け取る必要はなく、自分の意思で写しを持ち続けることになります。


そしてイザベラは、「学院の格式」を盾にしましたが、リディアによって「洗っていない古いカーテン」として定義し直されました。

ミレーヌの一言、

「格式を守ることと、席札を動かすことは別です」

も、今回の決め手です。


さらに、イザベラの反省文はマリアが「これなら受け取ってもいい」と思えるまで、必要に応じて書き直しになります。

席を動かされた側に、受け取るかどうかを決める権利が戻りました。


ただし、ロザリンドはまだ終わっていません。

「布を洗えば、水は汚れますのよ」

この一言が、次章以降への不穏な火種になっていきます。


次回は、事件後の学院の空気と、「お掃除組」という名前がどう定着していくかへ進みます。


続きも読んでいただけると嬉しいです。

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