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47.5話【拾陸】天長節の幕引き ~かくして神話は幕を開ける~

毎週火金の19時に定時更新中!

先週投稿漏れがあったお詫びと、流れとしてちょうどよいということもあり今回は二話同時投稿です。

天長節、クライマックス

天長節の幕引き ~かくして神話は幕を開ける~

 冴子は奇跡を目の当たりにしていた。

 夜の本所被服廠跡に立ち現れた荘厳なその建物は、その場にいるすべての存在を停止させた。


 陽菜が何もないところから建物を生み出すところは何度も見てきた。それこそ、空想小説を思わせる未来の建物だって毎日目にしてきたのだ。

 その意味では、今回の建物は別にそれほどまでに奇抜というわけではない。斬新な設計ではあるもののその姿は新聞などで目にした完成予想図と同じはずだ。

 なのに、冴子はかつてなく圧倒されている


 存在感がまるで違うのだ。

 冴子は志乃たちのような霊能力などまるでないが、それでもこれが通常の建物とはまるで異なるものだと肌で理解できる。


――まるで、天国の神殿のようね


 あるいは、本当に似たような物なのかもしれない。

 なにせ、亡者たちはこの建物に近づいただけで、浄化されて光の粒にその身を変えていくのだから。


「みんな、お堂の中に入って!ここなら安全のはずだから!」


 皆がその神聖な光景に見惚れている中、陽菜が叫んだ。

 その声に冴子たちははっと我に帰ると、慌てて慰霊堂の中へと駆け込んだ。

 湧き出てくる亡者たちは、もはや周辺を埋めつくすほどになっていた。

 しかし、陽菜が作った慰霊堂の中までは入り込むことができないようだ。


「…ここならば、しばらくは安全に過ごすことができそうですね」


 志乃はそういって息をつく。亮介と志乃の部下たちは腰の力が抜けてしまったのか、その場にへたり込んでしまった。


「そうはいっても、完全解決とはいかないようだね。亡者たちはこっちの建物に近寄ってこない限り浄化もできないようだ。まあ、僕たちの近くにいる亡者たちは向こうから寄ってきてくれるからお祓いの速度は格段に上がったが、遠くにいる亡者たちとなるとどうにもならないね」

「そうですね…。できるとして、囮を使ってこちらにおびき寄せる程度でしょう。ですが――」

「それなら、わたくしがやるわ」


 冴子はそう言って前に出た。陽菜たち非戦闘員を守らなくてよく、退路が確保できているのであれば、十分戦うことは可能のはずだ。

 しかしその申し出を志乃は受け入れなかった。


「いいえ。これ以上お嬢様にご負担をおかけするわけにはまいりません」

「そんなことを言っている場合ではないでしょう?あのまま大量の亡者を放っておいていいわけがないじゃない」

「しかし、囮の役などほかのものでも務まります。そのように傷だらけになられて…。お嬢様はもっとご自身をご自愛なさってください」


 志乃の言う通り、亡者たちの攻撃をかいくぐることで、冴子の体のあちこちに小さな擦り傷ができている。


「こんなのかすり傷よ。それに、今のわたくしはあなたたちより何十倍も速く動けるのだし、わたくしが動いた方が安全だわ」

「嫁入り前の身であることをもっとご自覚ください…。あの亡霊たちがこの建物に入ってこれないのであれば、最悪この場で朝を待つという選択肢もあり得ます。お嬢様がそのような得体のしれない力で無理を続ける必要はないのです」

「…それはどうだろうね」


 亮介はそうつぶやくと力なく立ち上がった。


「それはそれで危険な橋なのは確かだろう。そもそもこの建物がいつまで持つかも、あいつらが朝になれば消滅するかも不確かだ。それに、冴子たちの場合、朝までに遠藤家に戻らなければいけないんだろう?」


 亮介の言う通りだ。

 冴子たちは天長節の影響を避けるためと言って、冴子の部屋に籠っていることになっている。扉も窓も締め切っている状態で、中にいるはずの冴子と陽菜が消え去ればまた神隠し騒動が起きてしまう。

 そうなれば、護衛の陽菜は間違いなく追いやられ、冴子も二度と自由を許されることはなくなるだろう。


「どうだい、陽菜君。次の手は考えているのかい?黙ってないで気味の意見を聞かせてくれ」


 そうだ。陽菜のことだ。この先のことも何か考えがあるだろうと、冴子が振り返ると――必死な顔をして集中をしている陽菜の姿がそこにあった。


「…ごめん、聞いてなかった。なんだっけ?」

「いや、すまない。もしかして、この建物の維持で手一杯なのかい?」

「そこまでじゃないけど、ちょっと気を抜くと解けてしまいそうで」

「そ、そんなに大変だったのね…。気が付かなくてごめんなさい」

「いや、本当にこの場所を生み出す負担自体は大したことないんだよ。どちらかというと、視聴者のイメージを借りたもんだからなんかほっとくとバラバラになりそうで、それをつなぎとめているって感じ?まあ、競馬場の時に比べら楽勝楽勝」


 陽菜は何でもないという風に笑って見せるが、その表情をみて冴子はこの場所で朝まで粘るなどとても無理であることを察した。


「ま、そんなことはどうでもいいか。多分だけど話題はこっからどうするって話だよね?」

「え、ええ。お堂の周りの亡者たちはお祓いすることができるようだけど、この空間全体に広がった亡者が祓いきれずに残ってしまいそうなのよ」

「…やっぱり、現代の建物を生み出しただけだから、視聴者のインパクト弱かったか。もうひと演出入れないと」


 陽菜はそういって皆の方に向き直る。

 やはり、考えがあるようだ。


――流石、陽菜さんだわ


 安心する一方で、心にうっすらと影が差すのを冴子は感じていた。


――それなのに、わたくしときたら


 本来亡者を祓うのは冴子の役割のはずだった。

 そのために特別な力が宿ったというのに、冴子には時間稼ぎくらいしか果たすことができなかった。これまで計画を立てたのも、環境を整えたのも、実質陽菜一人でなしたようなものだ。今だって、結局陽菜に負担をかけ、頼りきりになってしまっている。


「えっと、聞いてください。今、チャンネルの方では、この亡者と戦うというストーリーじゃなくて、神聖な儀式で彼らを浄化しようかって雰囲気で推し進めています」


 冴子がそうやって思い悩んでいる間も陽菜は状況を変えるために動いている。

 その姿を見て、冴子は自らに喝を入れた。

 せめて、陽菜の負担をこれ以上広げないためにも、陽菜の作戦の中で自分ができることを考え、そして動こう。


「志乃さん、だからちょっと適当な儀式を考えて――」


 



 その時。


 世界に、言いようのない違和感が走ったのを、その場にいる誰もが感じ取った。





 途端、陽菜の表情に必死の色が浮かぶ。痛む頭を押さえるようにして、目を見開きながら膝をつく。


「や、やば…!」

「どうしたのです…!これは何が起きたのですか!」


 冴子はすぐさまあたりを見回した。

 お堂の様子には特に変わったところはなく、それを取り囲む亡者たちもそのままだ。

 冴子は異変をとらえるために、意識を集中させ―――すぐにそれどころでない異変に気が付いた。


「そ、空が、割れているわ……!」


 陽菜が作り出した黒い壁に閉ざされた被服廠跡を模した異空間。

 その夜空に、明らかに不自然な亀裂が走っている。

 その亀裂は、空いっぱいに広がって、四方の黒い壁にまで達している。


「ま、まさか、君の作ったダンジョンが…!」

「話しかけないで…!集中しないとダンジョンがほどける……!」


 陽菜は明らかに余裕を失った様子でそう叫んだ。

 その顔がみるみるうちに赤く染まっていく。どうやら極度の集中を強いられているようだ。


「急になぜ…?この建物を作ったから、必要な情報が足りなくなったのか?いや、先ほどまでそのような様子はなかった。視聴者の生み出す情報がこのわずかな間に変わったとも思えないし、そうならば建物が消滅するだけのはず。そもそもダンジョンを生み出したのは陽菜君の想像によるもので…」

「細かいことを考えるのは後にしてください!マレビト様!せめて状況のご説明を!今この空間はどうなっているのですか!」


 志乃の問いに、陽菜は顔をゆがめながら必死に答える。


「きゅ、急に、ダンジョンの端っこのほうの、ささえが、なくなった感じ…!空間の境界が、消えちゃったみたいで……!」

「空間の境界…?それは一体…」

「そうか!結界か…!」


 亮介はそういって目を見開く。


「このダンジョンは空間ごと独立して創造するために、現世側の方に志乃君たちが結界を施していたはずだ!その結界が破壊されるか何かして、消失してしまったのかもしれない!だからこそ、それまで空間を形どっていた情報に欠落が生じて、陽菜君一人でそれを埋め合わせているんだろう…!」

「…!もし、その埋め合わせが失敗したらどうなるのです!」

「陽菜君の言っていた通りだ!空間が『ほどける』!ダンジョンは入口が閉じた状態の時だけ現世側と独立した状態で存在できる!その独立性が失われるということだ!」

「そ、それはつまり…」


 沈黙がその場を支配した。

 その意味を、その場の皆が理解した。


 冴子はひびの入った空から目線を地面の方に落とす。

 目の前に映るのは、万を優に超える、正者に群がる亡者たちだ。

 彼らは今この異空間に閉じ込められている状態であり、だからこそ現実の帝都は守られている。

 その、彼らを閉じ込める異空間が消失する。


 それは、この現実離れした力を持った亡者の群れが、冴子たちの住む街々に解き放たれることを意味する。


 そのあまりに絶望的な光景に、冴子は目の前が暗くなる気がした。




 そんな事態は、決して許してはならない。




「ま、マレビト様、なにか――」

「だめ!今陽菜さんに話しかけないで!」


 冴子は叫んだ。

 彼女が限界ぎりぎりなのは、ずっと一緒にいた冴子が一番わかっている。

 今の彼女に、これ以上わずかでも負担を与えるわけにはいかない。


 だからこそ、今度は冴子が考える番だ。

 絶望的な事態を打開する、次の一手を。

 今まで、陽菜がそうして来たように。


 冴子は焦る心を抑え込み、これまでの陽菜の行いを思い出す。

 これまで幾度となく苦難に直面してきた陽菜が、何を考え、どう切り抜けてきたか。

 彼女の敵はいつだって強大で、それに対して彼女自身できることなど限られていた。

 

 だから彼女はいつだって考えていた。

 何ができるか。何ができないか。

 鍵になるのは何か。


――そう。陽菜さんはいつも口にしていたわ


 情報物理学。

 

「叔父様!」

「あ、ああ、どうした冴子」


 そう答える亮介はどこか落ち着きをなくしているように見える。事態の急変に精神的についていけていないのだろう。

 だから冴子はできるだけ落ち着いた声で話をつづけた


「情報物理学の観点から答えてください。いま、この空間を維持するために足りないものは何ですか?それは、今ここにいるわたくしたちで、補填できないものなのでしょうか?」

「む?補填?我々が?陽菜君たちと違って我々の生み出す情報だけで空間を作るなど…」

「わたくしたちだけで陽菜さんの代わりになるというのではなく、陽菜さんを補助することができませんか?」

「む?――いや、待て。そうか。必要な情報はだいたい陽菜君側で生み出せているんだ。足りない情報は、要するにこの空間における「境界」の情報だけ。つまり、ほかの場所と明確に異なる領域が直感的にわかればいい―――要するに、陽菜君の目の前で、結界を張りなおせばいいだけだ!」

 

 そこまで言って亮介の瞳に再び理性の灯がともった。

 亮介はすぐさま志乃たちと相談を始める。


「志乃君!今君たちにできる儀式で、領域を区切る意味を持つものは何かないかい?」

「領域を区切る、ですか。――今ある準備であれば、四方祓いなどでしょうか?地鎮祭などで四隅を神職が祓い清めて歩き回るものです。…ただ、亡者があちらこちらにいる今の状況ではとても歩き回るなど…」

「四方に人を配置して、それぞれ儀式をするというのではだめかい?できれば、その儀式の様子を音だけでもとどけてほしい。要は陽菜君に領域の四隅を把握してもらって、そこを起点にダンジョンを組みなおしてもらうんだ」

「…いえ、通常の作法とは異なりますが、儀式としては成立しそうです!お前たち!神楽鈴は持っていますね?」


 その問いかけに志乃の部下たちは、少し青ざめながらもうなずいてみせた。


「二人一組になりなさい!お前たちは、この地の結界の東西と南にそれぞれ別れ、四方祓いを行ってもらいます。大幣をつかって亡者を退けながら配置につき、その地で神楽鈴を鳴らし続けなさい!大変危険な任務ですが、今こそ報国の時です!心してかかるのです!」

「「「は!」」」


 志乃はそこまで言うと、亮介と冴子を振り返った。


「北側については、私が担当をします」

「君一人で大丈夫なのかい?」

「心配には及びません。――お嬢様を頼みます」

「頼まれても何もできないがね。…まあ、頭をひねるくらいはするさ」


 その言葉を確認すると、志乃はそのまま飛び出していこうとする。


「まって。わたくしが援護するわ」

 

 冴子は再び小太刀を抜き放った。


「おやめください!我々のため、そのような危険を冒していただく必要は――」

「あなた達のためではないわ。帝国のためよ。あなた達は確実に自身の役割を果たしてもらう必要がある。そのために、できることはすべきだわ―――わたくしが再び辺りの亡者たちをひきつけて道を作るから、その中を進んで」


 冴子はそういって志乃の目をじっと見つめた。

 決して譲るつもりはないという気持ちを正しく伝えるために。


「……お嬢様」

「わたくしにも、守りたいものがあるの。貴女と同じように。……わかって頂戴」


 二人はそのまましばし見つめあった。

 沈黙を破ったのは――志乃だった。


「……全く、貴女というお方は」


 志乃はそういってため息をつき――そしてふっと困ったように微笑んだ。


「やはり、貴女は奥様によく似ていらっしゃいます。本当に、仕方のないお嬢様ですね」

「志乃」

「時間を浪費している余裕はありませんね。――援護、お任せします。ご武運を」


 その言葉は、初めて志乃に認められたように聞こえた。

 こんな時なのに、冴子にはそれがなんだかうれしかった。


 その思いのまま、駆ける。



 被服廠に再び、白銀の光が閃いた。




*




 冴子が再び慰霊堂に戻ったとき、四方から清廉な鈴の音が聞こえてきた。

 志乃たちが無事儀式を始めたのだろう。


 その音が慰霊堂内をこだまするにつれ、次第に夜空に走った亀裂が薄まっていった。陽菜が必死に四方を確かめるように顔を向けては、汗だくになりながら虚空に手を伸ばして、見えない何かをなぞるように動かしていく。おそらく、空間の修復を進めてくれているのだろう。


 もはやここに至っては冴子にできることはない。陽菜の邪魔にならないように、静かにその様子を見守るだけだ。


 夜空に走った最後の亀裂が姿を消素と同時に、陽菜は大きく息を吐き出した。


「せ、セーフ……!かなり、やばかったけどこれでダンジョンの方は何とかなりそう…」


 陽菜はそういうと冴子の方にふらふらと寄ってくるとそのまま倒れ込むように抱き着いてきた。


「冴子さん…。本当にありがとうね。冴子さんがいなかったら、どうなってたことか…」

「そんな。わたくしはただ貴女の真似をしただけよ。それにここまで踏みとどまってくれたのは貴女なのだし、お礼を言うのはわたくしの方だわ」


 冴子と陽菜は、そのまま顔を見合わせて微笑みあう。

 

 しかし、それを邪魔するように、声をかけて来る者がいた。亮介だ。


「陽菜くん。あんまり気を緩めないでくれよ。まだ何も終わっていないぜ?」

「……ったく、あんたは、水を差してくれますね」

「当然さ。見たまえ。状況は慰霊堂が出現したときに戻っただけだ。いや、あの時よりも悪化している。四方に配置している志乃君たちが、亡者を退けながら夜通し儀式を続けられるとは思えないし、君自身だいぶ消耗している状態だろう?ここから、どうやって亡者を平らげるつもりだい?」


 その言葉に陽菜は顔をゆがめた。


「……本当は、このお堂の中で浄化のための儀式を演出するつもりだったんですよ。この慰霊堂の中は儀式の舞台としてぴったりですし、視聴者に対しても説得力が出る。……だからそれっぽい儀式を志乃さんたちにお願いしたかったんですが…」


 その言葉にびくりとする。

 結界を維持するために志乃たちは四方で儀式を執り行っている真っ最中だ。もはや、陽菜が考えていた、お堂の中での撮影など不可能となる。


「四方の儀式の様子を撮影して回るとか…、いや無理か。亡者たちを避けながらの撮影じゃ、どうしたってアクションものっぽくなって神聖さの演出には足りない。じゃあ、せめて志乃だけでも戻ってきてもらう?……無理、どう考えてもダンジョンの方がもたない。……やばい、詰んでる」


 陽菜は朦朧とした表情になりながら必死に考えをめぐらしている。おそらく限界が近いのだろう。無意識に独り言をもらしていることにも気づいていない様子だ。


 しかし、そうやって口に出してくれているからこそ、冴子も一緒に悩むことができる。

 

「儀式がどうしても必要なのね?」

「うぇ…?!やば、口に出してた?私。はず…」

「恥ずかしくなんてないわ。そんなことより、わたくしが戦うのではいけないのね?」

「……うん。それはダメ。そんな様子を写したら、動画のジャンルがやっぱりアクションものだって雰囲気が出ちゃう。それじゃどうあっても6万人と戦いを繰り広げないと終わらないんだよ」

「儀式は、志乃が行わないといけないものなの?」

「ん。いや、べつに志乃でなければだめってことはないよ。神職っぽい恰好をして儀式に精通している感じの志乃ならば、説得力があるってだけで、要は絵になれば充分」

「ならば、貴女やわたくしが執り行ってもいいのね」

「いいっちゃいいけど、流石に完全適当な儀式はだめだと思うよ?素人の儀式ってニセモノ感がどうしたってにじみ出ちゃうし」

「どう見えるか、というのがそんなにも重要なのね…」

「まあ、あいつらを生み出しているのは、視聴者だからね…」


 それだけ聞くと、まるで神のようだという感想が、冴子の胸の内をよぎった。

 そういえば、志乃があの亡者たちを、神々のような存在感を持っていると評していた。それであるのならば、そんな存在を生み出している存在は、文字通り神であってもおかしくはないのだろう。


 そこまで連想して、冴子の脳裏にある考えが浮かんだ。


――神にささげる、儀式……?


 それならば、冴子にできる儀式が一つだけあるのではないか。


「陽菜さん!わたくしに任せて頂戴」

「え?」


 心が泡立つ。

 まるで運命に出会ったような、そんな予感が再来する。


 神田明神の血を引く処女だけに許された、荒ぶる神を鎮めるための儀式。

 月の出る深夜、人々の目に触れられない場所で行われる、秘儀。



「心月の舞……!」



 亡者たちにまつわるすべての事柄の始まり。

 ならばこそ、これ以上ふさわしい儀式はほかにないだろう。





*




「えー。お待たせしました。バタバタと準備に時間がかかってしまいましたが、いよいよ亡者たちを祓う儀式が始まるようです!

 なんでもこの儀式、本来私たちが目にすることのできない秘儀なんだそうですが、今回特別に許可をもらって撮影させていただいております。儀式を執り行うのは、神田明神の血を引く、遠藤冴子さんその人です!」


 陽菜がそう口上を唱えながら、冴子に向かってすまほを向けている。

 それだけで、大勢の神々の視線を実際に浴びている心持ちがしてくる。


 しかし、儀式とは本来そう言うものなのだ。

 だからこそ、この技を伝えた師匠は、冴子に教えてくれた。

 

 心に、揺るがぬ月を持て。


 冴子は、あの日の小太刀を再びかまえ、かつての祝詞を再度唱える。



「かけまくも かしこき


 はらえどのおおかみ


 ひのぎはなり、いまは つきのよ


 いんのしずけさもて


 みたまを むすびたてまつる」



 抜き放つ小太刀は室内でありながら月光を浴びているかのように仄かに発光していた。

 そのまま小太刀をふるう。ゆっくりと大きく回転し、よどみなく虚空に銀色の爪痕を残していく。


 踏み込みと回避、転身と連撃。

 とどまることのない円の理合い。


 舞を続ける中、陽菜の声がどこか遠くから響くように聞こえてくる。


「ご、ご覧ください!亡者たちが一斉に足を止めて祈るようにこちらに手を合わせております!あ!光りだした!浄化です!浄化が行われているようです」


 しかし、その言葉にも、心を揺らすことはない。

 今は神々と向き合う時間なのだ。



「このちに しずまりまさす みたまよ


 しずまりたまえ、なごみたまえ」



 あの日、かなわなかったその言葉を、冴子は改めて口にする。

 神々よ、ご照覧あれ。

 そして今度こそ、この地に安寧をもたらし給え。


 連続する斬撃の果て、冴子は天を突き貫かんばかりに、小太刀を高々と掲げた。



「あめのことわりよりはなれし


 まつろわぬみたまよ!


 ちびきのいはと、ここにしずまりませ!」



 天から地へ光が落ちる様に刃を振り下ろす。

 始まりの日さながらに。


 そして。

 小太刀の軌跡はあの日のごとく、極光となって慰霊堂全体を包み込んだ。





*





 そして、本所被服廠跡を埋めつくす亡者の姿は、その日、完全に姿を消した。

お読みいただきありがとうございました。

ということで、長きにわたった天長節に向けた作戦も一応ひと段落です。

今回、突然ダンジョンがほころびかけたわけですが、それにはもちろん裏があります。どうしてあのような事態が起きたのか、陽菜と冴子の行いによって、この世界がどういう影響を受けていくのか、もう少し描いていきたいと思います。


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