47話 60000vs1の攻略法~情報物理学は、現実の「ジャンル」を変える~
すみません…。先週の予約投稿がうまくいっていないことに今更気が付くとは…。
引き続き、毎週金曜の19時に定時更新予定です
目の前には、現実ではあり得ないような光景が繰り広げられていた。
目に入るのは銀色に煌めく刃の残像と光の粒。冴子さんが文字通り目にも止まらぬ速さで亡者達を祓い続けている。
延々と延々と。
20体前後だったはずの亡者が、祓ってもいなくならない。光の感じだともう100体くらい倒してそうなのに次々とおかわりが湧いてくるみたいだ。
それどころか冴子さんが祓う速度を上回る感じで増え続けている。
流石にまずいな、これ。私は一旦BGMのボリュームを上げて実況マイクを切ると志乃と亮介に話しかける。
「どうなってんです、これ!」
「いくらなんでも、湧きすぎです!このようなこと、今までありませんでしたよ?!」
「それはこのような配信をしていない時の話だろう?今や、視聴者からの無尽蔵な情報が、この一点に集まっているんだ!くそ…こうなることは想定できるはずだった…!」
「にしたって多すぎでしょ!ネカフェの時だってこんなに多くなかったよ!」
いくらなんでもおかしい。ここまでの数の亡者が出てくるなんて視聴者も予想しないでしょ。
そう思いつつコ念のためコメントを遡って確認したらすぐに理由がわかった。
わざわざスパチャ使ってこんな解説をしてくれやがったやつがいたみたいだ。
『現場である被服廠跡では火災旋風により一箇所だけで約38,000人もの命が失われるという甚大な被害が出ている』
『関東大震災の被害者の遺骨がこの地に集められ、その数は約58,000人分も言われている』
おめーら、余計なことを!!
おかげで、その後のコメントでは、亡者はそれくらい出てくるということになっている。
それどころか、この時期はまだ受け取られていないお骨もあるはずで、それを考えるともっと多いはずだなんてコメントまで出てくる始末だ。
「なんか、下手すると6万くらいあいつらで続けるかも…」
その言葉に亮介も篠も顔を青ざめさせた。
「…志乃君。冴子がどれくらいの速度で亡者を退治しているか分かるかい?」
「そうですね…確かではないでが、1秒に3体と言ったところではないでしょうか」
1秒3体って普通に聞いたらヤバいくらいの速さだよね。でも6万という数字を考えると気が遠くなるくらいに少なく感じる。
「つまり亡者が6万体現れるというのが本当なら、退治が終わるまで2万秒、5時間半はかかるということだ」
5時間半?!
あんな全力疾走みたいな状態で?相手が絶え間なく冴子さんを殺そうとしているのを避けながら?たった一人で?
無茶としか言いようがない。
冴子さんがあいつらに捕まって無茶苦茶に引き裂かれる光景が思わず脳裏に浮かんで、目の前が真っ暗になる。
だめだ。なんとかするしかない。
「そうだ!いっそのことダンジョンを亡者ごと消しちゃえば!」
「あれほどの数の亡者達を程度に解き放つ気ですか?!」
「大丈夫!ダンジョンに残したまま消しちゃえば、今までの経験上ダンジョン由来の存在も消えるはず…!」
以前、私のアパートに残したままの電池式充電器は、うっかりダンジョンを消した時に一緒に消えてなくなった。だから、あの亡者達もこのダンジョンが消えれば掻き消えるかもしれない。
「やめときたまえ。あれは君が生み出したのではなく、君の世界の住人がよってたかって作り上げた存在だろう?それならダンジョンを消しても存在が維持される可能性は高い」
「じゃあ、どうすればいいのさ!このまま冴子さんがやられるのを待てって?!」
私は興奮して喚き散らした。
だから気がつくのが遅れた。
「さ、下がりなさい!」
いきなり思い切り襟首を引っ張られると、私の鼻先を冷たく黒ずんだ手がかすっていった。
「げ…!あいつらこっちにもきてたのか!」
亡者達のことを冴子さんはずっと引きつけてくれていたがそれも追いつかなくなっていたようだ。いまや、ダンジョン内のあらゆるいろんな場所で湧きかえっていた。
すぐ目の前の亡者と目が合う。
ウロのようなその目には妙な焔のようなものが宿っている。
炭になった体が崩れ去るのも気にせず、私を自分たちのもとに引き摺り込もうとする、生者に対する怨みに似た妄執。
や、やば!これ、まじで死ぬ…!
もうダメかと思った次の瞬間、目の前の亡者の元に涼やかな銀の風が吹き込んだ。
途端、猛獣の炎が消え、亡者がぼうっと輪郭を無くして光り出す。
その傍で必死な表情で、叫ぶ人の姿があった。
「陽菜さん!無事だった?!」
「冴子さん!」
私たちの状況に気づいて駆けつけてくれたみたいだ。
「大丈夫!なんともないよ!」
「この辺りの亡者を祓うわ!しばらくの間、そこにいて!」
そう叫ぶ冴子さんは、ところどころ服が破けていて、少しだが擦り傷もある。だいぶ無茶をさせてしまったらしい。
「待って!このままじゃ冴子さんが…!」
「立ち止まっている余裕はないわ!わたくしは大丈夫だから!」
その言葉と共に冴子さんの姿が掻き消える。また亡者に向かって突っ込んでいったみたいだ。
このままじゃいけない。
冴子さん一人に戦わせるなんてダメだ。私も何かしないと。
だからこそ考える。
私にできることは何か。
こういう時に立ち返るのは、いつだって同じ。
情報物理学だ。
いま起きていることは全て、思い描かれた情報が現実になったことだ。
この結界じみたダンジョンも、無限に湧き出る亡者も、そこで戦い続けるアニメの主人公のような冴子さんも。
そう、アニメ。
アニメではこういう理不尽な戦闘なんて日常茶飯事だ。それを見慣れた視聴者の脳みそはどうしてもそれを思い浮かべてしまう。そんななか、私がこんなアニメっぽいダンジョン空間を作ってしまった。だからこそ、視聴者はついつい、普通に考えたらやめてくれよ的な展開を平気な顔して押し付けてくるわけだ。
ならばどうするか。
簡単だ。
ジャンルを変えればいい。
バトルモノではなく、もっと安全で確実なもの。
そう考えながら目の前の光景を見る。
異様で、言っちゃ悪いがおぞましい亡者たち。彼らはまるで縋るかのように冴子さんに向かって群がってくる。
そこに降り注ぐ、白銀の竜のような刃の軌跡。立ち上る光の粒とそのただ中で舞うように戦い続ける冴子さん。
それはどこか厳かで、静かで、そして美しい。
これはバトルなんかじゃない。これは儀式だ。亡者たちを祭る鎮魂と再生の儀式。
そう。これは神話の舞台なんだ。
これだと、配信者の本能が叫んだ。これこそが、この動画で示すべきあるべき姿だ。
しかし、現状はそうはなっていない。派手で見栄えのする絵面に視聴者も私たちも引きずられている。
なら、足りないものは何だ?
何を足せば、視聴者はそのストーリに乗ってくれる?
考えろ考えろ。
できることとできないこと。
ここにあるものとないもの。
この場所に込められたストーリーと集まった役者のポテンシャル。
鎮魂の儀と、それにふさわしい舞台。
「いける」
超えなきゃいけないハードルの高さを無視してそう宣言する。
全部がぶっつけ本番、勢い任せ。だから何だ。冴子さんだっていきなり放り込まれた状況で戦っているんだ。
私が選んだ舞台なんだ。
戦え、私。
私は震える体を押さえながら、背後にいる亮介と志乃に向き直った。
「考えがあります!私に従ってください!」
⚔
冴子は自らの不覚を恥じていた。
武道の高みに足をかけた高揚感に身を任せるあまり、陽菜に危機が及ぶまで事態の急変に気づかないとは未熟にしてもほどがある。
しかし、今は反省している暇はない。
状況は刻一刻と悪化の一途をたどっているのだ。
冴子の処理速度を大幅に上回る亡者たちの出現。
気が付けば目に映る亡者の数は百をとうに超えていた。しかもその出現は、この広大な異界いたるところときている。
これでは、超常の力を宿した冴子はともかく、陽菜たちを守りきることも至難だ。
せめて身を隠せるところがあればよいのだが、出現場所を問わないとなると、閉所に隠れては逆に命取りの可能性もある。
思わず唇を噛みしめてしまう。
あとどれくらい冴子は彼女を守りながら戦えるのだろうか。
張り詰めた思いに体のこわばりを感じていたところ、後ろから陽菜の声が聞こえてきた。
「冴子さん!そのまま聞いて!」
その声にハッとした。
その声音をかつて聞いたことがある。
目黒競馬場だ。
埋めつくす敵を前に、勇者のように前を向く陽菜。
どんなに絶望的であっても、諦める事など決してしないと声高に叫ぶ、冴子の一番大好きなときの陽菜のものだ。
だから信じられる。あの時の彼女はそうやって、目の前の道を切り開いたんだ。
「私はこれから実況に戻る!みんなは私の言葉に合わせて行動して!志乃!ほかのメンバーもここに集めて!みんなで行動する!」
「どうする気です!何か手立てがあるんですか!」
「あの建築中の慰霊堂まで強行突破する!そこで、私があいつらに近寄れない建物を建てるから、そこで儀式をしよう!」
「はあ?!要領を得ません!もう少し詳しく――!」
「実況しながら話すから!いいからみんなを集めて!あそこまで行くのに必要だから!」
その言葉に、志乃は少し顔をゆがめつつ、何やら合図をするように指笛を鳴らした。
その音を頼りにするように、幾人かの人たちが亡者たちから逃げながら陽菜たちのもとに駆け寄ってくる。
冴子は彼らに追いすがる亡者たちを優先的に祓い、合流を支援する。
「冴子さん!つらいだろうけど、慰霊堂まで私たちが進めるだけの道を切り開いて!そのあとその道を維持するのは私たちでするから!」
「わかったわ!」
冴子はそのまま疾走する。
言葉がまるで本当に背中を押すかのようだ。
すでに息は上がっている。足も腕も重く、熱を帯び始めている。
なのに、その踏み込みは、この被服廠の戦いで間違いなく最も鋭い加速を生んだ。
道を作る。
あの目黒競馬場で、彼女が示した通りに。
征く。
*
「皆さん。冴子さんによる幻想的な除霊の光景、お楽しみいただけていますか?
おびただしいたちの亡者たちはああして、冴子さんの鎮魂の刃を受けることで、安らぎの中に天に登っていくのです。
とはいえ、 皆さんがいうように亡霊の数は最大数万を超えるでしょう。この配信がいつまで続くのか、皆さんも不安に思われたかもしれません。しかしご安心ください。現地の霊能力者が言うには、さらに大いなる力を借りることですべての亡者をすべて鎮魂することが可能なようです」
私は戦闘向けのやかましいBGMをボリュームを落とし、落ち着いた音楽に変えたうえで、できるだけ落ち着いたトーンでナレーションを始める。
スピリチュアル的な感じをここから無理にでも出していく必要があるからね。それには、こういうガワを作っていくのが何よりも大事だったりするのだ。
「とはいえこうも亡者が多いと、落ち着いて儀式もできません。ということで一度場所を移すそうです。ご覧ください。先ほどもお伝えした通り、あちらが現在建築中の慰霊堂です。まずはそこに向かいましょう。皆さんお願いします」
そう声をかけると、志乃とその部下たちが一瞬固まる。そりゃそうだ。具体的に何するかなんて言ってないもんね。ということで、少しだけトーンを上げて彼らに伝わるように実況をする。
「ここで、彼らが何をするかを説明しておきましょう。彼らが持っている、あの祓い棒、あちらをふるうことで淡い光があたりに満ちて、一時的に亡者たちを遠ざけるための結界が作れるそうなんです。
まずは実演してもらいましょう。志乃さん。お願いします。できるだけゆっくりとやってみせてください」
私はそう無茶ぶりをする。
ついでにLEDのライトの当て方を変え、祓い棒の先端側に光を当てる。
暗い中、真っ白な紙垂に強い光を当てると、その反射でまるでその飾りが光っているみたいにきらきらして見えるからね。それをゆっくり振るえば残像で光の壁みたいに見える。
そこに、意味づけをしていく。視聴者がそこに共通のイメージを持てるように。
そうすれば、冴子さんがすごいスピードで動けるようになったように、今この時だけの超常パワーがあの祓い棒に宿るはずだ。
「は、祓へ給ひ、清め給へ――かしこみかしこみまおす!」
志乃は戸惑いつつも、祝詞と共にお祓い棒を大きく振るった。
すると、その空間に本当に光の壁のようなものができて、亡者たちはそれを恐れるように飛びのいた。
成功だ!これで、冴子さんが作っていった道に割り込んで、みんなでゆっくりと進んでいくことができる!
志乃の部下たちもこの光景を見て、すぐさま状況を理解したようだ。
「「祓へ給ひ、清め給へ!」」
声をそろえ、振りをそろえ、四方で光の壁を作っていく。一時的な安全地帯を、まずは何とか確保。
あとは、ちょっとずつ進んでいくだけだ。
冴子さんが空間を作ればそこに志乃たちが体を割り込ませ壁を生成。それに合わせてみんなでちょっとずつ移動を繰り返すことで、私たちはじりじりと建設中の慰霊堂までたどり着くことに成功した。
「何とかたどり着いたが、これからどうしようっていうんだ?!こんな建築途中の場所じゃ立てこもることすらできないぞ?!」
亮介が小声でそう聞いてくる。
志乃たちも同調するように不安げな視線をこちらに向けた。
彼女たちが維持する光の壁はほんと一時的なものにすぎない。ずっとそこで壁を作り続けるなんて、とても難しいと、きっと実感しているんだろう。
もちろん、ここで終わらせる気はない。
これはただの準備にすぎないからね。
私はそこで再びトーンをスピリチュアル風に戻し、ついでにアプリで画像を差し込みながらナレーションを続けた。
「さて、再び慰霊堂の前までやってまいりました。見ての通り、今は建設途中のこの建物、完成するのは1930年です。
しかし、思い出してください。この異界は、先ほどの亮介さんの言葉によれば、帝都の人々の被災者に対する暗い感情という情報が集まってできた空間でした。そうでしたよね?亮介さん?」
「む?あ、ああ、そうだとも。同質の情報が形成した位相空間だ」
「ありがとうございます!ならば当然、この地に込められた別の感情、復興への願いや鎮魂への祈り、そういう情報もまたここには集まっていると考えていいですよね?」
「……!そうだ、その通りだとも!この天長節は、ちょうど節目の時でもある。新しい天皇が即位することで、長く続く暗い時代が終わりをつげ、新しい時代へと切り替わっていくことを願う人々の思いがより高まっていると考えていい…!」
亮介は私が考えているストーリーについてどうやら察してくれたらしい。いい具合に話に乗ってきてくれた。
「ありがとうございます。その意味では、建設中の慰霊堂は残された過去の傷跡に対する清算のシンボルと言っていいでしょう。公募によって注目された宗派を超えた神聖なデザインと新しい時代を象徴するコンクリート造りという工法。そんな人々の意識が集中する中作られるこの建物は、今日この日、人々の復興の思いを一身に集めていると言っても過言ではありません」
そこで私は話をつづけながら、この建物をベースにあることを試みる。
ダンジョン内での、あらたなダンジョンの生成だ。
これまでの経験で、ダンジョンの中では、私のイメージ次第でその内容物に影響を与えられることが分かってきた。
例えば不要なものを消してしまうことも、空間の向こう側を見えなくすることも。
だからこそ、これも可能なはずだ。
ダンジョンの中に、新たに建物を建築するということも。
もちろん、一度作り上げたダンジョンの中で新たに中身を変えようとするなんてすると頭にすさまじい負荷がかかる。目黒競馬場ではものを消したりダンジョンを無理やり広げるだけで気を失うくらいきつかったんだ。
しかし、今は違う。
なにせ、私には、視聴者が思い描く慰霊堂のイメージが大量にある!
だから、イメージする。
ほかの人たちが思い浮かべた、そのイメージそのものを。
見えないものでもイメージすることだけなら可能だ。ちょうどこの被服廠跡のダンジョンをつくるときに、ダンジョン空間を風呂敷になぞらえてイメージしたように。
今回イメージするのは、いくつものガラスの破片。
その一つ一つが慰霊堂を思い浮かべる視聴者たちのイメージだ。
それを想像する!そこにあるはずだと、強く強く思い込む!
視界が赤くゆがむくらいに念じていると次第にそこに本当に「かけら」があるように感じられてきた。
脂汗を笑顔で隠しながら、私は確信する。
よし!これならいけるはず!
あとはこのかけらを、パズルのように組み合わせて、一つのイメージを作っていく。
イメージするのは、神聖なる聖堂。時を超えた、奇跡に対する人々の願いの結晶だ!
「さあ、ご覧ください!今この時、皆さんはもう一度目撃します!これこそが!情報物理学なのです!」
BGMのボリュームを大きく上げ、建設中の建物をライトアップ。
そして、心の中で叫んだ。
生成!!!
途端、それは現れた。
深い緑色の瓦に、城郭を思わせる重厚な本堂。
その後ろには、天を衝く三重塔がうっすらと光を帯びて、神や仏の光背のように照り輝いて見える。
現代の横網町公園に建っているその建物は、常にもまして神々しいその姿を私たちに見せつけていた。
お読みいただきありがとうございました。
大量にモンスターが沸き上がってきて、普通ならガチバトルが盛大に繰り広げられるところですが、陽菜の場合はそうはいきません。陽菜の敵は目の前のモンスターではなくて、視聴者であり世界なんですね。
いかに世界をハックしていくかという陽菜の一手、楽しんでいただけたでしょうか。
さて、いよいよ天長節もクライマックス。次回もどうぞお楽しみに。
面白かったと思っていただけましたら、ブックマークや下部の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援いただけると、とても嬉しいです!




