45話 最初の壁。遠藤家脱出計画
こうしてできる準備を全て終え、いよいよ私たちはその日を迎えた。
1928年4月29日。天皇誕生日こと、天長節。
その日は遠藤家でも朝から明らかに異質な空気が漂っていた。
まずいつもより早い時間から女中総出で玄関周りの掃除だ。表では主人の勝右衛門自らが立派な日の丸を門のところに飾っているし、使用人たちもいつもより念入りに水撒きをしている。
それが終わると速床の間に引き連れられ、何と襖を外すように命じられた。
「ねえ、これって何でこんなことしてるの?これから何が始まるの?」
私は小声でおタミに聞いてみた。
「何って天長節ですよ?だから朝は店のみんなで遥拝して、午後には近所の皆さんもお呼びして祝宴を開くんです」
あーなるほどね。日本の家って襖を外したらひとつながり大広間になるから、その準備ってことね。
「ちなみに、その、ようはい?ってなに?」
「なにって…陛下のまします皇居に向かってお祈りですよ?」
なぜそんなことを聞くのかと言う表情でおタミが答える。
はー、同じ日本人でもこんなに感覚違うんだね。天皇誕生日にそんなことする人、現代ではまずいないよ?
「そこ!時間がないんだから、喋ってないで動きなさいよ!」
おスズもいつもより一割り増しでピリピリしてる。天長節ってここまで特別な日なんだね。
よりにもよって、と零していた志乃の気持ちがようやくわかった。
こんな、ハレの日満開の日に、震災の亡霊が出た日には水を差すなんてレベルじゃ済まないだろうからね。
バタバタと準備が出来たらご飯をかっこみ、すぐさま遥拝とやらの時間になった。
襖を取っ払って、でっかい一間の空間に従業員全員が鮨詰めになるもんだからなかなかの壮観だ。
遠藤家の皆さんは元々居間のあったあたりの上座に詰めていて、そのほかの従業員も所狭しと一間に集まる。あ、女中である私たちは一番後ろね。
見ると、いつも見かけない遠藤家の長男様も帰ってきてるみたいだね。冴子さんよりもさらに上座の、主人勝右衛門のすぐ隣で何だか偉そうな顔つきをしてる。
時間になったら、勝右衛門が何だか急に祝詞みたいなのを唱え出す。それに合わせて、一同お辞儀。すぐ隣のおスズやおタミも迷わずお辞儀をしているもんだから、合わせて私も真似をする。
なんていうか、ほんと同じ日本のはずなのに完全異世界だね。
というか、こんな状況で冴子さんと私がこっそり抜け出すなんてできるんだろうか。志乃はなんかうまく取り計らってくれると言っていたが、だんだん不安になってきたよ。
祝宴とかになったら、女中の私や主人格の冴子さんがこっそり抜け出すなんて無理じゃない?
そんな不安な気持ちでいたものだが、そこでお松さんからのお呼び出しがあった。
奥の間に向かうと、冴子さんと一緒に呼び出されていたらしい。冴子さんが軽く目配せをしてくれたことで、何となくこれが志乃の言っていた工作なんだと当たりがつく。
「冴子。本日は本来、神田明神の参拝、祝宴があるところですが、貴女にはその参加を禁じます」
静江さんの少し苦々しい表情の言葉でそれを確信した。きっと、ふじ経由での命令があったのだろう。
そう想像した通り、静江さんは謹慎の理由をこう告げた。
「お義母様がおっしゃるには、天長節など大勢の人間の気がひとところに集まり、蠢くような日は、霊的に不安定な状態になりやすいとのことです。神隠しにあったあなたは、その影響を強く受けてしまいまた同じような怪異に見舞われるとも限らない。
それを避けるため、貴女には、今日一日の間は自室にこもって静かに過ごしてもらう必要があります」
静江さんはそういって顔を曇らせている。
もしかして、こういうハレの日に冴子さんを閉じ込めるような真似をすることについて、思うところがあるのかな。
そんなことを考えていると、静江さんは私の方をみて言葉を続ける。
「おヒナ。お義母様がいうには、ここ数日の修業はすべてこの日のためのものだそうですね。ならば心得ているでしょう。
貴女は冴子とともに部屋に籠り、冴子を怪異から守りきりなさい。失敗は決して許しません。わかりましたね」
その言葉を聞きながら、私は志乃の計画を察した。
たしかにこんな日にこっそり家を抜け出すためには、参拝とか祝宴とか出ずに今日一日部屋に籠りきりの状態の方がよっぽどありがたい。
普通ならば部屋の中に閉じ込められたら、部屋から出るなんて難しくなるだろうけど、私の場合はそうじゃない。
なんせ私にはダンジョン生成があるからね。
冴子さんの小太刀を取り返した時のように、扉とかを消してしまえる私を閉じ込めるなんて、できっこないんだから。
何ならむしろ、絶対に出られなくなっている方がありがたいまである。
だからこそ、私は志乃の嘘に乗ることにした。
「奥様。それならば一つお願いがございます」
「なんですか。言ってごらんなさい」
「怪異から完全にお嬢様をお守りするには、できる限り部屋の守りを堅牢にする必要がございます。そのため、窓をふさぎ襖も開けられないようにつっかえ棒などでふさいでいただいて、食事と御不浄のとき以外は決して誰も出入りができないようにしていただきたいのです」
その言葉に静江さんは少し眉をゆがめた。まさか私から、監禁のレベルを上げてもらうよう頼み込んでくることが意外だったのだろう。
ま、私の目的は、そうやって私たちが外に出られない状態を物理的に作ってもらうことで、逆に部屋の中にいるアリバイを作っておきたいだけなんだけどね。
「…そこまでする必要があるのですか?」
「はい。神田明神で学んできたのですが、そういう物理的な守りが冴子お嬢様をお守りする結界の役割となるのです。さらに、守りを固めている間は、中に声をかけたり、むやみに襖をあけてしまうこともお避け下さい。それだけで私の守りが緩んでしまいますので」
つらつらと適当な嘘をつく。
これは、万が一にも部屋を確認されないための策だ。だってそんなことしたら私たちがいないってばれてしまって、また神隠し騒ぎになっちゃうもんね。
「いつまでその状態を続ければよいのですか?」
「明日の朝までお願いします。夜が明けてしまえば、天長節の影響もだいぶ薄れると思います」
「……わかりました。貴女を神田明神に預けた甲斐はあったようですね。では、おヒナ。くれぐれも、冴子を頼みましたよ」
「はい!お任せください!」
よし!これで、明日の朝まで自由に行動する権利、ゲット!
*
その後私たちは神妙に静江さんの命令を聞くふりをして、冴子さんの部屋に隔離され、おとなしく時間がたつのを待った。
被服廠跡には19時にはたどり着いておきたい。それを考えれば、おそくとも18時半くらいにはここを出る必要があるだろう。
私は外に聞こえないくらいの小声で冴子に話しかける。
「ごめんね冴子さん。それまでこの部屋の中でじっとしていなきゃいけないことにしちゃってさ」
「いいのよ。こういう時は中途半端が一番だめだもの。お母様がわたくしたちがいなくなったと思わせないように、これくらいのはったりは必要だわ。
それに、今日はお互い大事な役割があるのだもの。ゆっくりと心身を整えてその時に備えましょう」
そういって冴子さんは静かに微笑んだ。
その笑顔になんとなくいつもとは違う迫力というか気合のようなものを感じて、冴子さんが本当に今日の夜に向けて研ぎ澄ませていることが分かった。
うん。これは負けていられないね。
てなわけで、私も今日の台本を確認したり、何があってもたいおうできるよう脳内シミュレーションをしっかりして、長い時間を過ごした。
下の階では、普段ではあまりないような陽気な話し声が響いてくる。本当に宴会やってるんだ。
一応、せめて食事くらいハレの日の気分を味わってほしかったのだろう。冴子さんに運ばれてきた食事なんかは、天ぷらとはお寿司とか、すっごい豪華な感じだった。
…いっぽう、私は、いかにも精進潔斎料理って感じで、肉系が一切ない料理だったけどね。
それでも、冴子さんが自分のご飯を分けてくれたので、私も少しはハレの日気分を味わうことができた。こうして、冴子さんと一緒に食事ができるなんて、監禁もなかなか最高じゃない?
こうして冴子さんと二人きりでいられることなんて他じゃ望むべくもないからね。外に聞こえちゃいけないし、冴子さんの精神統一の邪魔になってもいけないので、それほどおしゃべりできたわけじゃないけど、それでもちょこちょこっとお互いの話をしたり、何でもない雑談をしたり。
なんだか、すごく幸せなひと時だった。
ずっとこうしていたなって思うくらい。何なら、怪異なんて収めない方がこういう時間がとれるんじゃないって思っちゃうくらいに。
もちろん、そんなことしないけどね。
こんな時間が過ごせるのも、遠藤家という基盤があってこそ。そしてそれは、私の配信が生み出した怪異たちによって簡単に壊されてしまうものなんだ。
だからこそ、私自身の手で、確実にそれを終わらせる!
「――そろそろ時間ね」
冴子さんの静かで、しかしゆるぎない声で、そう告げた。
「OK。行こうか、冴子さん。――生成」
それにこたえるように、私は遠藤家をダンジョン化。とたん音は遠のき、空気が塗り替えられる。
私は私たちを閉じ込めていた襖を消滅させる。
冴子さんは小太刀を腰に差し、黒いマントのようなものを羽織った。ちなみにその下の服はいつもの矢絣の着物に袴姿ではなく、
「陽菜さんもこの服に着替えて頂戴」
「え?これって冴子さんの学校の制服じゃなかった?」
渡してきたのはボレロの制服だ。冴子さんは普段着物に袴だから、こっちの制服は持っていないんだと思ってた。
「一応準備だけしておいたのよ。誰かに見とがめられたときにその遠藤家の女中姿はまずいわ」
「制服姿なら問題ないの?」
「問題ないわけではないけれど、制服ならばわたくしたちと特定することも難しくなるでしょう?――不審に思われないうちに叔父様たちとすぐに合流しましょう」
一応事前の打ち合わせで、亮介が遠藤家から少し離れたところで車を止めて待っていてくれる予定になっている。
そこまでできるだけ人目につかないよう、私たちは部屋の外に出た後一度土蔵の中に入った。
「ダンジョン解除―――再生成!」
土蔵の中で作るのは、いつものオフィスビルダンジョンだ。
このダンジョンの利点は、遠藤家のコピーと違って遠藤家の敷地を超えてダンジョンを作れる点。こういう、遠藤家に人が集まっている日にはこちらのダンジョンで出入りをすることは、ほぼ必須だ。
「――大丈夫よ。この場所ならば、あたりに人はいないし誰にも見つからないわ」
集中力が高まっている冴子さんは、いつも以上に早く周囲の状況を音だけで判断し、そう私に支持をくれる。私がその場所に行ってダンジョンを解除すれば、無事、人のいない路地裏に出現することに成功した。
「さあ行きましょう。陽菜さん。できる限り人が少ない道を選ぶけれど、万が一誰かとであってもあまり慌てずに、堂々と歩いて頂戴。ただし顔は伏せてね」
冴子さんの指示に従い、私たちは帰路につく女学生という感じを装って、待ち合わせ場所に向かった。
普段もっと暗い時間に出歩いているものだから、まだ少し明るいこの時間に出歩くのは、めっちゃ怖い。冴子さんが落ち着いた声で指示してくんなきゃ、絶対挙動不審になってたよ。
でも意外と誰も私たちに気を止める人はいなかった。
人々はみんなにぎやかしい道に集まって、提灯行列を見たり万歳三唱をしたりしている。その陰に隠れるようにして、私たちは目的地に向かって急ぐ。
「陽菜さん。大丈夫。もう少しよ。―――見えたわ」
そういわれて少し顔を上げると、亮介がいつもの憎たらしい笑顔のまま車を留めて待っていた。
私たちは、そのままごく普通の様子を保って亮介の車に乗り込んだ
ふいー…!本番前だってのに、めっちゃつかれた…。
「…あんた、もうちょっと近くで待ってることはできなかったんですか?」
「はっはっは!僕あこれでも遠藤家の次男坊だぜ。実家の近くで待っていたら目立つに決まっているじゃないか」
「そりゃそうですけど…。ところで、志乃さんは?」
「ああ、先に現地入りしているよ。事前に結界の状態を確かめてくれているらしい。僕たちも急ぐとしようじゃないか」
そういって亮介はやかましいエンジン音を響かせて、夜の帝都を走り出す。
「――いよいよね」
冴子さんがそうつぶやくと、そっと私の手を握りしめた。
「頼りにしているわよ、陽菜さん」
「――こっちもだよ。冴子さん」
私もその手を強く握り返す。
「わたくしたちの帝都を守りましょう」
「私たちの時代を守ろうね」
まだ喧騒の残る、浮ついた夜の帝都を見つめながら、私たちはたがいにそう誓い合った。
亡者対策大作戦、ついに決行だ!
お読みいただきありがとうございました。
昭和初期の天皇誕生日の様子、お楽しみいただけたでしょうか。祝日自体は同じなのにここまで違うもんなんですね。
さて、今後のスケジュールについてお知らせです。
リアルの都合で執筆ペースの維持が難しくなってきたため、来週からは『毎週金曜日更新』に移行させていただきます。その分1話1話の質を向上させ、走り続けていきたいと思っていますので、引き続き本作をお楽しみください!




