42話 ダンジョン生成、ハックします〜タイムトラベラーの矛盾と不敵な科学者科学者〜
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ダンジョンの中に亡者を沸かせたうえで、それを面白おかしく配信する。
その大方針は決まった。
しかし、これを実現させようとなると、これがなかなか難しい。
「とりあえず冴子さんが戦ってる映像を撮るとして…、亡者の出現をダンジョン内に限定させる、というのが結構難しいんだよなあ」
なにせ、今回新聞記事で亡者が出てくるとされている被服廠跡というのは、現代でいうと横網町公園あたりがある場所なのだが、これがまた結構な広さなんだよね。
広さ約2ヘクタール。
サッカーコートで言うと3面弱くらいだってさ。実感は湧かないけど広そうというのはよくわかる。
どう考えても、私のダンジョンでカバーできるような広さじゃないんだよ。
まあ、新聞記事を読む限りだと、亡霊が出てきたというのはその中でも急造の納骨堂とか建設途中の慰霊堂付近だったりするらしい。だかは全体をカバーしなきゃいけないってわけでもなさそうではあるんだけど
「思いっきり屋外なんだよね…。私が作るダンジョン、基本建物なのに…」
ダンジョン内にふらふらと亡者たちが入ってきてくれればいいが、そんな都合よくいくわけないし。
これ、どうしたもんかね?
神田明神の社務所内で一日頭をひねったが、結局いい案は出てこなかった。
*
そして夜。私たちは昨日に引き続き遠藤家のダンジョンオフィスで対策会議を開いた。
例によって亮介と志乃も参加している。
29日まで日がないからね。多分当日まで毎日この体制になるだろう。
そこで私は改めて、亡者の現れる日時と場所、そして私の作戦について報告を行った。
「ふうん。悪くないな。人々の心を動かすのは退屈な真実ではなく派手な虚構だ。さらに人々を信じさせるのではなく、馬鹿馬鹿しいと思わせるのことが目標というのも面白い」
亮介は機嫌良く頷く。
よしよし。気づいたら何故か私より情報物理学に精通している亮介のお墨付きがつくなら、少なくともまるで無茶な作戦ってことはなさそうかな。
「でも、派手と言われてもどうしたらいいのかしら?わたくし、普通に戦うしかできないわよ?」
「それは大丈夫。冴子さんが戦ってるってだけで画面映えは十分以上だから」
首を傾げる冴子さんに私は強く請け負う。
こんな綺麗な冴子さんがバッタバッタと亡者を退治するだけで、非現実感は十分だろう。
とはいえ、今までも冴子さんが戦うところはチラッと映ってたわけだし、作り物感出すにはもう一押し欲しいんだけどね。
「しかし、貴女の作り出せるのは未来の建物だけではなかったですか?それでどうやって被服廠跡に出没する亡者を全て閉じ込めるというのですか?」
「う…。それは…」
志乃のやつめ。きっちり痛いところついてくるな。
…わかってるよ!そこが苦しいのは!
「えっと…、未来の世界ではあの場所にでっかい慰霊堂が建つんですよ」
「ああ、そういえば去年ごろから建設が始まっていましたね」
「それです。私が囮とかになって上手いこと建物の中に誘い込めないかな、とか、そんな感じに考えています」
「それは反対だわ。どれくらいの数の亡者が出るかわからないのよ。下手したら取り囲まれてしまうし、そうなったら危険よ」
「それに建設途中の大きな建物が突然現れたら否が応でも目立ちます。引き込むにはそれなりに長い時間表に出しておく必要があるでしょうし、それでは人目につくリスクが上がってしまいます」
志乃だけでなく冴子さんにまで反対されてしまった。やっぱ無理があったか…。
それをみて志乃が少し勝ち誇ったように笑う。
「そのような無理な策を進めずとも、私共の働きかけで新聞記事をそもそも書かせないようにできそうです」
志乃はそれにより未来を変えてしまう案を提案してきた。
ぐ…!悔しいしタイムパラドクスの心配はあるけど、少なくとも現時点での公算はそっちの方が高いんだよね。
しかし、それに対して亮介は微妙な反応を示した。
「うーん、未来を変えるねえ」
「何やら浮かない顔ですね。なにか懸念でも?」
「懸念というかなんというか。まあ、ちょうどいい機会か」
亮介はそう口を濁すと私の方に向き直った。
「陽菜君。ちょっと新聞の記事を確認して欲しいのだが、いいかい?」
「はあ?別にいいですけど…。いつの記事ですか?」
「1928年4月8日。君が目黒競馬場での勝負のために下調べしたというやつさ」
ん?確かにその日の記事はしっかり下調べしたけどなんか今の話と関係あるの?
とりあえず言われた通り、スマホでデータベースサービスを開くと何度も読み込んだその日の記事をざっと目を通す。
「…確認しましたけど?」
「何か記載に変化はないかい?」
「変化って、別になにも…?」
「君の確認した記事には何が書かれているかな?」
「レースの結果と、騎手が落っこちるトラブルで大番狂せが起きたって話だけですけどでの」
その答えに亮介はどこか満足げに笑みを浮かべた。
「僕の考えていた通りだ。――これを見たまえ」
亮介は背嚢からガサガサと新聞記事を取り出して広げてみせた。
亮介が指し示すのはちょうど私が確認していたのと同じ新聞記事だ。
「なんの確認なんです?全く同じ記事ですよね、これ。ほらここに、レース結果と大番狂せについて――ん?」
そこで私の手が止まる。
なんか、その先に変なものが書いてある。
『尚、余りの衝撃に拠るものか、其の日は所謂白昼夢を見たとの証言が続出した。曰く狐の如き怪しの女が勝ち金を掠め盗り、そのまま虚空より建物を生み出すと忽ちに消え失せたと云々。げに恐ろしきは金の魔力である』
「あれ?これ、もしかして私のこと?え?あれ新聞記事に載っちゃったの?!」
「あんな場で騒ぎを起こしておいて、今更驚かんでくれよ。それに今問題なのはそこではないだろう?」
「あ、そうか!私が確認した新聞記事と食い違ってるじゃん!」
私は慌てて再びスマホを覗き込む。
日付も同じ。新聞社も他の記事も全て同じ。なのに、私が見ている記事には狐女の記載などどこにもない。
「どういうことです、これ?なんでこの記事、変わってないんですか?」
「簡単なことさ。本来つながるべき因果が食い違っているならば前提が違うんだ。早い話が、この世界の今は君の世界の過去ではないんだ」
「へ?」
「君は時間超越者ではない」
亮介はなんともとんでもないことを言い出した。今更そっから否定すんの?!
「いや、私は確かに2028年の未来から来たわけで!」
「別にそれを否定はしないよ。ただし、同一時間軸の過去と未来の関係ではない。おそらく並列の関係だね。言っただろう?視聴者たちと僕たちの流れる時間の速さや関係は同じだと。むしろ時空間の関係で言うならーー」
「意味がわかりません。日本語でお願いします」
「ふむ。では、こう言おう。君は異なる時間からではなく、異なる世界から来た人間だ」
「な!」
驚きで一瞬言葉が出てこない。
は?マジで異世界召喚だった!?
って、納得できるかい!
「いやいやいや!それはあり得ませんって!ちゃんと私たちの歴史と全く同じ出来事が起きてるんですから!ほら、新聞!そりゃ狐女なんて載ってませんが他はおなじなんです!ちゃんと書いてある通りのことが起きてるんですよ?!」
私がそう言い寄っても亮介は面倒臭そうにため息をつくだけでそれ以上説明しようとしない。
「仮にも情報物理学の自称提唱者の君が、なぜこんな当たり前のことがわからないのか不思議でならないよ。まあ、それなら今は気にしないでおきたまえ。要は志乃君の工作は意味をなさない。未来の新聞は変わることなく亡者の出現を記載する。それだけわかっていればいいさ」
いや、この野郎、そこで言葉を濁すなよ!
なんかめっちゃ大事そうな話じゃん!
しかしヒートアップしているのは私だけで、冴子さんはなんだかよくわからないという顔で心配そうに私を見ているし、当の志乃もどこか呆然として黙っている。
なんでー?!
「今は目の前のことに集中したまえよ。亡者たちが帝都に出没しないよう防ぐため、頭を悩ますべきだろう?」
「わ、わかってますよ!」
流石に亡者の出る29日まで日がない中、せっかくの対策会議をいつまでも止めておくわけにもいかない。流石に何時間も冴子さんに部屋を空けさせてるわけにはいかないしね。
畜生。絶対にあとで問い詰めてやるからな。
私は一旦気持ちを入れ替えて、対策会議に集中するしかなかった。
えっと、何考えてたんだっけ。
そうだ、被服廠跡、未来の横網町公園に出没する亡者たちをいかにダンジョンに閉じ込めるか、だ。
「陽菜さんが作り出すこの空間は未来の建物だけなのよね?」
「うーん、厳密に言えば建物以外もいけるよ?未来の世界でそこにあるものだけ出すのは普通にできる」
建物以外だと、宅配ボックスとかゴミ箱とかも出したことはある。あ、一度目眩しに信号とかも出したっけね。
「ならば、亡者が出る可能性のある一帯を丸ごと生成することはできないのかしら」
「え?いや、無理じゃないかな…。私が出せるのは建物一階分の広さのダンジョンだけだし」
流石に亡者が出る可能性のある公園一帯をダンジョンとして出すのは無理だ。
「あ…そう言えば、無理して空間を広げようとするといつかの競馬場の時みたいに貴女に酷い負担がくるんだったわね。ごめんなさい、忘れて頂戴」
「いいんだよ。思いついたことはどんどん言ってかなきゃ」
実際、この建物一階分の制限、本当に鬱陶しいからね。私が思い浮かべられる情報量の限界ってことなんだよね。未来の建物の位置情報で補完をしてこれなんだから嫌になっちゃう。
「ちょっと待って!たしか、今建築中の慰霊堂は、未来の世界でも同じ建物が建つのよね?それなら、三越百貨店の時のように、この時代にある建物を依り代か何かにすれば負担はぐんと減るのではなくって?」
「あ!」
そういわれるとそうだ。
ダンジョンを作り出すための情報は、何も私がすべてをカバーする必要はない。そこにある建物の情報をそのまま使うのなら、ほとんど負担なくダンジョンが作り出せたんだ。
「さすがに公園全体は無理かもしんないけど、情報を借りてダンジョン作れる分余裕は――」
そう言いかけて
そこでふと、あるアイディアが降りてきた。
そこにあるものを利用できるなら、ダンジョンの生成はぐっと軽くなることは、経験則上わかっている。
何もないところに未来の建物を生み出すのは大変でも、今もそこに建物があるならばそんなに負荷は発生しない。
ならばだよ?
今ある建物を、そのままダンジョンとして出すんなら、負担はもっと軽くなったりしない?
未来の建物ではなく、この時代の建物。
それを、「ダンジョン」として出す。
だって、私は今未来の利器が欲しいわけじゃない。
だれにも目に触れられない、場所を作りたいだけなんだ。
それなら、そこは別に未来の建物である必要なんてない!
「ねえ、冴子さん。ちょっと実験に付き合ってくれない?」
「え?どうしたの?何か思いついたの?」
「まあまあ。あ、お二方も一瞬私の近くに来てください。今の建物を一度消して、土蔵の中に戻りますんで」
「ふむ?まあいいが、急だね」
四の五の言いながら亮介は私の言葉に従ってくれた。妙に静かになってしまった志乃も特に何も言わずに寄ってくる。
そこで私は一度ダンジョンを消した。
かび臭いにおいの薄暗い土蔵の中の光景が目に入る。
そのうえで。
「冴子さん。ちょっと手をつないで」
私は、再び「ダンジョン」を作り出してみた。
それは本当に一瞬。
「お、叔父様たちが消えてしまったわ!」
冴子さんが悲鳴のような声を上げた。
同時に、姿が見えない中で
「む!なるほどそう来たか!」
亮介の感心したような声が上がった。
――成功だ
そう。ここは、さっきまでいた遠藤家の土蔵じゃない。
私が作り出したダンジョンだ。冴子さんと二人、ダンジョンにはいるイメージをしたため、私たちだけが現地から消え、ダンジョンの中に入り込んだというわけだ。
これで明らかになった。私は、未来の建物だけでなく、この時代の建物もダンジョンとして生み出せる。
そして―――
「これならば、建物一階分よりよっぽど広くダンジョンが作れる!」
遠藤家を丸々、軽々とダンジョン化してみせた私はそれを強く確信した。
やっば。ほとんど何の違和感もないわ。
いままでダンジョンを生み出せば、初めから少し頭が少し重いという感覚があり、それが長時間にわたると頭痛になって襲ってくるという制約があった。
しかし、今私は何の負担も感じていない。
その気になったらもっと広い空間もいけそうな気がする。
もちろん、これは現地で実際に試してみる必要があるだろうけど
「やったよ!冴子さん!これで亡者からこの時代を救えるかもだよ!」
私は思わず冴子さんの手を握って跳ね回ってしまった。
それくらい確かな手ごたえだ。
これなら諸々何とかなりそうだ!
*
そうやって意気揚々元の土蔵に戻ってきた私に、亮介はさっそく水を差してきた。
「君のダンジョンは、扉がとじてないと誰にでも見えてしまうんじゃなかったかい?建物以外のあたり一帯をダンジョン化するとしても、その空間に扉がない以上、結局亡者が見えてしまうだろう」
ち。この男、細かいところに気づきやがって。
しかし、心配無用。
そこのところは実はちょっと案が思いついている。
ま、できるかどうかは試してみないとだけどね。
「そもそも、ダンジョンが見えないのってダンジョンそのものがこの世界から独立している状態なんだと思うんですよね。で、扉の開け閉めで見える見えないに影響を与えているのは、扉がダンジョンとこの世界をつなぐ入口の役割を果たしているから」
「ふむ。まあ、さすがに提唱者を自称する君はそれくらいは思いつくか。それで?」
こいつなんでこんな上から目線なんだ?
自称も何も、実際に提唱者なんですけど?
カチンとくるけどいったん私は話を進める。
「要するに、建物の中だとちゃんと壁があってダンジョンという世界の領域を意識できるから、独立した空間として世界が作り出せるわけです。一方、扉がないものを作ったり、扉が開いている場合には、独立したイメージを私が持てないから世界として混ざり合ってしまう」
「あまりに粗雑な解釈だが、君が素人だということも加味して良しとしようか。続けて」
「……いや、だから、ちゃんと私が独立した空間だとイメージが出来さえすれば、建物がなくても一応世界を作ることはできるじゃないかな、と」
亮介はその答えを聞いて眉を嫌味にゆがめた。
「55点」
かっちーーん!
なにさまじゃわれ!思わず暴れだしたくなるのを、私は必死で抑える。
こいつにいちいち腹立ててたらこっちの身が持たない。
「な、なにがわるいっていうんですかねぇぇ?」
必死に怒りを抑えて聞く私に、亮介は再びめんどくさそうにため息をつく。
「何もかもだね。君は自分のイメージ力を過信し過ぎじゃないかい?何もないところから正確に空間の切れ目を想像する?無茶な。何のためにわざわざ現代の建物をベースにしたダンジョンを作ろうとしているのか、もう忘れたのかい?」
く……!正論だよ、こんちくしょう!
だから、練習とかが必要だなって思っていたんだよ!
れ、練習すれば何とか…!
そう言い返そうとしていたところに、急に今まで黙っていた志乃が口を開いた。
「……それならば、私が何とか致しましょう」
ん?ダンジョン作るのに、志乃が何とかする?
どういう意味だ?
「…マレビト様がこの地に降臨された際、私は簡単な結界を作ってその中で神事を行いました。そして、あの妙な建物は、その結界の中に現れた。…それはおそらく偶然ではありません。それこそ、情報物理学とやらによれば、我々の結界の知見や信仰もまた、情報という意味で意味を持たせられるのではないですか?」
なるほど。これは確かになんだかんだ神事に通じている志乃ならではの意見だ。
結界ね。たしかに、なんだかそれっぽいって私も感じるわけだし、ならば、その「感じる」って情報はある意味世界を区切るのに役に立つのかな?
「確かにあの時、ものすごい光が光ったというのに、誰かに気づかれた気配はなかったわね…。わたくしたちは皆結界の中にいたからあの建物も光も見えたけれど、ほかの人たちには見えなかったというのは、あり得るかもしれないわね」
冴子さんまでそう賛同してくれる。
ならば、試してみる価値はありそうかな。
「よし!じゃあ、いったん、その結界で空間が作れるか、明日いろいろと実験してみるよ。志乃、さんも、協力してくださいね」
「……もちろんでございます。只人のみでございますが、精いっぱい尽くさせていただきます」
志乃はなんだか奇妙なほどに神妙に、そのように答えてみせたのだった。
*
こうして私たちの作戦は決まった。
被服廠跡一帯に結界を張る。そしてそこに、この時代の建物そのままのダンジョンを生成する。
そうすることで、この一帯に湧いて出る亡者たちをまとめてダンジョンの中に閉じ込めてしまう。
あとは冴子さんの退治。
うんうん。なかなか、外連味があって、絶妙にばかばかしい、オカルトチャンネルにふさわしい配信ができそうじゃない?
私がそう思ってこぶしを固める――――その後ろで
「どうやら君も気づいたらしいな。志乃君―――そうだとも。君たちは、まさしく、神降ろしに成功してしまったというわけだ」
亮介が志乃にささやきかけ、志乃が暗い表情でうつむいたことに
私はずっと気づくことはなかった。
お読みいただきありがとうございました。
物語の重大な事実がようやく明らかになりました。この話はタイムトラベルものではないのです!
基本鼻につく厄介者の亮介ですが、こういう役割は本当に任せやすいですね。このまま、物語の解体のため暴れまわってもらいましょう。
さて、今回新しく出てきたダンジョン生成の新しい使い方ですが、これ、実はかなり強力なんですよね。
次回、その利用方法の一端をお見せします。
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