41話 作戦会議は神田明神で~オカルトチャンネルで狙う一石二鳥~
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お風呂に入って、冴子さんとゆっくり話をすることで、私のこわばった心が解きほぐされるのが実感できた。
配信の反響の嬉しさとかあって、責任とか重圧みたいなものに対しては平気なつもりだったんだけど、自分で気が付かないくらいには追い詰められてたんだね。
そのうえで思う。
ちゃんと、IPOを再開しよう。
この時代に私が巻いてしまったトラブルの種を回収するために。
冴子さんと共に生きるこの時代を守るために。
そのために、私のやんなきゃいけないことは結構多い。
一方私の自由になる時間はほとんどないと言っていい。
下っ端見習い女中だからね。
それに対しては志乃がなんかやってくれると言っていたから、どうなるのかと思っていたところお松さんから声がかかった。
「ヒナ。奥様がお呼びです」
静江さんのいる奥の間に向かいお松さんに散々叩き込まれた作法で部屋に入ると、どうやら神田明神へのお使いの言いつけのようだった。
「お義母様の言いつけもあって、貴女を向わせる必要があります。なんでも貴女の力を維持するために簡単な修行をつけてくださるそうです」
なるほど。
志乃のやつ、本当にふじに口利きしてくれたみたいだ。
しかし、その鶴の一声で静江さんも動かしちゃうとは。やっぱり、私が遠藤家で安穏と暮らせていたのは単に見逃されてただけなんだね。
さすがに、遠藤家に入る前のゴタゴタもあってか、完全に信用はしていないらしく例によって誠一が後からつけてくるものの、私はこの時代に来て初めてよそへのお使いに出されることになった。
向かっていた先に待っていたのは――
「遅いですね。マレビト様。事態の重大性を理解されていないのですか?」
「……やっぱりあんたでしたか…」
「これでも、神田明神には深い関係があります。神事にも通じておりますので、こういう方便も通用するのですよ。いいから早くおはいりなさい」
志乃は勝手知ったるという感じで、神社の社務所の方に私を案内する。
さすがの誠一も、その中までついては来れないからね。これでようやく、私はスマホを使って堂々と作業ができるようになったというわけだ。
「それで、分かったのですか?次の亡者の出現時期は」
「はい。ばっちりですよ」
これは機能のうち、検索でパパっとやっておいた。私が契約している新聞記事のデータベースで、対象を1928年の4月~5月に絞って検索。
亡者が出るってのはだいたい幽霊だとか、亡霊だとかそういうキーワードで引っかかるだろうからこれは割とすぐに特定できた。
「1928年4月29日日曜日、本所区・横網町、本所被服廠跡です」
この本所被服廠跡ってのは、関東大震災の時に特に被害がひどかった場所らしい。
そのためなのか、震災で死んだ亡霊が出没するところが目撃されたと新聞にはあった。
この場所は現代では公園になってて慰霊堂とかが立っているらしいんだけど、確認してみたらアクセスとしては割と悪くない場所だね。
現代なら車で10分。この時代ならどれくらいかかるか知らないけど、これなら冴子さんと人知れず行って帰るのもできそうだ。
「しかしよりにもよって、天長節の日とは…。人祓いが面倒そうですね」
「天長節?なんかこの時代のお祭りかなんかですか?」
そういえばこの日は昭和の日だったな。こんな名前がつくくらいだし、きっとなんかあるんだろうけど。
そう聞くと、志乃は嫌な顔をしてため息をつく。
「嘆かわしい。未来人とはいえ、日本人が天長節も知らないとは……。陛下の誕生日ですよ。昨年は先帝陛下の喪に服す必要があったので、即位後では初めての天長節になります」
はー。なるほどね。だからこの日が昭和の日って言われているのか。
たしかに、そんな日に震災の亡霊が出るなんて、というのはわかる一方、現代に生きる無責任な視聴者からしたら、むしろ逆に如何にもな日って感じがする。
強い光の下には影ができる。むしろそれをつい期待してしまう、という人間心理は間違いなく存在する。
このままじゃ、この日、この場所に亡者が出るのはほぼ間違いなさそうだ。
「…とにかく、日付が分かるならば私どももまだ動きようがあります」
志乃はそういうと懐から神取り出してきた。
「この紙にその記事の文言を書いてください」
「え。いいですけど、どうする気ですか?」
「さすがに、本所被服廠跡となれば人払いにもそれなりの手間と人手がかかります。それに、このような記事、要は出させなければいいのでは?」
ぬ。
なるほどそう来たか。たしかに、この時代で例えばうまく記事が出ないように封じたならば、未来の視聴者は記事を本気にして亡霊が出るなんて信じなくなる―――のか?
いや。それってタイムパラドックスじゃん?じゃあ、なんで私はその記事を見れたんだってなるわけで…。
あー。こんがらがってきた。こんな時だけ、あの似非物理学者がいてほしくなるね。
「ま。でもできることをやるのは正解か。わかりました。書きますよ」
私は少し苦労しながらその記事の内容を紙に書き写していく。
この時代の言葉遣いとか漢字、現代と違うのがうっとうしいよなあ。
それでも何とか書き写すと志乃に渡す。それを受け取った志乃は、そのままそれを懐に入れると私に背を向けた。
「禰宜には、この部屋には誰も近づけないよう伝えております。お嬢様をお迎えに行く時間まではここで作業をしていて構いません。――私はこの情報をもとに別途動かせていただきます」
「…助かります。そっちの方も一応健闘を祈ってますよ」
「無用ですよ。あなたからの祈りなど。――ここは私たちの国なのです。「配信」などという得体のしれないものに好きにさせるなんてさせやしませんとも」
志乃は私にそう言い捨てると、そのまま部屋を出ていった。
…相変わらずの扱いだなあ。ま、逆に気楽でいいけどね。
さて、じゃあ私の方も、どんな配信をするか、ちゃんと作戦を立てないといけない。
しかしなあ…。
作戦会議の時は勢いで安請け合いしたけど、結構これ難問なんだよね…。IPOは基本オカルトチャンネルなわけで、オカルト現象をバンバン配信してきた立場だ。
それがいきなり、オカルトなんてあるわけがないなんていうのは説得力皆無だろうし、何よりそんな地味な発信が誰かの心に届くわけがない。
さらに三流新聞の細かい記事までカバーできるようなストーリーが必要なわけで…。
悩ましいなこれ…。
あ、そうだ、IPO活動本格化するなら、一応店長たちにも一言言っておかないと。
何せ私は現在身バレ危機の真っ只中だからね。
今、身バレでクソ親父に見つかって、配信ができなくなるのはめちゃくちゃ困る。状況の確認は必要だ。
それに身バレは私だけの問題じゃないしね。店長にも迷惑かけちゃう以上、報告はしておかなきゃ。
こんなふうに昼間に自由時間ができるのはなかなかないしちょっと連絡してみますか。
コールしてみるとありがたいことに店長はすぐに出てくれた。
『朝霧君?君、こんな時間に連絡してきて大丈夫なのか?』
「はい。少しややこし話なんですけど、期間限定かつ条件付きの協力者ができまして」
『お。それはよかった。ちょうど君には連絡する予定だったんだ。君の家の工事な。無事スタートできたぞ』
「え!もうですか!」
『ああ。特急料金が効いたな。一旦今の所ネットの方に君がヨルだっていう情報は出てきてないし、ギリギリ間に合ったんじゃないかって先生とも話してたんだよ』
珍しく店長がご機嫌だ。
危機的状況が一旦回避できてほっとしているというところだろう。
そんな中水をさすようで申し訳ないがいつまでも引っ張ってても仕方ない。
「その件に関連して報告というか相談がありまして…」
『ん?なんだい?支払いとかなら先生が上手いことーー』
「実はチャンネルの活動を再開する必要があります」
言った途端、スマホの向こうで店長がひっくり返る音がした。
こういうのギャグ漫画のお約束と思ってたけど、本当にする人いるんだね。
続けてスマホから支離滅裂な叫び声が聞こえてくる。興奮しすぎて聞き取りづらいけど、何を考えているだとか、火に油だとか、僕も限界だとかだ。
うん。ごめん。わかるけどちょっと落ち着いて。
「今から事情を説明しますから。すぐ再開するってわけじゃなくて、どうすればいいかとか相談させて欲しいんです」
私は店長を宥めながらこれまでの経緯と亮介の仮説について全て説明をした。
店長ははじめは少し話すたびに口を挟んできたが話が見えてきた辺りからは大人しく話を聞いてくれた。
「だから、冴子さんと生きるこの時代を守るためにも、事態を収集させる発信は必須なんです」
『ふうん。なるほどなぁ。しかし、人々が信じたら亡者が出てくるとか本当なのか?』
「本当に出ちゃったんだから仕方ないじゃないですか。第一店長は、私のタイムトラベル知ってるんだし今更でしょ?」
『いや、タイムトラベルならまだしも、亡者だろう?いくらなんでもリアリティないだろ。そりゃ、お嬢様が戦う姿は美しかったが…』
店長のやつ、冴子さんのファンのくせに亡者の存在は認めていなかったらしい。じゃあ何?あそこだけアクション映画でも撮ってたとでも思ってたの?
ただ、これはこれで参考になる意見ではある。
視聴者は、チャンネルの内容によってはその立場を簡単にひっくり返すことも十分ありえるということだ。
「店長。それなら亡者以上に荒唐無稽な内容の配信をしたら、それだけでリアリティっておちたりします?」
『ん?それは落ちるんじゃないか?元々タイムトラベルってだけで本来アウト寄りなんだしな』
なるほどなるほど。
ならば、その路線はありかもしれない。
つまり、亡者はいない!と喧伝するのではなく、それよりさらに馬鹿馬鹿しい設定を盛り込むという方向だ。
それで視聴者の信頼が落ちれば必然的に配信による情報物理学的な影響も落ちる。
そうなれば元々無理のある存在である亡者の出没はある程度抑えられるんじゃない?
まあチャンネルの求心力が損なわれるのは少し悔しい話ではあるが、今が過剰なくらいならむしろ落ち着くのは望むところかもしれない。
あれ?ていうか、これ、実は身バレ対策にも効くんじゃない?
「店長店長。ここでIPOチャンネルが元々のオカルトチャンネルに立ち返る姿勢を見せたら、今の私の正体を暴こうとする熱狂もおちついたりしませんかね?」
『――なるほど、それはあるな。君のチャンネルが着目を浴びたのは、ひとえに真実味が強すぎるからだ。あまりにリアルな1928年の映像に当てられたから本物と疑われ、タイムトラベラーである君の正体を暴こうって社会現象になった』
「そんな状況で、沈黙していた私があえてオカルト方面に全力投球する馬鹿馬鹿しい配信をしたなら、一種の立場表明になりますよね?」
『これは、エンターテイメントであって事実ではない、ってことか』
「はい」
謎のタイムトラベラーと謎のアーティスト、この二つのインパクトの差は絶大だ。
今の時代、匿名アーティストがどれだけいるんだって話だし。
これならいける。
「店長。これで行きます。いいですよね」
『…よし、それなら僕も応援しよう。YouTubeのことはよくわからんが、手伝えることがあれば手伝うぞ』
店長は打って変わってそんなことを言ってくれた。全くこのお人好し親父が。
「なら、私に関する噂だとか評価だとか、そういうのちょっとまとめてくれませんか?私のチャンネル見ている相手がどんな人たちかわかれば、脱落する視聴者をコントロールしやすそうですし」
まさか、視聴者を減らすためのアピールを考える日が来るとは思わなかった。
ま、いいんだよ。私のチャンネルがムーブメントの中心になったのは揺るがぬ事実なんだし。
あとは、綺麗に畳むことを考えよう。
冴子さんのためにもね。
*
一通りの話が終わって通話を切ると、私は一息ついた。
店長との電話は思いのほか長くなっていたようでバッテリーが結構心細くなってしまっている。志乃を警戒する必要はなくなり充電器も調達はしやすくなったが、いい加減手間なんだよね。なんでこんなにバッテリーすぐ減るんだろ。
ま、余計なことは考えず、作戦検討続行だ。
ケレン味たっぷりでいかがわしさ満点の配信を用意しないといけない。
「あ、それなら亮介に出てもらっちゃう?」
あいつが解説役をやった瞬間、ペテン臭さ満点の映像ができそうなことは請け合いだ。
そうなると、内容はやっぱり情報物理学に関するものになりそうだ。
「まあ、視聴者の妄想がこっちの時代に影響があるってのがバレるのは結構危ない気がするから、あくまでこの時代の人が思い浮かべた妄想ってことにして…。、冴子さんに相談しながらそれっぽい背景設定でも考えるかな」
あと、考えるべきは、実際の亡者への対処だ。
実は、これが一番センシティブだったりする。
「なにせ、冴子さんが刀振るってるとこ、間違っても誰かに見られちゃダメだもんね」
そんなことが起きた日には、冴子さんは破滅してしまう。噂だけでもアウトだろう。
しかし、厄介なことに志乃曰く4月29日の祝日はそれなりに大袈裟なものっぽい。
そんな日に完全に人払いなんてできるのだろうか。
――それなら、この時代の人が誰も見れない場所に亡者を出現させたらいいんじゃない?
それが私には可能だ。
ダンジョン生成。
「大枠は、これできまりかな」
どうやって都合よくダンジョンの中だけに亡者を出現させるかとか、ダンジョンが目撃されないためにはどうするとか、考えることはまだまだある。
でも、だいぶ見えてきた。
それっぽい情報を嘘くさい情報で塗り替える。
間違った現実を本来の嘘に引き戻す。
「だいぶ情報物理学っぽくなってきたんじゃない?」
もともとなんちゃって設定だったんだ。
思い切ってホラをふくとしよう。
お読みいただきありがとうございました。
亡者が出るという本所被服廠跡とは陸軍の軍服工場があったというあたりです。関東大震災の時にはいわゆる火災旋風があって、この地だけでも3万8千人の人々が命を落としました。そういうこともあり、現代でも普通にオカルトスポットとされる場所なので、亡者もわこうというものです。
さて、その対策を考え付いた陽菜ですが、ではそれをどう実現していくのか、次回再び作戦会議です。
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