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39.5話【拾参】罪の告白では終わらない~情報は現実を塗り替える~

毎週火金の19時に定時更新中!

 陽菜の話は、これまで冴子が聞いてきたどんなおとぎ話より、摩訶不思議なものだった。


 まずは「配信」の説明から始まり、更に彼女がそれを生業にしていたということが語られた。冴子にとっては一度説明を受けた事実ではあるが、それでも正直意味が分からないことばかりだ。

 しかし、亮介はさすがなもので


「ふうん。一昨年あたりに実験が成功したというテレビジョンが、更に進化したものということかな?」


 と何やら思い当たるふしがあるようにうなずいていた。

 しかしさしもの亮介でも、次の話には目を点にして戸惑った。


「情報、物理学だって…?」

「はい。私の話を理解してもらうために大前提となる考え方です。……まあ、私が勝手に言ってるだけなんだけど。でも一連の出来事については、大体これで説明がつくんですよ」


 曰く、人が信じたり、望んだりする情報は、現実を書き換える、と。


「は!馬鹿馬鹿しい。それが真実なら世界はとっくに終末を迎えているさ。この世界で最も信じられている宗教ですら、神の物理的実在を証明できていないんだぜ?」

「そこんとこは私もわかっていないのですが、少なくとも私がこの時代に来てからの一連の出来事はこれで説明できるんです。私の能力とか、この時代に紛れ込んだこととか。……冴子さんの身に起きたことも」


 陽菜は少し怯えるようにチラリと冴子の方を見てきた。

 それほど、彼女にとってこの話を紗子に聞かれるのは恐ろしいのだ。冴子はできるだけ心を落ち着かせて話を聴こうと心に決める。


「まずそもそもこの時代にきた日のことだけど…。私は配信で、ちょうど……将門の祟りについて取り上げてたんだ」

「あら。将門公の事件は未来でも話題になっているの?」

「まあ、一部界隈では。そこで、私は…将門の祟りが実在したと面白おかしく取り扱った。わざわざ鎮魂祭の100年後を選んで、視聴者に吹き込んだの。こんな日であれば自分が祟られたり亡霊の世界に引きずり込まれてもおかしくない、って…」

「それは……どうしてそのようなことを?」

「バズりたい…ってわかんないか。その、たくさんの視聴者に動画を見てもらいたいから」


 なるほど、と冴子は頷く。確かに禍や祟りは人目を引きやすい。冴子の時代でも、あの事件はわざわざ新聞になったのだ。

 その方が新聞記事が売れるから。


「そしたら、本当にこの世界に来ることになっちゃった。視聴者がそう信じたように」

「…でも、それは彼らが信じたからというより祟りや儀式の力と考えるべきではないかしら?現に志乃によればこれはお祖母様が意図的に行ったことなのだし」

「うーん。もしかしたら、組織とかが未来人が来るって信じたってこともファクターにはなってるのかもしれないかもね。それでも、情報物理学的な現象が関わってるのは間違いないと思うよ。だってその後のことは、儀式じゃ説明できないはずだし」

「その後……私が映像を見たり、神隠しにあったことね」

「…そう」


 陽菜はそういうと俯くようにして紗子から目線を逸らした。


「私はこっちの世界でも、配信を続けてたの。そうしないとスマホ代が稼げなくて、そうなると私は何もできなくなっちゃうから。…その動画の中で、冴子さんはすごく人気になってるの」

「え?わたくしが?」


 まさか陽菜が操る映像に自分が映っていたとは。陽菜がカメラを抱えていたところなど見たこともないのだが、いつの間に撮影したのだろうか。


「冴子さん、亡者たちから私を助けてくれたでしょ?初めての時と二回目に会った時。その時、偶然だけど配信中だったんだよ。それで」


 冴子は唖然とした。よりにもよって、刀を振るっている瞬間が世に広まってしまったようだ。誰にも知られてはいけないところが顕になった事実になんだか血の気が引いていくのを感じる。


「あ!大丈夫だよ!未来の世界に女が刀振るっちゃダメなんてないし!むしろみんな冴子さんのカッコいい姿にメロメロだから!」


 この時代に慣れてきた陽菜も冴子の不安が理解できたようで、陽菜は慌ててそう補足した。


「そ、そうなの?」

「うん!そこんところはほんと大丈夫!」


 そう必死に言い募る陽菜を見て、冴子は今は冷静になれと再び自分に言い聞かせた。

 未来では受け入れられたとはいえ、知らぬうちに、大勢に自分の秘密が顕になっていた心許なさは消えはしない。しかし、それを引きずっていては、勇気を出して打ち明けてくれた陽菜を追い詰めてしまうことになる。まずは最後まで話を聞かないといけない。


「わかったわ。取り乱してごめんなさい。続けて頂戴」

「うん。まあ、そんな感じで冴子さんはすごく人気者になったんだけど……それが行き過ぎちゃったのが、冴子さんに起きた怪奇現象なんだと思う」


 陽菜は消え入りそうな声で続けた。


「…冴子さんが見たっていう動画、ちょうど私が追い詰められてて動画を見ている視聴者に知恵を借りるために撮影してたやつなんだ。…そこで、冴子さんに助けを求められたら、って話が出てーーー大勢の視聴者がそれを望んだ」


 冴子はひなが語っていたルールを思い出す。

 人が信じたり、望んだりする情報は、現実を書き換える。

 人々は、冴子がひなのことを知って助けに来ることを望んだ。


「…競馬場の時もそう。やっぱり冴子さんの元に動画が届けられて、しまいには冴子さんを呼ぶたくさんの手が競馬場に冴子さんを引き込んだんでしょ?あの時、視聴者はみんな、冴子さんがきてくれることを期待した。―――私も冴子さんに会いたいって思っちゃった」


 あの見えないたくさんの手は、冴子を陽菜のもとに引き寄せる、未来人たちの手だったのか。


「……冴子さんが酷い目にあったも、いまいろいろ奪われているのも、みんな……私のせいだったの」


 陽菜は硬く目を瞑り、震える声でそう告白した。それほどに、冴子に断罪されることを恐れ――それでもそれから逃げないように自分を律しているのがわかった。


 それを見て――冴子は、申し訳ないがむしろ安心してしまった。


「よかったわ。陽菜さんのせいではなかったのね」

「……え?いやいやいや!冴子さん、私の話聞いてた?!」

「聞いていたわよ。貴女が望んだわけではなく、意図していたわけでもないのでしょう?思いがけず、大勢の意思が実現するなんて、誰も想像しない現象が起きてしまっただけ。それがあなたの責任のはずがないわ」

「で、でも、私が余計な配信なんてしなければ…!」

「確かに、貴女がしていた配信というものが想像以上に恐ろしいものであることはよくわかったわ。…この配信は、今後も続けていかなければならないものなの?」

「わ、わかんない…。も、もちろん、危険性に気づいてからは本格的な配信は自重してるよ!だから、冴子さんが変な目に合うことなんて絶対に起こさせない!…だ、だけど…。この間の身バレの件で、現代側のお金を結構使っちゃったから、また稼がなきゃいけないかもで……」


 陽菜はそう言って頼りなげに視線を泳がせる。

 おそらく、言っていることは嘘ではないのだろう。しかし本音でもない。そのように感じた。

 冴子の断罪から逃げなかった彼女が―――逃げている。


 冴子は直観に従って言葉を続ける。


「やめたくはないのね?」


 その言葉に陽菜は硬直した。

 その反応をみて、これこそが、彼女の核心だと予測した。


 陽菜は、きっと、底の底では、冴子を恐れていたのではないのだ。

 それにより、「配信」を失うことこそ、恐れていたのだ。

 だからこそ、それを知られたくない彼女の視線は今まで地面に逃げていた。

 そしてそれが見つかった今、彼女の瞳は、まっすぐ冴子に向いていた。


「……こ、この期に及んで呆れられるかもしれないけど、か、完全にやめたくは……ない……」


 弱弱しい声を出しながら、瞳に宿る光は強い。

 

「配信は…Youtuberであることは、私が私であることなの…!少なくとも、こんな形で、やめたくはない…!」


 冴子に嫌われることをあれほどに恐れていた陽菜が、それでも譲らないもの。

 ほとんど狂気じみた、拭い難い執念。

 それはきっと、彼女の魂そのものなのだろう。


 ちょうど、冴子が、どんな状態になっても、武道を――武士であることをやめたくないように。


 初めて、陽菜という人間が知れた気がした。


 それが―――嬉しい。


「…わかったわ。ならば、わたくしも関わらせて頂戴」

「へ?」

「嫌とは言わせないわ。なにせ既にわたくしにも関わりがあることなのよ?また神隠しにあってしまったら今度こそ私は閉じ込められてしまうでしょうし。そんなことが起きないよう、その影響をしっかり見極めてからやっていきたいの―――異論はないわね?」


 冴子はそう言って陽菜に微笑みかけた。

 それに対して、陽菜は、幻でも見ているのかと言いたげに、何度も瞬きをした。

 しかしそれでも変わらぬ冴子の笑顔を受け止めると、陽菜もまた花咲くように笑ってくれた。


「―――勿論!」







「あー。君達で勝手に完結しないでくれないかな?」


 横からふてくされたような声が聞こえて、冴子はここに亮介がいたことをうっかり忘れていた自分を恥じた。

 すっかり陽菜と二人の空間のつもりで、随分といろいろ見られてはいけないものを見せてしまったかもしれない。なんだか頬に熱が帯びてくるのを感じる。


「僕ぁ全く納得していないんだけどねえ。まあ、冴子が見た映像というのが君の配信である以上、関係性を無視することはできないだろうが、それにしたって飛躍が過ぎる。なんで君の視聴者たちだけがそんな神みたいな影響力を持っているんだい?」

「し、しりませんよ、そんなこと!なんで私の周りでこんなとんちき理論が活性化してるのか、私自身がずっと知りたいくらいです!」

「…君の周り、ね。そう言えば、君自身の不可思議な能力も、この理論で説明できるとか言っていたかな?」

「はい。一応。例えば―――生成!」


 陽菜はそう言うと目をつむり何かに集中する。

 しばらくして、彼女の手のひらの上に突然ペンのようなものが現れる。


――あ。あれは陽菜さんが私にくれたペンじゃないかしら


 インクが全く切れることのない、遥かなる未来を感じさせるあの美しいペンは、ある意味陽菜の象徴そのものだ。


 それを見てだらしなくソファーにもたれかかっていた亮介ががばりと飛び起きる。


「話だけは聞いていたが…、なんだこれは…!物理法則を無視しすぎだろう…!」


 妙に目を輝かせながら上ずった声を上げる亮介。怒っているのだか、喜んでいるのだか、冴子にはよくわからない。


「…こんな感じでこのペンを生み出せます。これは私が、ここにあるのが当然だと強く思い込んで初めて出てきます。あと、私にとっての思い入れだとか、手触り、温度感、匂い、書き心地、そういうたくさんのことを頭の中で流し続けないと出現できませんし維持できません。大勢の視聴者がいない分、一人で私でその情報量だとか質だとかを補わなければいけないからだと思うんですけど」


 陽菜はそう言いながら顔をゆがめる。すると掌の上のペンが急に蜃気楼のようにゆがんだかと思うと跡形もなく消えた。

 何度か見せてもらったことがあるが、毎回驚かされる。

 亮介は、しかし、その消失に驚くことはなかった。なにか、別のものに引っかかっているようだ。


「情報の、『質』と『量』だって…?」

「え?は、はい。まあ、勿論例えですけど」

「情報の―――質量」


 亮介はまるで何かを見つけたかのような、夢を見るような声でそう言ったが、やがて我に返ると取り繕うように早口で続けた。


「な、なるほど。君もそう言う思いの力で現実を書き換えられると、こういいたいんだな。君が何度も作ったという未来の建物もその思いの力とやらで自由に出せるのかい?」

「え。ああ、ダンジョンの方は大きすぎるのでそうはいきません。こんなちっちゃなボールペン作るのも大変なんですよ?建物を出すなんて出来てせいぜい狭くてぼろい部屋一個分くらいです」

「しかし、冴子の話でも、志乃君の話でも、君は何度も未来の建物を生み出したと聞いていたが」

「えっとですね。そっちは、自由に出すんじゃなくて、100年後の未来にそこにあるものだけを生み出せるんです」

「……ふむ?要するに生み出すというよりは呼び出すとか複製するというのが近いのかな?」

「そんな感じです。ちゃんと位置情報調べて、イメージを思い浮かべて、初めて出現させられるんですよ」

「……君の論理に従うなら、それはつまり、君の脳内での情報と君の世界の物理的な情報が結びつくようにして一つの現象を生み出している、ということなのかな?」

「流石に話が早いですね。そんな感じです」

「……情報は脳内情報か否かを問わない。世界に存在する事象は全て、情報と置換しうる…か……」


 亮介はそう言って何やらぶつぶつと早口で呟いたかと思うと


「良し分かった。じゃあここでその建物を出してくれ」

「ここでって、だから言ったじゃないですか!未来の世界に何があるかちゃんと確かめないとって」

「未来の世界であろうと、流石にこの帝国の誇りたる百貨店はあるだろう?だからこの百貨店を出してくれればいいさ」

「そんなポイっと建物後丸ごとなんて出せませんって!この部屋の中くらいはできますけど、丁度未来のこの場所が何があるかなんて」

「いいからいいから。――君の理屈が正しいなら、案外何とかなりそうに思えるからね」

「……まあ、出来ないと思いますけど、せいせ―――え?」


 突然だった。

 

 帝国が誇る、最高級の贅をつくしたその部屋は一瞬にして塗り替わった。

 薄暗い白熱灯が奇妙に均一に光る不思議な光源に変わり、豪奢なソファーや机は、軽やかでありながら先進的なデザインのそれに切り替わっていた。

 漆喰の壁は、材質不明の美しく照り輝く白い壁紙になり、ガラスや見たこともない四角くて黒いパネルのようなものが張りつけられている。


 何度も訪れたから、冴子はこの雰囲気をよく知っている。

 陽菜が毎夜生み出す、あの奇妙な建物―――未来の建造物だ。


「な、なんで?今回は位置情報もなんも思い浮かべてないのに?」


 一番驚いているのは陽菜かもしれない。

 一方、亮介は不敵に目を輝かせているが、驚てはいない。


「情報の補完を脳にだけ頼る必要はない。位置情報や外見のイメージ以外に、情報がそろっていればいい。ならば、当然情報はあるだろう。何せ、今ここに立っている建物の情報をそっくりそのまま未来の建物に流用できるのだから…!」


 亮介はわめき散らすようにそう言うと、


「ハハハハハハハハ!!!!情報物理学―――!!」


 一人、奇妙な調子で笑い続けた。







「失礼いたします。お連れの皆様が戻られました」


 ドアの外からそのように声がかけられたとき、話は一通り終わっていた。

 弾むように部屋に入ってきたのは瑠璃子だ。


「ああ、楽しかった。将来必ずここに通い詰めることにするわあ」


 冴子をだましたことなどすっかり忘れたようなその態度には、逆に感心してしまう。


「遠藤さん。その、特に問題はなかったかい?すまなかったね、君を置いていってしまったこと…」

「ただ事ではないと思ってはいたのだけれど、わたくしたちが口をはさむ問題でもないかと思って…その…」


 和子と雅代は部屋に入るなり冴子にそう言って謝ってきた。

 そんな優しい友人たちに不要な心配をかけないよう、冴子は何でもないという風に笑って見せた。


「気になさらないで頂戴。わたくしが意固地になっていただけだったのよ。むしろ、こうしてちゃんと話をする機会が得られてよかったわ」

「あら。あたしに感謝しているなら、お礼は面白いお話で結構よお」


 瑠璃子はそう言って微笑んでくるが、その目線は冴子、亮介、そして陽菜と、それぞれを観察しているようにも見える。

 瑠璃子には、もう油断はすまい。そう心に決める。


 その後、亮介も志乃も、特に存在感を示すことなく、冴子たちは学生らしい会話に花を咲かせた。

 ただ、何事もない、学校帰りの放課後のひと時だった。


 ただし、最後の挨拶の時、志乃は一言冴子にしか聞こえない声でそっと話しかける。


「――それでは、手筈通りに」


 そう。

 冴子と志乃は、既に同じ船に乗るもの同士となった。

 

 帝都にはびこる亡者を祓うため、力を合わせなければいけない。

 冴子はそっと陽菜の方に視線を向ける。


 陽菜はそれに対してしっかりと頷き返した。


 新しい戦いが始まる。冴子はそれを静かに心に刻んだ。

お読みいただきありがとうございました。

三越百貨店での密会はこれにて終了、情報物理学ついにお披露目です。

ここから物語は次なるフェーズに移行しますが、その前に、次回亮介パート。

情報物理学についてもそろそろメスを入れていきましょう。

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