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39話 亡者は帝都を歩く~暴かれる違和感と、戦友の誓い~

毎週火金の19時に定時更新中!

 志乃の話によれば、あの亡者達が帝都に出没するようになったのはあの目黒競馬場のやり取りがあってから、数日後くらいだったという。

 出没するのは主に深夜。もともと何らかの形で怪異騒ぎがあったような場所に、脈絡もなく工事作業員姿の亡霊が現れるようになったそうだ。

 帝都心霊科学研究会なる、いかなるうさん臭い名前の志乃の組織は、それでも一応お祓いやら何やらを任されることも多く、亡者が出たという現場にも法師たちが派遣された。

 しかし、どうしても除霊に失敗してしまうというのだ。


「えっと…。まずそもそも、そのお祓いやらなにやらってのが眉唾なんだけど…」


 私は耐えられずそう口をさしはさんだ。

 なんか普段から怪異現象が発生することが前提になっているのがまず気持ち悪い。


「はは。それについてはまったくの同感だが、君がそれを言うと笑えるね」


 そう言って笑う亮介を無視し、志乃は私だけをにらみつけた。


「何度も申します。超常の世界は紛れもなく実在します。貴女の存在がそれを証明していること、お忘れなきよう」


 …ま、そりゃそうだよね。

 未来からのタイムトラベラーにして、ダンジョン生成の能力者。何なら亡者だって召喚しましたっていう私がいう話じゃなかったか。


「でも、それは本当にあの時の亡者だというのは確かなの?祓えなかったのは、こういっては申し訳ないけれど、現場の方の力が足りなかったからということはないのかしら?」


 冴子さんはそう疑いの言葉を口にしつつもどこか落ち着かなげだ。

 あの亡者たちを祓うことを自分の使命と考えているだけに、またあの亡者が現れたというのは受け入れがたいのだろう。


「いえ。確実にあの時の亡者です。…これでも我々は専門家です。霊能力者の端くれとして、あの亡者と、通常の怪異を取り違えることはありません。それくらいに、あの亡者たちは異質なのです」

「異質、か。それは何か理由があるのかな?視覚や聴覚と言った感覚器官による明確な差異があるとか」

「まず一つ。彼らには実体があります。これは我々の知る怪異現象とは明確に異なります」

「実体…、つまり質量があると」

「ええ。物に触れ、動かすことの可能な存在です」

 

 まあそうね。

 なんせ組織の人間を殴り飛ばし、私を絞め殺そうとしたんだ。物理的に触れるのは間違いない。


「あと、…どうしても感覚的なものなのですが――あの者たちは存在が重すぎます」

「重い?」

「ええ。通常の怪異は、それこそ吹けば飛ぶような幽けき存在です。それが、あの亡者たちは、それこそ神々のような途轍もない存在感を持っているのです。……丁度、貴女のように」

「へ?私?」

「……ほとんどのものは感じないかもしれませんが、我々霊能力者から見れば、貴方の異常さは明らか。近づくだけでわかります。貴女の居所を研究会が素早く見つけられたのも、そういう理由があるのですよ」


 …いや、そんなん言われましてもね。

 私は、ごくごく普通のYoutuberですよ?そりゃ未来人だったりダンジョンメイカーだったりはするけどさ。少なくとも向こうでそんなこと言われたことは一度もないぞ。


「…お嬢様が無意識に貴女に惹かれているのも、おそらくはそれが理由でしょう。お嬢様は奥様の影響が特に強いお方ですので」

「「え?」」


 私と冴子さんは思わずユニゾンした。

 なんか急に変なこと言わないでほしいんだけど。

 冴子さんは少し顔を赤らめると、慌てた調子で私の方を向く。

 

「ち、ちがうわよ、陽菜さん!わたくしは、そんな貴女を神だと思っているから、その、こ、好ましく思っているわけではないのよ?貴女はわたくしが見つけたたった一人の戦友で、貴女といるととても心が躍るからで――」

「あー、うん!わかった。わかってるよ、冴子さん!だから、その辺で。ね?」


 なんだこのこっぱずかしいやり取り。

 ほんと余計なこと言うな、志乃の馬鹿!

 私が志乃をにらみつけると、志乃のほうも少し眉を立てて私の方を見据えてきた。


「…失礼ながら、あまりその者に心を許してはなりませんよ、お嬢様。所詮はマレビト。我々と異なる理の存在です。この度のことにしても、間違いなくそのものが原因の騒ぎなのですから」


 その言葉に、冴子さんは赤い顔を引っ込め、怒りの視線を志乃に向けた。


「――それは聞き捨てならないわ、志乃。陽菜さんはずっと遠藤家で休みなく働いていました。わたくしが保証します。そのような騒ぎ、陽菜さんが起こせるはずがないわ」

「…先ほども申した通り、この度現れた怪異は明らかに彼女と同様の特徴を持っており、更に、彼女は実際に一度我々に対抗してあの亡者を出現させた前科もございます」


 志乃は冴子に向き合うことなく、ひたすら私をにらみつけてくる。


「事態は一刻を争うのです。現在、我々はあの亡者に対して対抗する手段を持ちません。亡者は時間が立てば自然と消えていきますが、もし消えることなく人を襲い始めたら、我々は――いえ、帝都はただ蹂躙されるばかりです。――奥様のお言葉がなければ、何としても彼女を取り押さえて事態を収拾したいのが、私の偽らざる本音です」

「…お祖母様は、それを禁じているのね」

「はい。遠藤家に手を出すことを厳に禁じていらっしゃいます。こうなった以上、奥様の手で事態を収拾できなければ、本当に組織での立場を立場を危うくされかねません」


 そう言って志乃が私の方をにらんでくるが、私は全くこれっぽっちも心当たりがない。私に関係ない場所に、あんな亡者を沸かせて何の得があるっていうのさ。

 まあ、とはいえ状況はわかった。

 意外と、志乃たちは追い詰められているというわけだ。


「なあ、志乃君。ということは、君、今母さんの指示ではなく独断で動いているだろう」


 その言葉に、志乃は一瞬固まった。それを見て亮介は満足そうにうなずく。


「やっぱりな。母さんが自分のしりぬぐいを冴子にさせるなんてらしくないと思っていたんだ。まあ、それはいい。なら詳しいことはわからないかもしれないが、君達の立派な科学の先生方はなんて言っているかくらいは知っているのかな?」

「……巨大な心霊術による歪みだとか」

「ははははは!そんな子供にも言える戯言を言って、科学者を名乗っているとはね!」

「…なら、貴方ならどう見立てるのですか?」


 志乃のジトっとした目で睨まれた亮介は、ソファから身を起こした。


「式を組むには、まだ値が足りない」

「それこそ、子供でもいえる負け惜しみですね。貴方のいう科学とはディナーの配膳を待って初めて食事ができる、手間のかかる老人達のたわ言なのかしら」

「勿論違う。だからこそ、必要なのは観測だ。――ねえ、陽菜くん」


 そこで亮介は私の方に、感情のない目線を向けた。

 思わず寒気がする。

 ふざけていないこの男は、こんな無機質な表情をするのか。


「君は欠けている値の一部を知っているんじゃないのか?」

「――は?いや、全く知りませんが?」

「本当かな?心霊研究会、母さんや冴子、君、亡者たち――役者はこれで足りているのかい?僕にはほかにもファクターがあるとにらんでいるのだがね」


 その瞬間、心臓をつかまれた気がした。

 

 もしかして、この男は――配信のことを言っているのだろうか。


「理由は、冴子の身に起こった怪奇現象だ。

 突然、遠隔地の映像が冴子の目の前にだけ映し出されたこと。そして、冴子が自宅から目黒競馬場に瞬間移動したこと。

 これは、いずれも君の意図によるものとは考えられない。協力を申し出る冴子の手をわざわざ払った君が、ただ映像を冴子に送ったり、自身が抜け出るあてもない窮地に冴子を呼び寄せるとは思えないからね。当然、他のファクターたちもそのような事象を生み出す理由を持たない。

 一連の出来事には、まだこの場に開示されていない裏側がある」

「だ、だとしても、それを私が知るわけがありません」

「いいや知っている。なぜなら君は、冴子の瞬間移動を知りながら平然と日々を暮らしているからだ」


 亮介はそう言いながら指を組み顎をその上に載せた。

 その視線が、経過観察中のマウスを観察する科学者のように、私に絡みついてくる。


「僕ぁ、それなりに世間を歩き人を観察してきた。君という人間のことも何度か見させてもらったからわかる。君は、自分が原因で身内に不利益が生まれた場合、それを黙っていられる人間じゃない。なのに、君は遠藤家に入ってから、特に冴子の為に何かをしているようには思えない。冴子の身に再び怪異が訪れた場合、冴子がただでは済まないことはわかっているだろうに、ね」


 その言葉に思わず体に力が入ってしまう。

 触れられたくない箇所を、冴子さんの目の前で、無遠慮にさらけ出されたことの屈辱と――恐怖で。


「ならば理由は簡単だ。君は、怪異の見当がついている。もう一つの値が見えていて――だから、自分は何もしなくてよいと、そう思っている。あるいは、そのファクターをコントロールする手段を持っている。―――どうだろう、違うだろうか」


 4つの瞳が、私を見据えている。

 亮介の爬虫類が獲物を見据えるような不気味な瞳と、志乃から変わらず送られる敵愾心に満ちた瞳。

 私は、自分の隣を――冴子さんの瞳を確認することができなかった。

 その瞳に、疑いが、恐怖が浮かんでいたら、私はどうすればいいかわからなくなる。

 息が詰まる。のどがひりつく。

 何か言い返さなければと、乾いた口をひらこうとして


「そこまでにして頂戴」


 冴子さんの言葉がそれを遮った。


「今回のお話は、わたくしが亡者を祓えばそれで済む話のはずよ。陽菜さんをそうやって追い詰めるのはやめて頂戴」

「冴子さん!」


 思わず振り向いた目に飛び込んできたのは、冴子さんの静かな瞳だった。


「もともと、亡者の話が出てきた時点でわたくしの心は決まっていたわ。神田明神の血を引く娘として、将門公の祟りが復活したなどと噂されることは決して許すことはできないの。その対処がわたくしにしかできないことであるなら、なおさらよ。……お母様の目をどうやって盗むか、考えなければいけないことは多いけれど、ね。…貴女も、協力してくれるかしら?」

「そ、それはもちろん冴子さんのためなら意地でも協力するけど!そうじゃなくて…」


 冴子さんも心当たりはあるはずだ。私が隠し事をしていることを。

 それは気にならないのか。問い詰めなくていいのか。そう言いたいけれど、怖くて言葉にできない。

 しかし、冴子さんは静かに首を振って微笑んだ。


「戦友の貴女の秘密ならば、それはわたくしの秘密でもあるわ。ならばわたくしもそれを守りたい。貴女がそれを話していいと思えるまで、無理やり聞き出すなんて真似、絶対に許さないわ」


 その言葉に胸が詰まった。


 私がずっと私のことだけを考えていたというのに。

 冴子さんは、それでも私を守ってくれると、そう言っているのだ。


「…そう簡単な話ではないと思うけどねえ。原因が分からないまま祓い続けていればいいと、本気で思っているわけじゃないだろう?」

「本気で思っているわ。わたくしはわたくしの守りたいものの為に力の限り出来ることを全うする」


 冴子さんの瞳に揺るぎはなかった。


 だからこそ、私の心は決まった。


「…ありがとう、冴子さん」


 私はそう言って冴子さんに抱き着いた。精一杯の親愛の情を込めて。


「ひ、陽菜さん?」

「そう言ってくれたこと、とっても嬉しい。だからこそ、私もその気持ちに答えなきゃだね。…私も、私の守りたいものの為に、全力を尽くさなきゃ」


 戸惑う冴子さんと目を合わせ、そして私は心を落ち着かせながら口を開く。


「聞いてくれる?ややこしくって、長くって、私でもよくわかっていないことなんだけど。私が知っていることの全部を」

「陽菜さん、でもそれは――」

「いいの。だってほら――戦友は秘密を共有しないとね。戦いの前だったら、特にね」


 そして私は語りだす。

 これまで、私に起こってきたこと。そのすべてを。

お読みいただきありがとうございました。

こういうときにきっちり締めてくれるから、亮介って動かしやすいんですよね。いいぞ、亮介!

ということで、腹を決めた陽菜が、配信について、情報物理学について、すべてをぶちまけます。冴子はそれに対してどう反応するかご期待ください。

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