38話 敵の名は、帝都心霊科学研究会
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物語の核心、陽菜を追い回す組織の正体が、ここで明らかになります。
三越百貨店の三階、応接間では奇妙な光景が広がっていた。
高級そうなソファーに一人、だらしなくくつろぐひょろ長男、亮介。
椅子に座らず大人たちをにらみつけて立ち尽くす、着物に袴姿の女学生とメイド。これが私と冴子さん。
そして、洋室の極みみたいな室内でふかふかの絨毯の上で子供に土下座する和服の女。志乃。
…客観的に見たら、この光景、めっちゃシュールだろうなあ…。
そんな風に現実逃避気味の感想が脳内に浮かぶ。
いや、しょうがないんだって。状況の変化が急すぎるんだもん。
怪しいボレロ娘に警戒しながら三越百貨店に圧倒されていたら、急に立派な部屋に招待されて、身内からの裏切りと因縁の相手との遭遇。導火線に発火寸前、みたいな空気を出してたところで、その因縁の敵、志乃が土下座だよ?
ねえ、これついてこれる人いる?
と思っていたら、この空気を無視して声をあげられる人間が一人いた。
「なあ、とりあえずみんな座らないかい?」
ザ・適当無責任男。亮介。コイツだけずっと変わらずふざけた態度のままだ。
「志乃君。そんなところで絨毯をなでていないでこっちに来たまえよ。このソファー、独り占めするには大きすぎるんだよ」
「…はあ、まあ私がこうしていてもお嬢様も話しにくいでしょうね。さっさと端に寄ってください」
「君が端に座ればいいんだよ」
そう言い合いながらも、志乃も立ち上がり最初と同じようにソファーに収まった。
何なんだよコイツら。シリアスな空気の中妙なコントするな。
「冴子、座りなさい。それから陽菜君も冴子の隣の席に座るといい。この場は君の立場をとやかく言うものもいないのだし、こんな高級な椅子に座る機会なんて、この時代じゃもうないぜ?」
ち。どこまでも癪に障る男だ。
しかし、確かにこの場で立ち尽くしていて何ができるわけでもない。かといって逃げ出すこともできない。
なら、せめて対等の立場を維持するためにも、ここは相手に乗っておくか。
私がその気持ちで椅子に座ると、冴子さんも警戒を崩さないままではあるがその横の椅子に腰かけた。
それを見計らうように、亮介は再び店の人を呼びつける。
店の人たちは、私たちの前に香りのよい日本茶をサーブしてくれた。
ついでになんかいかにも高そうな和菓子とかも添えてあるし。
…人生初なんだけど。こんなサービス。なんか悔しいな。
「これからは接待は不要だ。大事な話をするからね。君たちはしばらくの間遠慮していてくれ。あの女学生たちが店内の案内から戻ってきたあたりでまた頼むよ」
「かしこまりました」
亮介がそう伝えると、店の人は丁寧にお辞儀をしたうえで音もなく部屋を出ていった。
その後しばらく、志乃は黙ってドアの方を見続けていたが、やがて問題ないという風に顔をもとに戻すとお茶に手をかけた。
「――店の者もきちんとこの部屋を離れたようです。これなら室内の話が外に漏れることもないでしょう」
この女、なんでそんなことわかるんだ?信用していいのか、その言葉。
しかし亮介は特に疑う様子もない。冴子さんの方を見てみると、冴子さんもコクリとうなずきかけてくれる。
……この時代の人、実はみんなエスパーだったりするのかな。とはいえ、冴子さんが言うなら本当なのだろう。
「さて。ここからは隠し立て不要だ。率直に互いの話をしていくとしようじゃないか」
「…なら、あんたがどうして裏切ったかを説明してくださいよ」
「なに。冴子と志乃君が話するのを助けてやれば、志乃君が知っていることを色々聞けるというのでね。お安い御用と招待したまでさ。
あと、裏切った覚えはまるでないね。そもそも君たちの仲間だった覚えがない。ただ温情で手を貸してあげただけだろう?」
「でも組織に私の身柄が押さえられたら、困るんじゃなかったんですか?」
「ああ、そんなことは決して許さないさ。我が研究のためにも、失われた時計のためにもね」
「う、失われた時計…?」
え?もしかしてそれ、あの時計屋に売った機械時計のこと言ってる?
てことは、あの時計やっぱ消えたか…!
てか、なんでこいつがそのこと知ってんだ?!
「ははは!やはり君だったか。まあわかっていたことだ。その話は、志乃君の話が終わった後にゆっくりするとしようじゃないか」
混乱する私を亮介は笑い飛ばしつつ、冴子に目線を送る。
それに軽くうなずくと、冴子さんはまっすぐ志乃のほうに向きなおった。
…そうだった。亮介のこととかどうでもよかったね。まずは真っ先に聞くべきことがあったんだ。
「志乃。わたくしにお願い、というならば、少しはあなたたちの事情も教えてもらえるのかしら」
「勿論です。ただし、私が知っていることに限った話にはなりますが」
「それで結構よ」
冴子さんはそう言うと一度言葉を切り、そして切りつけるように問いかけた。
「貴女達は何者なの?何故、陽菜さんを狙っているの?――陽菜さんの何を知っているの?」
全ての質問が核心だった。
それに対して、志乃は悠然と、歌い上げるように答える。
「まず、我々組織について答えましょう。我々は、自らをこう呼んでおります。
――帝都心霊科学研究会と」
*
その組織は、この時代によくある、インチキ臭い新興宗教団体の一つだった。
曰く、憂国の士や知識階級が集う、精神修養と救国を目的とした学術研究団体。
その特徴は、この団体が掲げている「心霊科学」にある。
古くから神道や仏教などの宗教で「神通力」として知られる能力・現象を科学的に解明し、人類発展に貢献する、というのがこの団体のお題目らしい。
「なんだ。面白い話が聞けるかと思えば、心霊現象研究を自称する似而非科学か」
亮介は嫌なにおいをかいだかのように顔を顰めた。
「全く、科学とつければ何でも立派なものだと勘違いする輩がいるものだから困ったものだよ。君たちの組織とやらも、程度が知れるというものだね。きっと、科学者ともいえないろくでなしをたくさん抱え込んでいることだろうさ」
「あら、立派な大学を出ておきながら何一つ学問に貢献されない方よりはよほど役に立ちますよ?少なくとも、彼らなりに真理の探究に懸命に取り組んでいるようですから」
亮介と志乃の毒づきあいを聞きながら、思い出す。そう言えば、この時代、超能力は結構騒ぎになったんだっけ?たしか、透視能力を自在に操る人が現れてその能力の真偽が取りざたされた有名な事件があった気がする。たしかチャンネルでも取り上げたことがあったかな?
それなりに立派な経歴の科学者が騒ぎの中心にいたとかなんとか。
そういうやつらが組織にいるってことなのかな。
「…でも、叔父様ではないけれど、神田明神出身のお祖母様がそのような胡乱な組織に関わっていらっしゃるのは意外というのが、正直なところね」
「名前だけ聞けば、よくあるいかがわしい団体に思えるかもしれませんが、そんなことはございません。正しく日本古来の神道式に基づいた修行や精神修養を行っておりますし、それだけでなく救済を求める人々への支援なども手厚く取り組んでおります。
それに奥様が常ならぬ能力を持っていらっしゃることは、疑う余地がございません。ならば、その能力を世のため役立てたいと思われるのは自然なことではありませんか?
なにせ、誰も疑いようのない超常の力の研究において、奥様ほど貢献できる方はいらっしゃいませんから」
その言葉に、冴子さんも亮介も何も言い返さなかった。
亮介あたり、またいちゃもんを付けそうだと思ったのに、少し眉を立てふてくされる様にソファに身をうずめるだけだった。
私はよく知らないけど、冴子さんも亮介も、あのふじにただならぬ力があることを否定できないようだ。
「ふん。で?我が偉大なる母上様が、ろくでなしに協力することで、何をなしたいというのかい?」
「無論、救国です」
「お題目はいい。具体的に、何を実現しようとしているかを聞いているんだ」
そこで、志乃は言葉を切り、すっと私のほうに視線を向けた。
「彼女のような存在を招来すること。これが、我々の悲願なのです」
その視線にまとわりつく蜘蛛の糸を連想して思わずブルりと背中に寒気が走る。それを悟られないよう、私はにらみ返しながら聞き返した。
「私のような存在って何ですか?もったいぶっていないではっきり言ってください」
「この世界とは異なる、幽世に住まう超常の力を持ったマレビトです。常世の神々や、我々とは異なる時や理を生きる存在。彼らの力を人々のため、ひいては帝国のため生かすことを我々は目指しています」
ん。何か急に、話のジャンルが変わったぞ?
なんかマジで異世界召喚みたいなことを言い始めやがった。
宗教の神通力とか、超能力研究とかどこに行った?
「それは…一種の神降ろしを実現する試みと考えていいのかしら」
一方冴子さんは志乃の言葉に戸惑うことはなくそう問い返した。
神田明神の氏子総代の娘だけあって、なじみがあったりするのかな?
「流石は冴子お嬢様。ご明察の通りです。お嬢様がなさったあの儀式は、表向きは鎮めの儀式ですが、もう一つ、神降ろしの儀式でもあったのですよ。そこに奥様のお力をお借りしてこの世界に招来したのが、心霊の力を宿す超常の存在である彼女というわけです」
その誇らしげな口調にイラっとする。
は?冴子さん騙して儀式しておいてなんだその顔。
というか、人様を勝手に呼び出して拉致しようとすんなよ。しかも目的が帝国のために力を生かすためだぁ?知らんわそんなこと。なんでそんなことにこき使われなきゃならないんだ。
冴子さんもその言葉にはやはり少なからず傷ついたようで、悔しそうに口を結んでいる。
「やはり、わたくしはお祖母様に利用されたのね…」
「いえ、お嬢様に儀式をお命じになったのは、奥様のご説明の通り他に儀式を行う手段がなかったからだと思います。奥様は殊の外、お嬢様がこの件に関わることを厭われていらっしゃいましたから」
「なんだ。肝心なところで推測かい?志乃くんも意外と母さんに信用されていないのかな?」
茶々を入れるような亮介の言葉に、志乃は一瞬凄まじい剣幕で彼を睨みつけたが、しかし、すぐに落ち着いた調子で続けた。
「奥様は必要なこと以外は軽々しくお話になりません。奥様のお言葉には神が宿っていらっしゃいます。迂闊なことを話しては禍に繋がりかねませんので」
「今度は言霊信仰ってかい?どこまでも非科学的だ」
「歴とした事実です。貴方が思いもしない超常の世界は厳然と存在するのですよ」
「存在するだろうさ。そこの陽菜君がその証拠だ。だが、それを短絡的に理由付けする馬鹿どもや、それをありがたがる間抜け共の気が知れないと言っているのだ。――それに、そんな言葉で自分をごまかす、君の気持も、ね」
志乃と亮介は互いに微笑みを浮かべながら嫌味を言い合う。
…こいつら、よくこんなで手を組んだな。いや、むしろ逆に息があってるのか?
だが、おかげで気持ちが少し落ち着いた。私は、二人のいがみ合いなど無視して、聞きたいことをさっさと聞くことにした。
「…あんたたちの儀式で私が召喚されたというのは本当に確かなんですか?他に私みたいな存在を召喚した例は、確立した方法はあるんですか?」
正直疑わしいというのが私の考えだ。
私の仮説では、私がこの時代に紛れ込んだのは、それを大勢の視聴者が望んだからだ。
そこに妙な儀式が紛れ込む余地はない気がする。
しかし、もし理論とか方法論が確立しているならば、それは何がなんでも確認をしておく必要がある。
それこそが、元の時代に戻る、おそらく唯一の手掛かりになるからだ。
しかし、志乃は私の問いに静かに首を振った。
「…あなたが初めての成功例ですよ。だから、研究会は躍起になっているんです」
その言葉に私は少しだけ肩を落とした。
…ま、そんな上手い話はないとは思ってたけどね。それでも、ちょっとだけ期待してしまった。
「…でもそれなら、なんで私が未来から来たと確信できたんですか?冴子さんがしたっていうのは神降ろしの儀式だ。別に未来人招来の儀式じゃないでしょう?」
そりゃ格好も、生み出すダンジョンもこの世界のものじゃないのは明らかだよ?でも、それなら未知の神様だとか異世界人だとか思ってもいいはずだ。そこまで確信を持てるとは思えない。
それに、私の力のこと。
志乃たちはこの、私もよくわかっていない力のことを初めから知っていた。
方法論の確立すらできていないのに、召喚者の能力なんて知ることはできるのだろうか。
明らかに、彼女の言葉では足りない、説明されていない裏の事情がまだまだある。
「最初の冴子さんの質問に答えてください。――あんた達は、私の何を知っているんですか?」
その問いに、志乃は少し言いよどんだ。
「……未来の世界から現れ、未来の文物を生み出す超越者と奥様からは伺っておりますが、詳しいことは私も存じません。全てをご存じなのは、奥様だけです」
その少しゆがめられた表情に、それが志乃にとっても不本意であることが読み取れた。
彼女は、本当に、これ以上は知らないっぽい。
「……全ては、我が偉大なる母上の掌の上、というわけか」
亮介はソファに身を沈めたままため息をつくようにそうつぶやいた。
確かにそうだ。
結局、すべては、ふじに集約する。
彼女が口を開かない限り、結局何もわからないままだ。
「…そのような中で、お祖母様をどう助けろというの?そもそも、そのようにすべてをご存じのお祖母様にわたくしの助けなどいるのかしら」
珍しく、少し突き放すように冴子さんは言う。
それも当然だ。ふじは、一方的に冴子さんを利用しておいて、結局何も明かしてはくれないのだから。
その言葉に対して、志乃は再び深く頭を下げる。
「お気分を害してしまい、申し訳ございません。しかし、奥様がお嬢様の助けを必要としているのは紛れもない事実です」
「…どういうこととなのか、説明してもらえるわよね?」
「勿論です。――奥様は、今、研究会の中で孤立しつつあります」
その言葉に、冴子さんと亮介は一瞬きょとんとした。
想像ができなかった、という表情だ。
「あの、世界の中心にいるような母さんがかい?それも、君の話によれば、陽菜君の招来という組織の目的をほぼ独力で成し遂げたらしい母さんが?」
「はい。むしろ、だからこそ、孤立する結果となったのです」
「――そうか。遠藤家か」
「その通りです」
亮介が理解したような顔をしているが、こっちは全く訳が分からない。
「協力を仰ぐ気があるなら、少しはわかりやすく説明したらどうです?遠藤家が何なんですか?」
「…ですから、貴女が遠藤家の預かりの身になったことが、全ての原因なのです」
「は?」
「申し上げたように、貴女の存在は研究会としての悲願です。何が何でも、貴女の存在を確保しなければ、組織としての体面が保てない。
会に所属する者の多くが、貴女という存在を求めているんですよ。表からも、…裏からも」
裏、という言葉に再びぞわっとした。
いかがわしいインチキ新興宗教が裏側から私を求める理由?考えたくもないな。
「我々研究会は決して一枚岩というわけではありません。様々な思惑をもって一つに集まっている。それらを束ねる理由こそ、マレビトの召喚にほかなりません。
それを、奥様はほぼ独断で実行し、そして実現してしまわれた。そして、にもかかわらず、その成果たる貴女を勝手に遠藤家に預けてしまわれた。…組織内では、そのように評価されています」
あー。そう聞くと、そりゃ孤立しないわけないね。あまりにも勝手が過ぎるもん。
おそらく直属の部下である志乃ですら、ふじの意図をすべては理解できていない。つまりふじは誰にもその理由を話そうともしていない状態と思われる。
こんなんむしろ、まだ孤立しきっていないことの方がおかしいレベルでしょ。そこが、ふじのすさまじい影響力の賜物ってことなのかね。
「では、わたくしにお願いというのは、やっぱり陽菜さんを明け渡せということなの?」
冴子さんは私をかばうように少し身を乗り出して、志乃をにらみつけた。
しかし、志乃は首を横に振る。
「先ほども申しました通り、そのつもりはございません。お嬢様の神隠しのことを考えれば、むしろ遠藤家の中にマレビト様を置くべきであるというのが奥様の強いご意思です。それに反することを、私は決していたしません」
「でも、それなら、わたくしにできることなんて何もないわよ?」
そりゃそうだ。問題はふじの独断専行と沈黙なのだから、そこに冴子さんが関与できるわけがない。
その問いに、志乃は答えなかった。
その代わり、ある事実を口にした。
「帝都に、亡者が出没しています」
その言葉に、私と冴子さんは凍り付く。
亡者。
私を殺そうとした、あの、将門塚の被害者たち。
「おさまったはずの将門の祟りが、再びよみがえろうとしています」
その言葉に、冴子さんは思わずという感じで立ち上がっていた。
冴子さんは、もともとあの亡者たちを祓うことを使命と考えていた。私を命がけで助けてくれたものも、その使命があったからだ。
それが再びよみがえった?
どういうこと?あれは私が生み出した存在じゃなかったの?
混乱する二人を前に、志乃は静かに話を続ける。
「以前、マレビト様の目の前に現れた時と同じです。出現した亡者たちは、なぜか法師の力をしても祓うことができません」
確かにそうだった。専門家なのにどういうことかと喝を入れる志乃の前で、男たちはただ逃げ出すしかできなかったんだ。
志乃はその屈辱に耐えるように唇を噛んでいる。その表情には、憤りと悔しさ――そして、僅かに恐怖が紛れているように見えた。
ならば―――
「あの亡者を祓った実績を持つお方は現状、ただお一人―――お嬢様、貴女です」
その言葉に、先ほどまで拒絶の色を示していた冴子さんの瞳が揺れた。
「……お嬢様、奥様を、そして帝都をお救いください」
再び下げられたその頭に、私たちは、やはり何も言うことができなかった。
お読みいただきありがとうございました。
この時代、心霊科学は一部界隈ではかなり真面目に研究されていました。
その一方で、それを強く排斥するような動きもやはりかなりあったりするので、この時代は本当にいろいろな意味でカオスで面白いですね。
さて、次回、再び現れた亡者の話からスタートし、陽菜は再び追い詰められます。
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