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37話 三越サロン変事 ~叔父の裏切りと、宿敵の意外なる一手~

毎週火金の19時に定時更新中!

待ち受けていた亮介と志乃。彼らの狙いは何なのでしょうか?

 ヤバい。はめられた。

 三越百貨店の応接室で、私と冴子さんは何もできず、ただ私たちを待ち構えていた奴らを睨みつけた。

 眼前の相手は二人。

 一人は遠藤亮介。人を小馬鹿にした態度をとり続けるいけすかない男だが、これで一応冴子さんの叔父にあたる。

 詳しく話をした覚えがないのに何故か私が未来人であることを承知しており、その上で競馬場で私と冴子さんの手助けをしてもらった恩もある。

 だから、不意打ちとはいえ、待ち構えていたのがこいつだけだったなら、それほど問題ではなかった。


 しかし、もう一人の存在が致命的にいただけない。


 だらしなくソファに目を埋める亮介の横で上品に座っている和装の女ーー志乃である。

 私を何故だか追い回す謎の組織のリーダー格。明らかに非合法な輩も顎で使い、手段を選ばず私を確保しようとしてくる、因縁の相手だ。


「何故、貴女が叔父様と一緒にいるの?」


 冴子さんが張り詰めた声色でそう問いかける。それに応えるのは相変わらずふざけた態度を崩さない亮介だ。


「そりゃあ、僕が呼んだからに決まっているだろう?君と母さんの確執は知っているが、いつまでもいがみ合っているのは家族として見ていられないからね。こうして志乃を通じて話す機会を設けたというわけさ」


 くっそ、このヘラヘラした横顔、ぶん殴ってやりてぇぇ!

 確執とかいがみ合うとか、そんな次元の問題じゃないだろうに!向こうは非合法上等で手出ししてくる状態だよ?それに対抗してきた私たちをまるでわがままみたいに言いやがって…!

 しかし、憤る私とは違い、冴子さんは少し悔しそうにしながらも、ぎこちなく笑った。


「そ、そうね。私が大人気なかったわ。…お志乃さん、酷い態度をとってしまってごめんなさいね」

「いいんですよぉ。お嬢様もまだまだお若いのですし、つい反抗したくなる気持ちはわかりますもの」


 志乃はそう言ってコロコロ笑う。

 それを見て頭に煮えたぎる血が上ってくるのを感じる。

 ここまで言われて、黙っていることないよ、冴子さん!

 そう思って冴子の方を見ると、その手が硬く握りしめられているのに気がついた。


 それでやっと私も気がつく。

 なぜ言い返したり、立ち去ったりすることができないか。

 ここにお友達がいるからだ。

 志乃が私に行ったことも反社な奴らとの関わりも、遠藤家としてはよそには知られてはいけない醜聞だ。さらにそこを深ぼっていけば、私の存在や冴子さんの神隠しすら表沙汰になる。

 だから下手にこの場で口論なんてできない。立ち去ることはできなくはないだろうが、そうなれば残された彼女たちにこの二人が何を吹き込むかわかったものじゃない。

 だから、冴子さんははらわたが煮えくりかえっていても大したことがないように振る舞うしかないんだ。

 

 しかし、その様子に冴子さんの友人たちは違和感を感じたようだ。

 友達の一人、三つ編みおさげのいかにも優等生という感じの子が口を開いた。


「…遠藤さん、どこか剣呑だね?あまり君らしくない様子だ。どうかしたのかい?」

「ごめんなさいね。みっともないところを見せてしまって。本当になんでもないのよ」

「…ふうん、そうなのかい?」


 その子が首を傾げている横で、巻き髪の女の子も不思議そうな顔をしている。


「それよりも、この方は遠藤さんとのご家族ですの?江川さんの叔父様と伺っていたのだけれど」


 それに亮介はわざとらしく高い笑い声をあげた。


「これは失敬!誤解を招いてしまったようだね。確かに僕は江川くんとは知り合いだが、血縁関係があるのは冴子のほうで間違いないよ」

「でも、お店の方は江川さんのご家族だ…」

「あっはっは。それは店の人間が誤解しただけだよ。僕は姪っ子である冴子と江川くんの両方を案内するようたのんだのさ。それを同一人物と勘違いしたみたいだねえ。意外と帝都最高の百貨店の接客も大したことはないものだ」


 その態度におさげの子は少し眉を立てて、ボレロ娘をにらんだ。


「…江川さん。なぜ君は訂正しなかったんだい?それどころか、わざとらしくおじさまなどと呼んでいたり…。もしかして君も一枚かんでいるのかな?」

「いやだわぁ。あたしは普段どおりお呼びしているだけよぉ。それに、ご家族の間のいさかいなんて悲しいじゃない。だから、慈善の心で仲裁のお手伝いを買って出たというわけ」

「にしても、こんなだまし討ちのような方法、あまり感心できないが」

「それはほら。ちょっとした悪戯心よ。ねえ、おじさま?」

「ああ。そうだとも。向こう風に言えば、サプライズ、というやつさ」


 そう陽気に言うと、亮介はのっそりと立ち上がると、そのまま店員を呼びつけた。


「さて、では約束の通り、この百貨店の案内をしてあげようじゃないか。――さ、君、この子たちに簡単にこの店について紹介してやってくれ。あ、こっちの子と、近くの使用人は残しておいてくれ。ちょいとこのままこの部屋で話をさせてほしくってね」


 その言葉に食い下がるのは意外なことにボレロ娘だった。


「あら。おじさま?せっかく面白くなってきたというのに、もうあたしたち追い出されちゃうのかしらぁ?」

「そういう話だったと思うが?」

「わかってるでしょう?わざわざ無理してこの子を連れてきてあげたのよ?それだけじゃ割に合わないと思わない?これじゃ、この後の協力はしてあげられないわよぉ?」

「強欲なことだねぇ。まあ、今度ミルクホールであった時にまた面白い話をしてあげよう。お父上も喜んでくれるネタだと思うよ?」

「――ま、いいわ。そう言うことだから。遠藤さんは、家族水入らずでゆっくり話していらっしゃいな。さ、皆さま、いきましょう」


 ボレロ娘はそう言ってさっさと応接室を出ていった。おさげの子と巻き毛の子は少し困ったように冴子さんを見ていたが


「…なんだか妙なことになってしまったが、流石にご家族の話の邪魔はできないね。行こうか、綾乃森さん」

「え、ええ」


 そういうと二人ともそのままボレロ娘を追いかけるように部屋を出ていった。


 

 あとには、不協和音が鳴り響く、剣呑な空気の4人だけが残された。



「……叔父様。いったいどういうおつもりなの?」


 ふり絞るような声で冴子さんが亮介に問いただした。


「言った通りだよ?君と志乃嬢との仲立ちさ。もしかして、聞いていなかったのかい?」


 まるで平気な顔をして再びソファーに身を鎮める亮介を見て、私の我慢メーターがふりきれる。


「…ふざけないでください!どうして、こんなだまし討ちみたいなことして、この女を連れ込んだんですか!」


 そういって指を突きつけるが、志乃の方は平気なもので、こちらを見もしない。


「全く、貴女は相変わらずですね。これで遠藤家の女中と名乗っているのだから嘆かわしい。静江さんも苦労されていることでしょう」

「遠藤家の癌のアンタに言われる筋合いはない!」

「まあまあ、落ち着き給え。君が未来人だろうと、流石にこの三越百貨店がどういう場所かくらいは知っているだろう?君がそんな品のない声を出したら、困るのはそこの可愛い姪っ子だよ?」

「こ、この野郎…!」


 やっぱりコイツ、グーでぶん殴ってやりてぇぇ!いや、むしろ、私の最強武器、消火器の出番か?

 前のめりになりかける私を冴子さんはそっと抑え、その代わりに亮介をにらみつける。

 

「…江川さんとはどういう関係なの?まさか、彼女を巻き込むようなことはしていないでしょうね?」

「まったく、君まで目上の人に対して口調が乱れているよ、冴子。そんなんじゃ、兄さんに叱られるんじゃないかい?」


 亮介はそうわざとらしくため息をついて見せた。


「えっと、なんだっけ?ああ、江川君との関係か。別に大したことないさ。彼女の父親とはちょっとした知り合いでね。彼女自身もミルクホールに遊びに来ることがよくあるから、その縁でたまに相手をしてあげているってだけさ。ま、そのおかげで、彼女を通じて君を呼び出すことができたんだがね」

「…本当にそれだけ?彼女に、陽菜さんのことや一連の騒ぎのことを話したりは――」

「大丈夫。これでも話していいことと悪いことの区別くらいはつくよ。そう軽々に切り札は切らないさ――まだ」


 亮介の意地の悪い言葉に、冴子さんが口を開こうとしたとき


「大丈夫ですよ、お嬢様。――そんなこと、私が許しませんので」


 なぜか志乃がそう言って割り込んできた。


「おいおい。君をせっかくこんな応接室に招待したうえで、冴子と陽菜君を連れてきてやったっていうのに、後ろから刺さないでくれよ」

「奥様の遠藤家に害をなすものは、誰であっても許しません。当然貴方であってもです」

「まったく、せっかく姪っ子たちを裏切ってまで君に便宜を払ってあげたというのに、冷たい態度だねえ」

「協力できるときは協力するというだけですよ。互いに求めるものが違うのは、わかり切ったことでしょう?」


 亮介と志乃はそうやって、私たちをほったらかしにして言い争う。

 …何なんだこいつら。本当にどういう関係だよ。


 というか、どうするよこれ。

 先ほど亮介にくぎを刺されたように、ここで言い争うのはやばそうだ。なら無理やりにでもここを逃げ出した方がいいのかな?

 しかし、冴子さんがすぐにでも立ち上がらないところを見ると、そういう振舞いも場所的にアウトなのだろう。

 ……この状況、結構まずくない?


 私がアクションをとれずに固まっていると、志乃は言い争いを切り上げたのか、こちらのほうに向きなおった。


「失礼しました。この男に任せていると何時までも悪ふざけをやめなそうなので、ここからは私が話しましょう。――ご無沙汰しております。冴子お嬢様、マレビト様」


 志乃にその名で呼ばれると、ネカフェの時や競馬場のことを思い出して思わず体が強張ってしまう。すると冴子さんが志乃から私をかばうように少し身を乗り出し志乃に向き合った


「……貴女もおばあ様も、陽菜さんには手を出さない約束になっていたはずです。このこと、お母様に報告しますよ。志乃さん。…いえ、わたくしが報告しなくとも誠一さんは必ず報告するでしょう。わたくしの友人たちがこの部屋を出ていったのに、わたくしだけここに残ったなんて不自然極まりませんから」

「あら、それは心配には及びませんよ。ちゃんと手は打っておりますので」

「手を打つ?」

「ええ。部下に貴女がたと同じ背格好をさせて、部屋から出てきたご友人に紛れてついていくよう命じました。二人はこの手の工作には慣れていますし、なにより日曜の三越は人でごった返しておりましたからね。遠目からでは素人の誠一さんには見分けられませんよ。」


 その言葉に私たちは絶句する。

 まさか、そこまで用意周到に準備していたとは。ほんとなんなんだよコイツ!


「そ、そんな真似、私の友人達が黙っていませんよ!」


 それでも負けまいとする冴子さんの言葉に、横から亮介が茶々を入れるように話に加わってくる。


「そこは、江川君に上手いこと付き合ってもらうよう頼んでおいたよ。他の二人がどうするかは知らないが、まあ、あの様子なら多少不自然には感じていても強硬な態度はとれないんじゃないかな?お嬢様育ちの弱いところだね」

「な――!」


 その言葉に、冴子さんの表情が固まる。

 ここまでくれば言い訳はきかない。冴子さんは亮介だけでなく、友達にまで裏切られたんだ。

 その横顔見ていたら、我慢なんてあっという間に吹っ飛んだ。


「そんな卑怯な手を使って冴子さんを傷つけやがって!あんたらが手段を選ばず私たちに手を出そうっていうならこっちも考えがあるぞ!」


 ま。実際は考えなんてないけど、せめて私の城を呼び出して消火器アタックくらいしてやる。私たちはお友達とついていったことになっているなら、中で何をしようと少なくとも遠藤家には知られないんだし、おとなしくしていても確保されるだけだ。ならばこちらもTPOなんて度外視して本気で抵抗してやるよ。

 

 しかし、私の言葉に対して、志乃はため息をつくだけで、特に何かしてくる様子はなかった。


「だから、そういう言動は控えなさい。――貴女達に手を出す気などありません」

「そんな言葉信じるわけないだろ!こんな手の込んだ真似しておいて!」

「それは仕方ありません。静江さんの目に触れるわけにはいかなかったので」

「……は?」

「静江さんは、貴女達が思っている以上にお二人のことを守っているのですよ。私に対してもすっかり警戒をされているようで、お二人とお話をすることは普通の方法ではほぼ不可能な状態なんです。ですから、第三者が入れないような応接間にお呼びするという手の込んだ策をとらせていただいたのです。――そのせいで、お嬢様のお友達まで巻き込んでしまったことは、心から謝罪いたします」


 志乃はそう言って立ち上がると、そのまま床に膝をつき、頭を下げた。

 今まで、志乃が誰かに謝るような真似を見たことがなかった私は、彼女の土下座姿に完全に面食らってしまった。


「――なら、貴女の目的を話して頂戴。あれだけ執着していた陽菜さんを手に入れるのでないのなら、貴女は何をしにここに来たのかしら」


 固まる私に対して、冴子さんは何とか気持ちを取り戻したらしい。

 警戒を解かず、張り詰めた空気を崩さず、志乃に対峙している。


 志乃もまた、その姿勢を崩さなかった。

 顔を付したまま、彼女はつづけた。



「お嬢様に、お願いがございます」

「…お願い?」

「はい。――――奥様を、お助けくださいませ」


お読みいただきありがとうございました。

相変わらず食えない男、亮介でした。この男、書いてて楽しすぎて困る。

そして満を持しての志乃がまさかの土下座。強者の土下座って普通に脅迫ですからね。相変わらず嫌な手を打つ志乃だったりします。

さて、いよいよ、物語は徐々に核心に近づいてまいりました。次回、陽菜を追い続けた志乃たちの事情の一部が明らかになります。

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