33話 2028年の包囲網〜震える背中に火は灯る〜
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タイムトラベラーと称するYoutuberからの否定しきれない質と量の過去の動画アップロードの数々。
それはもう、火がつかない方がおかしいというやつですね。
私、朝霧陽菜がヨルであることがバレる。
それは私が2028年の世界において一番恐れていることの一つだった。
「ま、まさか!お店の方に変な人がきたんですか!?」
そう叫ぶ脳内は真っ白だ。せっかく、ずっととづけてきたチャンネルまでやめて、身バレを防いだというのに、なんでこんなことになっているんだ。
「それは大丈夫だ。まだ、君がヨルだと皆が確信してるわけじゃない。…時間の問題だとは思うけどね」
「でもどうして…?身バレしないように昔の動画とか消したし、声だって変えてるのに…」
「君のチャンネルは有名になりすぎたんだ。なんせニュースにまでなったんだぞ」
「え!ニュースに?」
「ああ、自称タイムトラベラーから謎の動画配信っていってな。僕もこれで君の動画を知ったんだよ」
店長によれば、私の動画が本物か偽物か、ネットはその議論ですっかり持ちきりらしい。
明らかに素人の撮影による、とんでも無く鮮明な過去の東京の映像を1時間近く。しかもライブ中継、コメントに応じてカメラが被写体を変えるというオマケつきだ。
例えAIが発達した今の世の中とは言え、これほどの精度の捏造は難しい。
しかし、これを本物だと認めてしまえば、世間はタイムトラベルなんていう荒唐無稽の権化みたいなものを認めなくてはならない。
「肯定派と否定派でそれぞれ相当ヒートアップしているらしいぞ?なのにその当の本人は一向に名乗りをあげず、取材にも一切応じない。もう、みんな君の正体を見破るのに躍起だ」
SNSの通知は、初日にすでにミュートにしている。正直それどころじゃなかったし。そうしているうちに通知はたまりにたまり、数が1000件を超えたあたりでもう私は完全に確認をするのを放り投げた。店長が言う「取材」とやらはその中に埋もれているのだろう。
「そもそもの始まりであるオカルトチャンネルの話も報道しててな。それで僕にはわかったんだよ。君がちょうど初めて無断欠勤して、奇妙な電話をかけてきて、その2日後にはいきなりやめると言ってきた。あまりにもこの事件とぴったりだったからな」
「で、でも、店長が私のことわかるのわかりますけど、他の人まで私がヨルだって気づくとは…」
「…そうでもない。結構君につながる情報は出てきてるんだ。まず、君の声だ」
「でも、あれはボイスチェンジャーで声を変えて…」
「ああいうのは、やろうと思えば復元もできるらしいぞ?とくにあまり良くないチェンジャー使っている場合な。ちょっと気になって調べてみたが、いくつか復元した声の候補というのが流れてて、その中には君っぽい声になっているものもちゃんとあった」
「…!」
「あとな。こっちの方が結構深刻なんだが、多分君の部屋の中、普通に動画に映り込んでるぞ」
「え?え?私、自分の部屋で撮った動画なんてあげてませんけど?」
「やっぱり気づいてなかったか…。ほら、競馬場で君があげてた動画あったろう?」
「は、はあ。それはまあ、ありますけど…」
「そこで、ほら、よくわからない奴らから走って逃げる前、なぜか今風の建物の中が一瞬映ったじゃないか」
「…あ、あああああ!!!」
私は思わず叫んでしまった。
確かに、志乃たちの包囲から逃げ出すため一瞬私の部屋をダンジョン生成して壁抜けに利用した。その時カメラは回りっぱなしだったから、普通に動画に写っていたんだ。
あの時は志乃たちから逃げるので必死だったし、その後も生活に必死で余裕がなかったが、動画くらい見返しておけばよかった!
「な、なんか、私だって分かるものが映ってました?!」
「画像も不鮮明だし部屋の中身もなんだかボヤけてたから、一発アウトと言うほどではないよ。でも、この熱気だからなぁ。部屋の特定くらいそのうちされてしまうんじゃないかな」
私は思わずふらついてしまった。
流石に競馬場にパッと呼び出したアパートの一室では窓の外も何もないし、その映像だけですぐに特定、というわけにはいかないだろう。しかし、今の時代、不動産のネット写真とかもあるわけで、間取りだとか天井や床など情報はいくつも落ちている。大勢が本気で私の部屋を特定しようとしたら、店長が言うようにそのうち私の部屋にたどり着くのも時間の問題だろう。
部屋の特定がされたらどうなる?その場所に行けば部屋の借主である私の名前はすぐ判明する。そうしたら、社会全体に私はお騒がせ者として名を広められる。
私の過去がほじくられ、方々に迷惑を振り撒き――
――そして、何よりあのクソ親父に私のことが知られてしまう。
必死の思いで逃げてきたあのくそ親父に見つかる。それを考えただけで体から力が抜けていく。
握っていたスマホが手から滑り落ちて、オフィスビルの床で硬い音を鳴らした。
「ひ、陽菜さん?」
後ろから声をかけられた。
あ、そう言えば、冴子さんいたんだった。
そんなことも忘れてしまうくらいに、頭がまるで働かない。
「ひどい顔色よ?その板で電話をしていたのよね?何かあったの」
「……なにかあったというわけじゃないよ。……これから起きるっぽいけど」
「何が起きるの?貴女にとって良くないことよね?」
「…そうだね。最悪だよ。…もうおしまいって感じ?」
「そんなにまずい状態なの…?!…ねえ、出来るなら詳しく話してくれないかしら。少しでも、力になりたいわ」
「……冴子さんには関係ないというか、どうしようもない話だよ…。私自身にも、ね。本当にどうしようもない…」
心がどんどん沈んでいくのがわかる。何せ、2028年のリアルな社会に対して、私に何ができるっていうのさ。どうしようもない。今更動画を削除しようがどうしようが手遅れだ。
その言葉に、冴子さんは顔を曇らせた。
「…貴女らしくないわ。そんな言葉。どれほどどうしようもないって状況でも、貴女、諦めたりしなかったじゃない」
冴子さんはそう言ってそっと私の手を握る。
――あたたかい。
そんな馬鹿みたいな感想が浮かんだ。
冴子さんは、私の目を見つめながら続ける。
「…どんなに苦しい状態でも、どうしようもないなんてことはないわ。少なくとも、落ち着いてよく考えることはできる。
……わたくしには関係がないことであったとしても、話をすることで頭を整理することはできるでしょう。…何があったか、可能な範囲で話してくれないかしら」
冴子さんは、ゆっくりと、なだめるように私に話しかけてくれた。
だからだろうか。言葉が少しずつ頭の中に染み込んでくる。それが少しずつ、霞がかかったような脳内を晴らしていってくれるのが分かった。
「…わかった。その、わけわからない話ばかりだろうけど、聞いてくれる?」
そういうと冴子さんは嬉しそうに破顔した。
「勿論よ」
*
「まず最初の質問なのだけれど、そもそもどなたからのお電話なの…?貴女、こちらの世界に別に誰か知っている人がいるのかしら?」
冴子さんは真面目な顔をしてそう質問してきた。
あー。そっからか。
そういや、冴子さんは私が未来とネットを通してやり取りができることは知らなかったね。
…というか、ネットそのものもわからないだろうけどさ。
私は頭を落ち着かせるため、ゆっくり言葉を紡いでいく。
「…この板、スマホっていうんだけど、これは未来とつながる装置みたいなものなんだよ。だから今の電話は未来からかかってきたわけ」
「未来から…?!な、何でもありね、貴女」
「…私自身、なんでこのスマホが未来につながっているかはよくわかってないんだけどね。それで……未来の世界で、私、大ピンチになっているみたい」
「未来の世界で…?貴女はいま、この時代にいるのに?」
「うーん、そこの事情を説明するのすっごく難しいんだけど……」
しかし、いい機会だ。そろそろ配信のことについてはちゃんと説明しておいた方がいいか。
私は、冴子さんにざっくりと、私がこれまでやってきたことを話していった。
Youtuberのこと。チャンネルのこと。
この世界で行った配信のこと。その一部が、冴子さんが見た動画であることなどだ。
ただ、その動画と冴子さんへの影響については、ここでは一旦伏せておいた。その話をすると話がべtの方向にそれてしまうというのもあるし……単純に、まだ私の心の準備が整っていなかったから。
「未来の世界はすごいわね…。えっと、要するに貴女はキャメラマンのように活動写真を撮りながら、それを新聞記事に投稿する、みたいな仕事をしていた、ということでいいのかしら?」
おお…!そう来たか。すごい理解の仕方。
でも、まあそう間違ってもいないかな?冴子さん、本当に頭いいな。
「大体そんな感じ。それを匿名でやってお金を稼ぐ、みたいな仕事ね。で、その仕事のおかげで、このスマホをつかうお金を稼いでいるの。あ、勿論、未来のお金ね」
「……ふ、複雑なお話ね…。それで、その貴女が投稿したという映像が問題になっている、ということなのよね?」
「…うん。私の身に起こっているようなことは、未来の世界から見ても意味不明なんだよね。過去の世界に行くことも、そこでスマホがつながるってことも……。だから私が投稿した動画は大騒ぎになってて…、犯人探しみたいに私のことをみんなが探しているんだって」
「……そういう、異端となる存在に対する社会の姿勢というのは、今も未来も同じなのね」
「はは。同じ同じ。まあ、未来は世界中と繋がるようになって、いろんな生き方も認められるようになってるから、この時代ほどがんじがらめでもないけどね。でも少なくともネットの中じゃ、ちょっとでも周りと違う存在がいればそれだけで標的にされちゃうんだよ。……だから、私も気を付けていたつもりなんだけど、……動画の中に私の部屋が映り込んじゃってたらしいんだ」
「…貴女の作り出す未来の建物の一つが、そのお部屋ということね。それだけで、未来の世界では貴女が誰だかわかってしまうものなの?」
「すぐにはわからなくとも、少なくとも部屋の場所は遠からずバレると思う。特定班ってほんと始末に負えないから。で、そうなったら、郵便物とか大家さんへの聞き込みとかで、私のこともすぐに…。そうなれば…」
そう話しながら頭が白くなってくるのを感じたところで、背中に温かいものがそっと当てられた。
冴子さんの手だ。
「大丈夫。大丈夫よ。まだ、そんな事は起きていないわ」
その言葉に私の心はまた解きほぐされる。私はその手の温もりを感じながら深呼吸をする。冴子さんのいう通りだ。落ち着け、私。
「…とにかく、そうなってしまったらおしまいなの。私が向こうの世界に戻った時暮らしにくくなるのもそうなんだけど、いろんな人に迷惑かけちゃうし…それに、その、私のこと、絶対に知られたくない相手にもバレちゃうから」
「…未来の世界にも、貴女の敵はいるのね」
「最悪の敵がね…。私がずっと逃げてきた相手。そいつが今の私のことを知ったら、何をするかわかったもんじゃない」
まず間違いないのは、私に金の無心をしてくること。家にいる間、ずっとそうしてきたように。
それを断ったらどうなるか。
あいつがしそうなことで言えば、私の失踪届を出すことだろう。あれで一応私の唯一の肉親だ。あいつが届け出を出せば警察も受け取らないわけにはいかない。ある日突然姿を消したことになるわけだし、必然私の失踪は事件化され、私の口座は警察の監視下に置かれる。そこにお金の振り込みとかがあった日には、失踪者の口座が不正に使われているとか何とかで、口座凍結もあり得ない話じゃない。
それだけで私の息の根は止められる。スマホの費用が払えなくなった途端、この時代における私のアドバンテージは何もかも失われるのだから。
それを避けるため、私はあいつの言いなりになるしかない。
私は完全に、あいつの支配下に置かれることになる。
そう考えるだけで体が震えてくる。私は思わず冴子さんの腕にしがみついた。冴子さんはそれを振り解かず代わりに私を包み込むように抱き留めた。
「大丈夫。貴女は大丈夫よ」
冴子さんが囁くようにそう繰り返す。
「でも…!でも、ここにいる私には、もう何もできないし、どうしたらいいかわからないよ…!」
「大丈夫。そんな貴女を心配して、連絡をしてくれる人がいるのでしょう?その人の協力を得ればまだできる事はあるわ」
「店長に…?」
「そうよ。貴女は未来とつながる手段を持っている。何もできないわけではないわ」
そういう冴子さんの瞳は静かな、しかし力強い炎を灯して見えた。
「戦いましょう」
その瞳が私の心にも火を灯す。
冴子さんは、見も知らぬ未来での戦いを諦めていない。
なのに、当事者であり、冴子さんの戦友の私がただ情けなく震えているだけ?
冗談じゃない。
「そうだね。戦おう」
それが私の生き方じゃないか。
お読みいただきありがとうございました。
Youtuberが過去の動画を配信するという発想をした時に、この話はちゃんとやりたいと思っていました。
さらに、陽菜の過去、過去にいる彼女にとって身バレとはただの対岸の火でないこともようやくちゃんとかけました。
勿論、ここで終わらないのが陽菜というキャラクターです。彼女はこの窮地からどう抜け出すか、次回をお楽しみに。
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