32話 配信の再開は破滅のベルとともに
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前回、土曜日の午後にお転婆な末っ子・美代子お嬢様と「密会」を果たした陽菜。 今夜は夜のダンジョンで、冴子さんとその日の報告会です。
学校での演武を終えた冴子が抱える、少し意外な悩み。 それを聞いた陽菜は、彼女の魅力を伝えるために「封印」していたあの手段を解禁してしまいます。
「そう、美代子とは無事話せたのね。あの子ずっと貴女と話したがっていたからよかったわ」
夜。ダンジョン内で稽古着に着替えながら、冴子さんはそう言って顔を綻ばせた。
「冴子さんのおかげだよ。ありがとね!」
「いいのよ。わたくしも、少しずつでも貴女と家族の仲をよくしていきたいと思っていたのだし。美代子とは仲良くなれそう?」
「もっちろん!いや、めっちゃ可愛いね、美代子ちゃん!また来週お話ししようねって約束したんだー」
その言葉に冴子さんは少し困ったように微笑んだ。
「流石に毎週となると無理ね。今日は他の子の稽古が長引きそうだったのと、控え室にいる女中が貴女一人だったからなんとかなっただけなの。他の日も同じようにしていると美代子もわたくしも叱られてしまうし、何よりお母様に知られてしまうわ」
「うげ。まじかー。美代子ちゃんと約束しちゃったのに…。絶好のチャンスと思ってたけどなかなかままならないね…」
「こればかりはどうしようもないわ。もし問題がないようならまた今日みたいに声をかけるから、美代子にはしばらくはそれで我慢してもらうしかないわね」
ぬーん。ただ話をするだけでここまで制約があるなんてなぁ。無理だと思いつつも諦めきれないという美代子ちゃんの表情を思い出し、私はなんとも割り切れない気持ちになる。
「…その、美代子ちゃんに夜のこの場所について教えるっていうのはやっぱりダメ、だよね?」
美代子ちゃんと話をしていた時に思い浮かんだプランについて、ダメ元で冴子さんに聞いてみた。
その言葉に冴子さんは少し黙り込む。
「そうね…。正直なところ、そうできれば一番だと私も思うわ」
「あ、冴子さんも思ってたんだ」
「ええ。何せわたくしは美代子と同室だし、毎日美代子が寝静まってから土蔵まで行き来するというのは、いつまで美代子にバレないまま続けられるのか不安ではあるのよ」
なるほど。それはそうだ。
冴子さんは人並外れた感覚があるからそんな離れ技を続けているわけだが、そんなの普通の人なら数日と続けられるものではない。
「なら、美代子ちゃんを巻き込んじゃったほうが」
「そうはいかないの…。この土蔵まで人目を忍んで行き来するというのは、わたくし一人ならまだしも、美代子と二人でとなると正直なところ難しいわ」
「あー…、それはそうか…。毎夜毎夜、二人一緒にトイレに行くとか、流石に不自然だもんね」
人の気配に敏感な冴子さんが無理だというならそれは本当に無理なのだろう。
「本当は、冴子さんの部屋から直接ダンジョンに行けるのが一番なんだけどねえ…」
私が生成できるのが、現代の建物の一階までというのがここで足枷になっている。冴子さんの部屋は二階にある以上、冴子さんがこのダンジョンに来るには一階の土蔵近くまできてもらうしかないのだ。
「…あまり無い物ねだりをしても仕方がないわ。もう少し私たちへの監視の目が落ち着くのを待ちましょう」
「…やっぱ、そうなるよね」
私はそう言ってため息をつく。遠藤家にお世話になってから一週間とちょい。なかなか私たちが自由になる日は遠そうだ。
「…まあ、あんまり暗い話をしていてもしょうがないか!別の話題、別の話題…、あ、そうだよ!朝から聞きたいと思ってた話題が一個あった!冴子さん、今日の演舞会、どうだった?」
私のその言葉に冴子さんは顔を赤らめた。
「な…!あ、貴女がなぜそのことを…?」
「いや、あれだけ友達と話題に上がってたら普通に耳に入ってくるからね」
私は少し意地悪気味にそう言って返す。いくら互いの利害で成り立つ関係とはいえ、そんな大事なことくらい話してくれてもいいじゃんという気持ちをちょこっとだけ込めて。
「その、別に秘密にしていたとか、そんな事はないのよ?ただちょっとだけ気恥ずかしかったというか…」
冴子さんは、少し早口でゴニョゴニョとそう答えた。なんか、こういう冴子さん、レアだな。
「…いえ、本当のことを言いましょう。正直にいうと少しみっともない出来になるだろうから、あまり貴女に知られたくないという気持ちはあったわ」
「みっともないって、冴子さんの腕でそんなわけないでしょ。他の生徒たちもあんなに楽しみにしてたんだしさ」
「…わたくしを褒めてくれる生徒は、あまり薙刀に詳しくないからなのよ」
「ん?どういうこと?」
「演舞というのは、わたくし一人でするものではないわ。お相手と呼吸を合わせてこそ、良い演武になるものなのよ。その点、クラブの子達からすると、わたくしの演武はどうも、美しくなくてやりにくいみたいなの」
「は?それ誰が言ってんの?絶対嫉妬してるだけでしょ。冴子さんの動き、めっちゃかっこよくて綺麗じゃん!そこんとこ絶対に私は譲らないからね!」
そういうと、冴子さんは少し顔を赤めて嬉しそうに
「貴女にそこまで言ってもらえるとなんだか嬉しいわね。…でも、お相手をしてくれる子に言わせると、私の薙刀はちょっと迫力があって怖いそうなの。だから、のびのびと演技ができないと言われてしまうことが多いのよ」
「あーそういう…。でも、薙刀なんだし一定迫力があるのは当然じゃない?」
「…正直なところを言うと、クラブでやっている薙刀は実戦向けではないわ。女のたしなみである以上、むしろ実戦を感じさせ過ぎてはいけないのよ。ある意味、踊りに近いわ。たとえ実戦では通用しない動きであったとしても、それが美しくあれば良しとされる。…そんな中わたくしは、意識していても時折相手を制する為の最短・最適な軌道をとってしまうのよ。それが怖く映ってしまうのね」
「むー。なんだかなあ…。そんなの絶対、冴子さんの動きの方が正しいのに」
薙刀の腕があるのに、それが逆にマイナスに働くなんて変な話だと思う。それが動きとして乱れているというならまだしも、理にかなって美しいなら、むしろ評価されるべきだ。むしろ冴子さんの相方の修行が足りないだけじゃない?
「ふふ。貴女がそんな顔をしないで頂戴。何も撃剣クラブの皆からそう言われているというわけではないのよ。今日のお相手の子も喜んで引き受けてくれたわ」
「…そういう子も一応いるんだ」
「ええ。彼女は撃剣クラブの主将なのだけれど、わたくしの薙刀に怯まないよう一生懸命に取り組んでくれているの。そんな彼女の実力が引き出せないのは、わたくしが修行不足なだけなのよ。仕手が打ち込みやすいよう働きかけるのがよい受け手だもの。彼女の努力に見合えるよう、わたくしももっと励まないと」
冴子さんはそういいながら私にスマホを渡すと、日課の稽古に取り掛かった。
こうなった冴子さんは集中モードに入る。雑談はひとまずおしまいだ。
私もスマホを開き、自分の時間に入るわけなんだけど――
何というか、何とも言えない歯がゆさに、私はスマホを握ったままぼんやりと冴子さんの稽古を眺めていた。
心の中に、ぼんやりと浮かぶ言葉があった。
役に立てていない。
美代子ちゃんの不自由。冴子さんへの不当な評価。
それに対して、私が出来ることはあまりにも少ない。
私ができることは、ただ自分の働きを良くすることと、ダンジョンを作るだけ。それすら、スマホやらバッテリーやらで冴子さんの手を借りてようやく実現している。
冴子さんに稽古場を作ってあげる、なんてさ。そんなのついでで、ほとんど私のためじゃんね
私が私の不自由に耐えられないから。そのわがままに、冴子さんはリスクを背負って協力してくれている。稽古場の提供なんて、そのリスクに対する対価としても足りないくらいだろう。
だからこそ、先程みたいな話を聞いた後だと、このままじゃいけない、という気持ちが、漠然と私の中に降り積もる。
本当に私にできることって、何もないのかな?
ダンジョン。
スマホ知識。
それが私の持てるすべて?
その自問に対して、ふと、遠藤家に入ってから、私ができるけどしていないことが、一個だけあることに気づいた。
配信だ。
「例えば、冴子さんの薙刀を映して、その美しさを訴える動画を…!――って、いやいやいや。配信したから何って話だから。だって、視聴者2028年の人だけだし」
私は思わずセルフ突込みする。
何を考えているんだ私は。色々煮詰まって脳がバグってる。
「そもそも、私、配信はもうやめにしたんじゃ――」
そう言いかけて、再びふとしたひらめきが脳内をよぎった。
私は、何故、配信をやめにしたのか。
それは――大衆が信じたことは、なぜか、この1928年では現実になるからだ。
視聴者が冴子さんと私が出会うことを望んだ。ただそれだけで、冴子さんは私のもとにワープした。
そんな非現実的なことすら実現できるなら―――大衆が「美しい」と感じたものが1928年でも受け入れられるくらい、何でもない気がしてくる。
「……落ち着け私。流石に飛躍し過ぎだ」
私はいったん思考にブレーキをかける。
そんな理論がまかり通るなら、世の中は大衆が信じたとおりに動かないとおかしいってことになる。
しかし、現実、そんなことは絶対にない。大衆がいくら信じても、どうにもならない現実というものがあるから、世界には悲劇が絶えないんだ。
そもそも、大衆が信じたことが現実になるという情報物理学理論は、オカルトの為にでっち上げた滅茶苦茶理論だしね。オカルトじゃないことにまで適用するのはやりすぎってもんだ。
「……でも、試してみる価値くらい、あるんじゃない?」
駄目で元々だし、たとえこれが現実化したところで冴子さんの為になっても、害するようなことはない。
もともと配信をやめていたのは、神隠しみたいな暴走を防ぐためだったわけで、たとえ冴子さんの稽古の様子を配信したところでそれがオカルト的現象になるとは到底思えない。
IPOチャンネルの趣旨的には、全く脈絡のない動画になっちゃうけどさ。別にいいでしょ。みんなに私の好きなものを見てもらいたい。結局私のやってることなんてそれだけなんだし。
「そうだよ。こんな神秘的な冴子さんの姿、私だけ見ているんて勿体ないもん。おすそわけ、おすそわけ」
私はそう思ってスマホを構えると、冴子さんの稽古の様子をコッソリ撮影する。
暗いビルのエントランスの中、冴子さんの真っ白な道着が浮かび上がるよう輝く様子。
薙刀が空を切り裂き、それが一点でビシッと止まる様子。
これが美しくなくてなにが美しいっていうんだよ。
そう思うとまたムカムカしてきたぞ。
私はその勢いのまま動画をアップするとキャプションやXZの呟きで、私の不満を爆発させる。
「お!早速反応アリ!」
あっという間に、同意を叫ぶコメントが殺到し始める。
『神々しすぎなんだけど!』
『手の内の動き、ガチで無駄がない。既に達人のそれ』
『これが美しくないわけがない』
『この光景独り占めとか、死ねよ。マジで俺と代われ』
おい最後のコメント!本気で殺意出すなよ怖いな。
なんというか、冴子さんをたたえる熱量がヤバイ。薄々感じてたけど、既に冴子さんファンクラブ、絶対あるね。
しっかし、自分のアクションに対して即レスポンスが来るこの感覚、久々に脳内に幸せ物質があふれてくるのを感じるなあ。
何の予告もなく、ちょっとアップした途端この反応だもん、やばいよね。昔は綿密に予定を立ててしっかり予告してそれでもこの反応の半分くらいだったのにさ。
正直今まで余裕がなくって実感ゼロだったけど、一応私も人気Youtuberになったわけだ。
そう思うと、もやもやした気持ちがスーッと消え去っていくのを感じる。
問題はまだなにも解決していないんだけ、少なくとも冴子さんの演武が美しくないなんて馬鹿なことは絶対にないことは明らかになったわけだし。
それに、これだけ反応があったなら、それに対して何か現象が発生するか、見ていくことはできるわけだしね。
「もしこれで本当にこの時代に影響が出たらかなーりすごくない?使い道無限大じゃない?」
そう考えるだけで無限の万能感が沸きだしてくる。
やっぱり、私、Youtuberなんだよなあ。
そこに。
すべての水を差すような、けたたましい音が鳴り響いた。
「わ!」
「な、何の音?!聞いたことのない電子音だけれど」
冴子さんも、思わず稽古の手を止めてしまうくらい、場違いな音。
この感じ、この世界に来てすぐの時を思い出すなあ。
「稽古の邪魔してごめん。気にしないで。これ、電話の一種だから」
そう。
久しぶりで思わず驚いちゃったけど、別にこれは何ということもない。ただのNINE電話だ。
うっかり、マナー切ってたのか私。ダンジョン内でよかったよ…。
「で、電話?その板、電話にもなるの?」
冴子さんは驚きが冷めやらぬという感じで、少し警戒した顔でそう聞いてきた。
「そ。むしろ、本来はそれがメイン機能なんだよね。ゴメン、ちょっと出るね」
そう言いながら相手を確認。すると、やはりいつかの再来のように店長からの電話だった。
「もう私はバイト辞めたっていうのに――もしもし?店長?なんなんですか、こんな遅くに急に」
私は不満を隠さない声でそう答える。
「やっと通じたか!投稿があったから今なら確実だと思ったんだ…。何度もNINEで連絡したのに、一向に既読にならないからどうしようかと思ったんだぞ!」
「あー。最近NINEはほぼ放置してますから。別に用なんて――」
そう言いかけて――私の脳は、凍り付いた。
「……店長?なんて言いました?……投稿があったから…?」
「…そうだ。君の――IPOの投稿を見て、僕は電話をしている」
その言葉に心臓が久々に嫌な音を立て始める。
「え、えっと、私、店長に私のチャンネルのこと言いましたっけ……?」
そう聞きながら、脳内は勝手に結論をだす。答えはNO。私は自分の活動のことをリアルの人間関係の中で話したことは一度もない。プライベートとチャンネルをちゃんと線引きしておかないと、どこで身バレするかわからないからだ。
それくらい、私は身バレに注意してYoutuberをやっていた。
しかし、店長はそのまま答えた。
「あんな電話があったんだ。聞かなくてもわかる」
「で、電話って。バイト辞めた時は特に何も言ってこなかったじゃないですか?」
私のチャンネルは、オカルトチャンネル。店長はそういうものに一切興味がないらしく、私の動画なんて絶対に見るとは思えない。
だから店長は私の状況なんてわからないし、今後もわかることはない。
そう思っていた。
「……君、ちゃんと今の状況、わかってるのか?君のチャンネル、とんでもなく有名になっているんだぞ?」
その言葉に私は思わず喉を鳴らす。
わかっていない。
私は自分がどれだけ有名になっているか、実感なんてしていない。
そんな私に対し、店長は心配そうな声で続けた。
「……このままじゃ、僕だけでなく、世間のみんなにもばれてしまうぞ。君が、朝霧陽菜がヨルだって」
混乱してただただ真っ白な頭の中、その言葉だけが、どこまでも生々しく響いた。
お読みいただきありがとうございました。
ついに来てしまった「身バレ」の危機です。
この話を書き始めた時から、いつかやることになっていたこの話。
これまであまり計画性なく動画を配信してきた陽菜ですがそのしっぺ返しは徐々に彼女を追いこんでいます。そして、彼女にとって身バレは本当に致命的な意味をもたらすんですよね。
ということで、次回、そこら辺の話が続きます。陽菜パート、もうちょい続きます。
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