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26.5話【玖】戦友との協定~私とわたくしの課題~

毎週火金の19時に定時更新中!

今回は冴子パート。陽菜がジャガイモ洗いをされているころ、冴子も又洗礼を受けていました。

 なんて長い一日なのだろう。


 昭和三年四月八日深夜。

 月を見上げながら、冴子はそんな他愛のないことを思う。


 なにせ、この一日の間に、あまりに色々なことが変わりすぎた。その、最大の変化こそ、いま冴子の隣で一緒に月を見上げている少女―――陽菜の存在である。


「…こうやってただ一緒に月をぼーっと見上げているのも、意外と悪くないね」


 疲れ切った顔の陽菜は、それでもどこか嬉しそうにそう言った。

 彼女にとっても、今日はあまりに激動の一日だっただろうに、それを思わせない軽い口調が彼女の強さを表している。


――本当はわたくしに言いたいことがたくさんあるでしょうに


 そう思うと冴子はいたたまれない気持ちで口を開いた。


「……先ほどは、その、……貴女にあんな態度で接してしまってごめんなさい……。貴女がここに来ることを頼んだのは、わたくしだというのに……」


 居間にあいさつに来たときの、陽菜の表情が冴子の頭から消えてくれない。

 心もとなく揺れた瞳に写っている自分の姿を見たくなくてすぐに目をそらしたはずなのに、その一瞬でも十分だった。

 彼女は、間違いなく傷ついたのだ。他でもない自分の行いによって。


「……しょうがないってわかってるから。…お互い、覚悟が足りなかったね」

「……ええ、そうね」


 覚悟が足りなかった――その通りだ。

 十分に警戒していたつもりでいたのだが、それでも冴子は静江を侮っていた。







 陽菜がお松によって連れていかれた後、静江は一人残された冴子に対して問いただした。


「貴女が隠していること、全て話しなさい」


 思わず視線が揺れてしまった。静江はそれを認識しながら、ただ、黙って冴子の言葉を待っている。


「……隠していること、とは?わたくしが怪異に遭ったことも、あの方に助けられたことも、先ほどお話しした通りなのですが――」


 一応、悪あがきのようにそう言葉を重ねるものの、静江は眉一つ動かさないで続ける。


「貴女はあの者と共謀していましたね。今日の発言、普段の貴女では考えられないほどに軽率でした。

―――貴女は、遠藤家を害してまで、あの者を家に連れ込みたいと考えていたのですね」


 その言葉に冴子の心臓は止まった気がした。

 それくらい正確に、静江の言葉は冴子の心の柔らかい場所を抉り取った。


「わ、私は遠藤家を害するなど――」

「否定は許しません。それがゆるぎない事実ですから」


 静江の瞳に、息が止まる。


 その通りだったからだ。


 将門塚の祟りのうわさを認めたこと。

 志乃の行いを喧伝したこと。

 それが、遠藤家にとって、致命的な傷になることを、冴子は確かに承知していた。

 そうまでしてでも、冴子は、陽菜とともにいたかった。


「……彼女は、いったい何なのですか」


 ため息をつきながら、静江はそう問うてくる。

 珍しく、その声には感情が乗っていた。


 静江は、戸惑っているようだった。


「貴女らしくありません。貴女は、自分の役割を、その重さを理解しているはずです。忠の心得を、お父様から学び、理解しているはずです。

 その貴女をこれほど逸脱させるなんて――自分でも異様だとは思わないのですか」


 その言葉に答える言葉を、冴子は持たなかった。

 自分でも、説明しきれない、この強い衝動。

 初めて自分の感情を知ったような、制御できない渇望。


 途方もなく広がる、彼女と歩む新しい一日への期待感。


 これは確かに、異様なのだろう。


 言葉をなくした冴子と、黙って待ち続ける静江。

 しばし沈黙が続いた。

 しかし、それが数分を過ぎると、これ以上は無駄と悟ったのだろう、静江はため息をひとつつくと宣告する。


「……しばらく、あの娘だけでなく、貴女に対しても注意させてもらいます。あまりことを表ざたにしたくありませんので、基本的には普段通り暮らしてもらいますが、今までのような勝手は決して許しません」

「……畏まりました」

「それと、こちらも理解していると思いますが―――お父様のもとでの稽古を今後一切禁じます」

「……!」


 それは、冴子にとって、ある種の死刑宣告に近かった。

 冴子が冴子でいられる時間。それが明確に、今絶たれた。


「……平静を取り戻しなさい。あの娘に対して――適切な距離を保ちなさい」


 その声に、どこか心配している音が紛れていることが、冴子にはたまらなく辛かった。







「そっかあ、バレてたか。やっぱ、静江さんやばいね」


 冴子の話を聞いて、陽菜は呑気そうにそう言う。


「やばいってどういう意味?」

「え?なんか、凄いというか怖いというか、そういう感じ?」

「凄いと怖いはまるで違うものだと思うのだけれど。相変わらず未来の言葉はよくわからないわね」


 そんな感想を話しているのだから、自分も大概呑気だ

 陽菜と話していると、いつの間にか普段入っている肩の力が抜けていることを、紗栄子は密かに自覚していた。

 それがなんだか心地がいい。

 どうしようもなく苦しい現実を前にしても、息ができる。そう思えてくる。


「じゃ、作戦会議だね。このクソッタレな状況、早々になんとかしないとね」


 その理由の一つはこれだ。

 彼女は絶対に諦めない。


「まずは、それぞれの課題を整理しようか。私の場合だと、まずは信用の確保かなぁ。今のままじゃ、みんな敵みたいなもんだし。せめて常時誰かに睨まれてるのはどうにかしたい」

「そうね。貴女はただでさえ普通の人と違うから、どうしたってそういう目は続くでしょうね」

「そんなに違う?向こうじゃそんなこと言われたことないんだけどなぁ」

「身長も髪も肌も、歩き方から話口調まで、目立たないところはあまりないかもしれないわ」

「はー…、どうしようもないやつじゃん、それ…。せめて頑張って歩き方とか練習するしかないのかなぁ」


 そう言われて、冴子は陽菜が普通にしているところを想像してみる。…正直、まるで思い浮かばない。


「貴女の場合、そういう無理をするより、貴女の魅力というか、強みを知ってもらうほうがいい気もするわね。…そもそも雇入れの理由からまるで普通ではないのだもの。無理をして溶け込むにも限界はあるわ」

「私の強み?――未来知識か」


 それだけではないけれど、と思いつつ、冴子は一旦頷く。陽菜が何か思いついた顔をしているからだ。


「――うん、ありだね。今までは私一人で生きていく手段としてだったから使える手が限られてたけど、生活改善程度でいいのならできることは山ほどある。それで信用貯金を稼いでいくのはありよりのありだね」


 相変わらず言っていることは所々わからないものの、そう言って目の力を取り戻していく彼女は戦友としてひたすら頼もしかった。

 だからこそ、自分も負けてはいられないら、


「他に貴女が困っていることはある?…お母様の目はあるけれどわたくしも力になりたいわ」

「いや、すでにめっちゃ助けられてるからね。ここにいることが既にそうだし、それにスマホ預かってもらってるじゃん」


 スマホというのは、彼女が遠藤家に来る前に「隠し場所になって!」と言って渡してきた、奇妙なツルツルの板のことだろうか。


「それはそうだけれど…。…これのことよね?」


 一応肌身離さず持っていたそれを陽菜に渡してみる。


「うわ!やった!!冴子さんマジありがと!」


 陽菜は目を輝かせてその板を受け取って何やら指を動かしていく。


「…そんな物隠し持つことが、そんなに貴女の役に立つの?」

「めちゃくちゃね。むしろあれ取り上げられたら死活問題だから。言っちゃえば、あれ、私の力の元みたいなものだし」


 板をいじりながらあっさりとそんなことを言う陽菜に、冴子は目をむいてしまった。


「そ、そんなもの、わたくしに預けてしまってて大丈夫なの?」

「ま、不安がないわけじゃないけど、私が持ってるより1億倍安全だし」

「……それはどうかしら。わたくしもお母様に目をつけられているし」


 あまり過信されても困る。

 何せ、冴子は既に、大切な小太刀を取り上げられているのだ。

 いつ、身体検査が行われるか、正直わかった物ではない。


「うーん、そっか。なら、ちゃんと確実な隠し場所探さないとなあ」

「心当たりはあるの?」

「考えてることはある、くらいかなあ。まずはいろいろ実験してみないとだね」


 陽菜は真剣な目で板を眺めはじめる。どうやら、彼女の言うところの「考えていること」とやらに関係があるようだ。


「…でも、それなら、やはりあまり役に立てはしないわね」


 冴子は少しため息をついた。

 戦友と言っても、次から次に打つ手が見つかる陽菜を見ていると、とても対等な関係とはいえない気がしてくる。

 陽菜はそれを察したのか、少し困ったような顔をした。


「むしろこっちが助けられてばっかりで困るんだけどなぁ。――ならさ、一個だけお願いしたいことがあるんだけど…、いい?」

「何かしら」

「ちょっとちょくちょく冒険に付き合って欲しいかな」

「冒険?」


 なんだろう、また何かやらかすつもりなのだろうか。


「あー、そこまで大したことじゃないよ。実はこのスマホ、動かし続けるためには必要なものがあるんだけど、それが簡単に手に入らないんだよね。具体的に言うと、私が冴子さんに服もらった時に隠れてたあの場所、ああ言う場所で入手する必要がある」

「あの、ガラス張りの不思議な建物のことね」

「そ。そこそこ。でも私、絶対自由に外歩きなんてできないじゃん?だから、夜こっそりいく必要があるんだよね」


 なんと。それは確かに冒険だ。


「それは…かなり難しいわね。お母様は今かつてないほど警戒しているわ。特に夜歩きに関しては、出入り口になる場所にはほぼ押さえられているはずよ」

「大丈夫。普通じゃない場所から出ていくから」


 そう言ってひなは不敵に笑った。


「でも、なんとかなるのは出入り口だけでさ。この暗い中歩くのは正直私一人じゃ難しいと思うんだ。見つかったらやばすぎるし、…あと普通に怖いし。…だから、冴子さん、まあ一緒に夜のお散歩、付き合ってくれないかな」


 そう言って茶目っけたっぷりに笑いかける陽菜に冴子は思わず微笑んでしまった。


「もちろんよ。貴女のことはちゃんと私が守ってみせるわ」

「それ、私の仕事だから」


 そう言って二人笑い合う。

 そうだ。特別な陽菜にもできないことはある。それを冴子が助けられるのが、なんだか嬉しかった。


「さ!私の話はおしまい。次は冴子さんの番だよ!」


 陽菜はそう言って冴子にぐいっと顔を寄せてきた。


「私にもちゃんとお願いしてよね。冴子さんが私の居場所を作って、その代わり私が冴子さんの力になる。それが私たちの約束だったはずだよ」


 陽菜は真剣な顔でそう言い募る。

 それがさっきの自分を見るようで、なんとなくおかしかった。


――貴女には既に十分力になってもらえてるのだけれどね


 慣れ親しんだ遠藤家の重い空気の中で、こうして軽やかに息が吸えるだけで、どれだけ救われているか知れたものではない。

 …しかし、それでは相手の気が済まないのは、先ほど自分が体験した通りなのだ。

 だから、冴子も言ってみることにする。

 我儘を。


「その、貴女に比べれば、なんでもないことかも知れないのだけれど…、今わたくしは武術の稽古全般を禁じられてしまっているの。今まで通っていた道場も、おそらく家の中での薙刀の稽古もね」


 夜にひそかに行っていた、小太刀の稽古なども当然論外だろう。


「……それは、今回の私関連の事件のせいで…?」


 陽菜が、恐る恐るという感じでそう聞いてきた。陽菜としては、どうしたって負い目を感じてしまうんだろう。だからこそ、冴子ははっきり答えた


「…いいえ。それがなかったとしても、きっと遅かれ早かれ禁じられたと思うわ。…嫁入りには不要なことだもの」


 兄の勝一郎にさんざん言われた。

 最終学年になり、縁談の話が具体的になるころには、きっと静江はもはやこれ以上の稽古は不要と判断して、同じように道場をやめさせられただろう。


「でも……わたくしはそれを続けたい。わたくしにとって、刀を振るう時間は…大切な時間なの」


 少し緊張しながら冴子はそう口にした。

 師匠の忠之以外に見せたことのない、冴子の強い執着だ。

 それを受け入れてもらえるか、つい力がこもる。――気持ちを打ち明けるというのは、怖いものだ。


「…うん。それは間違いなく大事な時間だよ。私も同じようなものがあるからよくわかる」


 だからこそ。

 それを受け入れてもらうのがこんなにうれしい。


「任せて!道場の方はどうにもなんないけど、少なくとも稽古する時間と場所位、私でもどうにかなるよ」

「…夜、外で稽古をするということ?でも流石に、今は家を長いことあけるのは危険だわ。誰かに見られでもしたら今度こそおしまいだし…」

「ふっふっふ。大丈夫。外で稽古するんじゃなくて、家の中で堂々と稽古するだけだから」

「そんなこと可能なの?」

「これも、実験次第だけど、多分ね。――よし!私の生活改善のためにも、冴子さんの為にも、絶対に成功させるよ!」


 おー!と陽菜は気炎を上げる。

 よくわからないが、こういう時はいったん任せてしまおう。何かあっても、今はすぐ近くにいてくれるのだ。まずそうなら今度はすぐに止められるだろう。

 冴子はそう判断した。


――ふふ。陽菜さんは何をしでかしてくれるのかしら


 一人月を見ていた時からは信じられないくらい、気持ちが上向いていることを感じる。

 そう。

 楽しみなのだ。

 

――何も全てが封じ込められたわけではないのよね


 なにせ、これからは、こういう戦いを一緒にしていくことができるのだから。


「あ、陽菜さん。あまり大きな声を出さない方がいいわよ。流石に誰かに気が付かれるわ」

「おっとっと。そりゃまずいや」


 陽菜はそう言って口を両手でふさぐ。そのしぐさがおかしくて、冴子は笑ってしまった。


「そうよ。そうなったら、きっとお母様、貴女が出歩かないよう土蔵に放り込むなんて言い出しかねないわよ。注意しないと」


 冗談のつもりでそう言うと


「―――ほほう?え、それ、最高じゃん?」


 陽菜は何かを企んでいるかのように、そう目を輝かせた。




 その不敵な微笑みを見て、冴子は、少しも予想の出来ない心躍る日々の訪れをひそかに確信した。

お読みいただきありがとうございました。

ということで、長い長い4月8日がようやく終わりました…!

この日は本当に激動でしたね。掛け金を手に入れるための商売に始まり、競馬場での大勝負、狐女包囲網と冴子の神隠し事件といくら何でも詰め込みすぎだろってくらいいろいろなことが起こりました。

そこで手に入れたものと失ったもの、それぞれしっかり抱え込んで物語は進んでいきます。


次話はいよいよ、陽菜の「女中としての登校デビュー」です。 厳しいお松さんのスパルタ指導、そして学校で待つ冴子さんの「王子様」っぷり……。 陽菜の女中ライフが本格始動しますので、ぜひお楽しみに!

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