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26話 遠藤家の洗礼~ジャガイモと水汲みと大女~ 

毎週火金の19時に定時更新中!

女中生活のスタートです。

この時代の、生々しい現実が陽菜に襲い掛かります。

 私が女中になって真っ先に体験したこと。

 それは丸洗いだった。


「いだだだだだだ!!そして冷た!」


 私は悲鳴をあげる。でもそれも仕方ないと理解してほしい。

 なんせ、いきなりお風呂場っぽいとこに連れて行かれたら、裸にひん剥かれた上に、タワシっぽいものでゴシゴシされてるんだもん。

 タワシだよ?!そりゃ悲鳴も上がるって!


「その喧しい口を閉じなさい!この程度のことでなんです!先ほどまで、あれほど厚顔な振る舞いをしていたのです。この程度なんでもないでしょう!」

「何でもないわけないでしょ!せめて手拭いとか!そんな感じので!」

「そんなものじゃ、おちやしません!いいから黙らっしゃい!」


 ひええええ!鬼だ!鬼婆がいる!

 いくら泣こうが叫ぼうが、一向に構わずゴシゴシゴシゴシ。

 なんてパワハラ!訴えてやるー!そんなことを心の中で叫びながら、皮剥きのジャガイモになった気分で洗われ続ける。


 それが終わるとお次は髪だ。


「まったく!貴女の髪は短すぎます。これではモガではないですか!どうやって髷を作ったらいいかしら。せめてしっかりと固定しなければ」


 お松さんはそういうと、何だかねっとりとした甘ったるい匂いの何かを取り出してくる。

 見た目は蝋って感じ。どう見ても髪に関わっていいものには見えない。


「あ、あの?それは何するためのもので…?」

「何を言ってるのです?びんつけ油くらい知らないはずないでしょう。ほら、ここになおりなさい」


 そういって油を手に掬う姿は、何というか彫刻家って感じ。私の髪で工作する気か!そんなもん塗りたくられたら髪が死ぬ!死ぬ!


「待って、待ってください!ほら?無理に髷を作らなくても、仕事に邪魔ならお団子作るくらいできますから!ね!ね!」

「抵抗はおよしなさい!当家の女中が乱れた後ろ髪をしているなど認められますか!」

「いえ、切実なので!この髪質を維持しないと――そう!霊力が維持できないんです!冴子さんを護れません!」


 咄嗟の思いつきだったが、これは意外と効いた。


「く…!何と腹立たしい!」


 お松さんはそういうと渋々という感じで油を片付けてくれた。


「ならばせめてしっかりと結えさせてもらいますよ」


 お松さんはエモノを手にした殺し屋のように、紐と櫛を手に渡しに迫ってくる。

 …だめだ、次の言い訳、思いつかん!


 そのあと、髪が頭皮ごと剥がれるんじゃない?ってくらいに髪を引っ張られて硬くお団子を作られ、私が軽く泣きそうになったのは、言うまでもない。





 髪の毛の後は、私は遠藤家のお仕着せだとか言う着物を渡され、着替えさせられた。ここでも散々ダメ出しが入る。


「着物一つ着れないなんて!貴女、今までどうやって生きてきたのですか!」


 いや、着物以外を着て生きてきたんですよ。まあ、こっちにきてからは独学で着てたんだけど、やっぱり全然だめだったんだね。

 それでも一応それっぽい格好になったところで、私は再び静江さんの元に連れ戻された。

 静江さんは私を念入りに点検し、お松さんに確認をする。髪の毛についてはやっぱり静江さんも気になったようで、物言いが入ったけど、そこはさっきの言い訳で何とか切り抜けた。


「まあ、良いでしょう。では、これより貴女は当家で暮らしてもらいます。荷物は貴女が持っていた風呂敷だけですか?」

「はい、そうです。あとは、お金くらいですね」


 着替えとはもちろん女物の着物だ。男用作業着とか、未来アイテムは全て土蔵においてきた。

 ちなみにスマホは土蔵から持ってきているけど、現状手元にはない状態だ。死ぬほど心許ないけど、下手に持ち歩いて見咎められたら最悪没収だもんね。


「わかりました。それではそれらは当家でまとめて管理します。金銭についても一旦預からせてもらいましょう」


 静江さんはそう言い、お松さんが私の前に立ちはだかる。


「その、荷物とかはともかく、お金もですか?」

「どのような経緯で手にしたものかも、我々にはわかりません。当家の使用人が、そのようなものを好き勝手使われても困ります。もちろん、預かったお金は金庫に保管して厳重に管理します。必要になれば言いなさい。その都度、必要な分だけ渡しましょう」


 ほえええ。

 冴子さんから、あらかじめ聞いてたけどマジかぁ。

 まあ、私の場合いきなり百円とか突きつけてるし、向こうにしちゃ大金持ってる私を放置したくないのもわかるけどね。

 ということで、渋々がま口を渡す。中には五十円くらい入っている状態だ。


 はい。残りのお金(百五十円くらい)は土蔵においておきました。

 この事態は予測できていたからね。流石にあんな必死こいて稼いだお金、全部取られるのはたまんないもん。何かあったときの保険も兼ねてね。

 へへーん。





 次に私がお松さんに連れていかれるのは、台所みたいなところだ。


 そこでは私と同じくらいの歳の女の子が二人と、少し歳のいった恰幅のいい女性が一人、忙しそうに動き回っていた。同い年くらいの子たちは、私と同じくちょっと小綺麗な着物とエプロンっぽいものをみにつけ、恰幅のいい女性はなんか裏方っぽい着物にたすき掛けと前掛け。


「手を止めずにそのまま聞きなさい。異例ではありますが、今日から一人新しく見習いの女中を雇うことになりました」


 お松さんはそう言って私を紹介した。慌てて私は、頭を下げる。


「朝比奈陽菜です!今日から見習いとして働きます!色々やってきたので、力仕事でも雑務でもどんどん任せてください!よろしくお願いします!」


 その言葉に、同僚たちは、どこか怪訝な目線を向けてくる。


「…見ての通り、基本的に何も身についていない素人です。冴子お嬢様の一件で功績をあげたことから、特別にお嬢様のお付きとして働いてもらいますが、客分ではありません。奥様からも厳重に管理するよう仰せつかっておりますので、私直々に徹底的に仕込んでいきます。皆もそのつもりで扱うように」

「「かしこまりました」」


 皆はそろった声でそう言うと、何事もなかったかのように手元の作業に戻っていく。

 お、これで終わりか。思ったよりあっさりしてるな、と思っていたら


「何をぼさっとしているのです!さっさと仕事に取り掛かりなさい!」


 いきなり叱咤の声が飛んできた。


「へ?あ、はい!えっと何をすれば…」

「でっかくてどんくさいのが来たね。ほれ、そこの桶で水汲んでそこにある水瓶に溜めていきな」


 恰幅のいい女の人がそう言って来る。


「水、ですか?えっとどこに?」

「その土間の隅だよ。この家じゃ水道通ってんだ。井戸まで行かなくていいからサッサとする」


 あ、逆に井戸なんて選択肢が頭になかったよ。

 というか水道通ってるなら台所近くに引いときゃいいのに。

 ということで、女の人の言う方に行くと、なんかタイルになっている壁からにょきっと水道栓っぽいものが生えている。ゴムが差し込んでいるし、多分これだよね?


 とりあえず言われた通り、樽いっぱいに水を入れて瓶に移していく。これでもバイトでは力仕事もそれなりにしてきたんだ。これくらい楽勝楽勝。


 しかし、水瓶は結構大きいようで、樽の水を移してもまるで水位が上がっていかない。

 おまけに、水瓶は二個ある。これ両方水汲んでくんだよね?……ん?これ何往復すればたまるんだ?


「…あの、ちなみに、水瓶にはどれくらい水溜めるんですか?」

「どれくらいって満タンに決まってんだろ。さっさとおし。他の場所の水瓶もあるんだからとろとろするじゃないよ」

「……他の場所?この水瓶だけじゃなくて?」

「あったりまえだろうが。洗面所や風呂場、茶の間や奥座敷にもあるんだから、その調子でやってったら日が沈んじまうよ!このままじゃ米すらとげないじゃないか!キリキリ動きな!」


 ……前言撤回。楽勝とか舐めてましたわ。

 これ、結構つらーいお仕事になりそうね。



 その後ひたすら水汲みをして回った後は、雨戸の開け閉めをやらされた。

 これ判るかな。要は窓閉める代わりに戸を閉めていくみたいな感じなんだけど、その戸っていうのが日中は何枚も重なった状態になって一か所に収まっているのね。で、これをスルスルするとスライドさせて閉めていく感じ。

 これ、聞いただけだと、何が大変なの、って思うじゃん?私は思った。

 でもこの戸ってやつがまた重いんだわ…。

 しかもめっちゃ滑りが悪くて動かしにくい。それで、ちょっと力を入れるとすぐひっかかてはガタガタいうの。その途端周りから一斉に叱咤だよ。こちとら初心者なんだから勘弁してよ…。


 ていうかさ。

 ほんと周りの目が冷たい。特に同い年の同僚二人。一人はあからさまににらみつけてくるし、一人はなんか怖がってる感じ。


 ま、覚悟はしてた。どう考えても私は異分子だろうし。初日ならこんなもんでしょ。


 そんな感じでくたくたになったところで夕食の時間になった。

 配膳とかで、みんな大わらわ。戦場って感じだよね。

 これ、なんでかっていうと、ご飯食べるのが家族のメンバーだけじゃないから。なんか、表の商店で働いている社員分もみんなご飯出していかなきゃいけないみたいなんだよね。

 この店は、それなりに由緒正して立派なお店だそうで、店員の数も多い。大体20人くらいって言ってたかな。

 そんなメンバーに一斉にご飯出すわけだから、まー大騒ぎだよ。


 まあ、ここは意外と何とかなった。年齢ごまかしてコッソリ居酒屋のバイトとかしてたころに、宴会のヘルプとかもやってたからね。こういう時のノリは割とわかる。まあ、この家の場合、そこにお上品さを入れなきゃいけないっぽいからそこだけ難しかったけど。


「ヒナ。ちょっと来なさい」


 ひと段落した後、台所でご飯をかきこんでいるときに、お松さんが私を呼びに来た。


「冴子お嬢様と、他のお子様方に挨拶してもらうわよ」


 ほい来ました!やっと冴子さんと会えるよ!

 なんかめちゃくちゃこき使われてたけど、これでも一応、冴子さん付きの女中だからね、私。お嬢様の近くでお世話するのが、私のお仕事です!

 私が喜んでいそいそと食器を片付けていくと、隣に座っていた同僚があからさまに舌打ちをしてくる。


「――大女のくせに」


 お、また言われた。

 私、そんなに背高くないと思うんだけどなあ。まあ、確かにこの家の人たちに比べると大きい方だけど。…冴子さんと一緒だと気にならなかったんだけど、この時代の人、意外と、背、低い?


 そんな余計なことを考えながら連れてこられたのは、遠藤家の居間だった。

 どうやら、こちらの食事が終わって、一息ついているタイミングだそうだ。ちなみに、この部屋にだけは私は配膳に行かせてもらえなかった。作法がなっていない私をいかせるわけにはいかないそうだ。


「余計なことを言うのではありませんよ。ただ、礼をして名乗って、これからお世話になりますと言いなさい。それだけです。良いですね」


 お松さんは、そう釘をさしてくる。

 …はあい、わかってますよ。

 今のふすまを開けると、そこには、冴子さん、静江さん、あとこの家に来た時に初めに出会った男の子と女の子がいた。冴子さんのお父さんは、まだ帰っていないみたいだね。


「ご歓談中失礼いたします。本日より冴子お嬢様にお仕えすることとなりましたおヒナでございます。右も左も分からぬ不調法者ではございますが、精一杯務めさせますゆえ、何なりとお言いつけくださいませ。ほら、おヒナ、ご挨拶をなさい。」


 おヒナだって。それじゃおひな様みたいだね、なんてことを思いつつ、私は頭を下げたまま挨拶する。


「これからお世話になります、おヒナでございます。冴子、お嬢様、そして皆さま、どうぞよろしくお願いします」


 すると、すぐ手前に座っていた女の子がぱあっと顔を輝かせる。


「貴女、たしか、お姉様を救ってくださった方よね!これからもお姉様を守ってくださるんでしょ?素敵!まるで物語みたい!」


 うわ、何この子。めっちゃ可愛い。すごい抱きしめて甘やかしたい。


「ちぇ。やっぱり姉さんばっかりズルいよな」


 そう言ってふてくされる男の子は、いかにも反抗期って感じに見える。それでもめっちゃ綺麗に正座してるから、ほほえましくしか見えないけどね。いいとこのお坊ちゃんだ。




「――二人とも、いい加減にしなさい。使用人の前でみっともないわ」



 

 冷たい声色でそう言ったのは――冴子さんだった。




「おヒナ。今日からよろしくお願いしますね。後程明日の予定を伝えますので、今は下がって結構です」


 冴子さんは、にこりともせずにそう私に言いつけた。

 その眼は、私を完全にただの女中として扱っている。


――わかっていた。冴子さんは私と親しくない振りをしなければいけないんだもんね。


 あらかじめ、こういうことになるだろうという話にはなっていた。



 なのに、自分でも意外なくらいにショックだった。


 なんでなのかな。

 さっきまでどんな扱いを受けたって何ともないつもりでいたのに、急に心がしぼんでしまった。



 いきなりみぐるみを引っぺがされ、お金をとられ、馬鹿みたいな仕事を任されてさ。


 それで、冴子さんに――あんな目で見られて。

 私、これからずっとこうやって暮らしていくの?


 静かに閉められるふすまのしたっという音が、やけに大きく聞こえた気がした。







 その後、私は冴子さんとその妹さんのお部屋に行って明日の学校の予定などを聞いたり、着替えを手伝うなどの仕事を任された。

 あとは、静かに冴子さんの部屋の前で、冴子さんが寝付くまで鎮座して待つ。

 護衛の仕事の一環だそうだ。


――その間、冴子さんが親し気に話しかけてくれることも、笑いかけることはなかった。


 それでも一日は終わらない。


「貴女には、最低限の作法を伝えましょう。明日は旦那様へのご挨拶が待っています。せめてお辞儀くらい見れるようにならないと話になりません」


 そう言って、お松さん直々の特訓だ。

 何度も何度も、何度も。ただひたすらぺこぺこする練習。

 おヒナです。

 お世話になります。

 よろしくお願いします。


 そうやってくたくたになった後連れられて行ったのは、狭い四畳半くらいの部屋。

 そこでは、相変わらず目を吊り上げた同僚と、ビクビクしている同僚が寝支度をした状態で私を見上げてくる。


「この狭い部屋で、あんたみたいな図体の女が寝るっていうの?本当に嫌になっちゃう」

「お、おスズちゃん、そ、そんな風に言ったらまずいよ」

「何よタミ!まさかアンタ、この女が霊能力者だとかなんだとか、本当に信じてるの?あんなの、出鱈目に決まってるじゃあない!そんな嘘までついて図々しく乗り込んできて!」


 あー。はいはい。

 そういうのもういいから。とりあえず疲れたし明日にしようよ。


「……どうでもいいけど、あなた達その髪のままで寝る気?」

「はあ?何言ってるの?当たり前じゃない!」


 …当たり前なんだ。え。じゃあ、私も髪結ったままで寝ることになるの?


 ……勘弁してよ。




 その後、やかましい同僚が静かになるくらい時間がたった後も、この不自由な髪型のせいで全く寝つけやしなかった。きつく引っ張られた髪に、頭が痛む。


 嫌になるくらいくったくたなのにね…。


 こういう時、何時も助けてくれたスマホも今は手元にない。

 真っ暗だ。


 ………このまま寝られないなら、いっそもう少し起きてるか。


 私はコッソリと女中部屋を抜け出すことにした。

 部屋の外は雨戸が閉じていてマジで真っ暗。たしか、水汲みで家の中案内された時、トイレは外にあるって話も聞いたよな。ならそっちからなら月位見れるかも。

 せめて、なんか明るいもの見て心を晴らしたい。

 じゃないと、つい思っちゃうもん。


 

 こんなことなら、冴子さんの家に来るんじゃなかったな、なんてさ。



 そう思って、手探りでそろりそろりと外に出て―――そこに先約がいたことに気が付いた。



 少し涙ぐんで、同じように寂しそうに月を見ているその姿を見て―――同じ気持ちだったんだと理解する。



「冴子さん」

「……陽菜、さん」



 その眼が、確かに私のことをまっすぐ見つめてくれるのを、確かめて。


 私は、改めて、この戦友とこの不自由な家で戦っていくことを決意した。

お読みいただきありがとうございました。

女中になって早々、現代人からすると想像を絶する洗礼にさらされた陽菜でした。

たわしでの丸洗い、エンドレス水汲み、冴子の徹底した『お嬢様モード』…。個人的には最後のが一番書いててつらかったですね。それだけに、月夜に二人を合わせることができて、ちょっとホッとしました。


さて、次回は第26.5話は冴子パート。陽菜からは見えなかった、冴子側の内面に迫ります。

少しずつ、でも確実に動き出す二人の関係を、引き続き見守っていただければ幸いです。


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