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24話 身元不明の不審者が雇用を勝ち取るための三つの切り札

毎週火金の19時更新中!

ついに遠藤家への『就職活動』開始です。

相手は神田の老舗、信用こそが命の遠藤商店。身元不明の少女が門前払いされるのは火を見るより明らかです。

しかし、陽菜と冴子の『戦友』コンビが用意したのは、老舗のプライドを根底から揺さぶる、えげつないほど刺さる切り札でした。

 遠藤商店は、人通りの多い大通りに面している。

 

 そんなところの目の前に車を止めたのでは、注目してくださいと言っているようなものだ。亮介は商店の少し手前で車を停めた。


「僕ぁ店のみんなには嫌われてるからね。僕と一緒だと、まとまる話もまとまらないだろう。まあ相当大変だろうけど、頑張ってきたまえ。僕はここで遠くから応援しているよ」


 そうやって自分は関係ないという顔で手をヒラヒラさせているのがなんかムカつく。

 いや、確かに関係ないんだろうけどね。


「叔父様、本当にありがとうございました。叔父様がいらっしゃらなかったらどうなっていたことか…」


 冴子さんはそんな亮介に深々と頭を下げる。冴子さんばかりに頭を下げさせているわけにもいかんな。私も合わせてお礼を言う。


「今回も助けてもらったこと、その、感謝しています。ありがとうございます」


 それを見て亮介はニマニマと笑った。


「ありがたいと思ってくれるのなら、今度こそ君の冒険に付き合わせてくれるんだろうね?」

「冒険って…。これから私は冴子さんの女中になろうってとこなんですよ。そんなのするわけないじゃないですか」


 その言葉に亮介はわざとらしく肩をすくめた。


「相変わらず君は自分への理解が足りない。大丈夫!どうせすぐに騒ぎを起こすさ!僕が保証する」


 いや、勝手に保証するなよ。

 私は別に社会不適合者でもなんでもないぞ。


 冴子さんは、少しむくれる私を宥めるように肩をたたく。


「叔父様もあまり揶揄わないでください。私も陽菜さんもこれからが正念場なのですから」

「わかったわかった。まあ、それでは行ってきたまえ。僕はそろそろお暇するよ」

「本当にお世話になりました。こちらが落ち着いたら、改めてお礼に伺いますわ」

「ははは!その日を楽しみに待ってるさ。どうせ僕はいつだって退屈しているだろうからね」


 そう高笑いすると、亮介の車は派手なエンジン音を立てて走り去っていった。


「……これからね。陽菜さん。心の準備はいい?」

「うん。大丈夫。何時でもオッケーだよ

「……わたくしの母は手ごわいわよ。少しでも気を抜いたらその時点で破綻すると思っておいて」

「うん。冴子さんも、打ち合わせ済みと思われないよう、気を付けて」


 私と冴子さんは軽くうなずきあった。


 





 遠藤商店もこの時代の例にもれず、正面ばかり洋風な看板建築の建物だった。


 冴子さんは建物の中に入っていくのではなく、私を連れてそっと建物すぐ横の狭いわき道に入る。

 そこをちょっと進むとちょっと立派な格子戸が見えてくる。ふわっと漂ってくるのは、土埃っぽい表通りとは打って変わって、校庭の白線と重い土が混じりあったような独特な香りだ。なんかいいお宅の匂いって感じがするよね。


 冴子さんがそっと扉を開ける。なんと。鍵かかってないんだ。……こんないいお宅そうなのに、昔の日本、おおらか。


「…わたくしです。ただ今、帰参いたしました」


 冴子さんがそう声を上げると、廊下で作業をしていた若い着物姿の女の子が悲鳴みたいな声を上げる。


「お、お嬢様!お嬢様ですか?!――奥様!奥様!冴子お嬢様が御帰りになりました!」


 俄かに家の中が騒然とし始める。

 トトトトと軽い足音が近づいてきたかと思うと、ぴょんと小さな女の子が飛び込んできた。


「お姉様!ご無事だったのね!わたくし、心配で心配で…!」


 見る限り小学生という感じの子だ。冴子さんとどことなく似通った顔立ちで、大き目のリボンがめっちゃ可愛い。冴子さんの妹さんかな?どうも冴子さんを心配していたみたいでめっちゃ泣いてる。

 続いていかにも生意気って顔の男の子が飛び出してくる。


「姉さん!…ったく、いつも、人騒がせだよな、姉さんはさ」


 歳は中学生ってかんじかな?素直に喜ぶのが恥ずかしいのか強がっているようだが、われ先に飛び出してきているんだから何一つ隠せてないよね。

 そんな光景をほのぼのとしてみていると


「――お止しなさい。お客様の前でみっともない」


 落ち着ききった冷たい声が、大きな声でもないのにシンと響いた。



――きた。この人が私たちが退治すべき相手



 冴子さんのお母さん。静江さんだ。


「――冴子。戻ったのですね」

「……はい。お母様。ご心配をおかけしました」

「…体の方は特に大事はないのですか?」

「はい」

「わかりました。貴女には後でしっかりと事情を聴くとしましょう。――それでこちらの方は?」


 何の感情も浮かんでいない瞳が、不意に私をとらえた。思わず引きさがりたくなる足を、私は必死に抑える。


「…詳しくは後程お話ししますが、――わたくしを救ってくださった方です」


 その言葉に、初めて静江さんは反応した。まあ、瞬いた程度なんだけど。


「……そうだったのですね。――私共の愚娘が多大なるご迷惑をおかけいたしました」


 静江さんはそう言って、すっと膝をついて手を軽く床につけると、実に綺麗に礼をする。なんか、変な表現だけど、アンドロイドみたいって思っちゃった。完璧な正しさ、って感じね。


「こんな薄暗い玄関先では何でございます。どうぞ、中へお上がりくださいませ―――スズさん。こちらの方を応接室にご案内してください。お松、私は少し冴子と話をしてきます。丁重におもてなしするよう、よろしく頼みます」


 静江さんがそういうと、スズと呼ばれた最初に驚いていた女中が、私をそつなく奥の部屋へと案内してくれた。なんと、中は洋室だった。完全日本家屋って感じの建物の中に、超本格洋室が出てくると少し戸惑うね。

 女中たちは、そんな私の反応も織り込み済みという感じで、落ち着いて私を椅子まで案内すると、あっという間に香しい紅茶と洋菓子が出てくる。――この香りだけで、高い紅茶ってのがよくわかるね。この前のカフェーとは雲泥の差だよ。



 …しかし。

 想定通りとはいえ、私たち見事に分断されたね。


 これは事前に打ち合わせをしていた通りだった。


『お客様の前で私を問いただすなんてするわけがないわ。だから貴女は応接室に一人通されるはずよ。今日はお父様はお出かけしていて遅くなるから、お母様が対応することなると思うの』

 

 すると応接間の扉が開き、静江さんが姿を現す。


「お待たせいたしました。あいにく主人は不在にしておりますので、わたくしより改めてご挨拶させていただきます。勝右衛門の妻の静江と申します。当家の娘を連れ戻していただきましたこと、主に代わりましてお礼申し上げます―――貴女も入っていらっしゃい」

「――はい」


 そう言って部屋に入ってきたのは、冴子さんだ。


「…先ほどまでは気が動転していて名乗りもせず大変失礼いたしました。改めまして、遠藤冴子と申します。見ず知らずのわたくしをお救いいただきありがとうございました」



『わたくしも、恩人にちゃんとお礼が言いたいと言って同席させていただくよう頼んでみるわ。…ただ、貴女と何か共謀していると悟られたらお母様に許してもらえない。だから、わたくしたちは互いのことをよく知らないように振舞う必要があるわ』



 深々と頭を下げる冴子さんを見つめながら、作戦会議の言葉を思い出す。

――流石だね、冴子さん。完璧だよ

 一見嘘なんて知らないって言う感じの優等生に見えるのに、戦うためならばここまで完璧に延喜で切るんだ。

 私も負けじとそれにこたえる


「いえ。たまたまそこに居合わせただけですから。――しかし、あんな幽世にお嬢さんが閉じ込められていると気づいたときには驚きましたが」


 これはある意味ほんとだけどね。

 この世界と隔絶されたダンジョンに急に出てきたわけだもんね、冴子さん。


「…幽世ですか。

 正直に申しますと、私共も事態がよくわかっておりません。この子は間違いなく自室にいたはずなのです。信頼のおける女中がそれを目撃しています。そしてその女中の目の前で、虚空に消え去ったと…。

 …娘から話を聞いても要領を得ません。ぜひ、この度のことについて、事情をお聞かせいただけないでしょうか」


 きた。

 静江さんの目がまっすぐにこちらを値踏みしている。

 生半可な嘘は通じない。そう考えた方がいい。


「……すみませんが、先ほど言った通りたまたまです。どうしてお嬢さんがそこに引きずり込まれたかなんてわかりません」

「しかし、それならどうやって娘を救い出したというのでしょう。娘の話では、自分で抜け出したわけでも、自然と戻ったわけでもなく、貴女に救われたと申しておりました。ならば、貴女にはそのような特別なお力があるのではないかと思うのですが」



 生半可な嘘が通じないなら―――生半可でないことをすればいい。



「…力と言われても、それほど大したものではないのですが、……私は幽世に手が届くんです」

「手が届く、ですか…?おっしゃる意味がよくわからないのですが…」

「お見せします」


 私はそう言って、ゆっくりと手を開く。はっきりとよく見えるように。

 そして心の中で唱える。



 生成。



「!」


 静江さんの表情に初めて感情が宿った。驚きだ。


「そんな!」


 お付きの女中らしい、落ち着いた女中さんもそう言って声を上げ、思わずという感じで紅茶をこぼしてしまっている。

 それもそのはず。

 私の手のひらには、先ほど乗っていなかった――金属のペーパーナイフが乗っている。


「今、幽世に隠されていたこのナイフを引き寄せました」

「……世間で良く騒がれる、奇術とかいうものではないのでしょうか?」


 あ、そうか。この時代、一応手品とかもうやっているんだ。


「勿論違います。私はごまかすために手を早く動かしたり隠したりしたりなんてする必要はありません。いま、虚空から現れたところが見えたでしょう?このように私はこの世とは違う世界の物を引き寄せることができるのです」


 そう言って私は笑って見せた。


 これが、私たちの作戦の一つ目の武器。ダンジョン生成の実演だ。

 

 私が、何もないところからだンジョン生成できるんは、冴子さんのボールペンと、ペーパーナイフ、そして私のアパートだけだ。ただ、ボールペンはそのモノ自体が見慣れない異物だろうし、アパートなんて論外だ。一方ペーパーナイフは金属製だし、見た目は古風な刀って感じだからたぶん行けるだろうというチョイスだ。


 ちなみに、平気な顔をして見せているが、今私はめっちゃ脂汗をかいている。

 作戦会議を経て少しは休めたとはいえ、かなりギリギリだ。既に頭痛とめまいが始まっているもん。それを隠すために、余裕という顔をして笑っているが、正直さっさと消してしまいたくてたまらない。


「……念のため、良く見せてもらっても構いませんか」


 げ。マジですか…。やめてよー。消させてよー。

 ま、そんな本音は言えませんけどね。


「勿論構いませんよ」


 私はそう言ってペーパーナイフを静江さんに手渡した。

 静江さんはそのナイフを受け取ると、じっくりと持ち手だとか刃の部分だとかを見ている。種も仕掛けもないって…!いいから納得して!


「……ありがとうございました。お返しします」

「あ、良いですよ。なら、消しちゃいますね」


 一刻でも早くという感じで、ペーパーナイフを受け取る代わりに消して見せた。静江さんの手元のナイフを消すことで手品じゃないとわかってもらえるだろうし一石二鳥。

 おかげで、再度、静江さんの驚く顔が見えた。


「まあ、このように、私は幽世に関しては人とは違う力を持っているわけです。だから、虚空に引きずり込まれたお嬢さんについても、こちらに引き戻すことができたわけです」

「……なるほど。よく理解できました。お若いのに、それほど高位の霊術を会得されていらっしゃるとは、御見それいたしました」


 静江さんはそう言って再び頭を下げる。…さっき見せた驚きの感情が消えて、またアンドロイドモードになっちゃったけどね。


「…それほどの霊術師でいらっしゃるのでしたら、なおのこと、この度娘に起こったことについて、貴女様のお考えをお聞かせできないでしょうか。――娘は嫁入り前の身です。娘に何かあったらと思うと、私共も枕を高くして眠れません」


 よし来た。ここは第二の武器の仕込みと行きますか。


「…すみませんが、はっきりとしたことは。ただ…」

「ただ?」

「…その、人を幽世に引きずり込むほどの力、それこそ神仏のものと考えざるを得ません。加えて、私が彼女をこちらの世界に引き戻した際、ちらりとですが何やら鎧武者のようなものの手がお嬢さんをつかもうとしていたのは見えました。そうなりますと…」


 そういうと、黙って聞いていた冴子さんが驚いたような声を出す。


「ま、まさか将門公の…!」


 思わずという感じで声を出した後、しまったという顔で口をつぐむ。見ると静江さんが少し険しい目つきで冴子さんをにらんでいる。


「し、失礼いたしました。なんでもございませんわ」


 冴子さんは恐縮しきった顔つきでそう小さく謝った。


 

――冴子さん、打ち合わせ通りのナイス演技!



 私が心でグッジョブをしていると静江さんが静かに私の方を静かに見据えて言葉を重ねる。


「私からも謝罪します。未熟な娘があり得もしないことを口にしました。――将門公がこの度のことに関わっているなど、あるはずもございませんのに」

「あるはずがない、ですか…?」

「勿論です。世間では将門の祟りなど噂されておりますが、ご存じの通り、既に神田明神による国を挙げた鎮魂祭も行われ、すべての障りは収まりました。それが、うちの娘に災いを招くなど、あるはずもございません」


 静江さんは、これまでになくはっきりとした口調で、そう言い切る。



 いいね。そう言い切ってもらいたかった。

 おかげで話が進めやすくなる。



 そう。これはわざと冴子さんに将門の名前を出してもらうという、私たちの作戦である。


『今回の神隠しは、将門公の祟りだとお母様にはお伝えするわ。…お母様には絶対に心当たりを聞かれるでしょうし、それならばわたくしに話せるのはそのことだけだもの』

『え、でも、お母さんってそういう眉唾な話は信じない人じゃなかったっけ?それに、いきなり冴子さんピンポイントで祟りとか、無理が出ちゃわない?』

『大丈夫。きっと信じてくださるわ。―――お母様は、わたくしが鎮魂祭で秘儀をしたことはご存じのはずだもの』


 なんでも、冴子さんがその秘儀とやらをするときには、一緒に弟さんとあの志乃をお供に着けていたらしい。志乃は、ああ見えて、遠藤家の女中だということだ。ならばその女中が何をするか、家の奥周りの一切を仕切る静江さんが知らないはずがない、ということだった。


『そして、おそらく次の日にお祖母様の様子が普通でないことも、神田明神から慌てて遣いが来たこともご存じのはずよ。――そこに来て秘儀で中心的な役割を果たしたわたくしに対して起きた事件ですもの。お母様にとって、将門公の祟りがかかわっていることは否定できないはずだわ』

『ふうん。そういうものか。…でも、それって私が女中になることにどう役に立つの?』

『……ちょっとわたくしの立場は悪くなるのだけれど、そのことを私があなたの前で口走ろうかと思うの思うの』

『へ?』

『そうすれば、お母様を動揺させることもできるはずなの――なにせこれは、遠藤家にとって致命的な弱点ですもの』


 そう。

 遠藤家の娘が、将門公の祟りを受けたということ。

 これは、遠藤家にとって、口が裂けても認めるわけがいかない大問題らしい。

 なにせ、遠藤家はあの鎮魂祭を取り仕切った神田明神でかなり地位のある氏子らしいからね。氏子総代とかいうらしい。よくわからないけど氏子の代表みたいなものって感じっぽいね。

 そんな遠藤家の娘にたたりがあった。

 しかも、さっき静江さんが言ったように、国を挙げた鎮魂祭を神田明神が取り仕切ったそのすぐ後に。


 そりゃーもう、大スキャンダルだろうね。

 そんなこと知られたら神田明神は終わりだろうし、氏子総代っていうのは地域の代表でもあるらしいから、遠藤家はこの地域での地位や信用も一切失うことになりかねない、らしい。


 だからこそ、それをうまく絡める方法を使う。

 私が、今回の事件と将門をうまいこと結び付けたようなことを言う。そして、冴子さんが、それを裏付けるような反応してしまう。

 私という、部外者の目の前で。

 静江さんの強硬な姿勢は、その動揺の表れだ。

 これで、彼女は、私をただで帰すわけにはいかなくなった。

 ……この作戦、冴子さん、身を切りすぎじゃない?大丈夫…?とかおもうけど、ここまでやってくれたんだ。あとはうまく目的を果たすしかない。


「なるほど。…では私にわかるることはないですね。失礼なことを言いました」


 私はいったんそう言ってまずは状況をリセットする。

 次に進むために。

 その言葉を受けて、静江さんは小さく息をついた。


「…そうですか。仕方がありません。…そういえば、お名前をお伺いしていませんでしたね」

「あ、失礼しました。朝霧陽菜と言います」

「ありがとうございます。――それでは、朝霧様。遅くなりましたが、これはほんの、私どもの誠意でございます。どうぞお納めください」


 静江さんはそう言って、何やら布に包まれた何かをこちらに差し出してきた。


 ……きた!謝礼、兼、口止め料。

 

 これを待っていた。


 私は、差し出されたものをそのまま差し返す。


「…こちらをいただくことはできません」

「そのようなことはおっしゃらずどうか。何もなしでは、私どもの気持ちが収まりません」

「―――それでしたら、図々しいですが、代わりに一つお願いできますか」


 その言葉に、静江さんの表情が少し変わった。

 感情が灯る。――警戒だ。


「お願い、ですか?」


 私はそれをGOサインと受け取った。


「ええ、―――代わりに、私を遠藤家で雇ってください」




 瞬間。

 応接室に、沈黙が訪れた。



 

「……あまりに突然のお話ですね。あなた様ほどの霊術師を女中として雇い入れるなど、そんな失礼なことできませんわ」


 沈黙を破る静江さんの声には、今までにない困惑の色が浮かんでいた。


「いえ、私はそんな大したものじゃありません。ただ、幽世とつながりやすいという特技を持っているだけです。…しかし、この特技、今回のお嬢さんに起きたことに対しては大変有効です。私さえお嬢さんの近くに居れば、彼女が何か起こる前に私がこちらに引き戻します。――大切なお嬢さんを向こう側に連れていかれるなんてこと、絶対に起こしません」


 私を、女中としてではなく、彼らもどうしようもない怪奇現象に対する切り札として雇い入れさせること。

 これこそが私たちの作戦だ。

 見ず知らずの私を、静江さんが普通には雇い入れるわけがない。しかし、私が、替えの利かない重要な役割を果たせる人間であるならば、話は別だ。

 これがクリアできれば、私の雇い入れと、冴子さんの自由の保障。両方の目的がクリアできる。


「…しかし、遠藤家にも体面がございます。こう申しては失礼にあたるかもしれませんが、貴女様のような若い女性の方を霊術師を家内に雇い入れるなど、あまり噂されるわけにもまいりません」

「冴子さん付きの女中として雇ってもらえればそれで結構です。それなら特に問題ないですよね?」

 

 あなたたちにとっても、それは都合がいいですよね、という言葉の代わりに、私はにっこりと笑って見せる。

 静江さんは、再び口を閉じた。

 きっとその頭の中には、迷いが浮かんでいるのだろう。

 

 私の能力は見せつけた。私がただものでないことは、既にデモンストレーション済みだ。

 おまけに、私は、外に知られてはいけない重要な情報を知っている身だ。

 そんな私を女中にすれば、彼らは私をコントロール可能になる。お金を払うより、よっぽど有益なはずだ。


 しかし、静江さん的には、私への警戒心が勝ったようだ。


「…願ってもないお話ですが、流石に当家の女中をこのような形で雇うわけにも参りません。当家は、ご公儀にも製品を収めております、由緒正しい商店です。

 流石に、貴女様がどのようなお方かもわからずにお雇するなど、出来かねます。もし当家で女中をされるというなら、せめて、あなたの素性だけでもお教えいただけないことには…」


 ぐ。

 そりゃね。そうだよね。

 でも私にあかせる素性なんてない。

 適当に答えることもできるが、そうしたら静江さんなら間違いなく裏をとるだろうと冴子さんは言っていた。つまり、嘘はマイナスにしかならない。


「……訳あってお答えできません」

「それでは、流石に通りません。あなたをお雇する以上、当家にも責任が発生いたします」

「……なので、何か不始末があった時の担保も兼ねて、こちらをお渡ししておきます」


 私はそこで、逆に静江さんにあるものを差し出した。

 私には適当に包むものなんてない。冴子さんの物を使うわけにもいかないので、絶対マナー違反だけど、生のままで差し出した。


 競馬場で稼いだ、なけなしの百円札だ。


 静江さんの眉根が上がる。


「なんですか?これは」

「今言った通りです。もしもの時の担保です。勿論返していただかなくて構いません。それにいつまでもこちらにおいてほしいとも、今後の身の振り方を世話してほしいとも言いません。

 …せめて1年ほど、こちらで置いてもらえないでしょうか」


 

 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。



 空気は痛いほどに凍てついている。

 見れば、後ろに控える女中にすら怒りの表情が浮かんでいる。

 悪手なのはわかっている。でも、責任の担保を問われたら、相手に返せるカードはこれしかない。


 最後のカードは相手の質問に答える形でなくてはならないから。


「……随分とまあ、面白い作法ですね。このようなもの、当家が受け取るとでも?」

「…無作法は承知の上です。私もそれほど切迫しているとご理解ください」

「……あなたは、確かたまたま冴子を助けてくださった方でしたよね?なのに、このようなものを用意してくるとは。不思議なこともあるものです。――なぜそこまで当家に雇われたいのですか?」


 きた!最後のカードの切りどころ!


「…正直に申します。私は、この能力を理由に、得体のしれない者たちに追われている身です。私は、両親もなく、天涯孤独の身。助けを求める先もありません。――なので、今回の件は、私にとって最初で最後のチャンスなんです」

「当家の関与するところではありません。しかるべき筋を頼られるべきかと」

「ご迷惑になるのは重々承知です!なので、お嬢さん、いえ、お嬢様のことはこの身に変えても怪異からお守りします!あの、蜘蛛の根付の女から、せめてひと時でもかくまっていただければ!」


「蜘蛛の、根付?」


 やった!その反応を待ってたんだよ!


 そう、最後に遠藤家に突きつけるべきカード。

 それは、志乃の存在だ。

 彼女は、裏組織を率いて私を捕まえようとしてきている。冴子さんに聞いたら、裏組織の関与も間違いなく、遠藤家にとって致命的なスキャンダルだそうだ。その事件の当事者は、何が何でも口をつぐませたいくらいに。

 だから、女中に雇うことで、彼らが私の身柄を押さえる必要性を上げ、さらに志乃たちから私を守ってくれる動機付けにもなる。


 これが私の打てるカードのすべてだ。

 ただし、安易にこのカードを切れば、私と冴子さんの共謀での嘘ともとられかねない。

 だからこそ、偶然、問われたから答えたという形で、このカードを切る必要があった。


「お母様」


 冴子さんがすかさず声を上げた。

 冴子さんは既に静江さんとこの話をしたことがあるらしい。だからこそ、別の人間の口からこの話が飛び出てきたことで、きっと話の信憑性は増す。

 冴子さんがしているのはその追撃だ。


「…あなたは黙っていなさい」

「しかし、これはきっと」

「いい加減になさい。これ以上は、退席させますよ」

「…はい」


 応接室は、触れればはじけるほどの緊張感で満ちている。

 だれも、何も言えない。音すら立てられない

 沈黙の支配者は、静江だ。

 彼女は、今、目をつぶって黙考をし続けている。



 ……お願い!通って!



 私は祈るしかない。



 永遠にも感じられる時間の後、静江さんが口を開いた―――瞬間





「あら、面白い話をしていますね」





 女の声がした。


 何度も悪夢で見たその声と姿―――「蜘蛛の根付の女」志乃

 そして、その後ろには―――


「お祖母様……!」



 真っ白な白髪と、まるでゆがみのないまっすぐな背筋。人を射殺すような鋭い視線。

 全て、冴子さんの話と一致する。



 すべての裏側にいる、得体のしれない怪物、遠藤ふじが立っていた。

お読みいただきありがとうございました。

……はい、主人公にあるまじき脅迫に近い交渉術でしたね(笑)。

遠藤家のリスクマネジメントを正確に突くあたり、陽菜のサバイバル本能は恐ろしいものがあります。

しかし、完璧な詰め将棋かと思われたところで現れた、ラスボス・遠藤ふじ登場です。

さあ、この就活の結果はどうなるか!次回の展開も、ぜひハラハラしながら見守ってください!


「陽菜あくどい!」と思っていただけましたら、ブックマークや下部の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援いただけると、とても嬉しいです!

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