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23話 目の前にあるのは不穏な危機と笑えるハードル

第2章スタート!女中編の始まり――ですが

そもそも、今の状況で女中になるのって思いのほか大変です。

 目黒競馬場は相変わらず熱狂に包まれている。


 それは、富裕層の集まる一等会館でも変わりはない。一見、優雅に取り澄ました表情で笑っているが目がみんなマジだ。


 そんな中、私と冴子さんは、浮かない程度にレースに賭けてほどほどに稼ぎながら、冴子さんがヘルプで呼んだという叔父さんとやらを待っていた。


「で?どんな人なの?今呼んでいる人。私たちの事情とかわかってくれそうな人?」


 大丈夫だと思うけど、一応聞いてみる。なにせ今の状況、割とカオスだからね。

 冴子さんは自宅にいたはずが、いきなり競馬場に来ちゃってて、さらに服も洋服に着替えている。

 おまけに、すぐそばには冴子さんの服を着た身元不明の不審者付きだ。


 …いや、こう並べてみるとひどいな。


 むしろこんな状況、すんなり受け入れてくれる人なんて存在すんの?

 そんな私の不安をよそに冴子さんはあっさり答えた。


「その点は大丈夫よ。貴女のことも、貴女にまつわる超常現象のことも、すでにご存知だから」


 え。それはそれで怖いな。


「…ご存じってどんなことを?」

「貴女が不思議な能力を持っていること、わたくしが貴女に関する映像が見えるようになったこと、それと――貴女が未来から来たこと」

「!」


 私は思わず息を呑んだ。

 私はまだその秘密を冴子さんに打ち明けてはいない。つい体に力が入ってしまう。

 冴子さんはそんな私の様子を見て小さく頷いた。


「…その様子を見ると、叔父様の予測は合っていたようね。貴女の振る舞いや言葉遣いをみて、そういう仮説を立てていらしたのよ」

「…推理で分かっちゃったってこと?そんなことでわかるもんなの?」

「頭はとてもよい方だから。あとは確か、貴女の香りで分かったと言ってらしたわね」

「うぇ!気持ちわる!」

「それは仕方ないわ。そういう方だから」


 冴子さんはうんうんと頷く。冴子さんにそう言われるなんて相当だよね。


「とういか、そんなこと知ってるってことは、もしかしてどっかで会ったことある?」

「叔父様は面識がある様子だったわ」


 そう言われて私は頭を傾げる。

 どいつのことだ?流石にある程度話をした相手だろう。もし話もしないのに私の匂いを嗅ぎ回るような相手だったら、冴子さんには悪いけどダッシュで逃げる。

 でも、話をした相手というのもそれなりに多いからなあ。古着屋だとか質屋だとか、後は…。


「叔父様は、その、一見おかしな方だけれど、今回のことでは力になってくれると思うの。貴女にとても興味を持っていらっしゃるから。だからこそ貴女が攫われたり危険な目に遭うことがないよう、できる協力はしてくださるわ」

「わ、私に興味…?」


 ちょっと?逃げたいゲージが上昇したよ?

 それを察したのか、冴子さんは慌てて取り繕う。


「あ、変な意味ではないのよ。その、貴女自身というより、貴女が引き起こす現象に興味を持たれているというか」

「現象?」

「ええ、叔父様は帝大理学部物理学科をご卒業なの。だから学問的なご関心で今回の超常現象を解き明かしたいとお考えなのよ、きっと」


 う、うーん。性的な意味での興味でないのは良かったとして、学問的と言われるとそれはそれで怖い気がするんですけど?なんというか、マッドサイエンティスト臭がする。


 というか、現象?

 なんだっけ、確かにそういう妙な言い回しの男とあった気がする。えっと、あれは確か…。




「やあ。僕だよ」


 帽子をかぶった和装のヒョロ長い男は、陽気に挨拶をした。


「あー…あんたでしたか」


 ついゲンナリとした声が出てしまった。

 冴子さんの叔父さんというのは、私が間違って入ったカフェで出会った男だった。


「やはり面識はあるみたいね。改めて紹介するわ。この方は、亮介叔父様よ。叔父様、急なお願いなのにありがとうございます」

「気にしないでくれ。面白そうな現象のようだし、見逃す手はない」


 男――亮介はそういうとウインクをして見せる。キザな男のようだ。


「また会えたね。祈りが通じたようだ」

「私の祈りは通じなかったみたいですね」


 私はそう言って顔をしかめる。

 あの時は店長に捕まりそうになっていたのを一応助けてもらった恩はあるけど、その後の変態的な振る舞いや金を恵んでやるという態度のほうが印象に残ってるんだよなあ。


「ふふ。相変わらず嫌そうな顔をしているね。まあ、此処は大人しくまた助けられてくれたまえ。僕も面倒は嫌いなのでね」

「別に助けてもらうことはないですけど」

「おや、冴子から聞いていないのかい?君たち若い女性の二人だけで競馬場を出入りなんて問題になるに決まっているだろう?だから、カモフラージュとして僕という放蕩ものの存在が必要なのさ」


 その言葉に冴子さんも頷いて見せる。


「それに叔父様はご自分の車をお持ちなのよ。得体の知れない追手がいる状態ですもの。家に行くまでの間もできるだけ安全策をとった方が良いと思ったの」


 むう。この男にまた借りを作るのは正直癪なんだけど、確かに今の状況、あまり人目を集めたくないのは事実だ。

 背に腹は変えられないからなあ。あー、くそ。なんかムカつく。

 渋る私をよそに亮介は平気な顔で話を進める。


「それにしても、冴子も随分とめかし込んでいるじゃあないか。なんだい?家でもそう言う格好は許されるようになったのかい?」

「そんな訳はないのは、ご承知でしょう…?敵の目を欺くために着替えたんです。流石にこの格好で家に帰るわけにもまいりませんので、どこか着替えられる場所に寄っていただきたいです」

「ふうん。でもそんな格好の君を連れ込むところを誰かにみられる方がまずい気もするがねえ」

「それはそうなのですが…」


 冴子さんが少し困った顔をして私を見てくる。


「陽菜さん、あの建物を出すことは出来そうかしら…?先程は本当に苦しそうだったけれど、調子は少しは良くなって?」

「あー…ごめんだけど、頭の調子的にまだちょっと無理かな…。頑張れば全く不可能ってわけじゃないんだけど、下手すると途中で消えちゃうかも…。それは一番ヤバイでしょ?」

「そうよね…。そうなると、やはり叔父様のお宅に寄るしかなさそうね」


 そういう冴子さんの顔色は暗い。この時代的に、冴子さんが一人、亮介の家に上がり込むのは結構なアウトっぽい。面倒くさいね、どうも。叔父さんの家に行くくらいでとやかく言わなくてもいいのに。

 とはいえ、冴子さんにこんな顔をさせているのは心苦しい。なんとかできないかな?


 なんて言ってもダンジョン生成ができない場合に、私が行ける場所なんて一つしかない。日本橋の隠し土蔵だ。

 …こんな綺麗な格好の冴子さんに埋もれた土蔵に入ってもらうのってどうなの?とか思うけど、まあそこは冴子さんに判断してもらおう。


「…一箇所だけ、人目を避けて着替えられる場所に心当たりがあるよ」

「本当に?よかった!流石陽菜さんね!」


 冴子さんはぱあっと顔を輝やかせて、私の手を取ってぴょんぴょんして喜ぶ。うん、可愛い。


「でも、言っとくけど碌な場所じゃないからね?薄暗くて土埃まみれの場所だよ。それでも大丈夫?」

「構いはしないわ。こんな格好で帰ったり、叔父様との醜聞なんてたったりしたら、わたくし勘当されてしまうもの。それを考えたらなんでもないわ」


 うわ、勘当ときた。あれでしょ?時代劇とかにある、家族の縁を切るとかそんな奴でしょ?服装ひとつで大袈裟だな。


 さて、となると、もうひとつきちんとしておかなければいけないことがある。

 私は改めて亮介に向き合った。


「すみませんが、私がいうところまで車で向かった後、そのままそこで待っていてもらえますか」

「おや?僕は君の秘密の場所へは連れて行ってもらえないのかな?」


 亮介は大袈裟に目を見開いて驚いてみせる。このやろう、言うとおもった。さっきから、ついて行きたいとわかりやすく顔に書いてあるもんね。


 だが、折れるわけにはいかない。冴子さんはともかく、こんな怪しい男に私の隠れ家を知られるなんて冗談じゃない。


「今から行く場所は、部屋も仕切りもありません。それともあなた、姪っ子の生着替えがそんなにみたいんですか?」

「おっとそうきたか。しかし、中に入らなくともすぐ側まで同道することは出来るだろう?」

「目立つんです。すぐ側に車が止まっていたり、あなたみたいなヒョロ長い人が立っていたら、そこに何かあるって宣伝してるようなもんじゃないですか」

「はは。言うねえ。まあ、向かう場所のあたりさえつけば想像はできるし、そこまで言うなら君の秘密の園を暴くのはまたの機会にしよう」


 その言い方やめい!ていうか、またの機会なんてないから!







 てなわけで。やってきました日本橋。


 亮介は適当な大通りに車を止めて待っていてもらい、私は冴子さんを連れて隠し土蔵に向かう。

 廃墟の中にある怪しげな穴の下に冴子さんが降りてくれるか少し不安だったけど、冴子さんは何だか嬉々とした顔で穴に飛び込んでくれた。


「ここがあの奇妙な映像で見た土蔵なのね…。陽菜さん、よくこんな場所を見つけ出したわね」

「ま、そこは未来人としての情報力で何とかね。というか、やっぱり昨日の動画、冴子さん見てたんだね」


 私が目黒競馬場に向かったことを、冴子さんは謎の映像で知ったと言っていた。この場所のことを見知っていたことも踏まえると、昨日、ここで撮った動画が届いていたと考えて間違いない。


「他にどんな動画が届いたの?」

「他は、今日貴女が志乃に追い詰められている映像と、一昨日貴女が未来の建物に立て篭もった後コカコオラを使って何かをした映像ね」

「んと、例えばこの土蔵を初めて見つけた映像とかは?」

「いいえ、それは知らないわ」


 んー?じゃあ、私が配信した動画全部が見えてるわけじゃない?

 私がピンチだったり普通じゃない時だけ映像が届く…?いや、なんだよそれって感じだよ。ダンジョン生成と方向性が違いすぎる。


「何か心当たりがあって?」

「うーん。心当たりというか、動画配信してたのは間違いないんだけど、それが冴子さんに届いた理由は割と謎なんだよね…。そして極めつきが、冴子さんの家から競馬場へのテレポートでしょ?…ごめんだけど、正直意味がわからない」

「そう…」


 冴子さんはそう言って顔を曇らせる。…そりゃそうだよね。こんな訳のわからない現象に巻き込まれるんだもん。


「貴女でもわからないなら、これも将門公が関わっているのかしら」

「へ?なんで?」

「だって、貴女が将門塚前に突然連れてこられたのと、ある意味で同じじゃない」


 なるほど!


 それは確かにそうだ。私の場合は、時代さえ超えているけど、時空の超越というなら同じ現象と言えなくもない。


「あ、でも違うかしら…。貴女の一件がお祖母様の仕業なら、あれだけ貴女とわたくしを遠ざけようとしていたお祖母様が、貴女のもとにわたくしを飛ばすわけもないわね」

「いや、それは一旦置いておこうよ。真偽の程も確かじゃないんだしさ」


 わからないことを考えていても仕方がない。まずはわかる範囲で考えを深めていく方がいい。

 その意味で、冴子さんの仮説――将門塚での出来事と今回の出来事について考えるのは、アリな気がするね。

 どっちも、空間転移で、私が意図していない出来事、そして……



「配信中…」



 ゾッと背中を寒気が駆け上がる。

 ちょっと嫌な可能性が頭をよぎったからだ。



 もしも、配信そのものが原因だとしたら…?



「何か思いついたようね」


 私の表情の変化を、冴子さんは目敏く読み取った。


「話してもらえるかしら」

「いや、その、ちょっと待って。もう少し考えさせて」

「一緒に考えればいいじゃない。わたくしたち、戦友でしょ?戦いにおいて情報共有は何より重要なのよ?」


 そう詰められてもホイホイ話すことは難しい。


 状況を説明できるのは――やはり、情報物理学だ。

 大衆が信じたこと、望んだことは現実になる。

 もし、私がこの世界に巻き込まれたのが、配信中の視聴者が「本当に私が亡者に襲われたり彼らの世界に引きづり込まれたら面白い」と考えたからだとするならば、だ。

 さらに大多数の視聴者が望んだことは、簡単に実現しうる、ということだ。


 ならば、例えば、動画で大人気の冴子さんが私を助けに現れることを、彼らが望んだとすれば。

 その望みは――実現されることになる。

 

 世界のルールも、私たちの意思を無視して。


 でも、これを冴子さんになんて説明したらいい?

 配信なんて言っても冴子さんもピンとこないだろうし、もし私が考えている通りなら、情報物理学なんていうなんちゃって設定から説明しなければいけない。


 …それに、もしこれが理由なら、原因は完全私だもん


 私が、余計な配信をしなければ、冴子さんをこんな怪異に巻き込むことはなかったのだから。

 …正直、冴子さんに真実を打ち明けるのは、怖い。

 私は今、冴子さんに嫌われて、見捨てられるのがたまらなく怖くなってしまっている。


「あー、そうかもしれないんだけど、説明が難しいというか、…心の準備かいるというか……」

「…でも、また急にどこかに飛ばされるようなことになったらわたくしも流石に困るわ。せめてそれだけでも教えてくれないかしら」

「それは、大丈夫。そんなこと、私がさせないから」


 そう。それだけはきっとコントロールできる。

 私が配信をしていない限り、そんなことは起こらないはずだから。


 私の言葉に、冴子さんは少し不満そうにしながらも引き下がってくれた。


「…ならいいわ。貴女を信じましょう」

「…ごめんね」

「いいのよ。……その代わり話せるようなったら、ちゃんと教えて頂戴ね」

「もちろん。必ず話すよ。戦友だもんね」

「ふふ。ならいいわ」


 冴子さんはそう言ってくるりと身を翻すと、棚にかけていた古着を手に取った。


「さ。着替えましょう。あんまり叔父様をお待たせしてもいけないわ。着替えながら、作戦会議よ。今のままだと、わたくし、家に帰ることもできないもの。頼りにしてるわよ」


 そう言って冴子さんはふざけるように笑った。その笑顔を見て、ざわついていた気持ちがじんわり暖かくなる。


 大丈夫。きっと二人なら大丈夫だ。

 そう思うことができた。






 まあそんなわけで、私たちは和気あいあいと御着替えをしながら(私は、冴子さんにめちゃくちゃ手伝ってもらいながら、ね)、私と冴子さんは二人で作戦を立てた。


 実現すべきことは三つ。


 軟禁中だった冴子さんが部屋からいなくなった理由について納得してもらったうえで、今後は同じようなことは怒らないと保証すること。これが実現できないと、冴子さんの自由や将来は極端に制限されることになる。


 次に、冴子さんと一緒に突然現れた身元不明の女、私こと朝霧陽菜を女中として迎え入れてもらうこと。これができないと、私と冴子さんの接点は断絶され、この1928年を孤独に生き続けなければならなくなる。


 そして、最後が、遠藤家に潜むらしい、私を追う組織の親玉、遠藤ふじ。彼女にとらわれることなく、最低限の自由を獲得すること。これが実現できないなら、私はただ敵の口の中に自ら飛び込んできたアホな餌だ。


 ……思うんだけどさ。

 なんで、こう、いつも超えるべきハードルが遥か上空に浮いてんの?

 少しは地面に並んでいる他のハードルを見習おう?


 まあ、でもやるしかない。

 

――大丈夫。カードは意外とそろっている


 二人でしっかり話し合いをして、道筋は見えている。


――私たちの強み。遠藤家の弱点


 勿論それは、刃の上を歩くような心もとなさだ。

 でも―――


「…いけるよ。私たちなら」

「ええ、必ず道を作りましょう。わたくしたちで」


 互いを鼓舞して、私たちは勝負の場所に向かう。

 神田須田町。そこに居を構える江戸時代から続く老舗問屋。

 遠藤商店へ。

お読みいただきありがとうございました。

一旦現在地の整理をした陽菜と、冴子。

正直、身元不明の陽菜を雇い入れるだけでもウルトラハードなのに、そこに冴子の神隠しなんて厄ネタがあるのだからたまりませんよね。

それでも無理を通すのが彼女たちなのですが。

というわけで、次回、どうやってこの状況を逆に逆手に取った彼女たちの交渉にご期待ください。


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