22話 戦友と飛ぶ空~私たちが神様を見返す話~
【第1章、堂々完結!】
本日は第1章のクライマックスにつき、渾身の「10,000字オーバー」フルボリュームでお届けします!
100年の時を超え、二人の心は強く響きあいます。
1928年の目黒競馬場、逃げ場なしの包囲網。
そんな中でも「情報物理学」と「武士道」が組み合わさることで、新しい活路が開かれます。
彼女たちの決死の脱出劇、その結末をどうか最後まで見届けてください!
騒然の目黒競馬場。
その中にポツンとある未来の喫茶店は、打って変わって静寂に満ちていた。
それもそのはず。だってありえないことが起きているんだもん。
何せ、ここは私が作ったダンジョンだ。扉が閉まっていればこの時代の人は見えもしないのがお約束。
なのに、そこになぜか冴子さんが突然現れたのだ。
え?これもしかして夢?
「陽菜さん」
私が呆けていると、冴子さんはそう声をかけて来た。
「男性の格好をしているけど…陽菜さんよね?」
そしてそのまま私の方に駆け寄ってくると、なんと抱きしめてくる。
うぉ!なんだこの展開!もしかして、この時代的に、これが普通のスキンシップなの?!ないよね?むしろきっと絶対アウトだよね?
「さ、冴子さん!!たんまたんま!今私ドロベタだから!というか、どうして急に」
「――本当に心配したのよ。…無事でよかったわ」
私の戸惑いなど気にせずにそう言ってくる冴子さん。…ちょっと思ってたけど意外と冴子さんってマイペース?
「貴女、こんな危ない場所にそんな恰好で来るなんて。本当に、勇敢というか無謀というか…。見せられているこっちは本当にハラハラしたのよ?」
「え?見せられてる?ちょっと、何の話?」
「何って、貴女が見せてくれたのではないの?あの、奇妙な文字が飛び交う、変な映像を」
「文字が?飛び交う?」
「ええ。それで貴女が危険な目に遭っていたことも、今日ここに来るってことも知ることができたのよ」
訳が分からない。
冴子さんが見たという映像は、話の内容的に、多分私が配信した動画のことなんだと思う
しかし、あれは2028年の視聴者あてに配信したものだ。ネットのネの字もないこの時代の人間が見れるわけがない。
「ああ!そうだ配信!」
言われて気づいた。そう言えば配信がまだつづいていた。
うわー。すごい反応!冴子さんコールが終わらないって言うね。はいはい。こっからは非公開ですー。 私は配信を切ってから改めて、冴子さんに向き直った。
「えっと、その配信が見えた?というのはとりあえず置いといてね。え?冴子さんどうやってここに来たの?」
「…それもあなたが連れてきてくれたんじゃないの?」
冴子さんは今度は少しすねた顔をしてそう聞いてきた。
「え、そんな覚え全くないんだけど」
「…言っていたじゃない。その、わ、わたくしに会いたいって。ちゃんとこの耳で聞いたのよ」
あ、あれ聞かれてたのー?!!ひー!ひたすらハズい……!
「た、たしかに、言った。言いましたよ?でもさ。それで冴子さんがここに来れるってどういう理屈…?」
その言葉に冴子は少しため息をついた。
「…貴女がわからないなら、私にわかるわけがないわ。急に画面からたくさんの見えない手が伸びてきた感じがして、そのままよくわからないところに引きずり込まれたのよ。どうしようかと思っていたところに、貴女の声がしたの。そうしたら急に周りが明るくなって、気づいたらここに居たのよ」
何その怪奇現象?!見えない手とか怖すぎでしょ!
これも情報物理学の一環なのかな。でもダンジョン生成とかと全然違う現れ方だし、そもそも私はそんなことに関与しているわけがない。
…ま。でもいっか。今この瞬間絶対考えなきゃいけないってわけでもない。
今はそれどころじゃないし、いったん保留しておこう。
それよりよっぽど重要なことがある。
だって、せっかく願いがかなったんだ。私はそう思い、こっちから冴子さんに抱き着いた。
「――うん。会いたかった。だから、最後に会えてうれしいよ。冴子さん」
この世界で唯一、私の味方になってくれた、私の大事な友達、冴子さんにちゃんと挨拶をすること。
そして――彼女を巻き込まずに全てを終わらせることだ。
「…最後?」
冴子さんの硬い声が帰ってくる。私はそこで冴子さんから離れて立ち上がった。
「よくわかんないけど、変なことに巻き込んじゃってごめんね。大丈夫。こんな場所だけど、このダンジョンを出れば普通の1928年の世界だから。その、どこかに隠れて、隙を見て逃げて」
「何故、急にそんなことを言い出すの?」
冴子さんが私の目をどこまでもまっすぐに覗き込んでくる。
私は、その視線から目をそらした。
「…だってさ。見てよ。あの男たち、完全にこの建物囲ってんだよ?冴子さん、動画見てたっていうなら知っているでしょ。こんな状態で逃げ出すなんてできないって。――でも、そんなの耐えられないから」
どうしたって許せない。
私の全細胞が拒絶する。
あんな暴力をちらつかせて私を踏みにじるやつら。こっちが死ぬほど痛いことを、苦しいことを、想像もできないクソ野郎ども。
そんなやつらに屈服して、奴らと同じ空気を吸って生きるなんて吐き気がする。
「そんなことになるなら、私の爆弾、爆発させてやる」
あの亡者たちを出現させる。
意識してできるかわかんないけど、このままならただ捕まるだけだ。なら、やる。――殺意が必要って言うなら、あの時よりよっぽどドロドロの殺意あるしね。
「多分ダンジョンの扉を開ければあいつら踏み込んでくると思う。そこであの化け物たちを出してやる!」
「出してやるって、何言っているの…!彼らはあの時の御霊は全て鎮魂したはずよ」
…あいつらは御霊なんかじゃないし、あいつらを出してたのが私なんだけどね。私は少し言葉を濁した。
「その、この建物はああ言う化け物の類が出やすいんだよ。…そしてそれは多分、私の気持ちと連動している。だから、外の奴らが入っていたらまた出ると思うんだ。…だから、冴子さん。その隙にこの建物から逃げて」
「そんな!そうしたら貴女はどうなるというの?!貴女の心がいくら強いとはいえ、武道の心得はないのでしょう?その証拠に何度も死にかけていたではないの!」
「…別にいい」
「え?」
「あいつら諸共でも構わない!私を踏み躙る奴らなんてぶっ殺してやる!…それだけ」
ついに言っちゃった。
…一応、最後までいい関係でいたかったんだけど、我慢できなかった。
冴子さん、引いちゃっただろうな。だって冴子さん、いい子だし。
そう思って私はチラッと冴子さんを見やる。
すると意外にも、冴子さんは蒼くなったり眉をひそめたりするのではなく――真っ赤になって目をいからせていた。
「…なぜ、そうやって一人で戦おうとするのよ…!」
泣きそうな声で冴子さんはそう言った。
冴子さんは――怒っていた。
「わ、わたくしも一緒に戦わせてくれてもいいじゃない!!」
その言葉に私はぽかんとしてしまった。
「いや。なんで冴子さんが戦うのさ。外の奴らは私の敵なんだし、そんな、巻き込むなんてできないよ」
「私の敵なのよ!私こそ、貴女を巻き込んだのよ!」
冴子さんは意外なことを言い出した。その剣幕に私は思わず黙ってしまう。
冴子さんは、苦しげに顔を歪めながら続けた。
「…外で取り囲んでいる者たちの中に、女の姿があるでしょう。あれは志乃と言うの。――わたくしのお祖母様の女中よ」
「へ?」
「…そもそもの始まりの儀式もお祖母様に指示されたの。…鎮魂に必要だと言われて。だから、それで貴女を呼び寄せたというのなら、貴女を巻き込んだのはお祖母様であり……わたくしなのよ」
それは衝撃的な一言だった。
唯一この世界の味方と思っていた冴子さんが、あいつらの関係者だった…?
思わず声をあげそうになって――そう言う冴子さんの手は震えていたことに気がついた。
彼女が自分の言葉に傷ついている、そう感じた。それでも冴子さんは私から目を背けず、やはり私の目をまっすぐ見つめている。
だから私も冴子さんを見つめ返し、黙って続きを促す。
「…言い訳をするつもりはないのだけれど、わたくしは本当にそれが鎮魂のためだと信じていたの。それがわたくしの使命なのだと――誇らしく思っていたわ。それが貴女をこんな目に遭わせるためだなんて――許せないわ」
冴子さんの目からついに大きな涙の雫が溢れた。なんか、綺麗だな。そんな場違いなことをつい思った。
「だから――彼らはわたくしの敵なの。戦うべきなのは、わたくしなのよ」
…そう言うことなのね。
少し、いや、かなりホッとした。これで冴子さんまで敵なんてことになったら私は狂うと思う。
でも、それならやっぱり巻き込めないよ。
「…冴子さんは、そのおばあさんに騙されただけなんでしょ?そんなことで責任感じることない。それに、相手は、その、おばあさんなんでしょ。無理に戦うなんて」
「無理じゃないわ。…その、貴女は家族を相手にこんなことを思っているわたくしをおかしく感じるかもしれないけれど」
冴子さんはそこで初めて迷うように俯いた。
しかし、それは一瞬だった。冴子さんは再び私に向き直り、宣言する。
「――わたくしは戦いたいの」
その言葉はストンと私の中に飛び込んできた。
「貴女に出会って、貴女の生き方を知って、やっとわかったわ。わたくしは、ずっとそう感じていたって。わたくしを良いように利用だけするものと、家のためわたしくしのためと言って私を縛ろうとする何もかもと、わたくしは戦いたい」
それは、今回のことに限らない、これまでの全てに対する冴子さんの悲鳴であり、怒りだった。
――わかる。
考える前にそう感じた。
だって、それは私の気持ちと一緒だから。
思い出すのは子供の分際でと頭ごなしに私を否定するあのくそ親父。女というだけで踏みつけて当然といいたげな、正しい顔をした大人たちの顔だ。
「私も遠藤家の一人、わたくしの役割も責務もわかっているわ。でも、それなら、わたくし自身に戦わせて欲しい。無理やり戦いの場から遠ざけて、人形みたいに押し込めて、それをわたくしのためなんて言わないで欲しい」
そうだ、と私は心の中で答える。
私は私のために戦っているんだ。
その戦いの結果、痛いのも、辛いのも、苦しいのも我慢できる。
でも、戦う資格などないと言われるのは我慢ならない。
私にとって、戦うことは生きることなんだ。
「だから、もしわたくしのためならば、戦うななんて言わないで。だって敵は同じなのよ。なら、一人より二人の方がいいはずよ」
冴子さんは挑むような目つきで私を見据えてくる。まるで敵に立ち向かうように。どれだけ怖くっても泣きたくっても、その一線だけは譲らないと主張するために。
私が、いつも、そうするように。
それを見て、つい笑顔が浮かんでしまった。
…冴子さん、勝手にいい子ちゃん的に思っちゃってたけど、違ってたや。戦いたい戦いたいなんて連呼して、これだけ聞いたらどんなバーサーカーだよってなるよ?
でもわかる。
これが冴子さんなんだ。
考えてみたら、初めからわかってた。
出会った時からいつだって、彼女は戦う女の子だったんだ。
ならば、私と同じだ。
「…了解。思いやりだけなら断ってたけど、そうでないなら願ってもないや。――改めて、お願いするね。私と一緒に戦ってください、冴子さん」
私はそう言って彼女に手を差し出した。
冴子さんは目を瞬かせた後、嬉しそうに私の手を握り返した。
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いするわ。陽菜さん」
そう言って私たちは一緒に微笑みあった。
「これで、私と冴子さんは――そうだね、この時代的にいうと戦友ってやつだね」
「戦友ですって?」
「あ、まずかった?じゃあ別の言い方に」
「駄目よ!戦友、戦友がいいわ!…ふふ、まさかそんなふうに呼べるお友達ができるなんて…!」
冴子さんなんかぴょんぴょんしてる。戦友でめっちゃ喜んでるよ…!冴子さん、それ厨二病の症状だからね…!
なんか冴子さんの完璧令嬢なイメージがどんどん崩れていく。まあ、その方が可愛くて全然好きだけどね。
「まあ、呼び名はそれでいいとして、これからどうするか考えなきゃ」
はしゃぐ冴子さんには悪いが、いつまでもこのダンジョンが維持できるわけじゃない。死なば諸共作戦を取らないなら、次の手を考える必要がある。
「冴子さん、外の男たち相手に無双とかできる?」
「?無双というのはよくわからないのだけれど、対処できるとして不意打ちで三人が限界ね。こんな開けた場所では、取り囲まれたらもう何もできないわ」
「それでも三人はなんとかできる冴子さん、カッコ良すぎる!でも、それじゃどうしようもないね…」
その志乃とやらが連れてきた男たちは、ぱっと見だけでも十人はいる。ほんと、か弱い私相手に何人出動させてんだよって話だよね。もっとなめてくれ!
私が唸っていると冴子さんが外を眺めながらポツリと口にした。
「あら。一等館のすぐ隣りに建ってるわね、この建物。これなら二階から一等館のバルコニーに飛び移れないかしら」
「うぉっと!え?そんな映画みたいなのやっちゃうの?できるの、それ」
「流石に今私が着ている着物だと辛いわね。でも、実はいいものがあるのよ」
冴子さんはそう言って風呂敷を持ってくる。
「ここに連れて来られる前にちょうど引っ張り出していたのや。何が幸いするかわからないわね」
そう言って冴子さんが取り出してくるのは、ドレスっぽい服だ。
「…ん?全然動きやすそうに見えないけど?」
「着物よりは余程マシよ。それに一等館にはドレスコードがあるからちょうどいいわ」
冴子さんはそう言いながら嬉々としてドレスを広げていく。膝丈下くらいまであるワンピースのドレス、あとは可愛らしい靴や帽子、手袋に小さいハンドバッグとつづく。どうみても飛んだり跳ねたりできる格好には見えない。
しかし冴子さんは問題ないという風に話を続ける。
「それより問題は貴女ね。一等館でその格好はとても無理だわ」
そう言って云々と悩む冴子さん。うん、それより前の、飛び移ることは無理じゃないっていいたいのね。でもね。一般人はそんなのスタント無しじゃできないからね。
「あ、あのー」
「そうだわ!いっそ貴女、この和服を着てちょうだい!」
「ぅえええ!や!無理!無理だから!」
「確かにこの銘仙だと流石に一等館では厳しいけれど、それはわたくしのお付きという感じにすればなんとかなるわ!」
「そういうことじゃなくて!そもそも飛び移れないから!冴子さんだって辛いっていうなら、私は絶対無理!」
「あら、大丈夫よ」
冴子さんはなんともないという顔をする。
「わたくしが貴女を抱えて飛ぶもの」
「は、はえええええ!!」
思わず全力で叫んでしまった。
え?つまりあれでしょ?私をその、お、お姫様ほにゃららで飛ぶってことでしょ?
なに?冴子さん、少女漫画のヒーローなの?王子様だったりするの?
なんか、想像しただけで熱が出そうだ。
「わたくしの服を着るのは嫌…?」
なんか冴子さんがしょんぼりしてる。
「い、いや、そんなことないよ!どちらかというと、ほら私こんなドロドロじゃん?服を汚しそうで申し訳ないというか!そういうね!」
「いいのよ、そんなもの。戦友じゃない」
冴子さんの戦友ポジションの位置付けが謎だ。
しかし、冴子さん、どうも本気の本気らしい。…私も腹を据えるか。
「…その、本当に、なんとかなるの?」
「ええ。少なくとも飛び移ることは請け負うわ」
冴子さんの瞳に迷いはなかった。
だから、考える。
平面で逃げるのではなく立体に逃げる、というのは確かに名案だ。だって私じゃ考えつきもしないし実行もできない。だからこそ、あの志乃とかいう女の意表ををつけるかもしれない。
ただし問題が一つあった。
「冴子さん、私建物は一階分しか出せないんだ」
「え!…そ、そうなの…」
すっかりその気になっていた冴子さんは、少し気がそがれたという顔をした。
「じゃあ、これも無理ね」
「…ううん。これしかないよ」
少なくとも強行突破でうまくいく想像がつかない。どうやっても私か冴子さんかに犠牲が出る。
二人してこれから戦っていくなら、無理でも成功させなきゃ嘘だ。
考えろ。
どんなに詰んでいるようにみえても諦めるな。
いつだってそうやってきたんだ。
立ち返るのはいつだって同じ。情報物理学だ。
なぜ私は一階分しかダンジョンを出せないか。それは情報量、つまり私の脳が生み出せるリソースが足りないからだ。
そのリソース内ならば、イメージする場所を変えることで地下に建物を出したり、階段だけ残して後は消したりできる。
更にもう一つ。
私が正確に思い浮かべることができ、思い入れの強いものならば、制約を無視して出現可能であることもわかってきた。
この能力、こう並べてみると厳密なようで割と緩い。
要はイメージの力なのだ。
イメージ出来るなら、出来ないこともできる。
そう言い聞かせて、私は喫茶店の階段に足を伸ばす。その足はすぐに見えない透明の壁にぶつかって止まった。
こっからだ。
イメージしろ。
この喫茶店には、カウンターなんてないって。
頭がメリッと音を立てた気がした。途端に空間がブレるように歪み始める。
「ひ、陽菜さん?!何をしているの?」
「ごめん、少し黙ってて」
私は息をするのも止めてイメージを続ける。
あんなに散々私のアパートに一人いる自分をイメージし続けたんだ。
無茶なイメージには慣れている。
そして。
不意に足が前に進んだ。
「か、カウンターが消えたわ!」
冴子さんの悲鳴が聞こえた。
それを聞いてホッとした。
カウンターに使っていたイメージの容量の分、階段の先を作ることに成功した。
これで道はつくれる。
「冴子さん」
私はそこから先の計画を伝えていく。
「まずは先にいつでも抜け出せるよう、着替えておこう。で、準備ができたら、私はさっきみたいにイメージに集中する」
「ひ、陽菜さん、大丈夫なの…?顔色がだいぶ悪いのだけれど」
「大丈夫、とは言い難いけど、あの外の男たちに捕まるのに比べたら百倍マシ」
「陽菜さん…」
なおも心配をする冴子さんを制して私は続けた。
「今の要領で、この一階で無駄なものをどんどん消していって道の先を作っていく。目標はあの二階に見える窓までね」
「あ、あんなに先まで…」
「やるしかないなら、やるだけだよ。…でも、多分私はそれにかかりきりになる。下手すると動けなくなるかも。だから、冴子さん、そっから先は私を連れてあっから飛んでほしいんだ。――頼める?」
私はそう言って無理やり笑って見せた。
それをみて、冴子は軽く息を吸い、
「――任せなさい」
相変わらずカッコよく、そう言い切ってくれた。
*
そこから、私と冴子さんは急いで着替えをしていく。洋服については冴子さんも着慣れていないとのことだったので、スマホで調べながら調整した。
「あなた、その板はなんなの?それを見ただけで急に詳しくなるなんて…なにかの暗示の一種?」
「あー、どう説明すればいいか…まあ、なんでも読める本だと思ってて」
「本ってそんなに小さな」
「ま、そこはおいおいね…。しっかし、冴子さん綺麗すぎ。ちょっと撮っといていい?」
「な、何か目つきが怖いわよ?陽菜さん」
「ちょっとだけ!ちょっとだけだから!」
そんな風にわちゃわちゃしながら着替えを進めていく。
この時代に来て、こんな時間を過ごせたのは初めてだ。そう思うとつい目頭がツーンとしてくる。
「どうしたの、急に?」
「ん?えへへ、なんでも!それよりこれが終わったらまたこうして話そうね!」
「大袈裟ね。当たり前じゃない。何せ私たちは戦友なのよ?」
「冴子さんのいう戦友、万能すぎ」
そう言って笑う。
そして心に決める。この時間を守るためにも絶対成功させるんだって。
そして。
「準備はできたわ。…じゃあ、お願い」
「了解、戦友」
私はそう言って集中する。
途端、空間が地震のように揺れた。
「ひ、陽菜さん!」
そう言って冴子さんは私の手を握る。それをしっかり握り返して、私は奥歯を噛み締めてイメージを続ける。私のアパートを作る時みたいに、視界が赤くなっていく。頭がちぎれそうなほど痛い。
でも、頭にあるのはイメージだけだ。
私のダンジョンに机なんていらない。椅子なんていらない。置き物ももちろん、棚だって不要だ。
だから、道をよこせ!
先に進める道を!冴子さんと一緒に行ける道を!
「いっけえぇぇぇぇぇ!!」
空間が一瞬、あり得ないほどにねじ曲がって――そして、おさまった。
「…はは。もう壁と窓と扉しかないじゃん」
思い切って引っ越し直後の建物にしてしまった。消せるものは、もう全部消しきった。
「陽菜さん!いけるわ!これなら向こうに問題なく飛び移れる!」
二階に上がっていった冴子さんの声が聞こえてきた。
それを聞きながら、意識が飛びかける。
途端空間が一瞬薄れ、私はあわててイメージを復活させた。
…あー。マジで限界かも。
「冴子さん。時間がないや」
そう言って倒れ掛かる私を、いつの間にか階段を降りていた冴子さんが支えてくれる。
「後は私の役割よ。貴女はわたくしの腕の中で休んでいて」
ふわっと浮遊感を覚えたと思うと、気づけば私は暖かい腕に包まれていた。
「…冴子さん、イケメンすぎ」
「あいかわらず、何言っているかわからないわね。…強がりはやめなさい」
冴子さんは意外と力強く私を抱えるとそのまま階段を駆け上った。
「もうすぐレースが始まるわ。人の目がそちらにくぎ付けになる。その瞬間を狙いましょう」
窓際で軽く様子を見ながら冴子さんが言う。
その手を私は引っ張った。
「冴子さん、一個だけ。タイミングだけ合わせてほしい。このまま窓を開けたら建物全体が見えちゃって大騒ぎになる。だから冴子さんが飛び立つタイミングで、私はダンジョンを消す。――だから冴子さん。私を信じて飛んで」
私は最後の気力を振り絞るようにしてそう伝える。
冴子さんは、ふっと笑って、私を抱く腕を強めた。
「任せるわ――陽菜さん」
信じる通り越して、任せちゃったよ。私はそう思って笑う。
なんて、嬉しい言葉なんだ。
やがて外から先ほど聞こえたようなバン!という音が響き、すさまじい歓声が上がり始めた。
いよいよその時が来た。
「じゃあ、いくよ。合図は1、2、3で通じる?」
「わかるわ」
冴子さんは窓から離れ助走の体勢をとる。
「1」
私はそう言って声を上げた。
「2」
冴子さんが声を重ねて走り出す。
「3!」
瞬間、世界が止まったように見えた。
はは。
私本当に飛んでるや。
足元には、レースに夢中な人々の頭。
その中には、レースも見ずに私を包囲しているつもりの何人もの男たちもいる。は!そのままバカみたいにうろうろしてな!
顔を上げれば、白い帽子をかぶりただ前を見据える、凛々しい冴子さんの横顔。
その先は――――――空。
気づかなかった。
今日、こんないい天気だったんだ。
そこで、私の意識は一度途切れた。
*
気が付くと、冴子さんの顔が見えた。
どうやら、膝枕をしてもらっていたらしい。めちゃくちゃ恥ずかしいけど、なんか嬉しい。
「…気が付いて?」
私が目を開けたのに、冴子さんはすぐに気づいたみたいだ。
「どれくらい寝てた?」
「30分ほどね。立ち眩みってことで、長椅子をお借りしているのよ」
言われると、私が寝てるのはソファの上で、ここは事務室のような場所だった。
「じゃあ、すぐ起きるね。綺麗な服汚しちゃ悪いし」
起きようとする私を
「いいから寝ていなさい。無理すると怒るわよ」
冴子さんはそっと押さえた。
ふふ。なら、お言葉に甘えちゃお。
「…あいつらに、見つかってない?」
「大丈夫みたい。あの人たち、ずっと下で右往左往しているわ。
…それに、あの人たちの身なりじゃ一等館にはこれやしないわ。このまま人ごみに紛れて出ていきましょう。この場所をお借りする前に、叔父様を電話でお呼びしたの。わたくしたちだけだと浮いてしまうでしょうけれど、叔父様と一緒なら問題なく外に出られるはずよ」
「そっか…」
冴子さんと一緒に、あの男達から逃げ延びた。そう思うと、じんわりと温かいものが胸の中にわいてきた。また、泣きそうな気持になる。
しかも、しかもだ。
私は懐にしまったがま口を開いた。そこにはお金がある。294円。私の戦いの、成果だ。
見たか神様。私、やり切ってやったぞ。
それも。
この時代で勝ち得た、最高の友達と一緒にさ。
「…これからどうするつもり?」
冴子さんはそこでそっと聞いてきた。
「……まあ、あてはないんだけどね。それでもお金はあるし、何とかするよ」
そう答えると冴子は軽くため息をつき、そしてにらむ。
「…一人で戦わないでって言ったでしょう」
「いや、そうはいっても他にどうしようもないし…」
「……それについて、少し考えがあるのよ。…やっぱり、家に来てほしいの」
「いや、それは――」
迷惑はかけられないと言いかけた私の口を、冴子さんはそっと手でふさいだ。
「迷惑じゃないわ。…わたくしにはわたくしの打算がある。願いがある」
冴子さんは遠くを見ながらそう言った後、ふたたび視線を私に落とす。
「そのための手助けをしてほしいの。その代わり、わたくしが、貴女にないもの、居場所だとか身元だとかを渡してあげられる。だから――あくまでこれからの戦いのためよ」
「…ギブアンドテイクってわけだね」
「あら。いい表現ね。その通りよ」
冴子さんはそう微笑んでから、再び真剣な顔を作った。
「…それに、お祖母様の手を逃れるためには、我が家が一番安全だとおもうの」
「…なんで?いわば適地ど真ん中じゃない?
「お祖母様は家族にご自身の行いがばれるのを恐れていた。だから我が家の中で強引な行いをするわけにはいかないはずだわ。
それに、うちの店の取引先には軍もいるの。あなたを狙っている裏社会の人たちも、流石に家の者には手を出せないわ。
……お祖母だって本当は家族思いの方だもの。きっと、これであきらめてくださるわ」
そう祈るようにつぶやく冴子さん。
その顔を見て―――一緒に賭けてみたいと思った。
「なるほどね。…でも、お母さんだっけ?反対されるんじゃない?」
それを言うと冴子さんは顔をこわばらせ、拗ねたように目をそらす。
「……それはそうなのだけど…」
そして一点、今度は私の手をしっかりと握って詰め寄ってくる。
「だから作戦会議をしましょう?先ほどみたいに道を見つけるの。いい?」
まったく、かなわないなあ。
こうやってお願いされたんじゃ仕方ないよね。
私は笑ってからがま口を突き出した。
「じゃあさ。何にでも応用が利く手を今ここで打っとかない?」
「今、ここで?何をするの?」
「何って、ここ、競馬場だよ?」
私はそう言ってニヤリと笑った。
なんにしたって軍資金は必要なんだ。せっかく、あの男たちに追われずに、びくびくしなくてもいい場所に入り込めたんだ。今度はあんまり派手にならない程度に、上手いこと稼いでいこうじゃないか。
私の意図が分かったのだろう、冴子さんは目を丸くした。
「貴女、あんな目に遭ってもまだ諦めないのね」
「勿論。それが私、IPOのヨルこと朝霧陽菜なんだよ?冴子さん」
そうふざけて答えると、冴子さんはまじまじと私を見つめ―――そして大きな声で笑いだした。
「本当に貴女は――そう、カッコいいわね」
慣れない未来の言い方に、私も思わず吹き出してしまう。
私たちは二人、年相応に、ただひたすらに笑い続けた。
みた?1928年。最後にちゃんと笑ってやったよ。
ざまあみろ。
これにて、「帝都東京で配信中!」第1章はいったん完結です!!!
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!!!
正直、気合を入れて投稿したのはいいのですが、こんなニッチな作品誰も読まないだろうと思っていました。しかし、思いのほか多くの皆様に読んでいただくことができ、反応いただけて、本当に励みになりました。
この作品はまだ一章を終えたばかりであり、まだまだ続いていくことを予定しています。今後ともどうぞよろしくお願いします!
続く第二章、物語のフェーズは一変します。
今までは、他の人とか関係ねーやな、孤独なサバイバルでした。
しかし、第二章、彼女は否応なく、この時代のルールに巻き込まれていきます。
それでもめげないのが、陽菜ですけどね。
ということで、次回以降女中編開幕!……まあ、その前のハードルが異様に高いのですが。
【今後のスケジュールについて】
作品クオリティの維持・向上のため、ここからは「毎週火曜日と金曜日 19:00」の定期更新に切り替えていきます。
次回の投稿は、3/27(金)の19時です!
一話一話大切にお届けしていきますので、引き続きよろしくお願いします。
「1章完結おめでとう!」「スカッとした!」と思っていただけましたら、ぜひブックマークの継続と、下部の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援をお願いします。その一票が、第2章をより豪華にするガソリンになります!




