21話 目黒競馬場怪事(表)~黄金の輝きは瞬く間に消える~
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ついに勝負に出た陽菜ですが、大金の動くその場所が陽菜にとって安全のはずがありません
1928年4月8日。
狂騒の目黒競馬場で、私は行動を開始した。
新聞記事の情報が正確であることはわかった。なら次の準備が必要だ。
さっきの入り口の一件でわかった。ここでこの格好で一人うろついている私はやっぱり浮いてるんだ。
言われてみれば、あたりに見かけるのは、みんなそれなりにいい格好をしたやつらか、恰好は私と同じような感じでも集団で固まっているやつらばっかりだ。
そんな中、大金を手に入れるんだ。万が一のために隠れ場所を見つけておいた方がいいだろう。
ということで、ストリートビュー、オン。
すると、意外とこの競馬場、未来には影も形もなくなっているみたいだった。うん。普通の街って感じ。駆け込めそうなお店とかもそれなりにあるね。
しかし問題がある。
競馬場って基本客がいるのはスタンドから上で、一階部分少ないんだよね。一方私がダンジョン生成で出せるのは一階部分だけ。ダンジョンが作れそうなのは、金持ち用の建物とこっちの建物の間の、柵のあるあたりのスペースくらいだ。
おまけに街並みがまるで違ってるから、2028年での建物の位置関係を把握するのがかなり難しい。次のレースが始まるまでまだ時間があるみたいなので、その間にマップと睨めっこしながらダンジョン生成を何度も試していく。場所のイメージを微調整して思い浮かべるのって結構疲れるよ…。
それでもしばらく試すことでなんとか建物の間にあるスペース側で喫茶店的なダンジョンの生成に成功した。よし、今の場所ね。覚えとこ。
さて。これで退路も確保した。
いよいよだ。
勝負と行こう、1928年。
馬券を売ってるところに行ってみるともはや獣丸出しの男たちが列をなしていてめっちゃ怖い。
うへぇ…。あんな中に突っ込んでいくのか…。まあ、仕方ないけどさ。
できるだけ体を縮めて身を固くさせ、顔を伏せる。どうしたって人とぶつかることになり、ムッとした汗と泥の匂いに酔いそうになる。早く、早くと願っていると、私の番になった。
「ん、次」
窓口の男はなんの説明もなくそう言ってくる。
ただ私も流石に調べてあるからまごついたりしたい。私は無言でノートの切れ端を手渡す。そこに、ゴールデン一枚と書いている。これで声を出して疑われる心配はない。
しかし、私の意図に反して係の人は怪訝そうな顔を隠さなかった。
「…坊主。旦那か女将の使いか?けったいな紙に書いてきやがったな。…まあ、いいか。二十円だ」
私は握りしめていたお金を支払うと馬券をしっかりと受け取った。
「掏られんじゃねえぞ。…後な、今度からは大人を使いによこせと言っとけ」
私は必死に頷き、そのまま急いでその場を離れる。絡みついてくる周りの男の目を振り払いたかったからだ。
ひー!こわ!こわ!
これもう一回やんないとダメなのが今から嫌すぎる。
とはいえ、これで大金への片道切符は手に入れた。
私はチラリと窓口横の黒板を見る。各馬の名前とオッズがそこに書かれている。
ゴールデンはなんと14.7倍。なんせ今回初出場のやせ馬だ。他に人気の馬が多数出場する中で、大穴中の大穴だ。
だから私はこのレースを選んだんだ。
私はできるだけ人が少なくて会場全体が見渡せる場所を選んで立つ。どうもそろそろ始まるみたいだ。
待ってました。私はこっそり配信を再開する。どうせこれからの時間はみんなお馬さん見るのに必死でこっちなんか気にしないでしょ。
…それに、こんな場所に一人いるのはやっぱ辛いからね。画面の向こう側であっても仲間は欲しい。
「さあ、お待たせしました。IPOのヨルです。いよいよこの時がやってきました」
私はスマホにこっそりささやきながら、競馬場全体をこっそり映した。
「見えるかな?バーン。目黒競馬場です。見てください、この溢れんばかりの人の渦!これみんな今日のレースのために来ているんです――お、始まるみたいですよ?」
その言葉通り、馬たちがテープみたいな物の前に勢揃いしている中で、微かに係員の声が聞こえたかと思うとバン!とテープが跳ね上がった。
馬たちが筋肉を波打たせて一斉にスタートした。それにつられるように会場の空気が沸騰する。
「うひゃあ…。すごい声。まあ、こうしてレースがスタートしたところで、今回の検証について説明します。あの、後ろから三番目あたりの黄色いゼッケンの馬、見てます?あれが今回の優勝馬、ゴールデンです」
見た感じ騎手の人は必死にやっているが、馬の方は会場の空気に戸惑っているのかあんまり真剣に走ってる感じがない。
…これ、ほんと大丈夫だよね…?私の二十円がかかってるんだよ…?
「…えー、色々不安はありますが、このレースこのあと波乱があるみたいですね。確か先頭を走っている馬の騎手が落馬してしまうんです。幸い怪我とかはないみたいなんですが、それでレースは大荒れに…」
行っている側から、凄まじい怒声が会場にこだまする。
見ると本当に騎手が一人地面に転がっていた。すぐに立ち上がるものの馬は遥か彼方。レースとしては復帰は無理だろう。
――情報通り!
これがトップ集団の馬たちの足並みを大分乱してしまったようだ。全体が団子のように混ざり合い、レースは混迷を極めていく。
その集団の真横から、まるで黄金の光のように黄色いゼッケンがまっすぐ飛び出していった。
――ゴールデンだ!
「来ました来ました来ました!ゴールデン!ゴールデンです!」
まるで競馬の実況のようになってしまった。でも仕方ないっしょ。だって私の未来がかかってるんだし。
「情報は本物でした!やはりこの世界は歴史通りの1928年で間違いありません!すごい勢いです!このままゴールまで一直線です!」
しかし、勝負の行方はまだわからない。意地を見せたトップ集団の一頭がグッと加速してゴールデンとの距離を詰めていく。ゴールデンはガムシャラに走るが経験値は低い。徐々にその距離は狭まっていく。
「いけ!逃げ切れゴールデン!」
気づけば私は叫んでしまっていた。しまったと思った時はもう遅い。周りが別の馬の名を呼ぶ中で、私の高いその声は妙に響いて聞こえた。
私は駆け出すようにしてその場を離れる。
レースの様子は気になるが、それどころじゃない。男装ってだけで追われる身なんだ。そこに大金が絡んできたら何をされるかわかったもんじゃない。
そんなことを思っていると、会場が怒声一色に染まった。みんな手に持っている馬券を放り投げている。
――勝負が決まったらしい。怒声が上がったということは、勝ったのはやはりゴールデンなんだろう。
人に取り囲まれないうちに、さっさと換金をしてさっさと逃げる。そう決めた。
換金場所は、さっきの窓口の隣にある。私は駆け込むようにして、そこに馬券を突き出した。
「…あんた、こらあ大当りですねえ」
几帳面そうな顔をした眼鏡の男が、私の方をねめつける。私は帽子を目深にかぶりなおすと、返事の代わりに舌打ちを一つして見せた。
「…あんた、その成りだと馬券なんて買えないでしょう。…掏ったもんじゃないでしょうなあ」
そう言ってねめつけてくるから、私は出来る限り低くてかすれた声を出して答えた。
「だ、旦那に言われてるんで。早く持って来いって」
私はそのままいぶかしんでいる男の顔先にずいっと手を突き出て金を渡すよう要求する。
我ながら態度は最悪だが、そうも言っていられない。だんだん、換金所近くに人が集まり始めているんだ。ここでとどまっているのは本気でヤバイ。
「……ま、そういうことなら」
男はしぶしぶという感じで、金庫らしきところから紙幣を何枚か引っ張り出してくる。
「…はいよ。おめでとうさん」
見た感じ百円と書かれた紙幣二枚に十円と一円の紙幣が何枚も束ねられている。少なく見積もっても250円以上あるだろう。
よし!目的達成!これで当面、お金に困る必要はなくなった!
私は逃げ出すようにそこから離れようとして―――既に男たちが壁のようにして群れを成しているのに気が付いた。
「すげえなあ、坊主。運がいいじゃねえか。どっかの悪いやつらに奪われないように気を付けないとなあ?」
「何なら俺らが、安全な場所まで連れてってやるよ」
そう言いながら、その視線は私の握り締めているお金に注ぎ込まれている。
「しっかし、整った顔の男だな?本当に男かあ?」
「それも兄さんたちが確かめてやらないとなあ」
そう言ってげたげた笑うのを見て、私は自分が本当に追い詰められていることを自覚する。
どうする?もう少し距離を稼ぎたかったが、ここで切り札を切るべきか?
そんなことを考えていると
「――仕方ないですね。こんなところにいるだなんて」
ぞっとするような声が聞こえてきた。
振り向くと、男たちの間をいつの間にすり抜けてきたのか、女が一人立っていた。
――間違いない。その声は、忘れたくたって忘れられやしない。
あのネカフェを一日で踏みにじられた夜、男達を率いていたあの女だ。
「あのお方が御待ちです。いい加減、観念なさいませ」
*
女の登場に、その場はしんと音を消した。そうさせるだけの妙な迫力が女にはあった。
「なんなんだ、あんた」
「そこの使用人の関係者ですよ。一緒にさる高貴なお方に仕えていたのですが、お金を奪って逃げだしていったので捕まえに来たというわけです」
「…そう言って、美味しいところをかっさらおうとするつもりなんじゃ」
そう言って男の一人がすごんで見せる。しかし、それも、女の後ろから、特徴のない服を着た男たちが大勢現れるまでだった。
「――詮索ご無用で願います」
女はそう言って静かに笑った。それで、その場の決定権は、女にあることが誰の目にも分かった。
――それでもあきらめる気はない。
「お金を奪ったのはそっちだよね?そんな泥棒が私になんか用?もしかして、奪ったお金を返してくれる気にでもなった?」
それを宣言するつもりでそう聞いてみる。
「用向きは初めにお伝えしたでしょう?マレビト様のお迎えですよ」
「それにしちゃあ、ずいぶんな扱いをしてくれたみたいだけど?」
「ああ、あの愚か者たちのことですか。ご安心ください。あの者たちが現れることは二度とありません。既に処理は済ませておりますので」
何でもないことのようにそう答える女に改めてぞっとする。
くそ!負けるな!私!
とにかく隙を作るため、時間を稼ぐ。それしかない。
「そもそも、なんでここに来られたわけ?こんな大勢で待ち伏せなんてなんでできるのさ」
私の質問に女は鼻で笑った。
「お金のないものの考えることなど手に取るようにわかりますよ。特にあなたは、時を違えたマレビトです。きっとその知識を悪用するためにふらふらやってくるだろうと思っていました」
その言葉は聞き捨てならなかった。
「……あんた、私がどこから来たのか知ってるの?」
私の質問に、女は、やはりこともなげに答えた。
「もちろんです―――あなたをお迎えしたのは我々なのですから」
は?なにそれ?
私を迎えた?
どういうこと?私がこんな時代に引っ張り込まれたのは、こいつらがなんかした結果ってこと?そんなこと出来んの?
完全に面食らっている私をよそに女がパンと手をたたいた。
「ここで立ち話をしていては皆様のお邪魔になるでしょうし、場所を移しましょうか。よろしいですね」
その一言で男たちがすっと動く。私が反応する間もなく、私を取り囲む人の輪が何重にもなって完成していた。
「…これ、あの男たちと何が違うっていうの?」
「ご安心ください。これは警護です。無体な真似は致しませんよ――あなたが私たちに従う限りは」
「……あっそ」
私はため息をつくと、女に従って歩き始めた。
…もう終わりだ。…何もかも諦めた。
――そう見えるように。
「…ところでさ。あの男たち、私のことなんか言ってた?」
「あんな愚か者の言うことなど聞く価値もなんてありません」
ふーん。じゃあ、知らないんだね。
私の切り札のことは。
一番恐れていたのは男たちに直接取っつかまったり、この前の男達みたいに問答無用で意識を奪っていくことだった。
しかし、女はそれをしなかった。男たちをただ物理的な壁として配置しただけ。
私に壁なんて通用しないのに。
「生成」
私は目を閉じて、そう唱えた。
「な!消えた!そ、そんな、おかしな気配など何も――!」
女の慌てた声が聞こえる。いい気味だ。
アパートにいる自分を確認しながら、私はそう思う。しかし、今回は消火器の出番はない。この前は密室内で、敵が二人しかいなかったからできたことだ。だから今回は、ただ逃げの一手だ。
私はアパートの壁際まで走り寄ると叫ぶ。
「解除!」
途端、視界が競馬場に戻る。私を取り囲んでいた男たちの壁をギリギリのところで突破できた形だ。
「い、いました!あそこです!」
男の声がした。私は構わず逃げる。
既に鼻の奥から血の匂いが漂ってくる。何度も連発して私のアパートに逃げ込むなんて絶対に無理だ。だから、最初に目星をつけていた隠れ家に逃げ込む。それしかない。
「とらえなさい!多少手荒な手段を使っても構いません!」
女の声が聞こえる。
おいいい!ここ公衆の面前なんですけど?!暴力解禁はめちゃくちゃじゃありません?!
そんな危機感が火事場の馬鹿力になったらしい。背中に近寄る男たちの手を感じながら、私は何とかスタンドの端、柵ぎりぎりにたどり着く。
「生成ー!」
必要ないんだけどつい口にした。今度は、私のアパートではなく、2028年のこの場所にある建物、喫茶店が出現する。
私は乱暴に扉を開けると、男たちの手が届くギリギリ前に扉を閉めることに成功した。
*
「ふ。ふふふふ。ふふ」
喫茶店にたどり着いて、私から漏れたのはそんな乾いた笑い声だった。
ギリギリ逃げ切った。
でも、それだけだ。
表を見れば、女は男たちを手配して喫茶店の周りを取り囲むように配置している。この前のコンビニの時と同じだ。既に私のダンジョン立てこもりは通用しないと考えた方がいい。
しかも、長くはもたない。
既に頭が重くなってきている。昨日あれだけ無茶をしたんだ。そして今日も朝の宅配ボックスに、さっきのとっさのアパート生成。体感では、既に長時間ダンジョンを出したのと同じくらいの疲労感がたまっている。
「……あ、そういえば、配信切ってないや。どうせなら聞いてみる?研究所のみんなにまた逃げる手段でも」
空元気にそう口にするが、その気には全くなれない。
だって何とかできるとは思えない。
ここは競馬場のど真ん中なんだ。そんなところで下手に騒ぎを起こしても、そっから逃げる手段なんてないし、相手はそれを読んで取り囲んでるんだ。突破できるとも思えない。
「…せっかく、大金を手に入れたのに、喜ぶ時間もないなんてね」
私は握り締めた紙幣を見つめた。
しめて294円。途方もない大金だ。この時代の高給取りの数か月分にもなる。
でも、意味がない。この状況を打開するのには、何一つ役には立たない。
「……成りあがるなんて結局夢のまた夢ってね」
負けたくなかった。
自分一人でも生きていけるって、そう信じたかった。
だけど無理だった。結局私は捕まって、踏みにじられて生きていくしかないらしい。
…こんな感じにつかまっちゃうなら、せめてレースの前にもう一度くらい、冴子さんに挨拶に行くんだった。
そんなことを思う。
思えば、私のサバイバルの唯一の成果だ。
冴子さんと知り合えたこと、友達と、そう呼び合えたこと。だからこそ、悔しい。
「……ああ。会いたいな…冴子さん」
そんな誰にも届かない弱音がつい口から零れ落ちて―――
「―――え?」
お読みいただきありがとうございました。
今更ですが、この作品はフィクションであり、現実の出来事とは一切関係ありません。
この日競馬なんてないんですけどとか、オッズ14.7とか嘘っぱちなんですけど、とか、ゴールデンが勝つなんてふざけるな金返せとかは聞きませんのであしからず。
さて、いよいよ陽菜に迫る組織の姿が少しずつ見てきました。
陽菜を「お迎えした」という志乃。何と陽菜はタイムトラベラーではなく、「召喚勇者」だった!?
その真意は物語が進むにつれ徐々に明らかになるでしょう。
さて、次回、裏パートです。囚われの冴子の身に何が起こるのか。刮目ください。
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