20話 無一文でも二十円は稼げる。そう!Amaz〇nならね!
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競馬は上層階級の娯楽でした。一口二十円。当時のエリート、大卒初任給の実に半分。
庶民たちは、金を寄せ合って何とか一勝負がいいところです。
そんな中、ラストチャンスを掲げる陽菜はどうやってその切符を手にするのでしょう。
競馬での大勝負。
それが私のサバイバルで残された最後の賭けだ。しかし、それには一歩目から馬鹿みたいなハードルが設けられていた。
無一文の私が馬券を買わなければいけない。しかもだ。
「はあ?!!馬券が一枚二十円???」
調べてみた私は思わず叫んでしまった。
この時代、大卒サラリーマンの初任給が大体五十円くらいだ。その半分近くをギャンブルの最低金額として吹っ飛ばせということらしい。
いやいやいや!そんな大金、そもそもお金を取られる前から持ってないんだけど??
というか、入場にすら、最低二円もするという馬鹿馬鹿しさ。
うがー!貧乏人には一攫千金のチャンスもないってか!あー、もうチャンネルで予告しちゃったよ!勢いで決めずにちゃんと調べとけばよかった!
今からでもよしてしまうか、という気持ちが膨らんでくる。しかし、もう一方で、では他にあてはあるのかという冷徹な私の声がする。
私には、もはや継続的な商売の道はほぼない。どこかに最低の条件で囲われるかひたすらダンジョン飯でこそこそ生き続けるかだけだ。しかも追手つき。こんなの気づいたら死んでる未来しか思い浮かばない。
何もない私が生きていくためには、いざという時のため、できる限りまとまったお金はなんとしても欲しい。
「そうだよ。ずっと商売していくんじゃなければ、選択肢はまだ残ってる」
もう一回くらい、目の前の商売だけなんとか成功させるんで良ければ、なんとかなるかも知れない。後で怪しまれようが、その頃には私は競馬で大金掴んで高飛びだ。
「要はあの質屋みたいなことをもっと計画的にすればいいんでしょ」
リスクの低い商品を選び、それをちゃんと設定を練った上で持っていく。当然、売り物や売り先もきっちりと考えなければいけない。
「よし!やるぞ!」
不安な気持ちを吹き飛ばすよう、そう口に出して言う。
出来るかどうかなんて考えない。
やる。それしかないんだ。
*
そして次の日。四月八日当日。
まずは私は清澄白河に向かった。物を回収する必要があるからだ。
私は男装姿で、できるだけ顔をハンチング帽で隠しつつ目的地に向かう。
何せ監禁されていたのは目的地のすぐ近くなんだ。ここで追っ手に見つかるわけにはいかない。まあ、昨日の今日で私がここを彷徨いているとは流石に向こうも思わないだろうが、それでも不安で心臓が飛び出そうなほどバクバク言っている。
不安というならもう一つ、不安要素があった。
「昨日は一日土蔵で過ごしたんだし、流石にもうダンジョン生成行けるよね?」
昨日は作戦を立てた後は完全に気を失っていた。それくらい、任意の場所にダンジョン生成をするのは消耗する。だから、その疲労が残っていたら、うまく生成ができないこともあり得る。
だからこそ、冷や汗をかいてここまできたわけだから、それは杞憂に終わった。
私は無事に目的地に辿り着くと何事もなくダンジョン生成に成功する。
現れたのは、私のアパートに備え付けられた宅配ボックスだ。
昨日、気を失う前にお急ぎ便で翌日午前中配達に指定した荷物がその中には入っていた。
今日のために、向こうの世界で買った商品だ。
今回買うべきなのは、見ただけでオーパーツって感じの製品ではないもので、かつ、中古品として売っても二十円以上で売れるくらいに、この時代でも高値の製品でなくてはならない。
流石にそんなもの、ダンジョンとして生成したコンビニやスーパーで売っているわけもないので、ポチることにしたのだ。
位置指定によるダンジョン生成では、2028年の建物がその時の状況そのままで生成できる。だから、宅配ボックスを使えば、ダンジョン生成なんてとてもできない商品もこうして手に入るというわけだ。
ちなみに、今回買ったのは、クラシックモデルの高級腕時計だ。
海外製の腕時計は、この当時五十円くらいしたらしいんだよね。だから、同じく海外製の現代の品なら二十円以上の取引もまだ目はあるんじゃないかなってことで選びました。バックは白で、文字はローマ数字、ベルトももちろん本物の皮だ。ポイントは電池を使わない伝統的な機械駆動式ってところ。これなら海外の試作品的な感じで誤魔化せる可能性はありそうじゃない?
ちなみにお値段三万円ほど。これまでの私ならそんな大金で買い物したら即赤が出るので絶対買わない価格帯だ。しかし、今の私は今月末には動画の収益がマジかよってレベルで入る予定なのでクレジット払いなら問題なしなのだ。
研究所のみんなには改めて感謝感謝だ。
「お。こんな感じか。――うん。それっぽい」
取り出してみた時計は期待通りの高級感とクラシック感を漂わせていた。
私は物陰に隠れて梱包をさっさと解くとゴミは宅配ボックス内にポイポイする。
これで扉を閉めて宅配ボックスを消せばあら不思議。ゴミも含めてダンジョンのものは消え失せるのだ。便利!
さあ、こっからが勝負の時間だ。
私は高級時計を風呂敷に包むと、そのまま次の目的地を目指す。
目的地は日本橋神田。職人たちの町だ。
当初、これをこのまま専門店に持ち込むことも考えた。でも、多分商売のプロたちに私の付け焼き刃の嘘設定が通用するとは思えないんだよね。どこで買ったかとか細かく問い詰められたら詰むしかないし。かと言って質屋に行ったら、また買い叩かれるのがオチ。
ということで、私は考えました。商人でもなく、質屋でもなく、この時計が欲しいと思う人は誰?
その答えが、職人だ。
職人なら海外の製品を買ったといえば嘘を見抜くのは難しいだろうし、製品そのものというより技術のサンプルとして買ってくれたりしないかな、という目論見だ。
というわけで、私は街を歩き、いかにも職人の店って感じの地味な建物で、表に「時計修繕」という張り紙があるところを見つけ、飛び込んでみる。
「あの、すみません」
「…へい。お客さんですか?…なんでやしょう?」
中に入ると鉄と油のにおいがする埃埃っぽい店の中で、ぬぼっとした少しやせ気味の男性が出てきた。奥にでっかい機械みたいなのが見えるからその匂いかもしれない。この時代の時計職人ってこんな感じ?イメージちょっと違うね。
「実は時計のことでご相談があるんですが、今大丈夫ですか」
そういうと男は少しだけ目を輝かせた。
「お!そっちのお客様だったんですね。――ちょっと待ってください」
男はそういうと足早に洗い場みたいな場所で金盥に水を注ぎ入れると、そのまま石鹸で念入りに手を洗い始めた。そしてその手を更にかなり几帳面に真っ白な布で拭った後戻ってくると
「失礼しました。ではこちらで伺います」
そう言って二階へと案内してくれた。案内された場所は、最初の場所と打って変わって、埃など全くない清潔で几帳面な感じの部屋だった。
「修理ですか?それとも分解掃除で?勿論調整もできますよ」
男が少しそう矢継ぎ早に言ってくるのを私は制しながら用件を伝える。
「そうではなくて…、実は時計の売買についてご相談があるんです」
その言葉に男は明らかにがっかりという顔をした。
「なんだ…。…その、うちは時計の専門店ではないので、他をあたってもらえませんか」
「いえ。その、専門店ではご相談しにくくって。と、とにかく、品を見てもらえませんか」
明らかにテンションが下がってしまった男を何とか引き止めるため、急いで風呂敷包みから時計を引っ張り出す。
「いや、ですから…。――!」
男はめんどくさそうな顔をして頭を掻いていたが、私が風呂敷から時計を出して見せたとたん、息をのんだのが分かった。薄い目を限界いっぱいまで広げ、砂粒一つ見逃さないという剣幕でただ私が取り出してきた時計を見つめている。
「あ、あの、私の父は貿易商でして、スイスから試作品としてこの時計を購入したんです。ですが、不慮の事故で両親はあっけなく他界してしまい、少しでも手元にお金が必要な状況でして…」
不安になった私は慌てて昨日考えた設定を口にするが、男は全く聞いていないという風にただ時計を見続けている。
「な、なんなんだ、これは?ど、どんな技術を使えばこんな…」
そんな独り言がぶつぶつと聞こえてくる。…え?ただ見ただけでおかしいことがばれちゃった?これもしかしてすっごくまずい状況?私がちょっと逃げたくなったきたところで、男は震える声できいてきた。
「そ、その…、少し触らせてもらっていいかい…?」
「も、勿論どうぞ!お確かめください!」
その答えを聞くや、男は道具がいっぱい入ったエプロンを着て、さらに机に何やら革っぽいものを敷いていく。随分丁寧に敷いているなと思っていたところで、男は私のもとに来て時計を受け取るとそのまま机にそっと置いた。
お。なんか漫画とかアニメで出てくる職人って感じのルーペが出てきた。本当にあれ、片目だけにあてて使うんだね。
男はまず時計のガラス面を色々な角度から見たり、指でそっと触ったりしてみせた。
「なんて透明なんだ…!まるでガラスがないみたいじゃないか…!おまけになんだ、このゆがみのなさ!何をどう処理したらこんな芸当が…」
男は、さらにその後時計を裏返すと、流れるような手つきで工具を操って蓋をあけた。
「こ、こんなことって…。信じられない…!なんだこの精巧さは!これは本当に人間業か…?ネジの溝ひとつ、歯車の山ひとつまで、磨き上げられたみたいじゃないか…!なんて、なんて美しいんだ…!」
まるで夢を見るかのような声をあげ、ルーペを限界まで近づけて更にじっくりと部品を確かめようとする。…うん、なんか難癖をつけようとする感じはないね。
「あの、そろそろいいですか?」
私がそう声をかけても、男は微動だにしなかった。埒が明かなそうなので、私は耳元で再び声を張り上げる。
「あの!!」
「は、はい!な、なんでしょう!」
「いい品でしょう?先ほどご説明した通り、その時計を手放したいと思っているんです。でも、両親が無理言ってこっそり手に入れた試作品ということもあり、あまり大っぴらにお店の人にお売りするわけにもいかなくって…」
「は、はあ、そうなんですか」
私の説明に、男は少し魂が抜けたように相槌を打つ。どうも、時計が気になって気になって仕方がないようだ。
…これ、結構いい感じなんじゃない?
売り先を商人じゃなくて職人にしたのは大正解だったみたいだ。
彼は今、未来の技術という途方もない魔力を前に、私の嘘を細かく気にする余裕が全くなくなっているらしい。
「…あの時計、御譲りしましょうか?」
「え!そんな、良いんですか!」
「勿論です。…ただ、父も相当苦労してこの時計を手に入れたようですし、あまり安価でお売りはできないんですが…」
「い、いくらです?言ってみてください!」
お。いいお返事。もうこの時計が欲しくてたまらないって感じだね。そのおかげで、私の言った設定について深ぼってくる様子は全くない。これはありがたく吹っ掛けられそうだね。
「三十円でいかがでしょうか」
「え?さ、三十円?」
男はそう言って、目を少し瞬いて見せる。どうなんだろう?高すぎたのかな?ま、いいや、ここでひるんだら負けだ。
「はい。三十円です。流石にそれより低いお値段ではお売りできません」
「い、いえ。その、なんといいますか……」
男はおどおどした様子で私の顔をまじまじと見つめてくる。畳みかけ時だ。私は言葉を重ねる。
「父がよく自慢していました。あなたが触って確認していたように、この時計のガラスの美しさ、滑らかさは他じゃ絶対に手に入らないものだと。金属も、最新の研究の成果を惜しみなく利用した特別製だそうです。製品化にはまだまだ時間がかかるとも言っていたので、これを逃せば、何時手に入るかわかりませんよ」
そういうと男はなんだか困ったような顔をした。そして、しばらく腕を組んで黙り込んだ後
「……わかりました。その、三十円、ですね」
そうおずおずと答えたあと、使い込まれた財布を取り出すと、中から皺のある十円と書かれた紙幣を三枚取り出した。そして、名残惜しいのか、手の内の紙幣と私を何度かちらちらと見比べた後、決心したように私に手渡してくれた。
しゃーおらー!
三十円ゲットだぜ!え?目標金額二十円のところを三十円って、これ大勝利じゃない?
*
これで勝負のための軍資金も手に入れた。
ここまでは、前哨戦。
これから、いよいよ、私の運命をかけた大勝負の始まりだ。
私は今度はいつもの男装に着替えると、電車に乗り込んで本日最後の目的地を目指す。
目黒競馬場だ。
「…こりゃ、すごいわ」
国鉄山手線の目黒駅から降りたとたん、私はその異様さに思わず足を止めた。
競馬場など見えないというのに、すでに人の波ができている。
着飾った洋装の男たちが意気揚々とクラシックなタクシーに乗り込み、その横を色々な格好の男たちがぞろぞろと通り過ぎる。皆、一様に目を鋭く輝かせて。それはまるで、獲物を奪い合う狼たちの群れを思わせる。
…ひるむな私。あんな奴らがいくらいようと関係ない。そう言って私も又、その人波に加わった。
道を進めば、次第に町の様子そのものが異様に研ぎ澄まされていく。
路端に蕎麦屋やおでん屋のような屋台が並び、その隣でいかにもいかがわしい感じの看板を掲げた占い師っぽい人のところに行列ができている。食べ物の匂いと抹香くさい匂いが混ざり合って正直息がしにくい。
さらに進めば、そこに喧騒が加わってくる。
「とある筋よりレースの行方を決定づける重大な情報を入手!今ここで聞いていかなきゃ損するよぉ!」
「さあさ、寄ってらっしゃい!倫敦から渡来した超能力による大予言!今回のレース、大荒れと出たぁ!」
張り上げる声にバンバンと机をたたくような音が四方から飛んできて、そこにヤジと怒声が加わる様子は、正直近寄りたくもない。
まあ、20円なんて大金をかけようっていうんだ。どうせみんな一画大金を夢見ているにきまっている。そんな夢を食い物にして、たくさんの人が群がって、まるで飴にたかる蟻のような光景だ。
まあ、私はあんな怪しげなモノ、頼る必要は全くないからね。
何せ、私には、未来そのものがついているんだ。
「どうせなら、コッソリ配信と言っちゃおうか」
例によって、袂にスマホを隠しての生ライブだ。この異様な光景を、ぜひとも視聴者に見てもらおうじゃないか。
道をさらに進むと、横に長細く広がる建物が見えてきた。建物の向こうから轟く歓声が、地面そのものを揺らしている気がする。
見ると、嫌に着飾った男たちが入っていく入り口と、普通の格好をした人々が入っていく入り口が見てくる。建物レベルで違うみたいだね。
多分、あっちの背の高い建物が金持ち用でこっちの横に長いのが貧乏人用って感じでしょう。私が行くのは当然、安い側の入り口だ。
「…ん。あんたひとりかい?連れは?」
入り口に入る途中、係員にそう言って呼び止められた。
やっべ!話しかけられた!え?私、なんか変だった?
とりあえず、男装の時に声をかけてこないで!私は、帽子をできるだけ目深にかぶると、会場の中を指さして見せる。
「親方が中で待っているってわけかい。――ん?随分なよっちいやつだな。まあいいや。人にぶつかって吹き飛ばされんなよ」
係員は一瞬怪訝な顔をするも、後ろに列ができていることもありあっさり私を中に入れてくれた。
ふう、助かった。
冷や汗をかきながら中に入ると、ドカッドカッとすごい音がして大きなものが目の前を通り過ぎていった。それに浴びせかけるようにすさまじい叫び声が世界をかき混ぜる。みんな目をむいて、口に泡を飛ばしてわめきちらす。
おかげで、冷や汗がすっと引いていって、代わりに思わず背筋が縮んでいく。
……正直舐めてたな、これ。
こんな剣幕で、みんな群がってくる場所に、私は一人できちゃったらしい。しかも、見とがめられたら終わりの男装姿で。
だが、もう遅い。私はすでに猛獣の檻に入り込んだんだ。今更後に引く選択肢なんてない。
ここで、とにかく勝つだけ。
そしてお金を手に入れて逃げるだけ。
その思いを秘めて馬の行方を目で追った。
みんな口々に馬の名前を叫んでいるので、レースの内容は把握できる。
あ。あの馬だ!
私は一頭の馬を見つけ出す。
あの馬が、今やっているレースで勝つと新聞に載ってたミヤコニシキって馬だ。馬の群れの中では中ぐらいの位置にいて、あんまり勝ちそうにない。でもあの馬が勝つはずだ。
あの馬が勝ってくれるなら、新聞の正しさは証明できる。
勝て!勝て!
脳内で私はそう叫ぶ。レースの喧噪をかき消すように私はただそう念じ続けた。
買ってくれなきゃ困る。これで未来にまで見放されたら、流石に生きていく気力も失ってしまう。
だから勝て!勝ってください!
せめて未来くらい私の味方のままでいてください!
そして、歓声と怒声が一気に高まった。
人々が口々に馬の名前を口にする。
――ミヤコニシキだった。
人々の熱に浮かされた叫び声の中、私はひとり呟いた。
「――これなら、勝てる」
お読みいただきありがとうございました。
ダンジョン生成能力の応用力、実は半端じゃありません。これに現代の魔法、Amaz〇nを組み合わせれば、だいたいのものは手に入っちゃいます。
その中から彼女が選んだのは伝統的な機械駆動式の時計。
……ま、完全アウトの超ど級オーパーツなんですが。相手が技術オタクなのでギリギリ何とかなりました。
さあ、いよいよ、最後の大勝負が待っています。次回、狂騒の目黒競馬場をお楽しみに!
「勝て!ミヤコニシキ!」と思っていただけましたら、ブックマークや下部の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援いただけると、とても嬉しいです!




