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17.5話【陸】未来人の証明と脳内配信

1章完結まで毎日19時更新中!


前回は狐女とか言われていた陽菜ですが、亮介はその正体を正しく見破りました。その独自の推理をお楽しみください。

そして、そんな亮介に振り回される冴子のもとに、100年後のライブ配信が映し出されます。

 昭和三年四月六日。

 冴子の通う府立一鷗高等女学校の新学年が始まった。


 その始業式の場で、冴子は優等生の仮面の下でそっとほくそ笑む。

 これでようやく動き出すことができるからだ。


 春休みの間、冴子に注がれる母静江の監視の目は、絶えることはなかった。昼間の花嫁修行はもちろん、夜も宣言の通り夜廻を増やし冴子が抜け出さないよう警戒を怠らなかった。志乃の告げ口があったかは知らないが、冴子の夜歩きが母にバレてしまったのは間違いなさそうだ。


 無論、慣れない夜廻をする男たちの隙を見て抜け出すこともできなくはない。しかし、冴子は自重した。

 志乃に見つかる可能性が拭いきれなかったからだ。

 神田明神の帰り、完全に気配を絶って冴子の背後を取ってみせた志乃。そんな彼女がわざわざ釘を刺してきたのだ。冴子が気づかぬうちに監視されている可能性は考慮すべきだ。


 しかし、学校が始まってしまえば、彼女たちの目の届かない範囲は増えるし、冴子の自由もある程度は確保できる。その隙に叔父の亮介と繋ぎを取らなければいけない。


――叔父様にも興味は持っていただけたし、少しは進展はあるかしら


 まさか既に陽菜との接触があるとは思わなかったが、そのおかげで亮介も陽菜探しの協力を快く引き受けてくれた。


――それにしても、叔父の話には驚かされたわ。…陽菜さんが未来人なんて


 にわかには信じがたい話だ。亮介自身ただの仮説に過ぎないと言っていた。しかしその一方で頷ける点もいくつもあった。


「例えば、彼女の香りさ」


 亮介は語った。


「おそらく髪の毛の香りだろうね。明らかに人工的な香りだった。あの身の上の彼女が香水なんてつけられるわけもないから、普段使っていたものの残り香なんだろうね。

 僕ぁ、この道は長いからね。それなり香水を知ってるが、あんな香り嗅いだことがないね」


 放蕩者として知られる亮介の言葉は妙に説得力があった。とはいえ、素直に認めるのもなんとなく悔しく思い、冴子は少し反論してみる。


「叔父様が知らないだけで、外国ならそういうこともあるかもしれないでしょう?」

「ああ、それはない。彼女は日本育ちだと思うよ」

「何故そう思うのかしら」

「まずは日本語の発音。あれはネイティブで間違いないだろう。

 そして、ゲイという言葉だ。彼女はこれを男色の意味で使っていたが、普通海外育ちはそんなふうには言わない。発音も日本人の特徴そのままだ。さらに、向こう育ちなら男色にはもう少し嫌悪を示すだろう。これも男色に寛容な日本育ちの特徴だね」


 亮介はそう言って楽しそうに指を折って数えていく。


「他にも挙げていけばきりがないね。

 彼女は日本人としても外国人としても説明のつかない違和感の塊だ。

 わかることは彼女は日本に暮らしていて、しかし、日本にはない環境を当たり前のものとして享受してきたことだ。

 その条件を満たせるものは何者か?未来の日本人、というなら、納得いくなと思ったのさ。

 勿論かなり粗い考証ではあるがね。でも――そう考えた方が面白い」


 その言葉に冴子は陽菜からもらったペンを思い浮かべた。雑貨問屋の遠藤商店の娘である冴子ですら見たことのない魔法のようなあのペンは、確かに未来のものであると考えるならしっくりくる。


――陽菜さん、貴女はとんでもなく遠くから来ていたのね


 海外どころではない。そこがどんな場所かも、帰り方もまるで分らない、断絶した場所である。

 そんな場所から、急にこの帝都に来てしまった彼女の苦労は想像を絶するものだろう。警察すら頼らない異常なまでの警戒心も、今はただ納得するしかない。


 そして、そんな状況だというのに、自分で生きることをあきらめない陽菜の強さに、改めて冴子はしびれる思いがした。

 そんな彼女の力になりたい。彼女とともに歩いて、一緒に景色が見てみたいと、冴子は改めてそう思う。

 しかし、その一方で、冴子の望む道は遠く険しい。


――まさか、陽菜さんを追っている人たちと、お祖母様が関係しているなんて


 ただそれだけで、陽菜が冴子の手を取る可能性がぐんと低くなってしまった。

 さらに、その壁を越えたところで、得体のしれない志乃や、凍えるくらいに厳格な静江という壁が待っている。

 どうしたらいいか、全く見当もつかない。

 しかし、それで立ち止まっても仕方がない。陽菜の取り巻く状況はおそらく今も厳しいはずなのだ。とにかく今は合流できるよう努めようと、冴子はそう結論付けた。





 始業式の後は、毎年入学式が執り行われる。冴子たち一般生徒たちは、受け持ちの先生による簡単な訓話の後早々に引けとなった。


「皆さんも今年はいよいよ最終学年です。最後の一年を、本校を背負う立場になることへの誇りと自覚をもって過ごすよう心がけてください。それでは、これにて放課とします。係のない者は速やかに下校するように」


 その言葉の後、生徒たちは三々五々に席を立っていく。


「それではごきげんよう」

「今年こそ貴女には負けなくってよ」


 そんな言葉をかけてくる級友たちに挨拶しながら、冴子も荷物を片付けて早々に帰り支度をする。


「遠藤さん、せっかく早く引けとなったのですし、一緒に上野に参りません?」

「松坂屋に新しいリボンが入ったのですって」


 洋装の制服であるボレロを着こなす同級生の誘いも、母の遣いがあると丁重に断って何とかかわす。

 更に廊下を歩けば、遠巻きに群れを成す下級生たちが冴子を見ては黄色い声を挙げてくる。

 そろそろ笑顔も売り切れになりそうだが、せっかくの可愛い後輩を無碍にするのも忍びない。冴子は軽く手を振って彼らのあいさつの代わりとした。


 優等生の仮面のほか、撃剣部での活動で思いのほか注目を集めてしまっているせいで、冴子の学校生活は大体このようなありさまだ。ほぼ春の風物詩とはいえ、正直なところ少し困ってしまう。

 おかげで今日も約束の時間に遅れてしまいそうだ。冴子は無作法にならない程度に足を速めていった。



 市電に乗り込み座席に座ると、前の座席から少し鼻につく香水の匂いがしてきた。


「やあ。彼女の香りを再現してみたんだけどどう思うかい?」


 軽薄に声をかけてくるのは、パナマ帽に羽織に着物の出で立ちの男――亮介だ。


 これは打ち合わせの通りだった。男と二人、店に入るところを見られでもしたら、下手すれば退学になりかねない。自然、打ち合わせ場所は、顔を合わせてもおかしくない場所になる。例えば市電の相席だ。


「彼女の香りとは全然違いますわ。――そんなことより、陽菜さんの消息は分かりましたの?」

「おや。つれないね。つくづく兄さんの子供たちは叔父を叔父とも思わないのだから、困ったものだよ」


 亮介はまるで気にしていない顔をしながらそう皮肉だけ口にすると


「――それらしい噂は耳にできたよ」


 片目をつぶって活動映画の役者のようにウインクをして見せた。


「本当ですの?」

「伊達にいろいろ歩いて回っているわけじゃないさ。それに、案の定、彼女がおとなしくできるわけもない。早速噂になってるよ」

「噂?」

「そう。笑えることに、狐女の噂だよ」


 なんだそれは。

 冴子は少し目をすがめる。陽菜は別に釣り目でもないし、とがった顔もしていない。


「本当に陽菜さんの噂で間違いないのですか?」

「間違いないよ。何せ、誰も見たことのない菓子を売って歩いている怪しい女の話だからね」


 亮介が語るには、子供相手に外国製の菓子だと言って売って歩いている和装の女が現れたということらしい。その菓子があまりに美味しいのだと、子供たちがまるで化かされたかのように夢中になって騒ぎになったという話だ。

 おまけにかなり神出鬼没らしく、少し物陰に入ったと思ったら途端に姿を消してしまったみたいな話を聞けば、確かにいかにも陽菜らしく思えてくる。


「…本当に自分で商売を始めてみせたのね。驚いてしまうわ」

「無謀にもほどがあるがね。何の後ろ盾もなく新製品を売って回ろうだなんて、うまくいくわけがない。つくづく自分の異常性に無頓着な子だよ」

「…頼る先もないのだから仕方ないことですわ。それに、資金稼ぎのためのごく短い期間での試みなら問題ないのではなくって?」

「どうだろうね。君の話だとその子は母さんに追われる身なんだろう?僕の耳に入ったんだ。母さんの耳に入らないわけがないと思うがね」


 その言葉を聞いて冴子は思わず胸を押さえた。確かに、それほど派手な噂になっているのならば、あのふじが動き出していてもまるで不思議ではない。そう思うとなんだかじっとしていられない気持ちになってくる。


「…その、どこでその噂を?」

「ふうん。それを聞いてどうするんだい?行ってみるのかい?」

「それは…」

「あの母さん相手に、君がどうこうできるとは思えないけどねえ。仮に母さん相手でないとしても、君は所詮ただの女学生だ。君に彼女のためにできることなんてあるのかい?」


 亮介の言葉が、冴子の胸に鋭く刺さった。


 陽菜と別れたあの日、手を伸ばしたくとも伸ばせなかった時の、息の詰まる気持ちがよみがえってくる。


「せ、せめて、一緒に考えることはできるわ」

「そんなもの彼女は必要としていないように見えたね。だから君の手をはねのけたんだろう?」


 その通りだと、冴子は心の中で答えた。

 結局あの時から冴子の持ち札は何も変わっていない。今駆け付けたところで、また同じ結果になるだけだということを、冴子はひそかに自覚していた。


「お、叔父様はどうですの?例えば、叔父様が彼女の後ろ盾になってくれたり――」


 自分でも悔しく思いながら続けたその言葉を亮介はばっさり切り捨てた。


「断るね。彼女は興味深いが、そこまでする義理はない」

「で、でも、彼女は未来人なんでしょう?そんな現象を、叔父様は見逃すの?」

「勿論、見逃したくはないさ。

 でも僕は所詮高等遊民だ。

 覚えておいとくれ、可愛い姪っ子さん。この生き方は、無理に流れに逆らってはいけないのさ。そんなことをしたら体ごとバラバラになってしまう。

 のらくら欲もなく暮らしてこそ、僕たちは息をすることができるんだよ。僕はそれを自覚している」


 亮介は何の熱もなく、そう答えて見せる。亮介がこれ以上は力になる気が毛ほどもないことが、その瞳でよくわかった。

 これでは、状況がわかってもただ焦れるばかりで何の意味もない。

 動ける時間ができたというのに、結局冴子にできることはないのか。

 そんな思いが心の中に湧き出てきて―――



『あの女学生がまた助けてくれないかな』



 唐突に、意味の分からない声が脳に響いた。


 次の瞬間冴子は今まで経験したことのない現象に襲われた。

 目の前の光景を押しのけるように不格好な四角い枠が現れたかと思うと、活動映画のように映像が不安定に揺れながら流れ始めたのだ。


「え?どういうことなの?」


 思わず声が出てしまった。冴子は思わず顔をそむけたが、黒い枠はそれについてくるように視界を覆って離れない。ガリガリガリという不快な音が嫌に脳に響く。


「なんだい。どうかしたのかい?」


 黒い枠の向こう側から亮介の声がした。


「どうかしたって…叔父様は見えていないの?」

「…何がだい?」


 そう聞き返す亮介の瞳を見て、それが本気の問いであることがわかった。つまり、この映像は、どういう理屈か知らないが冴子にだけ見えるものらしい。

 映像は、陽菜に会ったその日に少しだけ過ごした、奇妙な建物の中から撮影したものと思われる。建物の外側には何やら物騒な顔つきの男たちが張り込むように立ち並んでいるのが写っていた。

 先ほどの話が頭をよぎる。

 子供相手の商売で騒ぎを起こしてしまったこと。それによって狐女と呼ばれ警戒されていること。

 だとしたら、この光景は陽菜が追い込まれてしまっている状態なのかもしれない。


『いっそ、みんな切り捨てていっちゃってくれwww』

『ほんとそれな』

『またつまらぬものを切ってしまった(確信)』


 乱雑な文字列がひたすらに画面に流れていく。目が回りそうだ。そこにひどく聞きにくい、太くゆがんだ声が重なった。


『あー。確かにね。いま冴子さんが来てくれたら、嬉しくて私踊っちゃうかも。でも、流石にあの男の人たち切り捨てちゃ犯罪だからね。そんな与太より、なんかいい案ないかな?』


 声は違うのに、それが陽菜の言葉であると冴子はすぐに理解した。


「おいおい。急に変なことを言った後黙り込まないでくれよ。もしかして気の病にでもかかったのかい?」

「…わかりませんわ。でも、急に妙な光景が見えるようになったの。それに声まで聞こえるわ。…これ、多分陽菜さんが見ている光景ね」

「…何だって?」


 なぜだかわからないが、確信できる。四角い枠が活動写真のようであることを考えれば、これは陽菜が実際見ている映像というより、撮影されたモノと考えた方がよいだろう。それが、どういうわけか、冴子の前で放映されているらしい。


「…とりあえず、何が見えるか言ってみてごらん。それを聞いて君の妄想か、頭の病か、未知の現象かを判断しようじゃないか」

「わかりましたわ。まず場所ですけど、奇妙な――そう、きっと未来の建物の中ね。その外を男の人が取り囲んでいて、そこから逃げ出そうとしているみたいですわ…。…ただ、話している内容がよくわからなくって…」


 必死に文字を追っていてもすぐどこかに流れていってしまうので落ち着いて読んでいられない。

 そもそも、映像自体、ところどころ途切れたりぶれたり不安定なのだ。なんだか気持ち悪くなるのを我慢しながら冴子は必死に情報をまとめていく。


「ちょっと待ってくださる?えっと、『コーラ』――これはきっとコカコオラのことね、それと『メントス』?なんだかそれをコカコオラの中に入れて投げつければいいという話が出ていて…」」

「コカコオラは勿論わかるが…、メントス…?聞いたことがない名前だな。それを入れるとどうなると映像では言っているのかい?」

「それがよくわからなくって。なんだか、爆発するとかなんとか。でも、それでは投げる前には噴出するとか、炭酸をぬけばそれが抑えられるとか…」

「炭酸を抜くと抑さえられるだって?……もしや…!」


 亮介はそこまで言うと、急に大きな声で笑い出した。


「ハハハハ!信じられないね!本当にこんな現象が起こるなんて!この世は本当に捨てたもんじゃない!」

「…なんで急に笑っていらっしゃるの?」

「これが笑わずにいられるか!君が言っている現象はね!ニュークリエーションの連鎖反応さ! 過飽和溶液に多孔質の触媒を投下して、平衡状態を一気に崩壊させて爆発的な気化を招いたんだ!」


 その説明に冴子はただただ首をかしげる。まるで意味が分からない。


「分からなくて当然だよ!君が知っているはずの現象じゃない!なのにそれを正確に表現して見せた!出鱈目ではなく、君が見えないはずのものを知覚している証拠だ!ハハハハ!これじゃまるで小新聞が騒ぎ立てる超能力じゃないか!」


 亮介はそのまま一人笑い続ける。電車内の人々の視線がこちらに向いてきて、冴子はいたたまれない気持ちで顔をそっと亮介から背けた。


 その後も冴子の目の前の映像は続いていく。どうやら作戦を決行することになったようだが、そこで画面が急に暗くなって何の音もしなくなった。かと思うと、急に聞いたこともないけたたましい音が遠くで鳴り響き、驚いて慌てふためく男たちの声が聞こえてくる。どうやら陽菜が何かをしたらしい。


『成功成功!あ、ちなみに私は何もしていません。わかってるよね!あと絶対真似しちゃだめだからね!』


 そう奇妙な野太い声が聞こえ、それに反応するように『そういうことにしておこう』だとか『ヨル必死過ぎww』とかの文字列が湧いて出る。

 よくわからないが、どうやら逃げ出す算段が付いたのだろう。

 想像の通り、映像が元に戻ると、立ちふさがっている男たちの姿は消え去っていた。


 少し安心する一方で、やはり陽菜に助けなど必要はないのだろうと少し寂しい思いもよぎる。

 そう感じるとなんとなく映像を見続けたくなくなり、何とか視界からこの映像を外せないかと思ったその時だった。


 不意に画面の端に妙なものが映った気がした。


 途端、嫌な予感がしてくる。冴子は再び映像に意識を戻した。騒がしい文字列をできるだけ無視して、その向こうにある光景に異変がないかに神経を注ぐ。

 再び、一瞬影が映った。人がいる。冴子はそう直感する。しかもその影はすぐにまた引っ込んだところを見ると、明らかに身を隠す人の動きだった。


『僕の耳に入ったんだ。母さんの耳に入らないわけがないと思うがね』


 亮介の言葉が脳裏によみがえる。

 まずい。冴子は再び、今度は隠しようもなく叫んでしまった。


「陽菜さん!駄目よ!」


 しかし、声が届くはずもない。


『こっちから出てくると思ってたぜ。――聞いていた通りだ』


 そんな声が聞こえたかと思うと、画面が突然激しく揺れ、天地がくるくると回転したのちに暗くなり――そのままふつっと消えてしまった。

 

 嫌な汗が出てくる。

 間違いなく、陽菜の身に好ましくないことが起きたのだ。

 それをまざまざと見せられてしまった。


 何もできない、こんな離れた場所で。





「あー。そこの君、急に思い出して立ち上がるなんて、はしたないんじゃないかい?調子が悪そうだし一度降りたらどうだい?」


 亮介のわざとらしい声が聞こえてきて、冴子ははっと我に返った。

 見れば、たくさんの目が冴子をいぶかしげに見つめている。それに気が付いて、ようやく頭が冷えていく。今のは府立一女の制服を着た彼女が決して見せてはならない振る舞いだった。亮介もそれを察して、わざと知らない人のふりをして声をかけてくれたのだろう。


 冴子はその小芝居に乗る形でそそくさと電車を降りた。少し間をあける形で亮介も降りてくる。


「…もしかして、陽菜君になにかあったのが見えたのかい?」

「……そう、みたいです…」


 その言葉に亮介はため息をついた。


「…おそらく、妄想でも頭の病気でもない。君はどういう理屈だか、それを正確に知覚したと、そう考えるべきだろうな。……やれやれ。せっかくこんなに面白くなってきたというのに」


 その、あきらめるような一言に冴子は目をむいた。


「まさか!このまま何もしないつもりですか!」


 その言葉に、亮介は先ほどとは違い少し悔しそうな顔で答えた。


「……さっきも言っただろう?僕にできることなんてないさ。……もちろん君にもね。姪っ子ちゃん」



 できることが、ない。



 その言葉が、冴子の何かを振り切っていった。


 

 そう。先ほどまでそう思っていた。

 陽菜は一人で生きていく力がある。その陽菜に対して冴子は無力だと。何もできないと。

 だが違う。

 考えてみたら始めから違っていた。陽菜は冴子が出会ったその時から、何度も襲われていた。それに対して陽菜は何もできないままだったのだ。

 なのに、陽菜は何でもできると、いつの間にか思っていた。


 なぜなら陽菜は強いから。

 そうあってほしいから。


 だから冴子は思わず手を伸ばすのをやめていた。動き出したつもりになっただけで、本当はただ傍観していた。

 できることがないと、そう言って。


――冗談ではないわ


 冴子のよく知っている武道に置き換えて考えればすぐにわかることだった。

 出来ることがないとただ待っているだけで、隙が湧いて出ることなどありはしない。ただ追い詰められて負けるだけだ。


 出来ることは、作るものだ。


 勿論、闇雲に動いてはならないと、冴子は自分に言い聞かせる。

 周囲に神経をいきわたらせて起こりを見逃さないこと。常に間合いを見極めて、焦らずに先を見据えて動くこと。

 

 起こりはつかんだ。陽菜の危機。それを逃すことはなかった。

 ならば次に冴子の間合いで取るべき一歩はなんだ。たどり着くべき目的のために、今行うべきことは何だ。


 その自問の末、冴子は一つの策を思いついた。

 冴子を縛るがんじがらめの檻。監視の目。


 それこそが、彼らにつながる道なのだと。







 それはその日の夜だった。


 冴子は、しばらく自重していた夜歩きを再開する。

 静江の用意した男たちの目を隙を見てかいくぐると、冴子はただ人気のない道を歩いた。

 そして立ち止まる。


「お志乃さん。そこにいるのでしょう?」


 気配などない。だからこれは賭けだ。


「……全く、忠告をしたというのに夜歩きとは。本当に、仕方のないお嬢様ですね」


 暗闇から声がした。

 するりと出てきた着物姿の締め帯には、蜘蛛の根付が揺れていた。ふじの女中、志乃だった。

 冴子は、賭けに勝った。


 陽菜が、彼らに捕まった。

 ならば、彼らがいる先に、陽菜がいる。

 だから、そこからだ。

 死中に活を求める。

 そのために敵と向かい合う。



「貴女と話がしたかったのよ。――陽菜さんのことで、ね」

お読みいただきありがとうございました。

今回の話でお見せしたかったものの一つが、亮介の能力です。前回はただ女給のおしりを触っているだけの男でしたが、これでも帝大卒の超エリートなんです。まあ、いきなりニュークリエーション!とか叫ぶ姿は、陽菜とどっこいどっこいの変人ですが。


そしてもう一つのポイントは、勿論、あの奇妙な脳内配信です。

なぜ、こんな脈絡のない現象が発生するのか。勿論、理由があります。

これは予兆です。これが吉兆か、凶兆か、それを語っていくのがこの物語になります。


と、思わせぶりなことを言っておいて、次回予告。陽菜パートです。

陽菜の目の前に突きつけられるのは、バットエンドの6文字です。そこから陽菜はどう反逆するか。ご期待ください。


亮介の推理に「ニュークリエーション!」と思っていただけましたら、ブックマークや下部の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援いただけると、とても嬉しいです!

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