12話 100年前の東京に私の城を建てる
1章完結まで毎日19時更新中!
ささやかながらもお金を手に入れた陽菜。次に彼女が求めるのは誰にも踏み込まれない「安息の地」です。
舞台は江東区・清澄白河。 震災復興の熱気と傷跡が混在するその地に、陽菜は「2028年の城」を召喚します。
当面のお金は手に入った。
かけそば60杯分、宿泊にしても、普通の宿なら数日は行けそうだ。
もちろん、この時代の宿なんて無駄に泊まる気はないけどね。
私は絶賛人間不信中だ。あ、冴子さんは除くよ。でも、他のこの時代の人は信じない方がいい。あの男たちの一件と質屋の親父のせいでそう思い知った。
特に男たち、彼らの正体がわからない以上、注意が必要だ。下手に宿に泊まってもし寝込みを襲われたらたまったもんじゃない。
そうなるとやはり候補はダンジョンだ。
それも寝泊まりできて、生活できる備えがあって、何より安心できる場所。
……もう、あそこしかないよね。
というわけで、ちょいと遠征だ。ま、それでもここ日本橋から普通に歩いていける場所。
清澄白河だ。
……私、方向音痴なんだけどいけるかな?
ま、神田神社にはたどり着いたし行けるよね。
あ、格好はどうしようかな。ちょっと歩き回るわけだし、さっき買った男の格好の方がいいかな。
ということで人通りの少ない道を選んで人の途切れた瞬間コンビニ生成。
で、中で半纏とズボン(正式には股引っていうらしいね)にお着替えだ。あ、一応胸にタオル巻くのと、今回はお腹に雑誌詰め込んでいざという時の備えをしておく。
ちなみに着心地は最悪。なんていうの?高校の授業で着たごわごわの柔道着、あれの更にひどいバージョン。着てて痛いレベル。更にめっちゃ硬くて動きがとりにくい。
その代わり、ぶかっとしてて体型は隠しやすいから、そこはちょうどいいんだけどね。
あとは必要な物資を適当にもらっておいて、と。
さて、気を取り直して、東京配信ツアー、再度行ってみますか。
で。どうなったかというと。
…はい。めっちゃ迷いました。
前回は結構すんなり神田神社についたのになあ…。
まあ、前回は腕を組みながらとはいえスマホを構えてたからマップ見て歩けたしね。
でも今回は流石にそんな目立つ事はできない。せっかくこの時代の格好した意味ないし。なので着物の合わせの部分にスマホをはさみ、帯で固定しつつ撮影して歩く感じになりました。だからホイホイ画像を見たり、地図を確認したりはできないんだよね。
ちなみに、この状態だとコメントも読めないので、ちょっとコメント読み上みあげそふとの棒読みちゃんを使っている。全部の読み上げは無理だから、長文で依頼系だけをキーワードピックアップしてね。これ、割と定番になりそう。
さて、そんな状態で地図もほとんど見れない状態での東京ツアーだが、何とか目的地に行けたのには、実は理由がある。
道がね。2028年とほとんど一緒なんだよ。
昨日も思ったけど、ほんとびっくりするくらい一緒。100年前なんだしもっと変わってると思ってたから、これにはかなり助けられた。
勿論、風景はかなーり違うけどね。
質屋とかのあったあたり(地図的に言うと岩本町になるのかな?)から通りを南東に歩いていくとさっきまで見ていたようななんちゃってモダンだとか木造の家みたいなのがごちゃまぜに並んだ商人の町って感じのがずっと続く。
でも、さらに進んでいくと急に雰囲気が変わってくる。建物自体が思いっきり変わるわけじゃないんだけど、なんていうの?生活臭がめっちゃ出てくる感じ。
これ文字通りの意味だから。つまり匂い。
もうなんか食べ物の匂いが猛烈に襲ってくる。酒っぽいにおいがしたと思ったら魚っぽいにおいとかね。
で、めちゃくちゃうるさくなってくる。お店の人の威勢のいい声と、女たちのとどまることのないしゃべり声、子どものはしゃぐ声とかね。
これ聞いてると、時代が変わっても人って変わらないなーって思う。
あとね、バラックみたいな建物がちょいちょい目につき始めるのもここら辺。
そこで道を左に入ってくると今度はまた風景が一変する。
簡単に言えば超絶工事現場。
道がすごくきれいになっているんだけど、その周りは全部工事!みたいな感じだよ。だからうろつく人たちも生活衆が急に抜けて、いかにも肉体労働!って感じの男たちが、ふざけあっている光景が目に入る。
……男の格好、正解だったね。ちょっと、あの雰囲気の男たちの前を女の格好で通るのは怖い。
日もだんだん暗くなってきたし、歩く足が早まる。
で、これまたきれいな橋を渡ると、目的の清澄白河周辺だ。
ここはね。工事現場と、下町と、更地とかが全部ごっちゃな場所。
見かける建物はピッカピカの新築かバラック。後は建設中の建物ね。
震災の傷跡と復興のその両方がリアルタイムで隣り合っている町。そんな感じだね。
「…ガラの悪そうな男たち、こっちにも結構いるね」
いや、失礼な言い方だけどね。この工事をしてくれたから今の清澄白河があるわけだし。
でもね。悪いけど怖いものは怖いんだよ。明らかに男のノリって感じで。あのなかに女の格好で言ったら、絶対セクハラとかされそうな雰囲気なんだもん。
とにかく暗くなりきらないうちに目的地に行こう。
私は配信をやめると、スマホを開く。
「…ここも道はギリギリ現在と同じ感じだね」
これは本当に助かる。GPSだけで目的地にたどり着ける自信皆無だったからね。ちなみに道は砂利道。この時間になると一気に暗くなってくるし、足元に注意して歩くのは必須だ。
通り過ぎるのは工事現場から引けてくる男達や買い物から帰ってきたと思しき女たち。次第に魚の焼ける匂いなどしてくるあたり、ここら辺にしっかり生活している人がいるんだということがわかる。
…意外に、人目がなくならない。
生活している人がいるからというのもあるし、そこらここらに飲み屋みたいなバラックがあってそこに人が集まっていく。
…うーん。でも、路地裏とか物陰はあるから、なとかなると信じたい。
そんなことを思いながら、私はついに目的地に到着する。
江東区白河。
ここに今から100年後、築36年の古い木造のアパートが存在する。
私が上京してからずっと住んでいる、私の部屋。訳アリ物件の月五万。1Kのせっまい、私の城。
これ以上の拠点は思いつかない。
私はその場所に建つと素早くあたりを確認する。よかった。ここはうまいこと工事の資材が積んであって、人目が遮られている。
私はストリートビューとGPSの情報だけで出来るだけ正確な位置を割り出していく。更地だと目的とする建物がないからほんとやりにくい。
それでも何とかここだ、というポイントを見つけ出したところで、ダンジョン生成。
ぼやんと、見慣れた建物の一階が出てきた。
ポンと一個だけついているドア。これが私の部屋。若い女の私がアパートの一階に一人住むとか、向こうでは文句しかなかったんだが、一階部分しか作り出せない今の私には死ぬほどありがたい。
私は持っている荷物から、鍵を取り出す。
「……まさか、こっちで、これが使えるときが来るとはね」
そっと鍵を差し込んでかちりと回転。ドアを開けば、慣れ親しんだ匂いが届いてくる。
「……ただいま。私の城」
私が死ぬ気でためたお金で借りた部屋。
私が、この世界でようやくたどり着いた、間違いなく誰にも踏み込まれない拠点。
私はそのままそっと部屋の中に足を踏み入れた。
見えてくるのは、古本屋で買ったオカルト系の本や雑誌。ワークデスクには個人的に集めている文房具とパソコン。小さなソファは広げればベッドになる。
台所にはカップラーメンや簡単なレトルトが並んでいる。
そんな、何でもないいつもの光景に、涙がこみあげてくる。
やっと。やっと私は、この世界で呼吸ができる。
ここまで長かったよ。
…ま、いうて、たった二日しかたってないんだけどね。
でも、警察に追い回され、謎の男たちに追い回され、あげく亡者に殺されかけたんだ。そんな私にとて、間違いなく、私がそこに居てもいい、安全な場所に帰りつけたのは本当に大きい。
「カギがかけられるって、ほんと安心だよね」
ここなら、流石にネカフェみたいに踏み込み放題ってことはないだろう。
「しかも、ここ、元の世界とは違ってどんだけ騒いでも怒られる心配ないもんね」
床が薄いものだから普段は遠慮しいしい音を出してたけど、そんな心配もいらない。本当に完全に、私が自由にしていい、私の城だ。
ま、とはいっても、電気は相変わらず通っていないし、水もガスもやっぱり使えない。
できることは限られてはいるんだけどね。
「でもそんなの関係ない!今までさんざんだったし、今夜は羽目を外すよ!」
まずこの地獄のようにごわごわする服をさっさと脱ぐ。そして、ジャージ姿に着替える。
女を捨ててるって?知らんわ。
あと、LEDを最高の明るさにして、他にも部屋にある電池式のライトは全部つける。懐中電灯もつけちゃえ。
で、スマホで私の好きな音楽を大きな音量でかける。
軽快な歌声とともに、私の心も踊り始める。
こんなこと、表では絶対にできないんだよね。音楽どころか、音を鳴らすこと自体もってのほかだし。だからこんな余裕はなかったが、今日はバッテリー気にせずどんどんいこう。
「あー。でも、流石に物資は回収してくるかな」
水も電池も結構心もとない。特に電池。
バッテリーの消耗やったら早いからね。結構すぐになくなっちゃう。近所のコンビニまで物資調達に行く必要はありそうだ。
「んー。でも、まだ全然人がいるんだよね…」
外はすっかり暗くなっているが、工事の男たちが帰る様子はない。
バラックの酒場で気勢を上げている様子をみると当分はあのままだろう。あの中で、えっちらおっちら、物資調達をするのは少し避けたい。
「ま、様子を見つつ、一旦のんびりするかな」
私は音楽を聴きながら鼻歌交じりに、ソファに寝っ転がる。はー。幸せ。生きててよかったよ、ほんと。
しばらくは何にもしないで、そのままぼーっと窓の外を見ながらのんびりしていた。
飽きたら、適当に雑誌を読んで過ごす。
そうやってると、21時くらいになってきて、次第に家の明かりなんかはどんどん消えていく。バラックのほうは粘り強くずっと居続けているけど、ちらほらと男たちも帰り始めている。
これならトライできるかな。
私は男たちの様子に注意しながらこっそり一度外に出てみた。戻る時まごつかないよう、風呂敷包みを目印に置いておく。多分これならここにあるだけで騒がれることはないと思う。
さて、行くか。
あたりは本気で暗い。街灯なんて全然ないから、すぐ足元もなんも見えない。
私はスマホで足元を照らしながら慎重に歩を進める。工事現場の近くなんだ。下手になんか崩して下敷きになったらデッドエンドだし、あんな酔っぱらった男たちに出会ってもバッドエンドだ。
そうやってそろりそろりと歩きながら時折スマホで場所を確認しダンジョン生成。
慣れてきたね。ほんと。きちんとお目当てのコンビニゲットだぜ。
「ひゃっはー!ここの商品みんないただくぜ!」
扉さえ閉じてしまえばあとは好き放題だ。もう今日は遠慮なんてしない。もう、欲しいものはどんどんいただいてしまおう。
「お…!これとこれ、これもやっちゃう?」
普段高くて絶対に買わないラインナップに笑いが止まらない。むふふふふ。想像できるかな君!
やっちゃうよ!今日はパーティだ!
ということで、物資を抱えてまたおっちらおっちら家に帰る。
そして、ごそごそと家の棚の奥にしまい込んでいたお宝を取り出した。
何を隠そう!ガスコンロだ!これでガスが止まってるとか関係ないぜ!
上京したての時に使ってたんだよね。捨てなくてよかった!
「焼くぜー!今日はバーベキューだ!!」
で。食べきれるとか関係なく、欲望の赴くままのラインナップだ。
メインは一個500円もする『プレミアム・デミグラスハンバーグ』!なんと二個いってみました!湯煎でしっかり温めた後は、これまた高級品のさけるチーズを埋め尽くすように投入。蓋をしてトロットロになるまで蒸し焼きにする。
付け合わせはネットでやってたじゃがりこで作るアリゴ、『じゃがアリゴ』だ。レシピは簡単。カップに入ったポテトスナックにお湯とチーズを入れてひたすら混ぜるだけ。フランス料理みたいな伸びるマッシュポテトの出来上がりだ。
デザートはなんとハーゲンダッツの二個食い!アツアツのハンバーグを食べたらそのままアイスという無限のコンボが完成する。
「はっはー!これこの世界で一番豪華な晩御飯じゃない?」
調べてみたら、この時代意外と洋食はいろいろでてきているらしいけど、これはさすがに無理だろう。なにせ2028年の最先端の贅沢がここにあるんだ。
「いっただきまーす!!」
誰も見ていないんだし、豪快にかぶりつく。口の中に広がる豊かな肉汁と背徳的なチーズの塊。
「これ!これなんですよ!これぞ未来のプロの味!」
そんな適当を言いながらじゃがアリゴをつまんで、バニラとストロベリーのそれぞれにスプーンを突き立てる。
あーーーー!下手すると現代にいたときでもなかったくらい幸せ!!
脳内麻薬がドバドバ出ているのがわかる。血液がぐつぐつと体中に回っていくのを実感し、冷めきっていた体がそこからポカポカしてくる。
あ、また涙が出てきた。
「ふふふ。これ、冴子さんにもたべさせてあげたいな」
これ見せたら驚くだろうなあ。
冴子さんこのハンバーグとか、どんな感じに食べるんだろう。なんかすっごくお行儀よく食べそう。
もちろん、こんなこと何度もできるとは思っていない。
さっき荷物を運ぶ途中、何度か男たちに見つかりかけた。
私は今も綱渡りの真っ最中だ。
でも大丈夫。
この力は私を生かしてくれる。これを正しく使いこなせれば。
私は泣きながら一人、ディナーを満喫した。
もう食べられないくらいに食べ、満足した心地で一息つくと、今度は暴力的な眠気が襲ってきた。
「やば…。片付けが残ってるのに…」
というか、片付け以前に考えなきゃいけないことはまだまだ山積みなのに。
当面のお金と住む場所は手に入れても、ここでずっと暮らしていけるわけがない。人目を避け、隠れ潜むように生きていけるほどの優しさは世界にはない。継続して稼ぎ、可能なら社会に加わり、そして帰還の糸口を探る。
その活動のための一歩目を踏み出したばっかりなのだ。
だから、食べてすっきりした後はちゃんと考えるつもりだったのだが、なんだか頭が異常なくらいまともに働かない。
眠気が加速度的に増していき、頭が重く垂れさがる。
このままだと、下手すると気が付いたらね落ちてそうだ。そうならないうちに、スマホの音楽を止めて、充電。あと、歯を磨いて軽く体を洗う。残念ながらお湯に少し石鹸入れて拭く程度だけどね。
せめて髪だけはすっきりさせたくて、ドライシャワーを使っておいた。正直、ちっともすっきりはしないけど、頭皮の痒みはマシになった。
そんなことをしていたら、さらに眠くなってくる。もはや立っていられないくらいだ。こんな眠いの初めてだよ。
寝る。寝る寝る。全ては明日以降考えよう。
私はそのままソファーを広げてベッドにするとそこにダイブした。
おやすみなさい。今日だけでもよい夢を。
*
その日、私は夢を見た。
2028年に帰ってきた夢だ。帰ってきたって何かいいことがあるわけじゃない。普通にバイトして、配信して、食べて寝る。それだけ。
それだけで、夢の中の私は笑っていた。
私と一緒に、ほかの人も又笑っていた。高校時代の友達が、店長が、同僚が笑っている。
――そして、なぜかそこには冴子さんもいて、それは元気に笑っていた。
それがとても嬉しかった。
お読みいただきありがとうございました。
ということで、ダンジョン生成能力を活用した飯テロ回でした。
自分の家に帰りついた時の安心感。何よりも彼女の心を溶かすでしょう。
しかし、安心ばかりしていられないのがこの話。次回、彼女を支える大前提が音を立てて崩れ去ります。
「ハンバーグ美味しそう!」「ハーゲンダッツいいな!」「野菜も食べなさい」と思っていただけましたら、ブックマークや下部の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援いただけると、とても嬉しいです!




