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10話 旅立ちと友情とボールペン

1章完結まで毎日19時更新中!


着物を持ってきてくれた冴子。そこで改めて相談するわけですが、二人の考える「これからの身の振り方」はやはりかみ合いません。

 私は重い頭でまた調べものを続けながら、冴子さんを待った。

 冴子さんは、昼すぎぐらいには顔を出すと言っていたよね。ならそろそろかな。

 そう思いながら私は表をずっと眺め続ける。


 …おそいな。


 スマホの時計では14時を超えたがなかなか冴子さんはやってこない。


 もしかしたら、私の前ではあんなことを言っていたが、本当はもう来る気はないんじゃないか、そんな疑心暗鬼が顔をのぞかせかけたころ、どこか申し訳なさそうな顔の冴子さんは姿を現した。


「冴子さん」


 合図が来る前に思わずドアを開けていた。冴子さんは、急に現れた私に驚きつつ、それでも嬉しそうにほほ笑んでくれた。


「良かった。目は少し充血しているみたいだけれど、顔色は昨日よりはいいわね。…その、待たせてしまってごめんなさい」

「いいっていいって。ほんと冴子さんが来てくれただけでうれしいんだからさ。ほら、入っちゃって」


 冴子がコンビニに入ると素早く扉を閉じる。

 中に入ると冴子さんは、やはり申し訳なさそうな顔をしておずおずと風呂敷を広げて見せる。


「その、ごめんなさい。家のお仕着せを用意しようと思っていたのだけれど、お母様に人にあげるものではないと叱られてしまったわ…。だから、こんなものしか用意できなくて…」


 見れば、風呂敷には明らかにくたびれている着物が二着と、無地の帯が一つ、あとは紐っぽいものが二本に、緒のすり切れた下駄が二足くるまれていた。


「ありがとね。すっごく助かる。私ではどうしたって手に入らないものだったからさ。でも、家にある予備じゃないならこれどうしたの?」

「仕方ないからわたくしのお小遣いで買ってきたの。その、古着屋で…」

「え!」


 ちょっと、お嬢様!自腹切ってまで買ってきてくれちゃったの!うわ…、ちょっと申し訳ないなそれは…。


「ごめんなさい。せめてもう少しマシなものを買えればよかったのだけれど…。お小遣いは溜めてはいるのだけれど、どうしてもおつきあいで使ったり、稽古のために使ったりでそこまで余裕があるわけじゃないのよ…」

「そんな、服に不満とか全然ないよ!お小遣いで買ってもらっちゃって、なんか悪いなってだけだからさ。……うん。ありがたくもらうよ。本当に、本当にありがとう」


 私は心からお礼を言う。

 もうあれだね。冴子に足向けて眠れないね。

 というか、ほんともらいっぱなしだな…。なんかさすがに冴子さんに何かお返ししないとちょっと気持ちが収まんないな。

 なんかないかな。私の気持ちが伝わるもの。

 ま、それはそれとして、ね。


「ところでそのー。冴子さん?実はもう一つお願いがあったりして…」

「なにかしら。約束を守れなかったわけだし、遠慮なく言って頂戴」

「あ、約束云々はほんと気にしないで。その、大したことではないんですけどね」


 ま、現代人の私という時点で察してくださいというやつだ。


「その、着物ってどう着ればいいのでしょうか…?」



 結論。めっちゃ苦労しました。

 いや、着物、意味わかんないね。まず長すぎる。大きさ調整が前提の服とか、どういうことって感じだよ。後、帯ね。あれ、ただ撒いているのと違うんだね。浴衣のつもりで巻いてみたら冴子さんに呆れられちゃった。なんか紐使って色々直してもらったけど、これ、自分一人でできるようにならないとだめだよね?

 あとで動画とかで確認しなきゃ。


 あと、当時と違うものといったら下着だ。普通に着物を着てみるために脱いだら、冴子さんは私の下着を見てビックリされてしまいましてね…。やっちゃったよね…。


「…少し、か、開放的というか、奇抜なデザインよね…。その、美しくはあるのだけど、見ていて恥ずかしいというか…」


 冴子さんの顔を少し赤くしてしまいましたとさ。やめてください…。こっちが恥ずかしくなるよ…。


「と、とにかく!これで私はどこ行っても普通の女の子に見えるよね!うん!ありがとう!」


 この変な空気を払しょくしようと私は無理に大声を出す。


「え、ええ、そうね。普通――かはわからないけれど、とにかくこの格好なら見とがめられることはないと思うわ」


 ん?微妙な回答だぞ?え?ほかはなんもおかしなとこないよね?

 私が首をかしげていると、


「これで巡査さんに相談することもできるわね」


 冴子さんは励ますような口調でそう言った。

 しかし、その一言に私は逆に固まってしまう。


「……巡査さん?…その、警察官のこと?」

「ええ。わたくしの知り合いに信頼のできる巡査さんがいるから、その方にあなたが帰る方法を相談してみましょう。きっと良い案を出してくださるわ」


 冴子さんは何の疑いもないという風にそう言い切った。


 しかし、それに私はうなずけない。


「…えっと、その、ごめんなんだけど……それはちょっと無理かな」

「え?どうして?確かに事情の説明は難しいかもしれないけれど、そこはわたくしも協力できるわ」


 不思議そうにする冴子さん。でもね。ごめん、論外なんだ。

 私は、国に頼ることなんてできないんだよ。私が所属していた国は今この1928年にはどこにもないから。もし警察に行ったら、身分を証明する必要があるだろう。しかし私はどんな方法を使ってもそれができない。

 それだけで即アウト。時代的にもデッドエンドだ。


「あ、あの、ごめん。私日本の生まれじゃなくてね。でもほら、急にこんな場所に来ちゃったから、当然入国審査とかふっとばしちゃっているわけでさ。…ほら、事情も全く説明できないじゃん?」

「あ…」


 私のとっさの嘘に、冴子さんは納得してくれたようだ。まあ、まんざら嘘ではない。「ここの日本」の生まれではないからね。

 冴子さんは少し難しい顔をしてうつむいた後、さらに提案してくれる。


「…その、なら神田明神に頼るというのはどうかしら。公式には執り行ってはいなくても、鎮魂祭の影響でここに来たことは間違いないわけなのだし、もしかしたら何かよい方法や記録が見つかるかもしれないわ」

「……ごめん。それも無理なんだ」


 神田明神。それは私にとって現状NGワードだ。


『誰かに見られて、鎮魂に間違いがあったなどと噂されては障りがある。さっさと済ませましょう』

『なんて様です!あなたちの専門でしょう!』


 昨日私の自由を奪いに来た彼ら。その代表格の女が言った言葉だ。鎮魂祭の失敗を気にする、亡霊への対応が専門の人たち。その関係者として、最有力なのは将門の鎮魂祭を執り行った神田明神だ。


「…あの男たちと何らかの関わりがあるかもしれないし、その疑いがあるうちは私はそこには頼れない」

「そ、そんな……、はずは……」


 冴子さんは少しショックを受けてしまっているようだ。考えたら、冴子さん、多分ご近所さんだもんね。私が神田明神の悪口を言ったと思って嫌な思いをさせてしまったかもしれない。


「色々考えてくれたのに、ほんとごめんね。もう少し気持ちが落ち着いたらその選択肢もあり得るとは思う。でもいまはちょっと無理かな。……ま、だからさ。多分、すくなくとも、すぐに私が帰るってのは、多分無理っぽいんだよね」

「そ、そうなの…」


 冴子さんは気分を害するというより、どこか萎れているように見えた。いろいろ考えてくれたことが空振りになったのでへこんでるのかな?


「…でも、貴女、頼るあてはないんでしょう?」

「…まあね。だからどっか働ける場所がないかなーとかは思ってるんだけどさ」


 そうだ。せっかくなら、冴子さんにこの時代の就職事情について聴いてみようかな。

 事前に調べてみたところ、この時代、女性の働き先は結構増えているみたいなんだよね。まあ、経験とか技術がいる仕事も多いから、どれでもなれそうってわけじゃないけど。

 多分、経験不問でなれる選択肢としては、女工、女中、女給、というところだろう。


「ねえ、この時代……じゃなかった。最近はさ。女性でも働き口とかあるよね。女工とか、女中とかさ」

「そうね…。勿論ありはするのだけれど……。貴女が日本の生まれでないのなら、その二つは難しいかもしれないわね…。たぶん、まともな勤め先なら、きっと身元の確認は必ずすると思うから」

「うげ…。そういうものなのか…」

「ええ。わたくしの家でお世話になっている口入屋でも、基本身元がはっきりしている方しかいないわ。…だからそこに紹介する、というのも、難しいわね…」


 うーん。やっぱりそういうものなのか…。前途多難って感じだな。


「じゃあ。女給とかはどうなんだろ?そこなら身元不明でも雇ってくれないかな?」


 確か学歴とかは問わない職だった気がする。


「女給…?」


 冴子さんは少しいやな顔をする。


「その、ごめんなさい。よく知らないの。…ただ、あまりいい噂は聞かないわね…。わたくしからはあまりお勧めはできないわ」


 うーん。ま、そりゃそうだ。冴子さん、どう見たっていいとこのお嬢さんだもんね。給仕する仕事なんてあんまりいいものじゃないって思うのかも。でも私飲食店のバイトは割とやってたし、やろうと思えば行けると思うんだよね。ちょっと一度くらいチャレンジしてみるかな。


「ま、どうしても無理なら、何か売るなりなんなりして、自分で稼ぐ方法考えるよ」


 私は、そんなことを言って笑ってみせた。

 未来の知識とダンジョン生成がある私には、選択肢は十分あるんだ。それに、ここまで親身に考えてくれている冴子さんを不安にさせたくない。

 しかし、


「自分で、稼ぐ……?」


 私のなんでもない一言に、冴子さんは少し目を丸くしている。そんなに驚くことなんだろうか。


「ん?私変なこと言った?」

「い、いえ、何でもないの。ちょっと、全く考えていない言葉で驚いただけで…」


 考えてない?そんなものなのかな。

 でも雇ってくれる人がいないなら自分で稼ぐ手段見つけるしかなくない?この時代の人ってやっぱいまいちよくわかんないな。

 冴子さんはまた少し考えた末聞いてきた。


「その、自分で稼ぐ、あてはあるの?」

「まーね。ほら、私この建物作れるじゃない?それを使えば商品とかも色々出せると思うしさ。それに、私の国って割と進んでるから、そこの知識って結構価値になると思うんだよね。それを使ってどうにかするとかもいけるかもなって」

「…あなた自身が商売なんて、出来るの?」

「あー。そういう感じか。女は商売しちゃいけない的な?……ほんとめんどくさいなこの時代。まあ、最悪男の格好するとかかなあ」

「それは…結構危ないんじゃないかしら…」

「かもね」


 あっけらかんという私に冴子さんはまた目を丸くする。危ないことをするなんて信じられないのだろう。自分は散々危ないことしてたのにね。


「でも、そうして生きてくしかないから」


 その言葉に、冴子さんは少し息をのんだ。そして、どこか動揺するように続ける。


「そ、そんなの、よくないわよ。ええ、そうだわ。わたくし何とかお母様にお願いしてうちの女中として――」

「ストップ」


 私はそう遮る。


「…本当に、本当にその気持ちはありがたいんだけどね。そこまで迷惑はかけられないよ」

「で、でも」

「だって、冴子さん言ってたじゃん。身元不明の人は口入屋でも雇ってくれないって。そこから駄目だってのにさ。冴子さんのお家にお世話になれるわけないよ」

「…それは……そうなのだけれど…」

「大丈夫。私は冴子さんに十分もらったもん。これ以上もらい過ぎたらさ。なんていうのかな、ずるずるずっと頼っちゃいそうじゃん?だからいいの。私ひとりで何とかするよ」


 私は冴子さんにそう言った。

 それは、おそらく冴子さんにとって、拒絶の言葉にしか聞こえないだろうけど。


 でも、私も守りたいんだよ。この一線は。


 私を助けてくれたこの時代の唯一の人。私のことをちゃんと見てくれた、唯一の人。

 私は、そんな冴子さんの、ただ負担になるような人間にだけはなりたくない。


 その後、二人の間にちょっと気まずい空気が流れた。

 …まあ仕方ない。これだけ私のことを考えてくれる人の言葉を、いちいち否定しまくった私が悪い。


 ……私がずっとここで活動していたら、冴子さんずっと気にしちゃうだろうな…。


 冴子さんは本当にいい子だ。いい子過ぎる。

 だから、変に私のことで責任を感じて、また無理をしかねない。それこそ、私を救うために命の危険まで冒した人なんだ。

 私ひとりで何とかするならば、冴子さんが変に心配したり気を回さないよう、彼女の視界からいなくなった方がいいだろう。

 冴子さんが来る前に少し考えていたプラン、やっぱり実行しよう。


「……じゃあ、私そろそろ行こうかな」


 私はそう切り出した。


「え?行くって、どこへ?」

「んっとね、一応、次に行こうと思っている場所は考えてるんだ。ここからは結構遠い場所なんだけど」


 これは嘘。目的地は十分歩いていける場所だったりする。


「そ、そうなの…。あてはあるのね。それは本当に何よりだわ。……なかなか会えなくはなりそうだけれど」

「あー。それは…仕方ないね。……でも、全くお別れってわけじゃないし」


 冴子さんの少し落ち込んだ表情に少し胸が痛む。というか、出会って一日の私をそんなに気をかけるなんて、やっぱり冴子さん、いい人過ぎて心配になるよ…。 

 だからこそ、冴子さんの心配をかけないよう、少なくとも生活が安定するまで会いに行く気はない。


 …でも、それもあんまりだよなあ。

 命を二回も助けてもらって、服までもらってさ。それでハイさよならはあんまりすぎるよね。


「ねえ、冴子さん」

「…なに?」

「あの、ほらさ、口ではお礼は言ったけど、それだけっていうのは私としても心苦しいし、だから今私ができるお礼だけでもさせてほしくってさ。…ちょっと待ってね」


 そう言って私は荷物からペンケースを取り出すと、一本の、大事にしていたボールペンを取り出した。

 私は、貧乏してるくせにと言われそうだけど、文房具は結構こだわる方だ。これは、上京した時の記念の意味も込めて、かなり奮発して買った、私の宝物の一つだったりする。


「……その、こんなもので申し訳ないんだけど、これ、受け取ってくれないかな?梱包も何もしてないんだけど、お礼のつもり」

「え、でも…」

「お願い」

「……わかったわ。ありがとう。絶対に、大切にするわ」


 そう言って冴子さんはそっと笑った。

 その眼の端に光るものを見つけて、私もそっと顔を伏せて涙をごまかした。


「ありがとう冴子さん。あなたに会えてよかったよ。……よかったらこれからも友達でいさせて」

「…もちろんよ。その、陽菜さん。……気を付けてね」


 そう言って私たちはそっとお別れした。



 出会った時とは真逆の、本当に、静かで何でもないお別れだった。

お読みいただきありがとうございました。

陽菜が冴子の手を取らない選択をとったことについては結構悩みました。

作者としても二人がバディとして進んでいく未来を早く書きたいところだったのですが、どうしても陽菜がただ冴子に頼り切る映像が浮かばなかったのです。

陽菜にとっては、それがどんなに苦しい道だとしても、「助けられる側」ではなく冴子と「対等」であることが何より重要だったんですよね。

読者の皆様にはもどかしく感じる部分もあるとは思いますが、そんな彼女たちだからこその物語を見守ってあげてください。


次回、冴子パート。

冴子は陽菜の選択に、結構ショックを受けてしまいます。そんな彼女が何を思うか、ご期待ください。


「しょうがないな、陽菜は」と思っていただけましたら、ブックマークや下部の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援いただけると、とても嬉しいです!

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