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第64話 鼻ないです

 知っているかい?ドラマってのはギリシア語のドランに由来するらしい。


「……あ?雨宮お前鼻どうした?」

「さぁ?元からこんな感じでしたよ?美夜さん」


 KKプロ所属俳優、日比谷教教祖、浅野探偵事務所非常勤職員、彼岸神楽流八段。雨宮小春、中学1年生。

 肩書きがそろそろ大変なことになってきた昨今、僕は今双子探偵、浅野詩音、美夜と共に『ヤッテ・ランネー・プロダクション』所属『おひねりちょーだい』脅迫事件を追う。


 背景に潜む妻百合流総本山を後にする僕は名残惜しそうに鼻との別れを終わらせて、妻百合初音と双子探偵と共に下山する道中だった。

 鼻は妻百合初音に取られた。



「また何かありましたらご協力させていただきますでございます」--家元、妻百合花蓮はそう帰り際に告げた。

 その協力的な態度には妻百合流が脅迫事件を起こしていると思われる鱗片は垣間見えなかった…


 ……妻百合流には。



「……それで、なにか分かりましたか?」


 道中の車内で妻百合初音が前に座る双子探偵の様子を伺うように尋ねた。

 僕が荷降ろし入道したおかげか、彼女の表情にはここへ来る前の強ばりはなかった。


「…一通り話は聞いたが…」

「やっぱり脅迫は妻百合流の仕業ではなさそうだね…」


 美夜さんと詩音さんはそう答えた。

 その返答に彼女の口からは安堵の息が零れたように見えた。


「……どうする?美夜、このままじゃ宇佐川さんに沈められるらしいよ。あと美夜、足を組んで運転するおバカはこの世界には居ないよ?」

「膝小僧が痒いんだよ」

「意味が分からないよ…」

「振り出しだな…しかし、『おひねりちょーだい』の『いよーっぽん』が盗作だと他に知りうる可能性があるのは…もう『ヤッテ・ランネー・プロダクション』内部の人間だけだぜ?」

「…身内の犯行?『おひねりちょーだい』は稼ぎ頭だよ?彼らを引退に追い込んだら自分達の首を絞めるようなものだと思うけど…」

「人間なんでも合理性だけで動くわけじゃねーのさ。姉さん…それに--」

「いや、まだ妻百合の一族を容疑者から外すには弱いです」


 僕は姉妹の間に割って入ってそう主張する。隣の妻百合初音が思わずこちらを強い視線で見たけど、君は僕の鼻を取った。


「……どういうこと?小春君」

「私らが色々探ったが、そもそも今の妻百合流では神事の舞自体を重要視して無さそうだし、継承したのは現家元本人だぜ?今の妻百合流に家元に反発してそうな奴も居なそ--」

「妻百合流には居なくても“元”妻百合流ならまだ調べてませんから」


 妻百合初音が「まさか…」と言葉を漏らした。

 そして同時にブレーキを怠慢した美夜さんが運転を誤り山中で盛大に事故った。

 漏らした。


 ドンガラガッシャーン!!


「きゃああああっ!?美夜ーーっ!?」「くっ…車が横転しましたっ!?」

「どういうことだ?雨宮」「妻百合流に複雑な感情を抱いている人間が居る可能性があります」


 ドドドドド!ゴロゴロ!!


「きゃあああああっ!?下は崖よ!?みんな捕まって!?」「たたたた、大変!?敷地内で事故なんて姉上に怒られます!!」

「誰?」「…妻百合真一郎」


 ズザザザザザ!!


「おちるぅぅ!!下は川よ!!」「ひぃやぁぁぁっ!?」

「どういう事だ?」「…現家元が若すぎる家元に就任し、それに対して鬱屈とした感情を抱いたのが、真一郎という元家元候補なんです」


 バシャァァァッ!!


「がぼっ!?ぼばば!?(落ちた!?)」「ばばべべ!!(たすけて!!)」

「ぼべぼぼべぼぼうばんべいば?(それとこれとどう関係が?)」「ばっべぶびばばばびょぶばばぶばぶびだびびびびぼうばぼぼぼぶびだぼびだば?(屈折した感情を抱いた真一郎が暴走したとしたら?)」


 ゴボゴボゴボゴボ…


「びびぶ!!びびぶ!!びぼーーっ!!(沈む!!沈む!!美夜ーーっ!!)」「び…びぶ…びびば…(し…死ぬ…息が…)がぼぼ…」

「ぼぼべばぶべ『ばっべばんべーばぶばぶばぶ』ぼぼぼぶぶば?(それでなんで『ヤッテ・ランネー・プロダクション』を脅すんだ?)」「ぶばぶぶぶうびぼっべびびべびばびびびぼばびぼべびぼぶびだぼぼばびぼぼべびぶべばばら…(妻百合流にとって神聖な神事の舞を継承したのが橋本圭介だから…)」

「「ばぼべばばびで!!(後で話して!!)」」


 *******************


 車は完全に沈みました。


「…はぁ……はぁ……」「ふ、震えが止まりません……」


 焚き火を囲いながらついでになんか知らん魚を焼きつつ僕は容疑者、妻百合真一郎についての仮説を説明していく。


「びぼばん(美夜さん)」

「黙れ、もう水の中じゃねー。てか雨宮よ…そもそもその男は妻百合を捨てて出奔した男だろ?脅迫の動機が妻百合流に関するものってのはどう説明する?」

「……妻百合を捨てたのは夢敗れたから…家元になれず、居場所を失ったと考えた彼は家を出る以外他に選択肢が無かった……だから、妻百合流を捨てた後でも、妻百合の舞には相当な思い入れがあった…」


 僕は隣で震える妻百合初音を見た。

 家元の前で激昂しかけた彼女を見ていた美夜さんはその視線だけで僕の言いたい事を察した。その上で言う。


「…疑うには弱いな」

「美夜さん…この事件……尺取りすぎなんですよ。そろそろ解決して次のエピソードに行かないと…つまりこのタイミングで浮上した顔も知らない容疑者は最有力と言っていい」

「何の話だよ」

「自分達が目指した家元…その条件である神事の舞を部外者が継承した事への怒りか…妻百合流に対する屈折した想いが歪んで表れたのか…動機は本人に聞かなければはっきりとは分かりませんが…」

「……ふむ」


 ぶっちゃけ僕は焦っていた。

 それこそ、実の兄が犯人ですなんて話を妹の聞いてるところでするくらいには。

 なんせ今日中に何らかの成果を出せなければ宇佐川結愛に殺されるから…


「…最有力容疑者として、妻百合真一郎を調べましょう」


 僕の言葉に他に宛もない双子探偵は同意の意を示し、妻百合初音は複雑そうな眼差しで目を伏せた。


 *******************


「…という訳で妻百合真一郎が最有力容疑者だと判明しました。宇佐川さん」

『なんか鼻声じゃね?風邪か?』


 そんなはずはない。鼻ないし。


 川から生還したまま魚を焦がしつつ、横から何か言いたげな妻百合初音の視線をシャワーのように浴びつつ、僕は『ヤッテ・ランネー・プロダクション』警護主任、宇佐川結愛へとTELしていた。


『で?そのヤローはどこに居る?』

「今から調べます」

『舐めてんのか?』


 意気揚々と報告した僕を待っていたのはそんな声だけで人を殺しそうな圧だった。

 何故?


『言ったよな?今日中に何とかしろって』

「何らかの成果と言いました」

『そいつがどこに居るかも分からねぇんじゃどうしようもないだろーが。リミットは今日だ。社長が明日、記者会見で『おひねりちょーだい』の解散会見を開くと発表すると言ってる』


 馬鹿な…


「犯人は目と鼻の先ですよ…鼻ないけど」

『言ったよな?こっちもいつまでも待ってる余裕はねぇ。タレントの安全を考えなきゃならなねぇ。今日、潜伏先のホテルに爆弾付きの矢が飛んできた』

「……」

『時間切れだ』

「宇佐川さんはそれでいいんですか?てか、記者会見って盗作の事も話すつもりですか?」

『話すわけねぇだろ』

「犯人の要求は盗作の発表と解散です。要求を飲まないのであればどの道『おひねりちょーだい』は危険ですよ?」

『ならお前らが何とかしろ』


 ……宇佐川結愛の言うことも一理はあった。

 事務所としてもいつまでもこの問題を保留してはおけまい。『渋谷戦争』のクランクインも迫っている…


『おひねりちょーだい』をどうするか…その決断は事務所としても急務。


 が!しかし!!解散したら全国ツアーがお流れではないのか!?


「……一週間ください」

『ねぇっつってんだろ?鼻折るぞ?』

「鼻ないです。じゃあ3日…」

『待たねぇ』

「そんなぁ……負けっぱなしでいいんですか?宇佐川さん。こんな形で『おひねりちょーだい』が終わるなんて、橋本圭介も不本意でしょう?」


 僕の言葉に彼女は苛立ちの篭ったため息を漏らして黙った。

 長い髪の毛を焚き火で燃やす双子探偵と妻百合初音の視線がこちらを伺っている。交渉を丸投げした双子探偵の収入が僕の舌に懸かっているという訳だ。


 頭をフル回転させる。

 今まで数々の困難を超えてきた雨宮小春の脳内CPUが手の中にあるピースを全て組み立てていく。


「……犯人を捕まえる手はあります」

『だからそれまで待てねぇって言ってんだよ』

「宇佐川さん…」


 僕は頭上に佇む妻百合流の厳かな屋敷を見上げつつ、ひとつの賭けに出る覚悟を決める。


「記者会見はしましょう」

『……なに?』

「僕にひとつ、考えがあります」

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