異世界27日目 4月27日(土) ②ルーミィさんを泣かせてしまう
少々イリアさんとルーミィさんが揉めていたが、ひとしきり雑貨店でリッチな買い物を済ませ、後程、園に来てくれるようにイリアさんにお願いさせてもらった。これだけの材料があれば当面は安定した料理が作れそうだ。在庫があるって素晴らしい~!
浮足立って雑貨店を出た後、村の中ではかなり多くの村の人に声をかけられた。明日はもっとクッキーを焼いて来て欲しいとのお声であった。
見た目も確かに良いのだが、食感が病みつきになるものだとの事でもっと食べたいとの声が多く上がっていた。
その言葉にそっと胸を撫で下ろした。やはり味は良かったんだな。新製品で売り出したはいいが、露店ブースでの販売の時は造形の方の感想ばかりだったので、ちょっと心配になっていたのだ。
村から出てほどなくして、今日の売上の入った袋を取り出しながら隣を歩くルーミィさんに声をかけた。
「今日の稼いだお金はルーミィさんがお持ちになって下さい。ご自由に使って頂いていいですよ」
お金の入った袋をルーミィさんに差し出した。大金は魅力ではあるが、これは俺が持つにはちょっと多過ぎる。こんな額のお金を持っていては甘えが生じてしまう。
それに流石にもう道端のスライムを食べて飢えを凌ぐ、という程の事はしなくてもいいぐらいには生活能力は付いている。それにハングリー精神でこそ良いアイデアが浮かぶというものだ。まあ、お買い物はさせてもらいましたけどね。
ルーミィさんは驚いた表情、いや悲しげな表情といった方が的確だろう。そんな表情を浮かべたまま袋を押し返してきた。
「私もこんな沢山のお金は要らないよ! 和也が持っててよ!」
「でも今日の売り上げはルーミィさんの作った芸術品が売れたものなので。私が貰う訳にはいきませんよ。雑貨店での買い物で十分です」
その一言を境に途端、ルーミィさんの表情が一層曇り、茶色の瞳は潤み出して涙が溜まり始めているのが伺えた。
えっ? なんで? なんで? なにこの雰囲気? 俺、泣かすような事言ったけ!?
「どうしてそんな事言うの!? それは二人で頑張って作ったクッキーのお金だよ! 私と和也で! 二人で……二人でぇ……一緒にぃ……」
ルーミィさんが泣くのを堪えながら振りしぼった言葉が胸に刺さった。
割り切った考え方、自分の手柄じゃないものは受け取らない、人の領域は侵さないのが俺の元の世界でのスタイルだ。それは正直人の力を頼らなくてもそれなりにやっていける自信と経験があったからであって、それらはこの世界では通用しない。
やっちゃったな……これじゃあ元の世界に居た時と同じじゃないか。この異世界で生きていく為には協力していかないとダメだって分かっていた筈なのに。
それにこの試練をしくじれば俺は消滅、人生が終わってしまうのだ。遠慮なんぞしている余裕は微塵もない。
十七歳に諭されるとは……おっさんとして情けない。
「……すみません、私が間違ってました。そうですね、これは二人で頑張った証ですものね。これからも私に至らぬところがありましたら、先程のように遠慮無くおっしゃって下さい。そして、いつもありがとうございます、ルーミィさん」
「うん……ぅぅ」
ルーミィさんが俺の胸に顔を押し当てて腰に手を回してきた。どうやら涙腺が決壊したようだ。俺の胸の中で嗚咽交じりの泣き声が聞こえる。しかし先ほどの悲しげな雰囲気は無い。
この状況、映画やドラマならこのまま抱きしめるのであろうが、俺はそんな超高等特技なんぞ覚えてる筈も無い。
仮に抱きついたとしよう。そこからどうする? 言葉のかけ方も次に取るべき行動も俺には分からない。
おっさんは恋愛系の映画もドラマも見ないのだ……。
結果、美少女に泣かれて抱き付かれているのに、仁王立ちである。しかもアタフタしながら……こんな状況を端から見たらなんて情けないおっさんと唾を吐かれても仕方無い。
良かった、村でお金渡さなくて……絶対に誰にも見られたくないぞ、こんな無様な姿。
しばらくすると目を真っ赤にしたルーミィさんが顔を上げた。
「もぅ……特別に許してあげるけど、寂しくなるから二度とあんな事言わないでよ……」
ルーミィさんは俺に抱きついたまま注意してきたのだが……女神様にハグしながら怒られるなんて……遂にゲームの世界を超えて来たな。まさに事実は小説よりも奇なり、だな。
だがほんと情けない話である。こんな所で意地を張っても仕方が無い。むしろ園の発展や維持にそれを割り振る事だって出来た筈だ。
お金が余って気が緩むと言うならば、それを使わなければいいだけの話。何か有事の際にまとまったお金が必要な時に使えばいいし、それまでは無い物と考えてタンス貯金しておけばいい。
まあ、最長でも三年間だから保育園の建物の修繕といってもほとんどないだろうし、使うアテは今のところ思い付かないけどね。
「ルーミィさん、これからも宜しくお願いしますね。と、ところで、その……」
「うん……あっ!?」
急いで俺の胸元から離れて距離を取った。その時のバックステップがやけに身軽だった。理由はやっぱり俺がおっさんだからでしょ? うん、知ってた。
「ち、違うんだからねっ!? こ、これは和也が――」
「はいはい、分かってますよ。さあ、園に戻るとしましょう。早くしないとイリアさんに追い抜かれちゃいますよ?」
「むぅ……まあ、いっか……」
今回は俺の悪い所が出ちゃったなぁ……もともとルーミィさんは俺を元の世界に帰す為にお手伝いしてくれている訳だから、遠慮なんてする必要は無かった。
保育園の運営と生活はあくまで手段だ。目的をはき違えないようにしないとな……。再研修の合否もかねているからいわば運命共同体とも言える。他人行儀にするのは無用だな。
「それではルーミィさん、園に戻りがてらスライムも採取していきましょう。流石に雑貨店でもスライムは置いていませんからね! 材料は沢山購入しましたがメインの食材が無い事には始まりませんからね」
「和也ってば……ほんとスライム好きだね……今度のお料理もちゃんと味見させてよ?」
女神様が潤んだ目のまま、呆れた顔に笑顔を交えて答えてくれた。目の前にある無限の可能性がある食材を前にして俺は自分を抑えきれない。だって元の世界に帰ったらスライムなんて食材は無い訳だし、今の内に堪能しておかないとね!




