異世界270日目 12月26日(木) 大掃除の準備
クリスマスも終わり、伝説の樹の飾りつけの片付けも完了させたその流れで今日は、味の素スライム【ちゃんこ味】の実演販売をイベント広場で開催中である。
「お鍋にお水を入れてスライムをポン! これで出汁が染み出してくるからとっても簡単だよ~!」
「冬のお野菜を入れてご家庭で楽しめるお料理で~す!」
うちの売り子も著しい成長を遂げて宣伝をしてくれている。まあ、カンペ付きではあるが。
お鍋をする為には当然の事ながら土鍋が必要になるのだが、そこはイリアさんのツテで安く雑貨店で販売される事になった。問題であった火の方も固形燃料があるとの事で問題が解決している。原材料は分からないが、よく懐石の鉄板料理の下に置かれている青いやつのようなものであった。
イリアさん曰く、この冒険者の間では結構使われてるらしい。
尚、出汁の素スライム【ちゃんこ味】は奥様方の関心を大いに引いている。どうやらオータムフェス辺りから出汁料理の魅力に取り付かれ始めている様であり、ご家庭でも作りたい料理となっている模様である。
随分と日本の味が異世界に浸透したものだ。おっさん、今までいろいろ作ってきて良かったですよ……まさかこんなに受け入れてくれるとは思いもしませんでしたから。
出汁の素スライム【ちゃんこ味】の実演販売も好評の内に無事完了し、続いて雑貨店へと足を運んだ。今日は欲しい物が沢山あるのだ。
「和也? どうしてそんなに掃除道具を買い込んでいるの?」
「まだ在庫はあるかと思いますが……」
かごの中には大量の雑巾や洗剤、ブラシ、手にはほうきを持っているおっさんである。ぱっと見、清掃業者のような格好になっておるが、これは年末の避けては通れない仕事をこなす為に必須アイテム達なのだ。
「はい、実は園の大掃除をしようかと思っておりまして」
二人の戸惑っている姿が目に映った。恐らく掃除の前に付く『大』の意味が分かっていないのだろう。そこで改めて意味を説明すると、ルーミィが心底嫌そうな顔をしていた。
「で、でも毎日ちゃんとお掃除はしてるよ? そんなに気合入れなくても……」
ほう、大掃除を舐めているようですね? 園の掃除はこなしてくれていますが、自室の方は散らかってましたもんね。まあ、ここでその事を言うと『どうして私の部屋の中を知ってるの!? このドド変態!』とでも言われて正座コースまっしぐらなので黙秘させて頂きます。
「ダメです。普段掃除しない場所を掃除して、一年間の汚れを徹底的に落とすのです!」
拳を握り、遠くを眺めた……少々自分に酔ってみた。ちょっときもいおっさんの完成である。
俺はこと大掃除にかけては毎年全身全霊を傾けて取り組んでいる。年末は流石に会社は休みだし、日の出と共に動き出し、夜遅くまで徹底的に掃除していた。これを行わなければ新年など迎えられないのだ!
「なんだ? やけに気合入ってるな」
イリアさんもこちらを見て感心……いや、あれはちょっと引いてるな。
「うう、なんか大変そうだよぉ……お外も寒いし、そ、そうだ! お掃除は置いといてこたつでぬくぬくしない?」
「しません。と言いますか、いつもしてるでしょ……」
遂に落ちる所まで落ちたか……これじゃあ堕女神様じゃないですか。
「そんな事言ってるとですね、年に一度の超豪華料理であるおせちが食べられませんよ?」
その言葉にだらけきった表情のルーミィが覚醒し、こちらに暖かい希望の光のようなものを向けて来た。
何、これ? オーラ? ルーミィは神力使えないから……きっと幸せの現れなんだろう。ブリュレが絡むと結構レインも出したりするけど……まあおかげで聖なる女神様に戻れたようだ。尚、ルーミィが目立ち過ぎているがレインの瞳も輝いている。
昨日も豪華なお食事を用意したつもりなのですが……やめてもらえませんかね? 周りの人からすれば食事も満足に食べさせていないみたいな印象を受けるから。これ、異世界に来た初日から思ってるんですよ?
でもね、レイン、残念だけど考えている事分かるんだ。ブリュレはおせちには入らないんだ……これを知ったら今度はお姫様がややこしい事にならないか心配である。
「私の元の世界では、新年をお祝いする際に、その年の初めに豪華な料理をみんなで食べるのですよ。普段と全く違った料理なんですよ?」
「ゴクリ……」
「……え」
あ、レインが少し悲しそうな表情になった。どうやら『普段とは違う』の所でブリュレが出てこないと悟ったのだろう。でもここは続けさせて頂くとしよう。
「その為には大掃除をする必要があるのです! 全てを磨き上げ、綺麗な場所になった所でしかおせち料理は輝かないのです!」
「そうか、その料理は特殊な条件下でしか食べられないものなのか……」
なんかイリアさんが異世界の価値観を当てはめているが、ぶっちゃけ普通に食べれます。ただ、うちの先生方にやる気を出させたいのです。
「やるよ……私、やるよ!」
おお、決意を固めたルーミィが雄々しく拳を天に掲げているではないか! まあ、雄々しくとは言ってもとても可愛らしいんですけどね。しかし胸を張ってもあまり誇張されませんね。でもそれはそれで慎ましくて魅力が――
「カズヤ様! ルーミィ様の胸を見過ぎです! そんな好色の目を向けてはいけません!」
「ほうほう、そういう事か?」
レイン、ブリュレが入らないと分かった途端辛辣になってません? ちょっと思っていたものと違うからって……それにイリアさん、拳をパキパキならさないで、指、太くなりますよ?
「もう! エッチぃ!」
ああ、隠されちゃった。さて、この修羅場、どう切り抜けたものか。このままでは俺が二人に大掃除されてしまう。
≪≪≪
「やあ、こんにち……カズヤ何してるんだい?」
アレクが買い物に来たようだが俺を見て疑問符を投げかけて来た。まあ、そうなると思う。だってイリアさんの店先で足をたたんで座っている訳だから。
流石に雪の積もる屋外は許して貰えたけど、床が冷たいのなんの。招きネコならず招きカズヤである。尚、効果は何も無い。どころか邪魔でしかないと思う。
「はは……」
アレクの問いに乾いた笑しか出せなかった。まあ、いつもの事です……。
「カズヤも大変だね、美女がこんなにも居たら分け隔て無く接するのは難しいと思うよ?」
腰を落とし、声を潜めてお話してくれる辺りは流石です。いつも優しいし、内情も良く分かってくれて感謝します。
「うん? アレクじゃないか? どうしたんだ?」
「今日は味の素スライム【ちゃんこ味】を買いに来たんだ。牧場でもお鍋っていう料理をしようと思ってね。ナーシャとお腹の赤ちゃんにも暖かい物を食べさせてあげたくてさ。それにおじいさんとおばあさんも喜びそうな料理だしね」
相変わらず善良の塊ですね。きっと喜んでくれますよ。
そんな会話をしていると奥からルーミィとレインもこちらにやって来た。少々、いやかなりジト目をしているが。
「和也も少しはアレクさんを見習った方がいいよ?」
「爪の垢でも飲ませてみるか」
「アレク様はとてもお優しく、思いやりがございます」
あ、うん。おっさん、滅多切りですね。アレクは聖人の如く下心なんてもの出しませんもんね。それに分け隔てもありませんし。
「そうですね、アレクに近づけるように努力いたします……」
しかし、これがまた難易度が高い。勇者様の真似事なんてどこまで出来るやら。まずは悟りを開く事から始めないといけないんじゃないかな。でもおっさんは煩悩だらけだし、きっと座禅などを組んでも、ものの数秒で和尚さんに『喝! 喝っ! 喝っっ!』などと三連撃ぐらい入れられてしまいそうだ。
「でもね、もう諦めてるよ。それが和也だもんね」
「ああ、そうだな、これは直りそうもない」
「カズヤ様、私の胸ならいくらでも……」
一人爆弾発言をして怒られる対象が変更となった。さて、立たせてもらいますかね。しかし正座する機会が跳ね上がったせいで最近は足も痺れなくなった。最初の頃は生まれたばかりの小鹿宜しくであったが。
……こんなところ成長してどうするんだ、俺は……。
立ち上がった所に再びアレクが小さな声で囁いて来た。
「ところでどの子をお嫁さんにするんだい? それとも全員かな?」
悪意無き質問がぶつけられた。その口ぶりからしますとこの世界って一夫多妻制が認可されているのでしょうか? どちらにしても波乱の予感しかしない。
よし、先送りにしよう。まだ二年とちょっとあるもん……。




