異世界272日目 12月28日(土) ①大掃除開始! ドーピングも辞しません!
神ブックから鳴るクラシックの音が耳につく……どうやら朝のようだ。だが意識はあるものの、なかなか体が動かずにくるまっている毛布から出れない。
別に異世界ならではの封印術とか結界がかけられているなどという類では無い。暖かくて出るのが嫌なだけだ。壁の時計を見ると時刻は五時三十分となっており、まだ外は日も昇っておらず暗い。
普段ならそのまま意識を手放すところであるが、今日はいつもと違う!
一大決心し、ベッドから飛び起き、めい一杯の伸びをした。起き上がってしまえばこちらのもんだ。
今日はやらねばならないのだ『大掃除』を! その過酷な労働に耐える為にはしっかりとした栄養補給は必須である。
朝食を食べたら早速ミッションスタートだ!
≪≪≪
「ふわあ~、おはよぅ。うわぁ、なんか今日はいつもより朝ご飯多く無い!?」
お目めをこしこししながら現れたのはルーミィ。この時期は以前プレゼントした白いケープを常に羽織っている。
「おはようござます、カズヤ様、ルーミィ様。体が温まりそうなスープですね」
レインの手首には黒い皮のブレスレット。これは誕生日のプレゼントした日以来、外しているのを見た事が無い。とても気に入ってくれているようでなによりだ。
「おはようございます、ルーミィ、レイン。今日はいつもより気合を入れて朝食を作りました! 栄養と共に体をしっかりと温めて下さい! 食べたらすぐに大掃除にとりかかりますからね!」
「ええ~……」
気の抜けた返事と共にこたつのテーブルに顎をのせ、だらけ切った態度を見せてきた。冬場は寒いのでこたつで食事を取る事が多くなっており、今日の朝食もこたつテーブルに用意している。
それにしても先日のやる気に満ち溢れた姿勢は何処に行ったのだろうか。
「今日中に大掃除が終わらないと、おせちが作れま――」
「さあ、やるよ! おせちが待ってるよ! いっただきま~す!」
むくりと起き上がり怒涛の勢いで朝食を食べだした。どうやら熱いあの思いを思い出してくれたようだ。でもそのきっかけがこれまた食べ物とは……ほんと、食いしん坊なんだから……。
≪≪≪
「カズヤ様、出せる物は全て出しました~」
廊下に立つレインの周辺にはずらりと家具が並んでいる。いつもなにかとお世話になっている園長室を皮切りにしたのだが、ここは結構家具があるので運び出すのにもっと時間がかかると踏んでいた。
しかしそこはお姫様のパワーを炸裂し、デスクにソファーにと軽々運び出してくれた。おかげでとっても時短になった。
あざっす! お姫様! お願いだから王様には黙っていて下さい! お姫様に家財道具の運搬をさせたと知られた日には打ち首待った無しである。
「ありがとうございます、それでは早速とりかかりま――」
「おせち! おせち! お~せ~ちぃ~!」
既に女神様が一心不乱に掃き掃除をしている……あまり飛ばし過ぎるとバテますよ?
「私も負けていられませんね!」
ルーミィに刺激されて窓を雑巾で拭き出したのだが……揺れが半端無い。上下左右にと、まあ……なんという光景なのでしょうか。ずっと見てられるな……。
それはそれとしてさっきからほうきが足元にバンバン当たっている……分かってます、分かっていますよ。それ、地味に痛いんですけど……。
≪≪≪
順調に大掃除は進み、園長室、廊下、遊戯室と掃除を終わらせていき、最難関のキッチンのまで辿り着いた。のだが……。
「へぇぇ~疲れたよぉ……」
ほうきを支えにして項垂れているルーミィが居た。かなり頑張ってくれたにはいいのだが、完全にスタミナ切れを起こしており、早くもガス欠状態だ。でも大丈夫! そんな時にはアレの出番だ!
小瓶に半分ほど入った液体とグラスを持ってルーミィに近づくと、ルーミィが驚いた目線を向けて来た。
「和也、ちょっと待って。それって『聖水』だよね? そ、そこまで頑張らなくても……ちょっと休めばマシになるから!」
ルーミィの言う通り手に持っているのは病気はもちろん、疲労回復にも抜群の効果を持つ聖水である。さあ、これを飲んで疲労回復ですよぉ~! 休んでいる暇はありませんよ~?
「そ、そこまでしなくても! こんな使い方するのってもったいなくない!?」
「ふふ、今使わずにいつ使うと言うのですか? 大掃除はこれからですよ。さあ、お飲み下さ~い!」
グラスに注いだ聖水を突きつけ、渋々であるが飲んでくれた。その甲斐あってルーミィの体力は回復したようだ。よし! 改めて大掃除再開といこうじゃないか!
「うう……鬼、悪魔……」
「カズヤ様の大掃除にかける情熱は凄まじいものを感じます……」
ふふ、そうですよ、レイン! 俺は大掃除の鬼なのだぁ! ふはは!
早速キッチンの最も汚れのある場所である換気扇を取り外してみた所、案の定、油でコッテコテだった。これは中々……掃除のやり甲斐があるじゃないか! 燃える……この油汚れを徹底的に落としてやるそ!
「じゃあ私はこっちのコンロを掃除するね」
「ええ、宜しくお願いいたします」
手を伸ばして換気扇の油を落としているとふとルーミィの方を見てみた。ごしごしとコンロの汚れを落としてくれている。大分体も温まったのだろう、うっすら汗もかいており、胸元のボタンも緩めて――あ!? ブ、ブラ、見えちゃった……。
萌える……っていかんいかん! ルーミィは一生懸命掃除をしてくれているのだ、そんな下衆な事をしてはいけない。俺は換気扇に集中するのだ!
そう、この油を落とし――ピンクですか……ほとんど覆われてるけど僅かな肌色も見え……って! 何度も見ちゃうよ! 気になって仕方無いよ!?
くっ!? だめだこれ以上は! 小胸ちゃんお元気そうでなによ――
「カズヤ様……何をしていらしゃるのですか?」
冷たい声が背中に突き付けられた。それはまるで刃物を当てられているかのような錯覚を覚える程に……血とか出てない? 本当に刺さってないかな?
なんか殺気にも似た気配が背中に刺さってるんですけど……お、御姫様がそんなもの出しちゃダメですよ!?
「最近、ルーミィ様のお胸ばかり見ておられますね? ご申告はさせて頂いたつもりですが?」
「いや、あの、その……すみません……気を付けます……」
ルーミィは顔を真っ赤にしながらボタンを留め直している。それと対比するかのように俺の顔色は真っ青になっていると思う。恐る恐る振り返ると、未だに俺を凝視するレインの瞳は酷く冷たい物を放っていた。
この世界にお寺は無いのだろうか……日本文化が無いのである訳無いか。じゃあ、教会でもいいや……自分の精神を性根から叩き直したい……。




