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異世界267日目 12月23日(月) ①守る


 横穴の先に見える風景は暗黒の世界から徐々に太陽の光により白みを帯び始めてる。体力の温存の為、少しでも仮眠を取る必要があったのだが……。


 寝れん!! 寝れる訳が無いじゃないか! 痛みも去る事ながら女神様をホールドしたままなのだ。絶世の美少女を! ずっといい香りするし!


 そんな徹夜を慣行した俺とは打って変わり、胸の中でルーミィは静かに寝息を立てている。昨日の『えへへ、キスしちゃた』事件のせいも合わさり、アドレナリンの放出が収まらない……体力の温存どころか大いに消費してしまった……。


 しかもこの密着具合、お互いに抱き付いている……いつぞやのように意識を絶たれ寝袋に放り込まれたのとは訳が違う! そしてルーミィを追いかける為にダッシュした時に出ているであろうおっさん臭も気になる! 


 ルーミィが起きたらどんな顔をすればいいか……それにしても寒いし足痛いなあ……。




 吹雪は明け方には収まり、日も差して来た。今日は快晴の様子だ。今の時間は分からないが、イリアさんが心配だ。それに今日は月曜日、園の方も……。


 いろいろとやらないといけない事があるがとりあえずここから脱出しないと! まずはそこからだ!


「ふぁ……和也……」


 ちょうどルーミィも目が覚めたようだ。よし、支度を整えてこの横穴から脱出を――


「ね、ねえ……キ、キス……して……?」


「……元気そうでなによりです。さあ、森を抜けますよ」


 問題発言を華麗にスルーしてルーミィを包み続けていたコートを取ると少し頬を膨らましている様子が映った。でも残念ですが、俺からキスするなんて根性は持ち合わせていません。

 というより、この状況をなんとかするのが優先でしょ? イチャラブしてる場合じゃありません! しかし朝から攻めてきますね、まあ、それだけ心にゆとりが出来たのは良い事だ。




「また一段と積もりましたねえ……」


 再びルーミィに肩を貸してもらって歩ているのだが、雪の中を歩くのは体力を使う上、怪我と寝不足が重なり、口には出さないが辛い……。

 くうう……頑張らないと。えっと、太陽があっちにあるから、園の方角はと……。


 痛みをこらえながらもしばらく進むと妙な違和感を感じた。


「ルーミィ、少し止まりましょう……」


「ど、どうしたの? 足が痛むの!?」


 確かに足の痛みは相当なものだが今はそれが気になって止まった訳では無い。静寂な森の中で複数の雪を掻き分けるような音が聞こえてきた。人では無い……動物か?


 すると向こうも気づかれた事を察したのだろうか、突如その音の主が目の前に現れた。


 狼であった。もちろん、銀狼では無い。毛並みが茶色なので野生のものだと思う。牙を剥き、低い唸り声をあげながらじわりじわりとこちらに近寄って来る……三匹も。


「や、野生の……狼……」


 ルーミィが怯えながら声に出した。


 動物は賢い。自分より強い者は本能で悟り手は出してこない。この森は園児達とお散歩する事も良くあるが、今まで一度たりとも獣に遭遇した事は無い。


 おそらく園児達の潜在能力が滲み出て並の獣は近寄る事さえ出来ないのだろう。後、神ブックにもその能力がある気がする。今まで何度も村を往復し、森でキャンプなんかもしたが一度たりとも獣の気配を感じた事が無かった。


 今の俺達には近くに強者もいないし、神ブックも無い。何も無い。それは狼達にとっては絶好の獲物でしかない……と言う訳か。


「か、和也……」


 ルーミィが震えながら腕に捕まってきた。痛みを感じる程に。


 一匹の狼が遠吠えを上げた。どうやら仲間を呼んだようだ。数に物を言わせて完全に仕留めるつもりらしい。


「ルーミィ、私を置いて逃げて下さい。どうせこの足では逃げ切れませんし、私はここで時間を稼ぎます。レインに連絡して……イリアさんを助けてあげて下さい」


 ああ、このセリフを言う時が来てしまうとは……これって完全にフラグなんだよなあ……死亡の。


「何言ってるの!? そんな事出来る訳ないよ!」


「私が引き付けておきますからその隙に早――」


 右足に別の激痛が走った。どうやらさっき呼んだ仲間が死角から飛び出てきて噛みついたようだ……ちょっと、会話中は遠慮してくれませんかね!?


「ぐうぅぅぁ!!」


 思わず声が上がり、ルーミィの肩から手を離してしまった。しかも牙をえぐりこますかのように足を咥えたまま、首を左右に振っている。

 こ、こいつ、ワニじゃないんだからデスロールをしようとするんじゃない!


「和也ぁ!! 離れて、離れてよぉ!!」


 ルーミィが甲高い声を上げながら何処からか見つけて来た木の棒で狼をぺちぺち叩いている。その打撃というよりも、ルーミィの叫び声に驚いたのだろう。噛みついた足を離し、距離を取ると低い唸り声を上げながらこちらを睨んでいる。


 狼が離れた瞬間、鮮血が雪の上に飛び散り、痛みが襲ってきた。ただでさえ怪我をしていた方の足に……この傷ではもう歩く事は出来ないな……完全に退路は断たれた。


「ル、ルーミィ、あちらの方角に……走って下さい、園の方角です、いつか森を抜けれる筈ですから……」


 痛みをこらえながら指示をする。本当は痛いって泣き叫びたいが、そんな事を言っている余裕は無い。


「嫌!! 絶対に嫌っ!! 和也を置いておける訳無いでしょ!」


 ダメ……そのセリフもフラグだから……俺の死んじゃう率が爆アゲされちゃうよ?


 ふと狼の方を見ると更に増えて五匹の群れとなっていた。そして全員が俺の方を見て睨み、唸り声を上げている。どうやら手負いの俺に狙いを定めたらしい。


 本当に賢いですねえ、もうちょっと容赦して欲しいものだ。


「こいつらは私を狙っています。好都合です、さあ、早く行って――」


「嫌だって言ってるでしょ!! 何度も……何度も言わせないでぇ!!」


 ぽろぽろと涙を雪の上に落としながら本気で否定された。いつも怒られているが、今の表情は見た事が無い程の怒りの感情が出ている。


 もう……女神様、言う事を聞いて下さいよ……。


 ルーミィと押し問答していると、鈍い衝撃を受けたかと思うとすぐさま鋭利な痛みが襲った。ルーミィとの間に割り込み、胸板に飛びかかられた。


「痛ってええ!!」


 完全に不意を突かれてしまい、そのまま狼に押し倒されてしまった。その鋭利な爪が服に食い込み、コートも切り裂かれて肌に達した。


「ちょっと! ダメだよ! 向こうに、向こうに行って!! 離れてぇ!」


 どうやらルーミィは大した危害は無いと判断した狼は棒で叩くルーミィを無視する事に決めたようだ。今度は一向に離れようとせず、何度も引っ掻いて来る。


「クッソぉ――痛えじゃねえか!? どけよ!」


 狼の横っ腹におっさんの渾身のボディーブローを一発放つと、とりあえず体から離れた。そのまま体を起こして様子を見たのだが……。


「グルルゥ~!」


 ……あ~、怒らせちゃった? いや、流石に反撃するでしょ? 一方的な攻撃はただのイジメだよ? いじめダメ、絶対ダメ! 

 でも狼相手じゃ通用しないよね……。


『ガルルゥ!!』


 その唸り声に五匹がひと塊になって俺の方に歩み出して来た……ちょっと待って、全員一斉攻撃? それはやめよう、ね?


 胸板の痛みが気になり手を添えてみた所、べっとりとした感触とともに手が血で染まった。結構……深いじゃん……。


「ルーミィ、お願いします……このままでは二人とも……」


 ちょっとくらくらする……やばいな貧血か? 結構ドクドクいってる感じがする。


「いい! 和也と一緒ならどうなったっていいもん! 絶対離れないから!」


 いやぁ、ダメでしょ……貴女は女神様なんですよ?


 ルーミィの言葉が終わった刹那、狼が俺をめがけて襲い掛かって来た。腕や足を噛まれ、爪で引き裂かれ、大した抵抗も出来ず、狼五匹に蹂躙され続け、遂に力尽きて倒れ込んでしまった。


 周辺には雪は赤く染まりあちらこちらの鮮血が飛び散っているのが見える。そしてルーミィの悲痛な叫びが森の中にこだましているのが聞こえる……。

 俺に襲い掛かる狼を必死に棒で叩いているが最早完全に無視されており、狼達は攻撃の手を緩めてはくれない。

 

 泣き叫び過ぎたせいか、声も枯れ出しているが懸命に狼に木の棒を向けている。そんなルーミィと目が合った時、自然と声が出た。


「……あの時、キス……しておけば、良かった、です……」


 狼の唸り声に混じりルーミィに届いたかも分からないが、息も絶え絶えで痛みをこらえながら振り絞った。ここからの逆転はもう……無い。


「どうして今そんな事言うの!? もう、離れてってばぁ!! 和也に触らないでぇ!!」


 どうやら聞き取れていたみたいだ……ルーミィの美声が完全に枯れ果てている。


「えっ!? ダ、ダメぇ~!!」


 ルーミィの声の後、首元に大きな痛みを感じ、目の前の雪が赤く染まっていくのが見えた。もう叫び声も出ない……。


「いやあぁぁ!! 離れてぇ!! 和也が死んじゃうよぉ!! やめてよぉ!!」


「ル……ミ……逃げ……」


 意識が朦朧とする中、最後の力を振り絞ってルーミィに訴えた。もう喋れないし顔を上がる事も出来ない……フラグ成立だな……。


 死を覚悟した瞬間、首元の激痛が少し緩んだ。続いて全身の痛みも同じく。もちろん、痛いのは痛いのだが、噛んだり引っかかれたりされていないようだ。


 一体どうしたんだ……何が起こって――


「なにしてるの? カズヤせんせ~に?」


 怒気を含んだ拙い声が……聞こえた……。


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