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竜姫の契約者 〜帝国を喰らう最強〜  作者: セルヴォア


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夜の牙

収容室へ戻された時、ラズェリアは壁にもたれたまま目だけを上げた。


「ずいぶん早かったな、刃夜」


「首は繋がった」


「女帝に気に入られた顔ではない」


「お前もだろ」


ラズェリアの喉で、低い笑いが鳴った。さっきまで雪と血の中にいたはずなのに、地下の青灯に照らされた彼女は別の獣に見える。熱を内側へ押し込めたまま、いつでも噛み破れる口だけを閉じている獣だ。


刃夜は鉄格子から一歩離れ、床へしゃがんだ。石床には古い傷が何本も走っている。爪痕ではない。細い鉄具を何度も引きずった跡だ。隅には乾いた褐色の染みもある。


「処刑場の次は、ここで何人試したんだ」


「人間は、閉じた場所のほうが残酷だ」


ラズェリアは鼻を鳴らした。


「だが今夜の臭いは違う。見張りの汗じゃない。喉を切る前の息だ」


刃夜も耳を澄ませた。廊下の向こうで、鉄靴の音が一度止まる。見張りなら立ち止まらない位置で、呼吸だけが揃っていた。


掌の契約印がじり、と焼ける。


「来る」


ラズェリアが壁から背を離した。


「やっとか」


二人が動いた直後、覗き窓の蓋が開いた。


「食事だ」


男の声は平板だった。だが盆の触れ合う音がしない。刃夜は返事をせず、扉の右脇へ寄る。ラズェリアは反対側へ滑った。鎖が鳴らない。彼女なりに気配を殺している。


鍵が二つ回った。


扉が半分開き、盆ではなく細い黒筒が先に差しこまれた。針だ。先端が青白く濡れている。


刃夜はその手首を掴み、全力で引いた。


男がつんのめって牢内へ転がりこんでくる。喉を開くより先に、刃夜は扉へその顔面を叩きつけた。骨の割れる音。奪った黒筒を逆手で二人目の前腕へ突き刺す。


「右、膝だ!」


言葉と同時に、ラズェリアの尾が閃いた。


狭い牢内で振り切るのでなく、半歩ぶんだけ横へ払う。硬い鱗の縁が二人目の膝裏を正確に打ち、男は悲鳴を上げて崩れた。


残り二人が扉の外から一気に入る。


牢番の服を着ているが、動きが違う。鍵束より先に刃を出し、目線がラズェリアの喉と腕へ集中している。殺すだけではない。押さえこんで何かを抜く気だ。


刃夜の背筋へ、ラズェリアの怒気が流れこんだ。


自分の血を奪われることへの、本能に近い嫌悪だった。


「噛むな。壊せ」


「命令が雑だ」


言いながら、ラズェリアは従った。


三人目の胸倉を掴み、壁へ押しつける。石が鳴った。男の刃が彼女の肩口を擦ったが、浅い。刃夜はその肘へ短剣を打ちこみ、手首が開いたところで刃を蹴り飛ばす。


四人目が低く潜り、刃夜の脚を狙った。


見える。


踏みこみの角度が、先に線で浮く。


刃夜は半歩下がってそれを外し、鎖のたるみを足に引っかけた。引く。男の体勢が前へ崩れる。そこへ竜化した右腕を落とすと、肩口が鈍く潰れた。


呼吸が乱れる。右腕の鱗が熱を増し、肘の内側まで痛みが広がっていく。


まだ持つ。


二人目が膝を押さえながら、懐から小瓶を取り出した。歯で栓を抜く気だ。自決用。


刃夜は床を蹴り、頭からぶつかった。額と鼻梁が激しく鳴る。男が瓶を落とす。直後に刃夜は顎へ拳を打ち上げた。歯が砕け、舌の下へ隠していた何かまで一緒に飛ぶ。


黒い粒が石床へ転がった。


「死ぬな」


刃夜が言うと、男は血泡を吐きながら嗤った。


「もう……遅い」


声になっていない。だが意味は分かった。


ラズェリアが鼻先を寄せる。


「こいつら、牢番ではない。神殿の香を薄く被せている」


刃夜は倒れた一人目の懐を探った。出てきたのは鍵束、封魔針の予備、そして細い銀管だった。両端に小さな刻みが入り、内側へまだ赤が残っている。


血を抜く道具だ。


さらに胸元から、折った命令書が出る。羊皮紙の端には夜間移送の文面。収容中の異端捕虜二名を、夜明け前に神殿側へ引き渡すとある。署名欄は削られ、封蝋の紋も刃物で削ぎ落とされていた。


「殺すついでに、持っていくつもりだったか」


「私は嫌いだぞ、そういう手は」


ラズェリアの声が冷える。


その時、廊下の向こうで本物の足音が鳴った。今度は隠していない。早く、重く、ためらいがない。


「扉から離れろ!」


ゼルハの声。


刃夜は短剣を下げず、倒れた男の首へ足を置いたまま待った。鉄格子の前へゼルハが現れた瞬間、彼女の灰色の瞳が一度で状況を飲みこむ。


死体四つ。血。黒筒。銀管。偽命令書。


ゼルハの顎がわずかに強張った。


「……やると思っていたが、ここまで早いか」


「陛下の見立ては当たったな」


「嬉しくない当たり方だ」


ゼルハは扉を開け、最初に命令書を奪うように取った。目を走らせた瞬間、眉間の線が深くなる。


「夜明け前に神殿へ移送。馬鹿が書く文じゃない」


「馬鹿なら、こんな回りくどいことはしない」


ラズェリアが足元の銀管を蹴った。


「殺したいだけなら喉を裂けば済む。こいつらは私から何かを持ち帰るつもりだった」


ゼルハは黙ったまま銀管を拾い上げた。白い指が、ほんのわずかに強く握られる。


「見張りは」


刃夜が問うと、ゼルハは短く答えた。


「二人とも昏倒。喉は生きている。だが今夜はもう口を利かせないだろう」


廊下の先で、夜明け前の冷気が流れた。


皇城の中で、女帝の命令を飛び越えてここまで手を伸ばす者がいる。


しかも、神殿へ渡す文面まで整えて。


ゼルハは命令書を畳み、刃夜を見る。


「この場は私が押さえる。だが待っている時間はない」


「次は何だ」


「こいつらの死体と、この紙がどこへ繋がるかを、夜明け前に掴む」


彼女の言葉の直後、ラズェリアが低く唸った。


「まだ来る」


刃夜の掌もまた、同じように熱を増していた。


夜は、まだ終わっていない。

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