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最大限まで強化された脚が地を蹴り身体を前進させる。
腕からは常時水が滴り水の粒が身体から離れた瞬間に白い蒸気へと変えられている。
身体が体温を調節する為息を吸いそれでも調節はできず蓄積された水を消費し汗が噴き出す。
「ワタシの炎に対して水か…その水に果たして意味はあるのかしら?」
「ハァハァ…あぁちゃんと意味はあるさ」
確かに水滴ならば水は数秒程度で蒸発してしまう…それは魔法でも同じだ。
極細の水の刃を飛ばすってのはこの灼熱の中じゃ発動した瞬間に蒸発することだろう。
だが体積が大きければその結果は変わってくる。
眼前に鱗が生え変化した手を突き出し思考の中で構築された新しい魔法陣を描く。
激戦の中だから簡易的で描きやすくただの単純な魔術。
「まずは手数を増やすッ魔法陣展開…『獄炎舞』ッ!」
それは自分で作り出した最も理解していて無駄を出来るだけ削ぎ落とした魔術だ。
改良に改良を重ねて理解があるからこそ単純な『ボール』系の魔術より魔術を構築しやすい。
手の内から熱気を持った魔法陣が作られて炎に変わる。
他の人からすれば何故今炎の魔術を使っているのだろうと思うことだろう…こんな中で炎を使っても相手の炎の餌食となり逆に敵の威力を増ささせるだけだと。
だがそこでこの変化した腕が役にたつ。
「私は魔術を改編する…私の手にある火は水へと書き換えられる」
獄炎と表された火は反転し極低音の水となり魔法陣から放出され私の周りを少し大きな弾となり飛び回る。
書き換えられた獄炎舞は周囲の魔素を取り込み成長するように大きくなり弾と弾同士が線を繋ぎ水は循環する。
水は常に動き表面が蒸発するより早く魔法陣が周囲の魔素より水を作り出す。
私の『メタモルフォーゼ』によって変化したのはかつて嫉妬の大罪に呑まれた世界の改変を目指し歴史本の改編を行おうとした者を模した腕。
能力としてあるのは死してなお残る改編の執念…手元にある全てを水に変え操るという唯一の能力だ。
出来ればその身をワダツミに変えた私の『メタモルフォーゼ』の上位互換ともいえる能力が欲しかったが。
ワダツミはこの水を防壁や槍として打ち出していたが私がその体積を超える炎と質量のある岩で撃ち抜いたからこそ無力化した。
ならば私はこの水をどうすれば良いか…まぁ質量を相手より大きくして振り回すそれしかないだろう。
「それが…なんだというのよ!その水ごと燃やし尽くしてあげるわッ!」
トゥランベル嬢の両腕が空を裂き宇宙より本体から分離した6本の炎の腕が飛来する。
獄炎舞…今になってはなんと言えばいいのか『極水舞』とでも言えばいいか。
その極水舞の水を操り同じく水の盾を作り出して食い止める。
盾で拒み表面が白い蒸気を上げてその体積を減らすが蒸気によってできた膜がそれ以上の蒸発を防ぎその体積は徐々に元へと戻ろうとする。
コレで大丈夫だ…腕の位置さえ見えていれば炎の腕を防ぐことができる。
身体に力を入れトゥランベル嬢へと近づいていく。
「グルルルルッ…まさか水なんかにワタシの腕が止められるなんて…ならもう良いわワタシが直々に相手してあげるッ!」
そう叫ぶとやっと私に張り付かせていた炎の腕を自身の元へと呼び寄せて構えを取る。
片脚を後ろへ下がらせ姿勢を低くする…それは閃光が走るが如く私に向かって突撃を行う。
音は後から聞こえる…地を踏んだ「バキィッ」という音が聞こえた頃には私の目先に腕を振るおうとするトゥランベル嬢の姿見えた。
ワダツミの腕に滴る水をかき集め急遽手甲を作り出してガードしようとすると真横からそのスピードが乗った高速の蹴りが飛んでくる。
その蹴りに対して極水舞の水を引き寄せクッションにするがその蹴りは私の身体に届き弾き飛ばされ宙を舞う。
「うぐぐッ…水槍ッ!」
身体は宙を舞うがこのままでは格好の的…手甲を槍へと変え地に叩きつけて着地すると火花が私の周りを飛んだ。
目には見えないが確かにそこに存在する。
目を向けた方向には火花が散り複眼を持っても捕えきれない素早い動き。
獣人族であるその身のこなしと身体能力で素早く私の死角へと回り込んでいるのだろう。
私の周りには依然として極水舞による壁が展開されそれを死角となる背後へと回しているが様子見をしているのだろう。
そして時がくる前方から6本の腕がまるで獣の口のように開かれて飛来する。
まるでそれは目の前に三匹の炎で出来た獣がいるかのようだった。
思わずワダツミの腕を前に翳してガードしてしまいそうになるが。
「コレは囮か…本体は後ろッ!」
私が叫ぶと共に背後より閃光が走りそれから逃れる為身体を無理矢理反らせて転ぶようにしながら回避する。
トゥランベル嬢は両腕を獣の口のようにして突撃し私が回避した後もその勢いは止まらず地を融解させながら滑る。
「グルルまさかコレも避けられるとは…だけど今ので分かったわ…貴女の水は確かに炎腕では貫けない…だけど私自身の攻撃は通るみたいね?」
そう言いながらトゥランベル嬢は手に残った未だ蒸発しながら残る水を払う。
流石に完全な回避をするには無理が過ぎたようだが水壁の一部が抉り取られるぐらいで済んでよかったと思うべきか。
一退して振り出しに戻してまた一退して振り出しへと戻った…本能が告げるこれ以上は振り出しには戻れない。
「もう終わりよ…これ以上は手加減しない…抵抗しないで頂戴?」
トゥランベル嬢が一度足踏みをすると私とトゥランベル嬢を囲むように白炎が地から噴き出し熱風が吹き出し塵は旋回するかの如く天へと昇る。
この場は一段と熱さを増して地は赤熱し岩や土がふにゃふにゃだ。
極水舞もコレでは蒸発する方が若干早くなり減る一方。
悪魔も天使も熱いところは好まず近づきすらしない独りの戦闘の場。
視界の先にはようやくすぐそこまで援軍に来たであろう敵軍も見えるがそれすら炎で近づけない…正に先ほどとは違い一騎打ちの場へと変化した。
「グルルゥラァッ!」
獣らしい大きな咆哮が上がりトゥランベル嬢が爪を振り上げ構えを取る。
その咆哮に呼応し白い火花がトゥランベル嬢へと纏わりつきそれはまるで衣のようへと変化した。
「再び獣人族の誉れに倣い名を天へと告げ一騎打ちを所望する…傾聴せよッ!ワタシは赤獅子の王を祖父に持ち気高き赤き王女を母に持ち生まれ…簒奪され煤に塗れた王位を取り戻さんとし軍を率いる『英雄』に持ち上げられし者、望まれし者そして貴女と同じ熱き恋する者『烈風爪』トゥランベル・ターナであるッ!…誉れに倣い其方名を吠えよッ!」
名前を吠える…確か前世でも戦国時代の武将の一騎打ちでは口上を垂れてからやるんだったか。
誉れ、習慣…確かに傲慢王との広場での戦闘での一騎打ちでも口上垂れてからやっていたな。
「……ならば聞け…私はアルに連れ従い世界を旅したいと願う人族でありながら人族ではない暴食の大罪者…そして貴女が求められた平民の希望『英雄』に担ぎ上げられた先にある末路にして…欲望を秘する者『小さき英雄』レナだッ」
「グルルルルッ…あぁ…良い名ねッ!それではもうここには逃げ場はない最後の戦闘をしようではないか…レナ行くぞッ!」
赤は過ぎ去り全ては白に変わりこの空間に烈風が吹き荒れる。
白へと染まったその大地…両者は地を蹴り走り出す。




