母の死
それからすぐ、担任から事情を聞いて学校を早退した龍二は、まっすぐ家へは戻らず寄り道していた。
町外れにある本邸だ。
彼が今住んでいる小さな一軒家とは違い、広い敷地を持つ数奇屋造りの古風な屋敷だ。
元々は父親の持っていたもののようで、今は誰も住んでいない。
背の高い古びた土塀に囲まれ、入口は大きな観音開きの木戸門となっており、侍でも住んでいそうな由緒正しき日本家屋。
しかし龍二は、門横の小さな通用口の鍵を開けて入る。
瓦屋根の屋敷の玄関までは敷石が絨毯のように並べられており、数メートルの距離がある。左右には広大な敷地が広がり、白砂利の上にぽつぽつと石灯籠が置いてあった。
龍二はヒノキの匂いに懐かしさを感じながら玄関までまっすぐ歩くと、縁に腰かけ沓脱石に足を乗せて靴を脱いだ。
そしてカバンを玄関の床に置いて、横の靴箱からスリッパを取り出すと外廊へと歩いていく。
色褪せた障子の並ぶ、幅広い木目調の床の上を歩いて行くと、屋敷の内部から視線を感じ足を止めた。
「?」
龍二は首を傾げる。
ここには誰も住んでいないはず。
試しにすぐ手前の障子を開けてみると、もちろん誰もおらず殺風景な畳の部屋があるだけだ。
龍二は不気味に思い眉を寄せ障子を閉めると、背後の中庭を振り返り、わずかに目を見開く。
庭にあったのは、淡い桃色の花を開き可憐に咲き誇る大きな枝垂桜だった。
「相変わらず、か……」
すべてを優しく包んでくれるような圧倒的な存在感は昔と変わらず。
今は春先だから桜が咲いているのは当たり前だが、奇妙なことにこの木だけは年がら年中、花を枯らすことなく咲き続けているのだ。
だからこそ、この屋敷は『妖怪屋敷』と近所で言われ、気味悪がられて誰も近づかない。
母はこの桜の秘密を知っていたようだが、一度も龍二に話すことはなく、春になると嵐堂家を呼びここで花見をしていた。
龍二が落ち込んだり悩んでいたときも、この枝垂桜を見せて勇気づけてくれた。
「……母さん」
呟いた声が震える。
拳を握りしめて唇をギュッと噛み、涙をこらえた。
――母が死んだ。
午前中、職員室で担任教師から告げられたのは、母の鬼屋敷月菜が出張先の奈良で命を落としたということだった。
話によると、ただの交通事故だったらしい。
龍二も最初は理解できなかった。
あの強い母がそんなにあっさり死ぬなど、どうしても考えられなかったから。
それで茫然自失となった龍二は、母との記憶を辿り、無意識のうちに本邸へと足を運んでいたのだ。
最後の言葉も聞けず、母は龍二にいったいなにを求めていたのか、枝垂桜を見上げてひたすら自問自答する。
しかし何時間経っても答えは出ない。
そうして立ち尽くし、日が暮れ始めた頃には、いつの間にか龍二の心は少しばかり落ち着きを取り戻していた。
美しく咲き誇る、この枝垂桜が抱きしめてくれていたようなそんな感覚があった。
「……ありがとう」
龍二は顔を上げて礼を言うと、とぼとぼと重い足取りで本邸を去るのだった。
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