鬼の噂
「噂ってなんだ?」
「妖怪が出たんだってよ」
茶色の長髪にバンダナをして、制服を着崩した少年が薄ら笑いを浮かべながら語り始める。
なんでも、全長三メートルほどはある、六本の鋭い足に顔が鬼というバケモノが夜な夜な町を徘徊し、人を喰らうらしい。
つい最近現れ、何人かが既に被害に遭ったようだ。
「あぁん? んなもん信じてんのかよ?」
「だっさ」
「んだよ、悪いかよ」
喜々として話していた少年だったが、周囲の反応が悪く口を尖らせた。
すると、比較的まともそうな見た目の短い黒髪の色黒少年が龍二へ目を向ける。こういうのが怒らせたときに一番怖かったりする……
「別にいんじゃね? なあ、龍二はどう思うよ?」
話を振られた龍二は、興味なさそうに空を眺めてボーっとしていた。
信じる信じない以前に、興味がなかったのだ。
龍二とて妖の存在は認識しているが、被害に遭う以外に接点のない一般人が知らないのも当然で、わざわざそれを話す気にもなれない。
とはいえ、無視すると面倒なことになるので適当に答えた。
「どうだろうな。陰陽庁なんてのもあるぐらいだから、いるのかもな」
「いや真面目か」
一人が茶化すように言って、皆がケラケラと下品に笑う。
しかし龍二は気にも留めない。
陰陽庁というのは、財務省や防衛省などと同じ国の行政機関の一つだ。
その主要な目的は、社会の裏にはびこる妖たちから人を守ることにあり、陰陽術を用いて日々戦っている。
龍二の母もその一員であり、今回の出張も妖絡みの事件の調査が目的らしい。
「たしかお前、陰陽塾なんてのに通ってなかったっけ?」
「そういえばそうだな。いったいなにを教わってたんだ?」
「……なんだったかな。昔のことだし、もう忘れたよ。大したことじゃないさ」
龍二は興味もなさそうに淡々と答え横を向くが、内心では陰鬱に感じため息を吐く。
あまり掘り返してほしくない話題だった。
彼も数年前までは母に憧れ、陰陽師になろうと努力していたのだ。
陰陽庁でも実力者として有名な鬼屋敷月菜の息子ということもあって、当初は講師たちも期待していたが、龍二に陰陽師としての才能はなく、周囲の大人たちの絶望や塾生たちの陰口などに耐え切れず挫折した。
それがきっかけで一時期喧嘩に明け暮れ、今の日常に落ち着いている。
「どした? 龍二」
「……なんでもない」
どうやら無意識のうちに顔が引きつっていたようだ。
過去を思い出すだけでいたたまれない気持ちになるのは、どれだけ時間が過ぎても変わらない。
そんなときだ、授業中の時間帯にも関わらず校内放送が流れたのは。
『――三年D組、鬼屋敷龍二くん。今すぐ職員室へ来てください』
「お? 呼び出しじゃん。龍二、お前なにやらかしたんだよ?」
からかうように聞かれるが記憶にない。
声の主はクラスの担任で、校内放送をするということは、龍二が校内にいることを確信しているのだろう。
幼馴染だからと、桃華に聞いたに違いない。
龍二は舌打ちして立ち上がると、カバンを肩に担ぎ、無言で体育館裏を去る。
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