第3話 新たな超能力?
放課後の部室は、夕陽の光に包まれていた。
窓際の机の上には、資料の束とノート。
片山はペンを指先で回しながら、静かに口を開いた。
「僕の超能力は“条件発動型”か“制限発動型”のどちらかに絞れたけど……結局、一つに決めないと真相には近づけないな。」
牧原は椅子に深く腰をかけ、眼鏡の奥で目を光らせる。
「そこでだ。」
「君は超能力の記録をつけていたよね? それを見れば、どちらかに絞れるかもしれない。早速、見せてくれないかな。」
片山は頷き、カバンからノートを取り出した。
表紙には「時停止記録」と書かれている。
几帳面な字で日付と場所、時刻、停止時間がびっしりと並んでいた。
| 月日 | 場所 | 時が止まった時刻 | 停止時間 |
| 5月9日 | 家 | 7:42 | 5分15秒 |
| | 学校の食堂近く | 12:30 | 3分12秒 |
| | 下校中 | 17:25 | 12分17秒 |
| 5月10日 | 家 | 7:44 | 7分26秒 |
| | 学校の食堂近く | 12:29 | 3分5秒 |
| | 家 | 20:42 | 19分2秒 |
| 5月11日 | 家 | 10:42 | 29分57秒 |
| 5月12日 | 家近くの駅 | 14:13 | 8分13秒 |
| | 家 | 20:25 | 14分36秒 |
| 5月13日 | 学校の講義中 | 9:36 | 22分48秒 |
| | 学校の食堂近く | 12:30 | 3分20秒 |
| 5月14日 | 家 | 7:39 | 6分3秒 |
| | 学校の食堂近く | 12:29 | 3分16秒 |
| | 学校の講義中 | 14:03 | 18分3秒 |
| 5月15日 | 電車(登校中) | 7:43 | 7分12秒 |
| | 学校の食堂近く | 12:30 | 3分8秒 |
| | 家 | 22:40 | 19分30秒 |
⸻
牧原はノートを受け取り、無言でページをめくる。
数分間の沈黙のあと、ふと顔を上げた。
「この記録表を見る限り……片山君の超能力は“制限発動型”じゃないかな。」
「制限発動型? どうしてそう思ったんだ?」
「根拠は二つある。」
牧原はページを指でなぞりながら、淡々と続けた。
「まず、一日に三回までしか発動していない。どの日を見ても四回以上はないだろう?」
「……確かに。今まで四回以上止まったことはないな。」
「そしてもう一つ。一日の合計発動時間を計算したけど、どの日も三十分を超えていない。」
「……つまり?」
「つまり、君の能力は“一日に三回・合計三十分以内”の制限がある。 “制限発動型”の典型例だよ。」
片山は眉をひそめ、ノートを覗き込んだ。
「なるほど……辻褄は合う。でも、僕は”条件発動型”だと思うんだよな。」
「条件発動型?なんでそう思ったんだ?」
「そう。ここを見てくれ。」
片山は赤いペンを取り出し、いくつかの行を線で引く。
「時刻を見てくれ。ほとんどの発動が“12時30分前後”なんだ。」
「……確かに。でも、11日と12日は違うじゃないか?」
「あぁ、それは土日なんだよ。」
牧原が目を細める。
片山は、まっすぐ彼を見返した。
「だから俺は思った。――これは平日だけ、決まった時刻に発動してるんじゃないかって。」
「平日限定で……?」
「しかも、発動時間も全部“3分前後”で安定してる。これ、ランダムに起こってるとは思えない。」
「……なるほどね。」
牧原は顎に手を当て、しばらく沈黙した。
やがて、小さく笑って言う。
「いや、僕の方こそ思い込みだったかもな。確かに条件発動型の線が濃い。」
「なんか悪いな。否定したみたいで。」
「いや、いいんだ。真相に近づくには、先入観を捨てることが大事だからね。」
「……そうだな。」
「よし。じゃあ今は、 “条件発動型”という前提で考えよう。」
⸻
「とはいえ、条件がわからないとなぁ……」
片山は腕を組み、ため息をついた。
「そんなことないよ。かなり近づいてる。」
「え?」
「君、平日の12時半はだいたいどこにいる?」
「講義が終わって、食堂に向かう途中だな。」
「食堂はどこの食堂?」
「えっと確か大きい時計のオブジェがある所にある食堂だったかな。」
「じゃあ、外に出てすぐ止まる感じか。」
「そうそう。昼飯を急いで取りに行く途中だ。」
「ふむ……」
牧原は少し考え、手書きの地図を描くよう促した。
片山は大学の簡単なマップを描き、時が止まった場所に印をつける。
「こんな感じかな。講義の建物が曜日で違うから、止まる場所もバラバラだけど。」
牧原は地図を覗き込み、表情を変えた。
「……ひとつ確認していい?」
「なんだ?」
「昼休みに止まるときって、どの日も“講義が終わって外に出た瞬間”なんじゃない?」
「うん、まぁそうだな。」
「時が止まった時近くに時計のオブジェの近くで止まっていることが多い?」
「そうだな食堂の前だし時計のオブジェの近くにいることが多いな。」
牧原はわずかに笑みを浮かべ、静かに言った。
「もしかすると――君の“時を止める条件”がわかったかもしれない。」
片山は息をのんだ。
「ほんとか!? 教えてくれ、なんなんだ!」
「“時計”を見ること、だ。」
「……時計?」
「ただの時計じゃない。“止まっている時計”を見ることだ。」
「止まっている時計……?」
「そう大学のシンボルである“巨大な時計のオブジェ”があるだろう? 君が外に出るたび、必ず視界に入る。」
「……なるほど。だが、それは違うと思う。」
「え?」
「昼休み以外でもその時計の前は授業の移動で何度も通ってる。もしそれが条件なら、平日だけでも五回以上発動してるはずだ。」
「……うわ、確かに。いい線だと思ってたんだけどなぁ。」
牧原は苦笑し、腕を組んだまま空を見た。
部室にチャイムが響き、時計は午後三時を指していた。
⸻
「三時か。そろそろ帰るか。」
「あぁ。わざわざ調べてくれて悪いな。」
「気にするな。僕も超能力のことについていろいろ知りたくてやってるだけだ。」
片山は肩をすくめて笑ったが、次の言葉には少し影が落ちた。
「……にしても、“AMO”の超能力危険度判定制度、あれ理不尽だよな。」
「確かに。だけど、理由があるんだ。」
「理由?」
「“ピジョン”っていう組織、聞いたことない?」
「ニュースでよく見るよ。確か、国家転覆をかんがえていた反逆組織だったよな。」
牧原は静かに頷いた。
「そう。――あれが全ての始まりだ。」
そして彼は、ゆっくりと語り始めた。
20年前、国家転覆を目論んだ超能力者集団「ピジョン」。
そのリーダー・田中秀栄は、人を“洗脳”する力を持っていた。
彼の能力により、わずか二十日で数十万人が仲間に引き入れられ、国会を爆破し、総理を重傷に追い込んだという。
「……そんなことが、昔あったのか。」
「日本単独では止められなかった。だから他国と協力して、ようやく壊滅させた。その事件をきっかけに、“AMO”――超能力者を監視・管理する組織が設立されたんだ。」
「ピジョンのリーダーはどうなったんだ?」
「田中秀栄は即死刑。西村・牧原の三人は無期懲役。今もAMO施設に拘束されている。」
「……なるほどな。そんな事件があったなら、厳しくなるのも仕方ないか。」
「だろう? でも、できるなら“悪用する奴だけ”を裁く制度にしてほしいけどね。」
片山は苦笑し、机の上のノートを閉じた。
時計の針は十五時三十分を指していた。
⸻
帰り支度をしていたときだった。
牧原がふと顔を上げた。
「……あれ? 僕のリュックがない。」
「またかよ。椅子の横に置いてただろ。」
「そうなんだ。さっきまであったのに……スマホも財布も入ってるのに!」
牧原は焦って椅子の周りを探すが、どこにも見当たらない。
「……盗まれたかもな。最近この大学、貴重品盗難が多いし。」
「でも、気づかれずにリュックごと? そんなの――」
「もし犯人が超能力者なら、可能だ。」
「……!」
片山はすぐにスマホを取り出し、位置情報アプリを開いた。
「よし、まだ校門の近くにある! 行くぞ!」
⸻
校門前。
人混みの中に、牧原のリュックを背負った男がいた。
「おい、それ僕のリュックだろ!」
男は舌打ちをして、走り出した。
「待てっ!」
二人も全力で追いかける――その瞬間、男の姿が掻き消えた。
「消えた!?」
「透明化の能力か!」
数秒後、男は再び姿を現す。
牧原が叫んだ。
「制限時間が切れたんだ! 今のうちに!」
二人はさらに速度を上げる。
だが、距離は縮まらない。
「くそっ……追いつかねぇ……!」
(頼む……今だけでいい。発動してくれ――俺の“時を止める力”!)
その瞬間、世界の音が遠のいた。
風が凍り、空気がねじれる。
片山の身体が――世界を置き去りにするように加速した。
目の前に犯人の背中。
驚愕に見開かれたその目が、最後に見たのは片山の拳だった。
犯人は転倒し、片山に押さえ込まれる。
「抵抗しても無駄だ。一応、五年間柔道やってたからな。」
「……くそっ。」
「逃げ切れても、顔は見た。どっちにしろ捕まる運命だ。」
犯人は観念したように息を吐き、動きを止めた。




