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「飛来」

色々なことを調べなくては書けない

予想以上にこれが大変だなあ

 紂王に向け、運命の矢が放たれた時より、およそ数時間の時を遡る。


 外縁の物見からの至急の知らせにより、紂王軍の接近を予め知った族長達は、大慌てで寄り合いを持ち、今後についての申し合わせを行うのだった。

 結果、受け入れるより他は無いと決定し、急遽全ての氏族の者達に向け、緊急でふれを出すのだった。


 その内容は、予てより打ち合わせていた通り。


 正装にて出迎える準備をする。その際に持つ武器は全て祭事の為の物で、実際に使用する武器は所持しない。全員少しでも身ぎれいにして、所定の場所にて紂王ちゅうおうを迎えると言うもの。


 加えて各氏族の女達には、今になって饗応の為の膳を整えるようにと、慌てて知らせを回すことになる。


 もっともこの様に書けば、これらを為すこと自体、さほど難しいことでは無いように見えてしまう。


 しかし当時の人々は、まだ物事の捉え方を十分に共有しておらず、何が正しく、どう振る舞うべきかといった、共通の価値観も定まっていない時代であった。


 それだけに何かを指図されたからと言って、それが思った通りに伝わるとは限らない。

結果、それぞれが意味を取り違えるなどして、あちこちでてんやわんやの騒ぎが生まれることになるのだった。


 そんな騒ぎの中、とある住居の中を覗いてみると…。


「母ちゃん、正装だってよ、正装」


「何言っとるの父ちゃん、正装ってなんよ?」


「ほれ、あの羽根飾りのついたやつ」


「羽根飾りの?それやったら下の子が毟ってしもうとるよ?」


「そんな…、どないするんや?」


「そう言われても無いもんは無いで。そこに黄色い花咲いとるから、それでも刺しとき」


「おう、これか?」


 更にはその隣家では…。


「おう、俺のあれはどこに置いてあるんだ?」


「あれとは何なのです?」


「だからなんだ、弓だ弓…」


「それならいつもの処に立てかけてあるじゃないの」


「いや、それはそうなんだが、そうじゃなくてな、祭りで使うやつ」


「あのへなへなの?」


「へなへなのって、お前な…」


「それやったら、さっき子供が遊びに使うって、嬉しそうに持って行きましたよ」


「はぁ?そしたらどこに行ったか分かるか?」


「それが分かったらいつも苦労しませんよ」


「むぅ~~やむをえん、普段使っている物を持っていくか…」


 一事が万事この調子だったので、人々の混乱がいかばかりの物だったか、良く分かろうというものだ。


 それでも何とか男達を送り出した女衆。

饗応の為の食事と言われても、幾日か掛けて、少しずつ食材を揃える予定だったから、直ぐに何もかも揃うわけが無い。


「うちは粟しかもう残っていないよ?」


「うちも…」


「それでもええやろ、とにかく何でもあるもん急いでかき集めんと」


 村の中央に誂えられた煮炊き場では、そうやって食材の少なさに頭を抱えている女達が右往左往している。


 そこに丁度、弓を抱えた蘭甄らんしんがやってくる。


「さっき外れの池で水鳥を見かけたから、私が行って獲ってくるよ!」


 それを聞いた者達は大喜び。

そうやって人々の声が沸き立つ中、遅参した者達の持ち寄った食材が集まり、少しずつ料理の輪郭が見えていく。


 そこへ巨大な猪を背負った岳廉がくれんが、のっしのっしと姿を現すのだった。


「おう、これを使ってくれ!」


 そう言うと彼は、地響きを立てながら大地に猪を投げ打つ。

それを見た女衆達、飛び上がるように浮き立ち、やんややんやの大喝采を送るのだった。


「さすが岳廉様ですね?」


 そう言いながら蘭甄は感心したようにその大猪を見つめ、溜息をつく。


「私も何時か、この様な猪を獲れるようになるのでしょうか…」


 そう呟くように言う蘭甄に向かって、岳廉はがはがはと笑いながら言うのだった。


「何を言っておるのだ。俺には猪は獲れるが、お前のように飛ぶ鳥を落とすことは出来ん。それぞれだ。人にはそう言った役割というものがあるのだ」


 岳廉のその言葉を聞いた蘭甄、微かに顔を赤らめながらうんうんと頷いている。

一見、岳廉に惚れた女性のように見えなくも無い。

 だがきちんと見定めることを知っている者の目には、彼女が深い尊敬の念で彼を見つめていると言うことが、良く分かるのだった。


 さてそのように村の者達が皆、紂王の軍を迎えるべく、それぞれの役割を果たそうと、駆けずり回っていた時。


 一人だけ、我関せずといった感じでその場を歩み去って行く者がいた。

誰あろうそれは、蘭甄によってぐしょぐしょになった顔を、ごしごしと手荒く布で拭かれまくった巌青がんせいなのだった。


 彼は皆があたふたと駆け回っている中、一人弓を携えて、人が変わったかのような成りをしながら歩いて行く。


 その巌青の心を占めているのはただ一つ、巌甫がんぽただその人のことのみなのだった。


 嘗て狩人として歩み始めたばかりの巌青、その巌青に襲いかかる大猪の脅威から、ただの一矢で救い出したのが巌甫なのだ。


 彼が深く感銘を受け、師と仰ぎ、傾倒したのも無理からぬことなのだった。

だがその巌甫が、致し方の無いこととは言え、氏族の窮地を救う為の贄として差し出されるのだ。


 そのことが巌青にとって、想像以上の精神的苦痛に繋がっている。はっきり言って食べ物が喉を通らず、痩せ衰えてしまうほどのことなのだった。


 人間そうなってくると心が身体を蝕み、身体が心を蝕むといった悪循環に陥っていく。


 そして紂王の軍が到来した頃の巌青は、既に目が落ちくぼみ、髪はボサボサ、着の身着のままと言った酷い有様なのだった。


「何故師が贄などにならなくては成らないのだ…何故師が…」


 何度も何度もその言葉を繰り返しながらふらふらと、まるで気が触れたかのように彷徨い歩く巌青なのだった。


 そしてつい今し方、巌甫の運命の相手が遂にやって来たと耳にしたのだった。


 その悲報を耳にした彼は、愛用の弓と矢を胸に抱えたまま、ふらふらといつも行くお気に入りの大岩のほうへと向かう。


 それは大きな一つの岩の塊で、長年の風雨に晒され苔むした、まるで亀のように見える大岩なのだった。


 彼はその上に上がると彼方を眺めるべく手庇を作る。

すると遙か向こうから、大勢の兵士が押し寄せてくるのが見えるのだった。


「くそっ!」


 舌打ちする巌青。その彼の目の前、うち揃った族長達が姿を現し、戦意の無いことを見せながら、少しずつ紂王の軍に歩み寄っていく。


 彼らは相手の弓兵の、射程範囲らしき所ぎりぎりで立ち止まる。


 するとそれを目指して、一人の偉丈夫が姿を現した。恐らくあれは敵方の将軍にあたるものだろう。巌青はそう理解しながら、ことの推移を見守っているのだった。


 将軍と思しき者が来るや否や、その眼前で慌てて平伏してみせる族長達。どうやら彼の推測は間違っていなかったようだ。


 互いに身振り手振りを加えながら、盛んに何かを話し合っているのが見える。

恐らく族長達は、これが本物の乱では無く、長江の氾濫で困窮したが故の一芝居なのだと、必死になって説明していることだろう。


 とそこへ新たな動きが加わる。

軍中央部から近衛と思われる兵士の集団が動き、その中心部に一人の男の姿が垣間見えるのだった。


 巌青の鍛え上げられた狩人の目は、その男の存在を紛うこと無く見て取るのだった。

そして全体の軍の動きが、近衛の兵の流れが、将軍と思われる男の取った挙動が、更には族長達の取った礼が、彼にある情報をもたらすのだった。


「王だ…」


 彼が目にしているその人物、それこそまさに紂王その人なのだった。


「あいつさえいなければ…」


 巌青は軋るような声でそう呟く。もっとも供犠として前族長達を差し出すことを決めたのは紂王でも無ければ、殷の者達ですら無いのだった。

 あくまでそれを決めたのは前族長達自身なのだった。


 だが例えそうであったとしても、巌青には何としてもそのことが許容出来ないのだった。


「あいつが。あいつさえいなければ…」


 そう呟くと彼は憎しみの思いを込めて、人の渦の中心に居る彼の存在を睨み付けるのだった。


 やがて彼の身体は瘧のように震え始める。妙に冷たく冴えきった心とは別に、ふつふつと熱い怒りが湧き、全身を俄に燃え上がらせていくのだった。


 気が付くと彼は愛用の長大な狩り弓を、しっかりと握り締めていることに気が付くのだった。


「これで一体何をしろと?」


 彼は自身に自ら問いかける、だが問いかけるまでも無い。彼はそっと傍らのごつい矢を手に取ると、きりきりと弓を限界まで引き絞るのだった。


 距離は二百五十メートルはあろうか?これだけ離れていると恐らく蘭甄であったとしても、的に当てることはおろか、矢を届かせることも出来ないだろう。


 勿論巌青だとて、届かせることがあったとしても、的に当てるなど夢のまた夢とも思える距離なのだった。


 がしかし何故かこの時に限って、巌青の心は澄み渡り、まるで焦点が合ったかのように紂王の姿が大きく浮かび上がる。


 細くなった食で痩せ衰えているはずの身体には、不思議と力が溢れ、漲り、常に吹いている風が何時しかぴたりと止まった。遠のく音、きんと張り詰めたような無音の世界がふっとそこに現れるのだった。


「当たる…」


 巌青が何故か不思議とそう思った瞬間、何の感慨も無く手から、そっと矢が放たれたのだった。


 ひゅっと言う音を後に残し、渦中の紂王目がけてするすると、まるで真っ逆さまに落ちるように吸い込まれて行く、無二必中必殺の矢。


 矢を放った当事者でありながら、何故だかとても澄んだ心で、その矢の行く末を見てしまう巌青。


「当たった…」


 彼がそう呟いた瞬間、決死の思いの一人の女が、信じられないような奇跡を起こす。


 混乱する近衛の兵をかき分け、一直線に進む矢と紂王の間に、まるで稲妻のように我が身を投じることに成功する。


 その女の名は婦丁、辛くも矢が紂王に達するのを防ぎきったのだ。そこではまさに奇跡が奇跡を妨げた、歴史の一場面が繰り広げられたのだった。




最近書き終わったらばったりと寝てしまっています









いいね大歓迎!


この下にある☆による評価も一杯下さいませ

ブックマークもどうかよろしくお願いします

そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き

楽しんでもらえたらなと思っております


そう願っています^^

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