「怒濤」
何とかここまで来ました
どっと吹き出す血潮、苦痛に顔を顰める婦丁。その姿を目に唇を微かに歪めながら、腰に付けた紐を外すと、無言のままその婦丁の肩を縛り、止血に専念する紂王。
きつく紐で縛り、当面十分な止血を確信した彼の頬が一瞬だけ緩む、が直ぐに歯が食い縛られる。
何かを飲み下すかのように、束の間の沈黙が辺りを支配する。
固く食い縛られた口がゆっくりと開かれると、一切の動揺も見せまいかとするかのように、日常の命令のように静かに発せられた紂王の言葉。
「探せ!」
だが長年この王の下で苦楽を共にしてきた武辛には、その心底に隠された激情、嘗て見たことの無いような怒りを強く深く、激しく感じ取っていた。
そして彼は王の怒りを我がこととしただけで無く、更に自身の怒りで上書きしながら、全身全霊の思いを乗せて叫ぶのだった。
「射手をさがせぇー!」
その激情を乗せた言葉は、忽ち全軍の上に鳴り響いていく。その言葉が皆の心に染みるまで数瞬の時が流れる。
その間に間近で、事態を見届けていた者の口から、言葉少なに情報が発せられ、それが水面で波打つ波紋のように広がっていくのだった。
「王が狙われた」
「婦丁が矢を受けた」
囁くように伝えられていく、たった二つの短い文、彼らにはそれで十分なのだった。わき上がるような思いが次々と励起させられ、伝播していく激しい怒り。
苦しく長い行軍の間、盛大に揺れ、飛び跳ねる戦車の上で、周りを行く兵達のことをいつも静かに見守ってくれた王。例え自ら道化となろうとも、皆を力づけ、励まし、時に叱咤してくれた。そう、王は常に我らのことを考えてくれていた、その王が狙われたのだ。
その王の陰に隠れ小走りに走りながら、水は足りているか、怪我はしていないか、しっかりと食べられているかと、細かく気を配り、優しい目で我らのことを見ていてくれた婦丁、その婦丁が傷ついたのだ。
全ての者達が二人のことを思い、怒り、目を血走らせる。
そして本陣にいた残りの近衛の兵達が、唇を噛みしめ、血を迸らせながら王と、婦丁の元へと殺到していく。
駆けつける近衛の兵達は皆、悔しさに髪を掻きむしり、涙を流し、吠え、叫びながら走る。まさにそれは彼らの深い悲しみを表していた。
そしてその雑踏の中には幾人もの兵に手厚く守られるようにした、貞望と巫の姿も見えるのだった。
さて、そんな貞望と巫が駆けつけ、婦丁の治療に専念する一方、近衛兵達を除く歩兵や斥候、弓兵達は皆、鬼神の如き表情で射手を求めて広がっていく。
しかしそこは戦上手な紂王の軍、一見混乱と無秩序に見えた人の動きでありながら、その背後では幾人かの卒師達の巧みな誘導が聞いているのだった。
多くの兵達は紂王達を中心として薄く同心円状に広がり、それ以上の狙撃の可能性を一切無くしてしまう。
そして矢が来たと思しき方向には手厚く兵を振り向け、然も彼らに不殺の命を徹底させているのだった。
仕方の無いこととは言え、気の毒だったのは軍を迎えるべくやって来ていた有蘇の民達だった。
果たして人がここまで恐ろしい顔をすることが出来るのだろうか?
そんなことを考えてしまうほど恐ろしい形相の兵達が、それこそ怒濤の勢いで自分達に迫ってくるのだ。
心の底から彼らは震え上がった。そしてふと自分の手に武器があることに気が付いた者達は、皆揃って得物を大地の上に投げ捨てるのだった。
結果としてそれが彼らの命を守ることになるのであった。
呆然として立ち尽くす人々の間を、ぶつかるような勢いで駆け抜けていく兵達の視線が、何故かするりと素通りしていく。
幾度もの戦を経験してきた彼らは、自身に向けられた殺気には敏感に反応する。
しかし、只立ち尽くすのみの者達には、一切の興味を示さないのだった。
彼らの意識は更にその先に向けられており、そこには巨大な亀のように見える大岩が、高々と立ち塞がるかのように聳え立っているのだった。
「あそこだ!」
誰言うとも無く上げられる声。途端に周囲一帯にいた兵が、意思を持ったかのように一点を目指し始める。
そしてその収束点には、呆然として、魂の抜けたような巌青が、一人ぼうっと立ち尽くしているのだった。
目を血走らせた兵達が押すな押すなと連なり、まるで獲物に逸る蛇のようにうねりながら、巌青のいる頂上を目指して駆け上がっていく。
そしてそれを追いかけて影のように走り、現場へと向かう卒師。
「殺すな、生け捕れ!」
弾けるような声で命令が飛ぶ。
岩の頂上に達した兵達は、息もつかせず巌青を取り押さえてしまう。
大勢の兵にのしかかられ、あっと言う間に縄を掛けられた巌青なのだが、その間一切の抵抗をしないのだった。
只呆然と天を仰ぎながら涙を流し、地に打ち伏せられては、おんおんと声を上げて泣くばかりなのだった。
お陰で切れるような殺気を放ちながらやって来た兵士達、逆に大いに気を削がれてしまうのだった。
しかし彼らの王と婦丁に、絶対にしては成らないことをしたのだ。
ふつふつとたぎる怒りの種火は、そう簡単には消えはしない。幾人もの兵士達で取り囲みながら、引っ立てるように巌青を連れて行く。
途中彼らは有蘇の族長達の横を通ったのだが、彼らはみるみるうちに顔を青ざめさせ、ぶるぶると身体を震わせるのだった。
「巌青…お前は一体何と言うことを…」
そう言葉を漏らしたのは青岑族の族長の岳廉だった。
彼は確かに巌青が自身の親を慕うように、いやそれ以上に巌甫のことを大切に思っていることは知っていた。
がしかしそれでも、まさかこの様に大それたことをしてしまうとは、全く予想だにしていなかったと言うのが、嘘偽りの無いところなのだった。
だがそのことをどう思おうとも、今は何も言ってやることは出来ない。ただ黙って巌青の連れて行かれるのを見送るばかりなのだった。
戦?のシーンはこれで終わるのかなあ?
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そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き
楽しんでもらえたらなと思っております
そう願っています^^
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あれあれあれあれ?
いやまたどうしてこんな処にお出でで?
何の、其方が何やらとんでもなく苦労をして居るようなので
ちと、慰問に参ったまでよ
しかしこの話が出来上がらねば、我らの話に戻れんのじゃ
肩の一つも揉んでやるから、もうちっと頑張るのじゃ
はい、分かりました…って、痛い痛い痛すぎです雨子様、ご勘弁を……




