「満ちる時」
一は飛ばして掲載していたのを修正したので再掲載となります
さて有蘇を筆頭として集う五氏族の中に、青岑という武門を重んじる氏族が在った。
主に山岳部を本拠とし、質実剛健、実直で誠実な戦士達を多く輩出する、気高い氏族なのだった。
彼らの住まう処は山地なだけあって痩せた土地が多く、さして多くの作物を得ることは出来無い。ただ今回の長江の氾濫は免れることは出来たので、直接食うに困るような事態には成っていなかった。
勿論氏族連合の一員として、出せる限りの食料を供出し、他氏族の支援も行っている。だがそれでも本氏族に於いて、極端に食料が不足する事態には、未だ陥っていないのだった。
そんな折り、族長会議によって偽乱の策が決定され、その代償として、前族長達を供犠として差し出すことが決められたのだった。
この決定について最も苦しい思いをしているのは、言うまでも無く現族長達であり、その兄弟で有る、息子や娘達なのだった。だが、この策の発案者が、他ならぬ前族長達自身であったとすれば、異議の挟みようが無いのだ。
それこそ涙を飲みながら、重大な重みを持った決定は、各氏族の元へ急ぎ知らされることになる。
多くの者達は自分達の行く末を考え、彼らの思いをくみ取って、歯を食い縛り、涙を流しながらもその決定に従う。
だが中には、どうあってもその策に従うことが出来かねる者がいるのだった。
その中の一人が、巌青その人なのだった。
嘗て彼が狩人を生業として間もない頃、普段見かけることの無いような大猪に巡り会った。余りの巨大さと荒ぶる様に恐れをなした彼は、恥ずかしいことながら腰を抜かしてしまい、あわやという事態に成っていたのだった。
その彼を救ったのが、青岑前族長の巌甫なのだった。
勇壮無比で弓の名手でもあった巌甫は、その強弓の一矢にて猪の目を射貫き、巌青を間一髪危機から救い出したのだった。
以来巌青はこの巌甫に深く心酔し、その武のせめて一端でも学ぶべく、常にその後を付き従うのだった。
甲斐あって彼はめきめきとその腕を上げ、今や氏族に於いて巌甫の直弟子、蘭甄に次ぐ弓の名手として知られている。
実際、二人は人々の間に於いて、技の蘭甄、剛の巌青と言われ、青岑一族の弓の二聖とまで言われているのだった。
その巌青、族長会議の結果を耳にして、一体どれほどの涙を流したことだろう。
昂じて食べ物も喉を通らず、日に日に痩せ衰えていく始末なのだった。
「何をやっているの、お前は?」
見かねた蘭甄の叱責に、思わず小さくなってしまう巌青。これでは一体どちらが年上なのか分からなくなってしまう
事実、歳下も良い所、未だ十七になったばかりの蘭甄に、派手に頭から叱られる巌青。
涙と洟まみれでどうしようも無いその顔を、蘭甄に布でごしごしと乱暴に擦られる。
その蘭甄自身もはらはらと涙を流し、拳を握りしめながら耐えているのだった。
そんな彼らのことを、たまたま通りかかった岳廉が目にするのだが、黙ってそのまま背を向け、静かにその場を立ち去って行くのだった。
そんなことが有ってから十五日後のこと、族長達が予想していたよりも三日も早く紂王の軍が進軍して来たのだった。
驚き慌てふためく有蘇の人々。向かえる為の宴の準備はおろか、正装用の鎧や武具も未だ整備中なのだった。
しかし何もせずに迎える訳にも行かないと言うことで、急遽人を呼び集め、とりあえずの格好で軍に対峙することになるのだった。
だが急のことで皆混乱を極めている。祭事に使う正装をと言い含めていたにも拘わらず、普段着で現れたり、見かけ倒しの飾り武具を装備してくるはずの者達が、当たり前の普段使いの物を携えてきたり。それはもうてんでんばらばらなのだった。
そして祭事に使うような物ならともかく、実際に使用している武具とも成れば、遠目で見たとしても直ぐさまそれと知れる。
当然対峙している紂王の軍には緊張が走る。武辛の号令一下みるみる臨戦態勢に入り、整然とした陣が整えられていくのだった。
それを見て腰を抜かすほど驚いたのが族長達なのだ。
慌てて持っていた全ての得物をその場にうち捨て、着の身着のまま紂王の軍最前線へと向かうのだった。
一斉に弓をつがえ、その矢先で迫る五人の族長の姿を追う弓兵達。
彼らは戦意の無いことを表しながら、ゆっくりとした足取りで、しかし着実に投射範囲ぎりぎりまで歩み寄っていく。
やがて此処と決め、立ち止まると大きく息を吸い、張り裂けんばかりに声を張り上げて身分を明かし、話しをしたいと言い述べるのだった。
さてそうやって男達が必死になって紂王の軍に向かい、何とか戦に至らぬよう努力している最中、女達は女達で別の戦いを繰り広げているのだった。
「これで足りるかな?」
そう言うと蘭甄は調理場の女達に、血抜きされた五羽の水鳥をやれやれと手渡すのだった。受け取った女達はよってたかって羽を毟り、内臓を抜き出し、丸焼きにする準備に入る。
傍らでは大きな青魚の鱗を、石刃を使って夢中になって取る者もいる。
やがて綺麗に鱗が無くなると、今度は内臓を取り、綺麗に洗って下処理を終える。
それを鼎の中に敷かれた、大きな植物の葉の上に並べ、少量の水を加えて火で加熱し、蒸し上げるのだ。
湯気の上がる釜の横では煮上がった粟が器に盛られ、貴重な蜂蜜を存分に掛け、傍らに蓮根の煮物を添えている。
そして主菜になるのは大きな猪の最も良い部分。手頃な大きさに切り分けて塩煮にし、香草で味を調えた後、柔らかな葦の新芽の和え物を美しく添える。
もてなす為の粟酒や黍酒もあるのだが、これは大変貴重な物で、残念ながら二瓶しか用意することが出来なかった。
そうやって楽しく調理する女達の中に、一際目を引く美しい少女がいる。
彼女は幅広の葉を使って、粟と干し魚を一緒にしたものを一生懸命に包んでいる。
そして出来上がったものを嬉しそうに掲げると、傍らにいる年配の女性に聞くのだった。
「お母様、これでいいでしょうか?」
聞かれて穏やかに頷くのは揺籃、玄嶺の妻だった。そして問いかけた少女こそ十六歳になったばかりの妲己なのだった。
後世、古代中国における絶世の美姫と評された妲己、この頃は未だ僅かに幼さを持っていた。だがしかし、無窮の星々を湛えるかのような瞳、揺蕩う大河のように滑らかで黒く宝石のように光る髪、白く透明感が有り雪花石膏のような肌。彼女は既に往年の美の片鱗を十二分に表しているのだった。
「妲己!美味そうな物を作っているね?」
はきはきとした声でそう問いかけるのは蘭甄、未だ襁褓も取れぬ頃からの妲己の幼なじみなのだった。
「だめだめ、これは紂王様達に差し上げるもの、特別なお料理だもの。私だって味見を許してもらえないのよ?」
そう言いながら朗らかに笑う妲己。
そんな妲己の答えに舌打ちをしながら、つまらなそうに膨れてみせる蘭甄。
だが互いに顔を見合わせると、その一瞬で何もかも忘れ、二人同時に華やかな笑い声を響かせるのだった。
光る風が吹き、二人の爽やかな笑い声は、その甘い風に吹かれて楽しげに周りに響いていく。同じ風が美しく咲き誇る桃の花を揺らし、柔らかに吹き散らしていく。
桃花は今盛りを迎え、強くは無いが匂い立つような甘い香りを優しく辺りに満たしていく。
まさに今を盛りと世を指し示している様なのだった。
何だか書くだけで精一杯感満載だなあ(^^ゞ
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