第七章 ヒデヨの実力、恐るべし その2
俺はヒーローになった自分を想像して、こみ上げてくる笑いを押えるのに必死だった。
いや、顔は絶対笑っているはずだ。
「おい、マコトぉ、朝から何をニヤニヤしてんだよ。昨日から何か変だぞ?」
なんだノブヲか。
もう帰ってきたのか? メシはまだか? 俺は腹が減ってんだぞ。
俺の妄想タイムを邪魔しやがって。
俺の必殺後ろ回し蹴りをお見舞いしてやるぞ。
まったく……。
「まあ、いいや。んで、マコトさぁ、おまえ一度家帰るだろ? これ使えよ」
「ん? 何これ?」
「電動バイク」
「マジ? デカくねえ?」
ノブヲがガレージの隅に置いてあったバイクのカバーを取ると、そこには見たことも無いような近未来的な乗り物が鎮座していた。
超ロングホイールベースに太いタイヤ、黒い車体は所々カーボンを使っている。
そして何よりもすげえ低い。
昔こんなバイクが出てくるアニメがあったような……。
「これさ、親父の会社が新しく提携したアメリカのベンチャー企業が作ってる電動バイクなんだよ。日本の代理店を始めるらしくてさ、一ヶ月前くらいにテスト用として運ばれてきたんだけど、親父はこういうの全く興味なくてさ、ずっと置きっ放しなんだよなぁ」
「す、すげぇ、ちょ~格好いいじゃん。俺、乗っていいの? ってぇか、中免で乗れんのかな?」
俺はかなり興奮してた。
ノブヲ、すまん! さっきは後ろ回し蹴りを食らわせようとして、本当にごめん。
心の友よ! 俺にこんなビックサプライズを用意してくれるなんて、なんて優しいんだ、この男は。
「さっき親父に聞いてきたら、マコトがテストしてくれれば乗っていいってさ。まあ後で簡単に感想でも教えてあげてよ。それでオーケーだよ。あと、これは四○○㏄相当だから中免でも大丈夫だって」
ジーザス! 一瞬でもノブヲを俺の妄想ごときでぶっ飛ばそうとしたことを許したまえ。
こんなすげぇモンに乗れるとは、マイ・スカブには悪いが、俺は今日ツイてるぜ!
「それにしてもすげぇなぁ~。これが電動なの?」
「もち! 電動でオートマだからスクーター感覚だろ? もともとアメリカのだだっ広い真っ直ぐな道をぶっ飛ばすために作られたマシンだからね。日本で売れるかどうか分からないけど。三百キロ近くスピードもでるしなぁ」
「そ、そんなに出るの?」
「カーボンで軽量化してる上に超強力モーターを二個搭載! しかもリチウムイオンバッテリーだもん」
マジかよ。そんなモンスターマシンなの? 壊したらどうすんだよ。
超高そうなんだけど。
しかも、昨日コケたばっかだしなぁ。
やべえ、なんか超不安なんですけどぉ~。
「えっ? リチウムイオンなんですか?」
急にヒデヨが会話に入ってきた。
リチウムイオンに反応したらしい。
ヒデヨは車やバイクには全然興味がないくせに、最新技術には目がない。
ノブヲの説明によると、ノブヲの親父が経営する商社グループには、次世代リチウムイオンバッテリーを開発している子会社があるらしく、商社で大量確保に動いているリチウムを有効活用するビジネスを展開しているらしい。
開発された高性能な次世代リチウムイオンバッテリーは世界の電気自動車メーカーや電動バイクメーカーに提供されており、このバイクにもそのバッテリーが使われている。
また、このバイクにはエネルギー回生システムなどの先端技術も搭載しており、一回の充電での航続可能距離はなんと五百キロ! しかも、超低重心に激
重のバッテリー、太いタイヤのお陰で、二輪でも倒れることがないらしい。
カーブでは重心のバランスを自動的に取る仕組みが搭載されており、コケそうになると反対側に重心を移動させてマシンを安定させるのだそうだ。
俺の悩みはここで解決した。うん、これに乗ろう!
「ノブヲ先輩、その次世代リチウムイオンバッテリーって手に入りますか?」
う~む、ヒデヨはバイクなんぞどうでもよくて、バッテリーに興味があるみたいだ。
バッテリーばかりたくさんあっても、何にも役に立たねえぞ! まあ天才の考えることは俺には分からないが、俺は、しばらくこの近未来バイクを満喫さ
せてもらうことにしよう。
むふふふ。また笑いが……。
「それはどうかな。高価なモノだし、研究中だからなぁ。難しいかもしれないよ」
「う~ん、やはりそうですよね」
ヒデヨはそう言うと、机に向かって紙に何かを書き始めた。
数分後、ヒデヨは紙に書かれた数式の塊をノブヲに渡すと、
「これを先輩のお父さんに言って、研究者に渡してください。僕にバッテリーを提供してもらえれば、この理論を実証します」
「こ、これなに?」
俺にもノブヲにも、数式だということ以外、何も分からない。
数字と記号の塊だ。
「これは、リチウムイオンの高効率化プログラムのロジックです。先々週くらいに、たまたまリチウムイオンに関する研究論文を読んでいて、どうもしっくりこなかったんで自分で考えてみたんです。おそらく、今研究されているエネルギー効率化プログラムの何十倍の効果があると見ています」
《ぽか~ん》
たまたまリチウムイオンの論文なんて普通は読まない。
何十倍も効率化? それって特許とか取れば莫大な金になるんじゃ……。
そ、その紙切れを俺にくれぃ!
「ヒデヨ、いいの? これ渡しちゃって」
「いいですよ。たぶん意味は理解できるんじゃないかな? でも実証実験のやり方は分からないと思うので、きっとバッテリーを提供してもらえると思いますよ」
上目線だ。
上というよりも神目線だろ。
頂が高過ぎて凄さがよく分からない。
この小さなガレージで世界の技術革新が起きているなんて、誰が想像できるだろうか。
いや、訂正。このガレージは決して小さくない。
むしろデカい。そして何よりも、小さな体のヒデヨがデカく見えるのだ。
こんな天才を身近で見ていたら、自分の小ささが悲しくなってくる。
ああっ! 考えるの止めよう。
俺にはモトミ姫を彼女にするという壮大な夢があるんだ。
このスペシャルな電動バイクの後ろにモトミ姫を乗せて……。
「ひ、一人乗りやないかいっ!」
「ん? どうした? マコトぉ」
「い、いやっ、何でもないよ。それより腹減ったぁ、ノブヲぉ~」
「おっ、そうだね。もう出来たかな? ちょっとこの紙渡すついでに見てくるわ」
ノブヲがそう言ってまたガレージを出て行くと、ヒデヨもまたパソコンに向かった。
俺は近未来電動バイクに跨ってみて、う~む、格好良すぎるぜ~ とポーズを決めている。
そして大魔王は、ひとりポツンと床に座って俺たちのやり取りを聞いていた。と思ったら、座ったまま寝てやがる。
どうもこのオッサンには緊張感が足りないな。
人一倍不安がっているくせに。




